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23歳43_Invisible scars

 電車の中から外を見ると、雪が降り続けていた。しかし、積もるほどではなさそうだ。

 たまにはご飯でもどうと、軽く誘ったら浮草を呼び出すことに成功した。ちょろい女だ。

 浮草の希望でとんかつのお店を選び、レッスン開始前に予約を入れた。

 ライブまで一か月ということで、Wildflowersの四人は毎日一時間オーバーのレッスンに励んでいる。浮草だけを呼び出すのは簡単だった。

 薄っすらと雪が降る中、傘のない私たちは少しはしゃぎながら予約した店へ歩いた。

「珍しいね。連理さんから相談なんて」

「相談と同時に、責任の確認ってところかな」

「責任?」

 私悪いことしたっけ? すっとぼけているけれど、割と頻繁にしているよ。そう思いながら軽く微笑む。

 二人でメニューを見て、結局同じセットを注文する。居残りでレッスンをする四人のために持ち帰りも注文した。

 とんかつのセットを待つ間、発端となった話に戻った。睡蓮のライブの直後、感動で涙を流した浮草に発破をかけられた話だ。

「あー、あの時の捨て駒ね」

「うんうん。ずいぶん言ってくれたじゃない? だから、もし私がその話に乗っかるなら、それなりの手伝いもあって当然でしょ」

「まどろっこしいのはやめてよ。本題から言って」

「じゃあ、質問。私が将棋界で動くのは、アイドルとしての売名行為になると思う?」

「は?」

 話が繋がらなかったらしい。順を追って説明する。

「将棋とアイドルの共通点がわかんないしなぁ。単に知ってもらえるなら、それでいいんじゃない?」

「結構軽い感じなんだ」

「営業活動なんて地味なもんだよ。私もバイト先でお客さんに広めてもらってるし。あのお店結構いい値段するからさ、常連客の知人も顔が広かったり金持ってたりすんのよ」

「あんたまだ十七よね?」

 ずいぶん腹黒いことを考えるものだ。ただ、営業行為としては真っ当なものだろう。

 とんかつのセットが届いた。味わいながら話を進める。

「他にも格ゲーしながらSNSでアピールしたり、使えるものは割と使ってる感じ」

「そういうの、真似した方がいいのかな」

「連理さん舐めないでよね。私がそうやすやすと、ファンを手放しかねないことを教えると思う?」

 確かに。それぞれの営業スタイルがあって当然なのだから、簡単にノウハウを渡したりはしないだろう。

 そうよね、うんうん。言い負かされた風を装って、いじわるな言い方をしてみた。

「今日のとんかつ美味しいね」

「ずっるー」

「冗談よ」

 さすがに呼び出しといて食べ物で釣るのは悪い。ちょっと嫌そうな顔のまま浮草が続ける。

「話は戻るけどさ、そういう地道なスタートって、それぞれの環境から始まるわけじゃん?」

「そうね」

「私はバイト先、連理さんなら?」

「将棋?」

「そう。元々新聞やらネットに顔が出てた人なんだから、今更ビビったって仕方ないでしょ。今後のことも考えるなら使えるものは使っていかないと」

「そういうものなのね」

「そういうもんなの。連理さんは頭で考え過ぎて行動が遅いんだよね。やって駄目なら謝ればいいじゃん」

「どうせデビューすると言っても先のことだし、今やれることからやればいい……」

「そうそう。それに永世? なんとかって凄いものなんでしょ。そういう肩書、私からすると超羨ましいし、使わないのもったいないと思うな」

 これは褒めてくれているのだろう。とんかつ効果は絶大だ。

「私に他の強みはないのかな?」

「アイドルとしてなら、将棋界の名声が連理さんの一番の強み。馬鹿みたいな体力や身体能力でも、現役アイドルと同等に動けることでもない。将棋の強さでもないよ」

「その名声が逆効果になってないかなーって不安になるのよね」

 大きくため息をつかれる。そんなに変なことを言っただろうか。

「そんなのメリットもデメリットもあって当然でしょ。大盤解説会の動画見た? コメント凄かったんだよ」

「浮草は見てなかったんでしょ?」

「桜蓮ちゃんが熱く語って教えてくれたよ」

 深く語る桜蓮は凌乃以上に暑苦しかったらしい。あの子、そういうキャラだったんだ。

「わかった。帰ったら見てみる」

「そうしなよ」

 しばらくお互い無言で箸を進めた。せっかくのとんかつが冷めてしまう。

 最後のご飯粒まで平らげ、ごちそうさまと手を合わせた。浮草は先に食べ終えてお茶を啜っている。

「ファンの共有は無理だけどさ」

「うん」

「協力してくれるなら、協力してあげてもいいよ」

「どういうこと?」

「連理さんが将棋関係の活動を今後もするならさ」

 SNSを使った知名度向上作戦。レッスン場での練習や将棋の風景を浮草のSNSでアップすることや、私のアカウントを作成して発信することなど。

 そういう話に疎い私には、新鮮だったり不安だったりの不確定なことばかり。どうにも理解が難しかった。

「それで浮草に協力って?」

「そこで私と一緒にいっぱい写るの。悪名じゃないんだから知られてなんぼ、広まってなんぼ。その精神で仲よしアピールでもしてけばいいんだよ」

「相乗効果狙いね」

「相乗効果……。うん、そういうこと」

 何か引っかかるフレーズだっただろうか? 凌乃がふざけて「そーじょーこーか」なんて言っていたのは、浮草のいない場面だった。

 浮草の顔を見る。ちょっとすっきりしたような、満足そうな顔。そんなにとんかつが美味しかったのだろうか?

