第二話
ああ、おかしい。悪役はそちらだろうに。けれど、三文芝居はもう見ていられないのだ。
「ふふふっ」
「っ、何がおかしい!」
「ねえ、いつまで立ってらっしゃるの? お帰りになる? それとも座る?」
コリーは顔を染めたままでぐ、と押し黙り音を立てながら座った。まだ、私に何か言ってやろうと思っているのだろう。ヨランダもコリーに伴って一緒に座る。わざわざ、二人で手を繋いで。
「んふふ、本当に仲良しでいらっしゃるのね」
「……そうだ。君より、ずっとな!」
「そう、よかったですね」
コリーはまた怒りを顔に乗せたが、ここでどうして怒るのかは分からない。二人の仲のよさを素直に認めただけであるのに、これで紳士的に振る舞っているつもりなら、彼の中の紳士像が心配である。ああまあ、もう関係のないことであるが。
「あのね、ずっと申しあげたかったのですが、貴方たちは勘違いをなさっていますわ」
「は?」
「わたくし、個人的に男女の友情はある、と思っているのですよ? だから、貴方たちが男女であるけれど友人だというのなら、それでよかったのです」
「……は、はあ⁉ じゃあ、君の今までの態度は何なんだよ!」
「うーん。今までの、というのはつまり『セルペンテ嬢と頻繫に会うのは控えてください』『わたくしとの先約があるのにセルペンテ嬢と出かけないでください』『セルペンテ嬢と密室になる部屋に入らないでください』とか、そういう苦言のことを仰っています?」
「今日のもだ! 僕がせっかく誘ったのに、誘いを断るなんて!」
コリーとヨランダはやはりこちらを睨みつけている。まるで、油断ならない敵に立ち向かっている勇者のようだ。駄目だ。笑いが堪え切れない。
「ふ、ふふふっ!」
「何がおかしい!」
「んふ、ふ、失礼、こほん。ええと、何でしたかしら。苦言とそれから……。婚約者である貴方が誘ったのに、わたくしが断ったから、それがとんでもない態度だと?」
「そうだ!」
「苦言のことはあとで説明するとして、先程も申しましたが本日は先約が入っていたからです。でも貴方、わたくしとの約束があってもセルペンテ嬢に呼ばれたらその約束すら破ってしまわれたのに、わたくしのことばかり言いますがそちらはどうなの?」
「ぼ、僕はいいんだ! それに、あれはとても大切な用だった!」
「わたくしも、本日、とても大切な用事でしたわ」
「嘘を吐け! すぐに帰していたじゃないか!」
「当然です。見苦しいものをあの方の目に入れる訳には参りませんでしたもの」
私は息を吸いながら、表情を無にした。もう、微笑んでやる義理もない。
「あの方は、ルーチェ公爵家のダコタ様です。王太子殿下へのお輿入れが本決まりした尊い方に、貴方たちのような無作法者を近づけさせられませんから」
ひゅ、と誰かの喉が鳴った。コリーかもしれないし、ヨランダかもしれない。衝立の向こうの見知らぬ誰かかもしれない。けれど、そんなことはどうでもよかった。
「ば、馬鹿な。分かりやすい嘘を吐くな。ルーチェ公爵令嬢が護衛もつけずにこんな、こんな場所に、来る訳が、ない……」
「護衛たちは、見えない所に沢山いたのですよ。わたくしもどちらに配置されているのかは存じ上げませんでしたが、ほら、王族の護衛を担う方々はとても優秀でいらっしゃるから」
「待て、しかし、あの方は金髪の筈だ。けれど、君の前に座っていたあの人は」
「黒髪でしたね。ふふ、それも当然です。本日はお忍びでしたもの」
この国の王侯貴族は、お忍びが好きである。誰でも一着くらいは、クローゼットに平民風の服を隠し持っているのだ。髪色を変える魔法も皆、必ず使える。他国ではあまりない文化らしいが、国を作った始まりの国王陛下が平民の服を着て街を闊歩した昔話は貴賤に関係なく親しまれていた。
ダコタは平民に化けた訳ではなかったが、高位貴族が気をつかわれないように下位貴族のふりをするのも珍しい話ではない。その場合、高位貴族だと気づいても指摘しないのがマナーなのだ。高位貴族も下位貴族になり切るので、特権を口にしてはいけないというのも暗黙のルールである。だから、静かに帰っていただいた。
