23歳41_Invisible scars
帰りの車の中、不満の声と満足そうな声が半々だった。
浮草は「あのハゲが!」なんて言ってるし、采女なんてずっと恨みごとの連続。私が采女を指名して、逃がさないように依頼したことを根に持っているようだ。
対して、凌乃と桜蓮は「ためになった」「勉強になった」とポジティブな反応。凌乃の箸落としからの連鎖で、桜蓮が叱られたのはいい思い出になったようだ。
まだお昼過ぎ。ロケはフェイクだったが、どうせならちゃんと観光をしたいという声に負け、観光客向けのリーズナブルな料亭で食事を取った。
将棋漬けで中学高校と修学旅行に行かなかった私は、初の修学旅行気分になれた。これが楽しかった。
糸遊に木刀を買って帰ろうという話になる。長くても邪魔になるので、脇差から小太刀くらいの長さの小ぶりな一振りで決まった。それだけでは味気ないということで、いつものポニテにアクセントを加えられるような和柄のヘアバンドも添えた。
結葉には和風なソーイングセットを選んだ。これで色々作ってもらおうという思惑も込めて。私だけでなく、浮草や桜蓮も結葉の作る服にはお世話になっているので、一緒に選んでくれて嬉しかった。
あとはお土産のお菓子を買って帰還開始だ。帰りのドライブの開始直後、みんな疲れて眠ってしまった。
しばらく運転してサービスエリアに入る。少し休憩したい。お手洗いもそうだけれど、飲み物も買っておきたくなった。
車から降りると、助手席にいた采女も降りてきた。
「起きてたの?」
「んー、今起きた」
ふぁーと大あくびしている。アイドルの見せていい姿ではない。
用を足して、自販機の前で飲み物を吟味した。采女はミルクティー、私はホットコーヒー。寒いサービスエリアで飲む、熱々のカップドリンクはとても美味しかった。
飲み干した紙コップを捨て、大きく伸びを一つする。そして全身のストレッチ。運転で身体がこわばっていた。
同じくストレッチをしていた采女と目が合う。
「連理ちゃん、そこの段差に立って」
「こう?」
「これだと連理ちゃんの方が大きいね」
少しだけ采女に見上げられる形になる。僅かな優越感を覚えた。たまには見下ろすのも悪くないものだ。
「当たり前でしょ。……こらこら」
采女が抱きついてきた。胸に顔をうずめてくる。周囲は暗いので目立たないけれど、少し恥ずかしい。
「ドストレートな痴漢?」
「違うよ」
抱きつく力が強くなった。
「連理ちゃんの独り占め時間を堪能ちゅー」
仕方のない子だ。私と同じく、真っ黒な髪を撫でて抱き返してあげる。普段から悪戯ばかりの采女が、こういう風に素直に甘えてくることは珍しい。
「あったかくてでかくてやわらけー! なんだこれ」
「やっぱあんた痴漢でしょ」
それでも引き離す気にはなれなかった。照れ隠しで言っているのがわかったからだ。
数分そうしていただろうか、采女がそっと離れた。いつもの調子に戻っている。
「そろそろ戻ろうか」
「満足した?」
「まあ、そこそこ」
「采女もメリハリのある身体になってきたんじゃない?」
抱き返した感触を思いだす。女性的な柔らかさと、日々運動をしている引き締まり方のバランスがよかった。
「わかる? いやー、自分のバランスのよさがこわいわー」
「調子に乗らないの」
三人が寝て待つ車に戻る。もし見られでもしたら、後から何を言われることだろう。
そっと車のドアを開け、なるべく静かに席に座った。誰も起きていないようで、少し安心する。
同じく助手席に座る采女と、帰りの運転中のんびりと会話を続けた。
お寺のこと。誰が一番叩かれたか、一番叱られたか。やっぱり浮草が多かったよねと笑い合う。
終了直後、車の中で「あのハゲ!」だもんな。内心楽しんでいそうだったけれども。続いて話題が運転の話になる。
「車の運転って楽しいの?」
「楽しいよー。再来年の六月で十八歳でしょ? 免許取っちゃえば?」
「えー、まだ先じゃん。お金もかかるし」
「大抵の人はいずれ通る道だよ」
ふーんと言いながら、采女は興味がありそうだ。親代わりとして、教習所代くらい出してあげる気ではいた。
ただ、最初からお金出すからなんて言っちゃうと調子に乗りそうだから、自分で決断したらサポートするくらいの腹積もりだ。
「考えとくよ」
「そうしなさいな」
軽く答えて水を飲んだ。采女がのど飴を取り出す。
「一個食べる?」
「うん」
のど飴を口に入れてもらい、口の中で転がして安心する。お口の中の寂しさが紛れてちょうどいい。
「これ、お薬みたいな味するのね」
「目が覚めてちょうどいいでしょ」
確かにそうだ。しかし、コーヒーの後だと違和感が強く残った。
その後も他愛のない話で時間を潰した。免許を取る難しさだったり、学校のことだったり。
来年は糸遊も同じ高校だから楽しくなるとか、私の学生時代の話だったりとか。
「高校時代は将棋ばっかりだったからね。学校行事なんてほとんど出てないよ」
「そんなに忙しかったの?」
「そうだね。あんまり興味がなかったのもある。だから、さっきの観光が初の修学旅行気分だったよ」