「さーて、明日もバイトバイト。帰って風呂入ってゲームしなきゃ」

 SNSを語ったアイドルとは思えないような日常感を口にする。少し呆れつつ、その図太さを羨ましく思った。

 お土産のとんかつを手に浮草と店を出る。雪が積もっていなくて助かった。

 ここからだと、帰り道は浮草と逆方向だ。また明日と手を振って別れた。

 浮草の部屋の最寄りで選んだとんかつのお店。美味しかったけれど、歩いて帰るとなると少し遠い。

 次は車かバイクで出勤した時にしよう。とんかつは本当に美味しかった。


 四人がお土産のとんかつをパクついている横で、お茶を啜りながらパソコンを開いた。

 オーバータイムレッスンのあとなので、みんな勢いよく口に運んでいる。見ていて気持ちのいい食べっぷりだ。

 将棋の放送があった目的の公式チャンネルを探し、少し戸惑いつつ動画をクリックした。

 あの時は好きに言えなんて強気に思っていたのに、いざ自分の出番付近のコメントを見るとなると恐くなってしまう。

 横で采女がパソコンを覗き込んでいる。糸遊はリアルタイムで見ていたので、「大丈夫だよ」と落ちつかせてくれた。そのまま風呂掃除に行ってしまう。

 私の出ていた場面までシークバーを動かす。横のコメントも連動して動いた。否定的なコメントがやはり目に留まる。

『背ちっちぇー』とかその辺は可愛いものだった。『現役の解説にしゃしゃり出てくんなよ』とか、『今更広報活動?』みたいなのは少しぐさりと来た。

 しかしそれ以上に、会場の笑いと連動したコメントが大多数だった。可愛いとか、意外と詳しいとか、この人もっと使えよとか。

 おぉ、これがネット社会か。否定の言葉より肯定の言葉があるだけで嬉しくなる。『持ち帰りたい』なんて気持ち悪いのもあったが、肯定的な意味だろう。

 他にも、『師匠さん笑って見てるだけ』『普段から玩具にされてそう』という妙に真に迫るコメントもあった。師匠批判は割と歓迎だ。

「案外悪いもんじゃなかったでしょ?」

「采女もリアルタイムで見てたんだ」

「そりゃ、我らが連理ちゃんがそのテレビに映ってたからね」

 パソコン経由で繋いだだけだ。別にテレビ番組ではないのに大袈裟な言い方。しかし、その言葉で気が抜けた。

「あーあ、心配して損しちゃった」

「浮草に見ろって言われたの?」

 食べ終わった凌乃が食器を片付けながら問いかけてくる。

「そうそう。こういうネット関係の話とか詳しそうだったしね」

「詳しいっていうか、専門家だよあれは」

「暇になるとずっとスマホいじってるしね」

 采女も乗っかって笑っている。

「近場のいいお店とかも詳しいんだよ。お洋服のこととか、いっぱい教えてもらったし」

 結葉も浮草に肯定的だった。浮草の悪友は凌乃や采女だけれど、真っ当な友だちといえば結葉だ。

 浮草をいじる采女と凌乃、褒める結葉。思えばこういう関係も、コメントの縮図のようなものだった。

