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23歳37_Invisible scars

 ギャルギャルギャル。客層も店員も、そう見えてしまうような眩しい空間だった。

「糸遊、私にはここは眩しすぎる」

「じゃあサングラス買おうよ」

 そうじゃない。気持ちの問題だよ。

 お店に入って気圧されていると、凌乃はズカズカと進もうとする。

「グラサンはあっちだね。他も見ていく?」

「私如きがうろついたら迷惑になるので、サングラスだけで」

「ごときって何?」

「さあ? 連理ちゃんが、勝手に卑屈になってるだけだよ」

 去年の高級な香水を扱っている化粧品店でもそうだったが、私がこういう場所に来る時はいつもラフ過ぎる服装で申し訳なさが勝ってしまう。

 道場主と話して、せっかくカウンセリングをしてもらった気分だったのに、華やかさに気圧されて気まずくて仕方がない。

「連理さんかけてみて」

「うん?」

 これはサングラス? 薄くてぜんぜん隠れてないぞ。

 言われるがままに掛けて、近くにあった鏡で見てみる。大人っぽく見えた。

 今日の髪はかんざしでまとめたままだ。そのせいで前髪も少し流れているけれど、案外いけるんじゃないか。

「似合う?」

「まあまあ」

 まあまあなんだ。そうなんだ。私の美意識の基準が低かったのだろうか。

 糸遊はそこらの商品を、興味深そうに見比べている。そうだよね、年頃の女の子だもんね。あまりこういうお店に連れてきたことがなかったので、少し申し訳なく感じた。

「将棋で表情を隠すのに使えるかな……?」

 濃い目のごついサングラスを手に取り、変な悩み方をしていた。プロ棋士でそんな人見たことがない。全然女の子らしいことを考えていなかった。そういう子だった。

「んー、じゃあこっち」

 ネクスト凌乃ズセレクトのサングラスをかける。さっきよりレンズが縦に大きい。丸眼鏡のサングラス版って感じ。

「連理さん、エージェントっぽい」

「どういうエージェントよ」

「スパイ的な?」

「あれじゃない? 拳法着を着て凄く強い人的な」

「そっちが近いかも」

 不意に盛り上がる。そうじゃないだろう、瑞香さんへのプレゼント探しに来たんだよ。

 しかし面白い流れは止まらない。たまの買い物で、私も凌乃もテンションが上がっていた。

「これはどう? 似合う?」

 今度は凌乃自身のもの。フレームがヒョウ柄で、完全にギャルだ。レンズの奥で、目が見えるくらいの薄さ。本当、何でも似合う子だ。しかし、最もダメージを与えられそうな言葉を選んだ。

「大阪のおばちゃん」

「失礼しちゃうね」

 あれでもないこれでもない、あれは面白いなんて言い合いながら、お互いにサングラスを当てて試した。こういうのも面白い。これまでの人生で、あまり経験のない面白さだった。


「お気に入りのものは見つかりましたか?」

 ふわーっとした感じで、少し緩そうな、それでいてちょっと笑っている店員さんがやってきた。この人、多分できる。

「あ、すみません。知人のプレゼントを選びに来たんですけど、試着してたら盛り上がっちゃって」

「構いませんよ。こちらも見てみませんか?」

 店員さんに対し、慣れた様子で凌乃が応じる。私も糸遊も、ただついていくのみ。凌乃と店員さんのフランクな会話が心地よかった。

「そっちの小さい人、一応お姉さん的な人なんだけど、どれが似合うかなーなんて」

「そうですね。髪はいつもまとめてるんですか?」

「髪を下ろしたりまとめたりですね。連理さん下ろしてみてよ」

 無言でかんざしを抜いて下ろす。少し首をフリフリして、簡単に整えた。

「おー、お見事」

 店員さんの武士みたいな驚き方に、少し笑顔になってしまった。まさか下ろす時に褒められるとは。

「視力は気にしなくてもいいんで、何かよさそうなのありますか?」

「そうですねぇー、まずはこれとか」

 赤? 赤紫に近いフレームとレンズ。ゴージャスな感じの一品だ。

「失礼しますね」

 店員さんにかけてもらった。いい匂いがする。フルーツのような、柑橘系なふわっとした甘い香りだ。

 鏡を向けられて覗いてみると、どこかの芸能人のお忍びみたいにも見えた。少しばかり、レンズが濃いせいだろうか。

「なんか生意気」

「似合うけど、連理ちゃんはそんなに大人っぽくないしなぁ」

 二人が酷い言い方をする。店員さんが笑いを我慢していた。

「お、お似合いだと思いますよ。お値段もお手頃ですし」

「買います」

 二千円くらいだった。二人への当てつけ、それだけの理由で買うことにした。結構似合ってると思うんだけれど、そんな言い方をされたらムキになってしまう。

「ちなみに、これに遮光機能は?」

「日差しが強い時の運転や、登山にもいいですよ」

 品の札には、『UV400』と書いてある。よくわからないけれど、何かそれっぽい。

「買います」

 改めて宣言した。

「ありがとうございます」

「糸ちゃん、ああいうのをカモって言うんだよ」

「ちょっと恥ずかしいよね」

 店員さんが、笑いをこらえきれなくなってきた。何とか営業スマイルを貼りつけている。本来の目的に戻ろう。

「それより瑞香さん用だよ。凌乃、うまいこと説明して」

「丸投げじゃん。えーと三十近くだけど、そこそこ若く見えて、背は百七十ちょっとだから……」

 凌乃は糸遊をちょいちょいと引っ張り出し、髪はこんな感じ、色はどうで、あーだこーだと店員さんに伝える。よく説明できるものだ。自分から振っといてなんだけど、私じゃこう上手く表現できない。

