23歳40_Invisible scars
大盤解説会の参加はいくつかの波紋を呼んだ。
帰りに観光して、バイクで持ち帰れる程度のお土産を買う。のんびりと運転して、夕方頃に事務所に到着した。
瑞香さんはレッスン場に行っていたので、木蓮さんと事務員さんたちにお土産を配った。
「将棋はわかんなかったけど、放送は面白かったよ」
「見てたの?」
「そりゃもう、三人揃って笑わせてもらったよ。桜蓮がずっと張り付いてて、いい監視役になってくれたし」
桜蓮はそれだけ将棋に興味が向いている証拠なのだろう。嬉しい反面、他の二人が私を笑う目的だったことは釈然としなかった。
先週正式入会した、タップダンススクールでも話題になったらしい。事務所を出て外の陽気を楽しみながら、燈火さんに電話をかけた。
『九先生お疲れさまです』
「燈火さんまでやめてよそれ」
ずっと言われ続けて、背中がこそばゆくなっている。
『ずっと見ていましたよ。本当に凄い人なんだって思い知らされました』
「二日目は急な出演だったんだけどね。師匠には逆らえなかったよ」
『私としては嬉しい誤算でしたよ』
「それはどういう意味で?」
『それはもちろん、色々です』
以前、私と木蓮さんが使ってはぐらかした言葉。まさか燈火さんから色々返しをされるとはね。
少し話をして、週末にまた伺うと伝えて電話を終えた。
さて、今日はお休みだ。それでもレッスン場の様子が気になり、顔を出すことにした。
レッスン場に入り、ただいまと声をかけた。
「おみやげー! じゃなくて、おかえりー!」
「わざと間違えるのはやめなさい」
駆け寄ってくる采女の頭に手を伸ばすも、すばしっこさで避けられた。
「頭の上に駒が落ちた人だ」
「あれは大盤が悪い。何で浮草も知ってるの?」
「クリップ凄く広がってるし、桜蓮ちゃんにも教えてもらったもんね」
浮草がいつも以上にいじってくる。レッスン場にお土産は置いたので、これで一旦は目的を達した。レッスンがなかなか再開されない。瑞香さんを見ると、苦笑しながら声を張った。
「ほーら、そろそろ始めるよー」
お土産のお菓子を摘まんだ采女が、ここぞとばかりに反論する。
「連理ちゃんが帰ってきたばかりなんだし、瑞香さんもお話したいでしょー?」
「そういうのはいつでもできるからいいの。ライブ決まったんだから真剣にやりなさい」
「そうよー真剣にやりな!」
「浮草ちゃんも同じタイミングだからね」
いつもの和気あいあい、にしてはちょっと悪ふざけが過ぎている気がする。
私がいなかったから、ということではないだろう。年明けからこんな感じで続いている。お泊りは必要以上に距離感を近付けてしまったらしい。
しかし、私には作戦があった。
「はい、では一月の末の土曜日に。四名の予定ですが、一名追加になるかも……。はい、よろしくお願いいたします」
お寺修行の正式申し込み。木蓮さんと相談した結果、凌乃は当然として采女と浮草も連れて行くことになった。
あのすばしっこい采女は、とにかく逃げ回ろうとする可能性がある。一番小柄な黒髪の子は、特に言い訳をする可能性がありますので。そう念押しして電話を切った。
そう、お寺の修行。元は凌乃の礼儀を叩きなおす目的だった。しかし、最近の采女と浮草の態度は目に余るものがある。
悪戯好きなのは結構だが、糸遊と結葉へのセクハラ、瑞香さんの指導に冗談で歯向かうなど。これは少々お灸を据えてやる必要があると感じていた。瑞香さんと木蓮さんにも承諾を得た。
「ついでに桜蓮も連れてってあげてよ。あの緊張しいなところ、精神面の修行で改善するかもしれないから」
「連れていく分には問題ないよ。だけど、そういうのは性格じゃないかな」