 見え方次第でどうとでも捉えられる。しかし、目に入らなければコメントのしようもない。


 やっぱり表に出るべきなのだろう。Wildflowersに対してマネージャーに専念できなかったのであれば、こういう形で役立つことを探すのも一つの手だ。

 将棋道場の件もそうだ。今回は連盟の呼び出しの際に聞きそびれてしまったけれど、色々な道場に引退棋士として気軽に立ち寄ることが問題ないか確認したい。

 プロは強くなればなるほど忙しい。そのせいでプロの来訪が少なくなった道場であれば、引退棋士でも役に立てるのではないだろうか。

 大盤解説会に出るとなれば知名度も増す。どういう結果に繋がるかわからないが、今は少しでも先のためになることをしたかった。


 風呂上がりの糸遊と、将棋盤を挟んで腰を下ろした。

 ドライヤーをかけてあげた時はとろけたような顔だったのに、こうして座るとしっかりと目を開いて集中する。その変化が好ましい。

「レッスンがきついなら、しばらく将棋休んでもいいのよ」

「両方やる! ずっと前から決めてるもん」

 そう言うと思った。期待通りなところも糸遊の魅力だ。

 いい状態だ。だからこそ、今言うべきではない。ライブが終わって、A級順位戦の大盤解説会に連れていけたら、その時に伝えよう。

 そろそろ本格的に女流デビューを目指さないかと。

 研修会という女流独自のシステムがあることは知っている。その中でB級1組まで上がれば女流棋士を名乗れる。しかし対局数の制限があるので時間がかかる。かと言って無視できるものでもない。

 私のいた奨励会というルートは、糸遊が参加するには遅すぎる。もう二年早く今の状態にあれば、ひょっとしたら期待を持てたかもしれない。

 もう一つがアマチュア大会から勝ち上がり、女流棋士とタイトル挑戦権を争う棋戦への参加。その中の二つへのエントリーが三月頃に可能なはずだ。上手くいけば数か月で女流の資格を得られるが、まず間違いなく勝ち上がれないだろう。

 私が女流棋士との対局経験に乏しいので、糸遊がどの段階にいるのか正確に測れない。それがもどかしかった。

 交流を増やそう。研究会に入る機会はないけれど、大盤解説会を機に色々な棋士と交流するのだ。その中で練習対局をする機会を手に入れる。女流棋士の正確な実力も知っておきたい。現役プロ棋士との実力の違いも、改めて確認したい。

 まるで営業行為だ。改めて考えると、過去の経歴を使った押しかけ営業だ。棋士は個人事業主、それくらいやっても怒られはしまい。


 糸遊が必死に考えている。もっと強くなりなさい。本気の私を脅かせるくらいになりなさい。

 真剣な糸遊に気づかれないように、こっそりと笑みを浮かべた。

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