第十話
家に戻り王宮であったことを報告すると、すぐに家族会議が始まった。父と母、そして妹のドリスもすぐに集まってくれたのだ。ただ、父は既に頭を抱えていた。
「ううーーん!」
「すみません、お父様。昨日の今日でこんなことになるとは……」
「ペトラのせいじゃないよ。でも、うーん……」
父は隣の母をちらりと見てから、もう一度私に向き直った。
「実は、昔も一度、お声がけはあったんだよ」
「え」
「ただその時点でもうダコタ様が王太子殿下の婚約者にほぼ内定していたこともあって、同じ派閥から二人の妃を出すのは他派閥からやっかまれそうだったからお断りしたんだよね。お声がけも伺い程度のものだったからそうしても問題はなかった。それにほら、正直、ブライアン王子殿下の妃の実家となると、変に担ぎ上げられる危険もあるから……」
声がかかっていた、というのは初めて聞いたので少し驚いたが、それは確かにそうだろう。父の言っていることは私でも想像できる。実は、ブライアンの立場はかなり不安定なのだ。
ブライアンはあくまで王弟の息子であるから、現状既に直系からは外れていると定義される。しかし、王位継承の順位は三位と高い。また、長く留学していたこともあって国内貴族との繋がりは薄いが、大国であるグロリア帝国の皇族や同じく留学していた複数の国の王侯貴族とのコネクションを持っているらしい。言葉は悪いがスペアとしては、かなり優秀だ。
それでも未来の王太子夫妻であるジュリアンとダコタの間に複数の子が生まれ、その子たちを全て王室に残すのであれば臣籍降下することもあり得るのだ。生まれ持った地位と立場、そしてブライアン自身が築いていたもの、それらを合わせても彼の未来は未知数がすぎた。
そしてこれが一番厄介なのだが、いつの時代も政権をひっくり返したい勢力というのは存在するということだ。ジュリアンを降ろしてブライアンを王位に据え、その報奨に厚遇を受けたいと思っている者たちがいる。現在は積極的に動いていないが、何かあればすぐさま反応するだろう。現国王が即位したあたりでも似たようなことが起きそうになったというのは有名な話だ。
つまり、ブライアンの妃を輩出する家の者はそういった争いに否応なく駆り出されるし、上手いこと乗り切らなければ首謀者を押し付けられる。だからこそ、父は「昔のお声がけ」とやらを断ったのだろう。
やはりアルマトゥーラ伯爵家のことを考えると、断る方向で話を進めるのがいいだろう。初恋の君に声をかけられて分不相応に浮かれている場合ではなかったのだ。私は、ぎゅうと膝の上で拳を握った。……ここは、家の中だからいいのである。
「……少し強引にはなりますが、お姉様に療養という名目で一時的に国外に出ていただくのはどうでしょう。問題の先送りにしかなりませんが、もう少し考える時間があってもいいと思うのです。まだ正式な書面は届いていないのでしょう?」
「届いているんだなあ、それが」
「え、早すぎません……?」
ドリスが淑女らしからぬ顔をしてそう言うと、父は苦笑しながら封筒をそっと机の上に置いた。確かに、王室の印が押されている。……ああいや、これは王弟殿下のものだ。
「うん、ペトラが帰ってくる少し前にね。つまり、あちらはそれだけ本気ということだ。……とりあえずさっき、王弟殿下に謁見の許可を取り付けたんだ。ルーチェ公爵にもこのことはもう相談していて、明日、公爵と共に王宮に行ってくるよ。さすがにちょっと急すぎるからね」
「すみません、お父様……」
「ペトラのせいじゃないったら」
私が報告しに行った時には、もう既にこの封筒を開けていて王弟殿下に謁見の申請をしていたのだろう。派閥の長であるルーチェ公爵にも報告と相談、そして同行のお願いまでしているあたり、父は仕事が早い。ちょっとした現実逃避をしつつ、その姿勢を見習わねばと思っていると今度は母が口を開いた。
「それで、ペトラ? 貴女はどうしたいの?」
「う……」
「確かに急すぎるお話だから、判断を確定する必要はないわ。ただ、現時点でどう思っているのか教えてほしいの」
この問いに、何も考えていない、は通用しないのだ。とはいえ是非に、と言える程、私は夢見がちではないし、かといってどうしても断りたい、ともさすがに言えない。
「このお話にどういう思惑があるのかが、分からない内は、その、どうとも……」
「思惑って、何を言ってるんです、お姉様。王子殿下はお姉様のことが好きでわざわざグロリア帝国まで行ったのに」
言葉を濁した私に対するドリスの発言は、部屋の空気を一瞬で凍らせた。一番最初に動いたのは母だった。
「ドリス、それはどういうことです?」
「え、お母様もお父様もご存じなかったの? お姉様も? ……ええ?」
ドリスは困惑したように眉を寄せ、呆れたと言わんばかりため息を吐いた。
「王子殿下は我が家にも何度か遊びにいらしていたでしょう? その時に、お姉様と一緒に絵本を読んでくださったんですよ。お姉様、覚えていません?」
「それは、そんなこともあったけれど……」
「お姉様が『やっぱり竜騎士様って格好いいですね。会ってみたいなあ』って言って、殿下が『じゃあ、私が竜騎士になってくるよ』と仰って。それでお姉様も『それは素敵ですね』って。……それから暫くして殿下が本当にグロリア帝国に留学なさったから、あたくしは子どもながらにすごいなあ、と感心したものです」
腕を組みながらうんうんと頷くドリスに、両親と私は絶句した。そんなまさか、そんなことが。いや、さすがにそれはないだろう。けれど、万が一そうなら。ああでも、そんな子どもの頃の話が続いているなんてそんなこと。
「それなのにお姉様は婚約してしまうし、殿下との文通もやめてしまうしで。大人の事情というものなのだろうとは思っていましたが、それでこんなことになっていると言うなら……」
ドリスが何か言いたげに父を見るので、家族の視線は父に集まった。父は、分かりやすく冷や汗をかいていた。
「貴方」
「いや、まさか、君、あれはそういう感じではなかったじゃないか。それに……。う、うううん……。やっぱりちょっと今からルーチェ公爵邸に行ってくる。確か公爵もご在宅の筈だ。先触れを出してくれ」
立ち上がりばたばたと支度を始める父に、母はついていった。残された私は、ドリスに「お姉様って、もしかしてとんでもなく鈍い……?」と言われたけれど沈黙を保った。もう、何がなんだか分からなかった。
ただ、慌てて公爵邸に行った父は、帰ってくるなりソファに座り込んで深刻そうに「もしかしたら、ルーチェ公爵はあちら側なのかもしれない」と呟き、翌日の謁見後には「味方がいなかった……。いや、逆に味方、なのか……?」と言いながら頭を抱えていた。
とにかく、婚約、ひいては結婚の打診が撤回されることはなかった。