「そうかもしれないけど、あわよくばってやつね。それと、桜蓮を連れていこうとすると睡蓮もべったりの可能性もあるから、人数予約は余裕を持ってね」
木蓮さんからのそういう指示もあって、プラス一名が入る可能性を伝えたわけだ。
その連絡をしたところ、四人でも五人でも当日連れていった人数で受け入れ可能と返答いただいた。厳しいと噂のお寺なのに、案外柔軟な対応だ。
そして、全員日常的に肉体面は鍛えられており、柔軟や体幹トレーニングでそれなりに痛みにも強い。生半可なご指導だと図に乗る可能性があるので、熟練者のように厳しくしてほしいと伝えておいた。
睡蓮がその場に連れていかれたら、どう思うだろうか。急にお寺に放り込まれて精神面を叩き直される睡蓮。想像しただけで面白くなってしまう。
凌乃には口止めをして、采女と浮草には泊まりのロケになると伝える。桜蓮には木蓮さんから口止めしてもらい、うまいこと睡蓮も誘導して車に乗せて連れていく作戦だった。
そして当日、うっきうきの凌乃と采女を乗せた車で浮草を拾い、桜蓮を迎えにいく。
蘇芳邸の前で待っていると、桜蓮だけが出てきた。メッセージを見る。睡蓮は急なミーティングで不参加になったと、木蓮さんから届いていた。
仕方ない。元はこの四人だけでもいいという話だった。お寺修行ということで桜蓮は少し緊張気味。それも一泊二日となると、真面目な桜蓮は既に心構えをしているということだろう。
そんな気も知らず、采女は気軽に桜蓮に話しかけていた。
「どうしたの桜蓮さん? 表情硬いよー、リラックスリラックス」
「う、うん」
そうか、口止めされているから下手なことは言えない。そのせいで硬くなっているのかもしれない。
凌乃は最初からやる気満々だったので、緊張している様子はなかった。それが采女と浮草へのいいフェイクになっている。
動物相手じゃないならこっちのもんよと大見得を張る浮草と、前回ロケの成功体験がある采女は余裕綽々な様子だ。もうすぐ痛い目を見ることになるというのに。
内心ほくそ笑みながら車を運転する。お寺までは数時間かかる予定だ。きっと逃げ出そうとする子もいるので、到着次第、問答無用で修行開始してほしいと伝えてある。この二人の反応が楽しみで仕方ない。
ロケの移動というより遠足や観光のような雰囲気の中、山道を越え、古風な街並みを拝み、お茶のお店で一息入れた。目的地まではもう少しだ。
古都の街並みを楽しみ、寺院の景観を楽しむツアーロケ、そういう名目だったのでまだ疑惑の声はあがらない。スタッフも現地集合と伝えてある。作戦は完璧だった。
お寺の駐車場に車を停める。私は近くのビジネスホテルで一泊する予定だった。翌日は皆の様子を見学してから感想を聞きつつ、楽しくドライブをしながら帰宅する。そんな計画だった。
「五名様ですね。こちらへ」
迎えてくれたお坊さんに、何の疑いもなくついていく。予定は四人と伝えていたはずだ。恐らく聞き違えたのだろう。後ろを見る。一二三四、間違いない。引率の私も、中で受付が終わるまでついていくべきだろう。
采女も浮草もまだ観光気分だ。案内された部屋で着替えるよう指示される。
「あの、私は……」
「言い訳無用と伺っております」
まずい、これは私もカウントされている。
睡蓮を連れてくる可能性もあったので、四人か五人かあやふやなままだったのが災いした。
何とか事情を説明しようとしても、お話はあとでの一点張り。
仕方ない、これも経験だ。腹を括ろう。少し気を落ちつけて考える。何があっても逃がさず、やり遂げさせてほしい。そう依頼していた。
更に道場主の紹介ということもあり、特例気味に厳しい内容で承諾していただいている。嫌な予感がした。
一礼から始まり、スマホの類が没収される。采女と浮草もそこで気づく、何かがおかしいと。