けれどいくら我が国独自のマナーや暗黙のルールがあれど、それは実際の地位の前には無力だ。自分より下位の者だと蔑んだ相手が実際には雲の上の人で家が潰れた、なんて寓話もある。私のこれは、意地悪ではなく警告とむしろ優しさだった。これ以上のやらかしをすれば家が傾きますよ、と教えてあげているのだから。
「……で、でも」
「あら、でも、何です、セルペンテ嬢?」
「ルーチェ公爵令嬢は、ペトラ様のご友人なんですよね。だ、だったら、わたしたちの無作法も、許してもらえますよね……?」
私は一瞬、目を丸くした。無作法である自覚があったのか、と思ったのだ。けれど、もう笑えなかった。
「驚いた、ダコタ様に意見せよと仰るの?」
「え、そ、そんな、そんなことは……っ」
「やめろ、ペトラ。ヨランダを脅さないでくれ」
「あら、脅されたのはわたくしではないかしら。たかだか伯爵家の娘であるわたくしに、次期王太子妃へ意見せよなんて、死ねと言っているのと同義では?」
やっと、二人は黙り込んだ。やっとだ。身分社会の構造を理解していないと思っていたが、決してそうでもなかったらしい。そうなのであれば伯爵家の娘である私にも敬意を払っておいてほしかったものである。
私は少し冷えた紅茶を一口含み、ほ、と息を吐いた。
「わたくしの大事な先約は、そういうことでしたの。ご理解いただけて?」
二人は、顔を真っ青にしてさっきとは打って変わって無言で下を向いた。叱られる前の子どものようであるが、本物の子どもと違って可愛げがまったくない。手も繋いだままだ。今更腹立たしさなど感じないが、気にはなる。それに、悠長だなと若干心配にもなる。
「それで、コリー・ペコラ子爵令息? 貴方、わたくしとの結婚後の不安を抱えていらっしゃったようですけれど、もうその必要はありませんわ」
「それは、どういう……?」
「この一件で、わたくしたちの婚約は正式になくなったからです」
「え?」
鳩が豆鉄砲を、なんて慣用句が他国にあるらしいがコリーはまさにそんな顔をしていた。予想もしていなかったという目をして、驚愕を一つも隠そうとしない。……ある意味、素直だなと思う。貴族教育はきちんと受けていた筈だけれど、これはもう天性の才といえるだろう。
「当然でしょう。……と、言いたいところですが、貴方、ご両親から何も聞かされていないようですね。いいでしょう。この際です。わたくしから全て説明させていただきます」
呆れも嘲りも怒りも、全てを隠して口角を上げる。これが、貴族なのだという手本だ。自己満足であるだろうけれど、最後くらい私も格好をつけたい。
「そもそもわたくしたちの婚約は、わたくしの父であるアルマトゥーラ伯爵が学生時代に貴方の父であるペコラ子爵に命を助けられたことによって成立したものでした。貴方は結婚後、しかるべき時に我が家の血統を代理し、伯爵を継ぐこととなった」
ペコラ子爵は温厚で優しく、そして公正で能力の高い尊敬できる人だ。学生時代から文武両道で優秀だった彼は、校外学習で溺れかけた父を危険も顧みず助けてくれたらしい。父や祖父はそんなペコラ子爵をいたく気に入り、彼の子どもならきっと素晴らしい人間に育つに違いないと考えた。だから、もし年の頃が合う子どもができれば結婚させようと約束したのだという。
当時のペコラ子爵は口約束だからきっと忘れるだろうと思っていたらしいが、それが現実になったのがこの婚約だった。子爵家の長男次男は彼に似てとても優秀で誠実に育っていたので、女児しか生まれなかった我が家からすればよい相手だと思われたのだ。我が伯爵家に派手な旨味はなかったが、逆に入り婿の条件があまりにもよいとそれを盾に横暴に振る舞われても困る。その上、子爵領は堅実な運営をされており、縁組みをしたとしても何かで足を引っ張られることはない。そういう思惑のある婚約だった。
多少、いや大分、傲慢な雰囲気があるとは思うが、あちらはあちらで思惑があった筈だ。確かに身分差はあれどお互いに貴族である。それに、この婚約だって無理に通した訳でもない。始まりは両家が手を取って「是非に」とした契約なのだ。