「ご予算は?」

「連理さん、いくら出せるの?」

「まあ、二万以下なら」

 君たちのお小遣いから、少しずつ引いといてあげるね。心の中で言いながら、やんわりと笑顔で返す。

「てな感じです」

「そうでしたら……」

 少し移動して、高いものばかりのコーナーに到着した。

「このような、フレームにアクセントがついている品だと、少しお値段が上がりますね。これなんか、内側と外側で色が違っていて、外した時にもよく見えますし」

 ふむふむ。外側は琥珀色なのに、内側はパステルパープル。確かに面白い。

「こちらなんか、フレームの途中までチェーン状になっていて、他人とは違う感じを出せたりもしておすすめですよ」

「糸ちゃんかけてみなよ」

「おぉー!」

 糸遊がかけて、髪を凌乃が押さえて瑞香さんっぽく押さえつけた。鏡の前で糸遊が喜んだ。糸遊の口が半開きの「おぉ」で固まっている。凌乃が指摘した。

「こら、口閉じろ」

「ん」

 これで、より瑞香さんっぽくなった。

 悪くない、悪くないけれど、何かが惜しい。

「瑞香さんには、もう少しシンプルな方がいいかも。普段着が少し緩めなんで」

 今の私みたいな格好ですと、店員さんに伝える。

「それでしたら……」

 もう少しシックな感じで、金のフレーム。フレームとつるの間に何かがついてるけれど、かっこかわいい系な感じだった。

「ここにデフォルメされた動物のアイコンがついてて、ちょっとお茶目になってるんです」

 これも糸遊に試着させる。

 凄くいい。遊び心があるのを表に出さず、それでいてよく見ると可愛く遊んでいるのがいい。瑞香さんによく似合いそうだ。

 しばらく口出しはせず、凌乃と店員さん、試着係の糸遊に任せてみよう。

「第一候補これだね」

「うん。糸遊がほしいくらい」

「糸ちゃんには、もっと可愛い系がいいなぁ。そのハート形レンズとか」

「四万円って書いてるよ」

「うそぉ?」

 店員さんのクスクス笑いが、いよいよとまらなくなってきた。

「こういう、ドストレートに格好いいのは違うんだよね」

「ヤンキーみたいになりそう」

「こんないいグラサンした、ヤンキー三十路は嫌だよ」

 そこまで言うと、もう暴言だ。凌乃がケバケバしい一本を手に取る。

「こういう、真っピンクなのは変だしねぇ」

「うん。瑞香さんがつけてたら、お話したくなくなると思う」

「あたしだったら?」

「きついね」

「言い方がきついよ」

 凌乃が泣き真似をして、ようやく少し区切りがついた。


 笑いをこらえる店員さんに手伝ってもらい、もういくつかピックアップした。しかし、さっきの第一候補以外考えられないと、二人の結論が出た。

「私もそれでいいと思う」

「ではこちらはお包みしますね。そちらもケースをご用意しましょうか?」

「はい、お願いします。他のものも見てきていいですか?」

「ええ、どうぞ」

 サングラスは買い与えられないが、凌乃と糸遊にも少しばかりご褒美をあげよう。

 凌乃がキラキラしたボトルのリップ。凌乃のおすすめで、糸遊も同じブランドの香り付きハンドクリームを選んだ。

 どちらも千円ちょっと。ご褒美にはちょうどいい値段だ。

 店員さんの待つレジに向かい、二人の商品を並べてまとめて会計してもらった。全部合わせても、瑞香さんへのプレゼントの予算内に収まった。

 笑顔というより、笑いをこらえきれなくなった店員さんにお礼を言い、「また来ますね」と強調したら下を向いてしまった。あれは笑っている。あとでお店の仲間や上司に怒られないといいね。

「うっわ、連理さん止め刺したでしょ」

「何のことかなー」

 糸遊に袋を預け、シートベルトを締めた。糸遊が袋をかざしながら言う。

「プレゼントはいつ渡すの?」

「明日になってからにしようね。誕生日プレゼントだから」

「わかった。明日まで糸遊が預かっておくね」

「連理さんのグラサンも一緒に隠しとかないと、ネタバレになっちゃうよ」

 それもそうだ。じゃあ、それも任せて預けておこう。

 晴れやかな気分で、帰りの車を運転した。あれだけ愉快に過ごしたのに、まだ一時間も経っていない。得した気分だ。

 去年の香水に比べれば安く済んだけれど、プレゼントは値段ではない。

 考えて選んだプレゼントだから、瑞香さんもきっと喜んでくれるだろう。今から笑顔が楽しみだった。

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