堂内の案内を受け、作法を伝えられた。
五人揃って問答を受けたあと、一人ずつ個室に呼ばれて再び厳しい問答。諦めの境地で問答に挑む。恐かった。
そして、労働修行の時間と伝えられる。
「何で私が」
一言呟いた浮草に大声で指導が入る。全員が跳ね上がりそうになった。なんとか作業に集中する。心臓に悪い。
夕食も作法に則って私語厳禁、音を立ててもいけない空間。残すことも許されない。
お風呂も五人でローテーション。和気あいあいとしたお楽しみなんて、あったもんじゃない。粛々と身を清めた。
夜の座禅。誰かが声を漏らす、采女だ。もちろん叩かれて、音が鳴り響いた。ざまぁみろ。内心ほくそ笑む。今度は私が叩かれた。なんで心の中で笑っただけで叩かれるんだ。
姿勢の方は全員問題なかった。日々柔軟をこなしているだけあって、痛みを訴える者はいない。臆病になって声を出せないだけかもしれない。
ずいぶんと早い時間から就寝を伝えられる。みんな疲れていたので案外ぐっすりで、気が付けば早朝だった。揃って叩き起こされる。
すぐに着替えさせられお堂に集合した。長時間の座禅。誰かが眠っていたようで叩かれている。その音で目が覚めた。
座禅の間、夏頃に神社で型ばかりやっていたことを思いだしていた。少し動きたくなるが我慢する。あの時に比べたら孤独感はない。一緒に座っている仲間がいるのは心強い。集中を自覚する。へその辺りが温かく感じた。また誰か叩かれた。ニヤけそうになるのを我慢する。
読経の時間になった。さきほどの静寂とは別の厳しさがある。姿勢を崩さず腹から声を出せと言われ、わからなくてもとにかく声を出して真似た。みんなが何を言っているのか、まったくわからなかった。
朝はお粥と漬物だけの食事だった。音を立てないよう慎重に慎重に口へ運ぶ。凌乃が箸を落として叱られ、釣られて気の抜けたため息をした桜蓮が追加で叱られた。
朝の作業に連れていかれ、掃除で気持ちがすっきりする。浮草と凌乃が薪割りをして、心なしか笑顔を浮かべているように見えた。やっぱり叱られた。感情を表に出すと叱られる。
最後に全員でお話を聞いて、個別の面談になった。
晴れやかな気持ちになると同時に、私参加者じゃなかったんですけどねとも思う。何とか心の奥に引っ込めた。
お昼前になり最初の部屋で着替える。預けた荷物を返してもらった。ほっと一息。
「ありがとうございました」
みんなで声が揃った。思わずみんなの表情が緩んだ。普段着になったあとは叱られなかった。
迎え入れてくれたお坊さんと、最後にお話をした。
「大変おつかれさまでした」
「あの、最後になるのですが、私実は引率の者でして」
「そうなのですか」
おやおやと言いながらも、表情には出ていない。確信犯を疑った。いやいや、修行の成果でこういう性格になったのだろう。きっとそうだ。
四人の予定で、追加の可能性もあると言っていたからだろう。五人でも疑いなく受け入れられた。これは私が事前連絡を入れるべきだったかな。
「ええ、最初にお伝えできてなくて申し訳ありませんでしたが、行き違いがあったようですね」
「『一番小柄な黒髪の子』は、特に言い訳をして逃げ出す可能性があると伺っておりました。これは大変失礼いたしました」
確かに『一番小柄な黒髪の子』と伝えた。私が言った言葉だ。
四人を振り返る。四人の中では采女が一番小柄だ。しかし、みんな私より背が高い。
完全に黒髪の子、采女だけだ。いや、私も真っ黒だった。
「だから問答無用で連れていかれたんだ」
巻き込まれたのではなく、メインターゲットになっていた。五人の扱いに差はつけられないと言われていた通り、平等な修行だったけれども。