「重い話なのにさらっと言うね」
「重い認識ないんだよね」
「そんなもんなんだ」
「うんうん。周囲の人からすると重いのかって、言われて考えるくらいだから」
気分がいい。あと一時間も走れば自宅最寄りのインターだ。
もう休憩は必要なかった。采女にオーディオを操作させて、音楽を聞きながら運転に集中した。
眠っている桜蓮を降ろすため、蘇芳邸の前で木蓮さんに電話した。睡蓮も出てくる。こん畜生、睡蓮もいれば私への誤解はなかったかもしれないのに。そう思いながら少し睨んだけれど、外が暗くて気づかれなかった。
ついでに浮草も預かってくれるというので、そのまま預けてしまった。一人暮らしの部屋に帰すのは大変だったから、これにはとても助かった。
自宅の駐車場に到着し、凌乃を叩き起こす。
「ひゃいっ!」
凌乃は夢の中で修行していたらしい。起き上がってすぐ硬直し、周囲を見回す。
「着いたよ」
「あ、そうか。帰ってきたんだ」
「ひゃいって、凌乃ちゃん」
采女がクスクス笑っている。いつものじゃれ合いが始まった。
帰ってすぐ、まだ起きていた糸遊と結葉にお土産を渡した。糸遊は木刀に大興奮。剣戟の見学で覚えた、納刀と抜刀の動作がさまになっている。
結葉もソーイングセットを喜んでくれた。
「これで連理ちゃんの可愛いお洋服いっぱい作るね」
「結構です」
どうせなら格好よくしてもらいたいものだ。
木刀ではしゃぐ糸遊に、凌乃と采女が襲い掛かった。ポニテを強制解除させて、お土産のヘアバンドを強引に結びつける。
あざとさのあるアイドル感が増す。糸遊は鏡を見せられてあたふた。新ヘアスタイルの糸遊は、破壊力抜群の可愛さだった。
「わたくしって言ってみてよ」
「言わない!」
「言わないのですか?」
「真似するなー!」
わーっと糸遊が采女に反撃に出る。遅い時間だからやめろと、いつものように凌乃が止めてくれた。
お風呂の順番待ちをしている間、ヘアバンドのままの糸遊と将棋盤の前に座り対局準備だ。一日ぶりの将棋に心が躍った。
なんだかんだ、気に入ってくれたようで安心する。視線を上げると、普段との違いに心が揺らいだ。本当に可愛い。ギャップやば。
そして、思いきり負けた。
「運転で疲れてたんだね」
「そういうことにしといて」
自分の容姿がどれほどの破壊力を持っているのか、糸遊に自覚はないようだ。こっそり写真でも撮りたいくらいだけれど、バレたらあとがうるさいので我慢する。
将棋を終えてお風呂待ちの時間、それも忘れて眠りたいくらいの疲労感を覚えていた。
お寺修行はまた行くこともあるだろう。次行く時はちゃんと、黒髪ショートの生意気な子と伝えよう。
「という熱愛発覚の証拠映像がありますが、九連理さんにお話を伺いたいと思います」
その翌日。夕方のレッスン前、浮草が事務所で動画を公開した。マイクでも持っているような指の立て方だ。
私が一段上がり、采女が抱きついてくるシーン。暗いのによく撮れたもんだと、変な感心をしてしまう。
「突然の痴漢行為に驚きました」
「その割には、頭を撫でて抱き返しているようですがぁ?」
「スマホぶっ壊すよ」
「凌乃にも桜蓮ちゃんにも共有済みでーす」
勝手に公開処刑を始める浮草を睨みつけた。知らん顔でスマホをひけらかしている。この無駄なメンタルの強さは見習いたい反面、いつかへし折ってやりたい気分にもさせられた。
これはこれはと言いながら、木蓮さんが動画と私……の胸元を見比べている。これもセクハラだ。
「ていうか、起きてたんならその時言いなさいよ」
「だってぇ、車内に戻ってからの二人の雰囲気ぃー壊したくないなぁってぇ」
くねくねしながら浮草が言う。ロケと称して連れていったことを、相当根に持っているようだ。
「ほらほら、浮草ちゃんレッスン場に行きましょうねー。……私にも動画送っといて」
瑞香さんの最後の小声がはっきりと聞こえた。また師匠に拡散する気だろう。抵抗するだけ無駄なことは、過去数本の動画で思い知った。
レッスン場に糸遊と入ってきた采女に対し、浮草のインタビューが始まった。
「はい、最高でした。連理ちゃんはやっぱりエロいと思いました」
おっぱいさいこー! レッスン場だからって本気で叫んでいる。ほう、そう来るか。
届いたばかりのスポーツチャンバラセットの中から、エアーソフト剣を一本引っ張り出す。采女の太ももめがけて思いきり振り抜いた。
スッパーン! いい音がした。
「いったあああああ! 何すんのさ!」
いい音! そしていい悲鳴! 全力で振り回しても怪我させずに済む。
逃げ惑う采女、追いかけて下半身中心に引っぱたく私。そして糸遊が采女を拘束してくれた。
「ちょっと糸遊ちゃん! 二対一はずるいって!」
「いつものお返し!」
いつも、お尻セクハラと『わたくし』いじりをする采女に、糸遊も積もり積もったものがあるのだ。我々師弟の連携が見事に決まり、采女を懲らしめることができた。
「お寺より辛い……」
「自業自得だよ」
浮草と瑞香さんは笑って見ているだけ。いい気なもんだよ、本当に。




