表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
9/43

20歳3_傷だらけの棋士と四人の少女

 采女との二日間は大変だった。

 中学生とは思えないぐずりっぷり。一つ一つ正す。

 奨励会に通っていた頃を思い出す。あそこにいた子供たちなら当たり前なことができていない。

 師匠からの唯一と言ってもいい忠告を思い出した。

「自分と比べちゃいけないからね」

 師匠、他のよい子と比べるのは駄目でしょうか?

 なまじ可愛い分同性にも異性にも我儘が通り、両親からも甘やかされて育ったんだろう。采女の外見から推測した。


 深夜にトイレに起きた采女がベッドに潜り込むのを許した。

 身長は変わらないのに何でここまで幼いのだろう? まだ中学生ではあるが、もう中学生でもある。幼さが不安になる。

 自分と比べるなというのは身長も含まれるのだろうか。だとしたら思考が広がらない。

 一旦師匠の言葉を忘れ、身長云々はともかく身体の成長具合に対し、言動が幼いのをなんとかしなければならないと思った。

 私も寝なければならない。明日は対局がある。そして結葉がやってくる。

 対局のことを伝えると、亜嵐さんは檀さんをよこすと言ってくれた。

 彼女なら背が高く、大人っぽくて安心だ。

 少なくとも身長いじりで采女がマウント取りに走ることはない。

 ただ檀さんが高身長いじりをされないとも限らない。それを檀さんがどう受け取るかは私にもわからない。

 わからないことはわからない。

 はぁ、将棋ならなぁ。

 わからないならわからないなりによさそうな手を指せばいい、印象付けて失敗として覚えておけばのちの反省点になる。

 常に選択肢を示せる将棋やチェスに比べ、人間関係は複雑だ。

 やっていいことと悪いこと、やって欲しいことと欲しくないこと、人によって違うから絶対に駄目と言えるものがわからない。

 何をすると喜んでもらえるのか、嫌な思いをさせるのか。考えれば考えるほどドツボにハマって眠れなくなる。

 こういう時って何を考えればいいんだっけ……?


 気づいた時には朝だった。采女の寝息が聞こえる。

 私の傷だらけの手を握ってる。他の人に比べるとずいぶんと見苦しい手。必要がなくなっても日課にしていた部位鍛錬は、ここに越してくると同時に終了した。

 采女が来たこの二日だけでとても忙しくしている。どう話せばいいのか、どこで区切るべきなのか、常に考えて行動していた。

 大学やバックダンサーのアルバイトの時も大変だった。ただ、とても充実していたと思う。

 可愛がってもらったりいじられたり、金井さんという素晴らしい友人もできた。泣いてしまったのはさすがに恥ずかしい思い出だけれども。

 将棋で勝ち筋に気付けなかった自分に悔しくなることはよくある。あの時は睡蓮相手に本気で悔しいと、負けたと思った。

 競ってるわけではなかったはずだし、何なら睡蓮を盛り立てるためのバックダンサーだった。そう思う私はおかしかったのだろうか?

 金井さんは睡蓮の前だと上がってしまっていた。あれは面白かった。

 他の仲間も睡蓮に特別な思いでもあったのか、緊張したり近寄って仲よくしようとしたりと様々だった。

 睡蓮は確かに綺麗だし可愛い。

 あのライブへの熱意を見せつけられたら何も否定できない。

 それでも、私は悔しいと感じた。立場が違うのに悔しいもなにもないはずだった。

 他の誰も悔しいと言わなかった。思ってもいないようだった。

 私と他のバックダンサーたちの違いは何だったんだろう?


 采女に見送られスーツ姿で外に出る。

 引っ越したことで最寄り駅も変わり、将棋会館までの移動時間は長くなった。

 仕方ない、そこそこ広くて駐車場のあるマンションを大急ぎで探したのだ。どこかでデメリットが生じても我慢するしかない。

 何より三人の通う中学校の学区内である必要があった。

 あんまり遠いと登下校が大変だし、近すぎると私の姿、それに三人が同じ部屋に出入りしている姿が目立つ。


 今回、対局前の対策をまったくしていなかった。

 相手は引退間近の老棋士。忙しさにかまけて、失礼ながら舐めてかかっていた。

 お昼休憩を挟んだ時点で盤面は絶望的だった。

 何かを食べようという気にすらならず、休憩時間中ずっと盤面を見つめていた。

 どっこいしょと言いながら目の前に老棋士が座る。

 休憩終了の時間になり、私の手番で時間が減っていく。

 老棋士は私のことを気にするでもなく、ゆったりと構えて胡坐をかいていた。

 もう盤面を確認する必要すらない局面ということだろう。私もわかっている。それでも何か逆転に繋がる一手がないか絞り出す。

 ない、時間もない。

 負けだなこりゃ。ずいぶん前からわかっていたことをようやく受け入れる。

 座り直す仕草で、老棋士に投了を告げますよと合図を送る。

 老棋士も正座になった。

「負けました」

「どうも」

 負けたとはいえタイトルホルダーなので駒は私が片付ける。

 ふと手が止まった。

 まだ粘れそうだったかな? 終わってから気づくことは珍しくない。

「あの、すみません」

 私が片付けを進めないから、老棋士も作法として待っていた。

「ここ突いてたらどうでした?」

「どれ?」

 老棋士は老眼鏡を取り出して掛け、ほうほうと面白そうに顎を撫でる。

「まあ勝ちは変わらんわな」

 いくつか読んでいたらしい筋を示してくれる。

 どこから勝ちを確信していたか尋ねた。

「最初からだ。お前さんに勝つ気がなかったんでな」

 そんなことがわかるのか。普段なら何を馬鹿なと思うところだが、詳しく聞きたくなる。

 記録係が帰りたそうにしていた。残りは片付けておきますと伝えて解放した。

 老棋士と四時間は話していた。

 気が付けば対局盤面の話ではなく、あの頃はとか、あの野郎はとか、世間話のような話になっていた。

 面白かった。もっと話していたかった。

 さっきの私の負け筋のことも訊きなおした。何で教えてくれたんですかとも。

「そりゃまあ、お前さんと対局することはもうないだろうからよ」

「え?」

「冥途の土産だ」

 カラカラと笑う老棋士につられて笑った。

 失礼と思ったが私も笑った。怒られなかった。

 私たちが雑談している間に他の対局も終わっていた。周囲に人はいなくなっている。

 今日はもともと人が少なかったし、近くで別の対局もやっていなかった。


「正直な、お前さんの名前を聞いてもわからんのよ。何で女っ子が俺の前にいるんだってな」

「あんたが悪いんじゃない。俺の頭の問題さ」

「でも話せて楽しかったよ」


 疲れた疲れたと言って立ち上がった老棋士は、駒が残っていることも忘れて帰ってしまった。

 これだけあれこれ話しておいて誰だかわからないなんて。私もあれこれ訊いたからおあいこか。

 駒を片付け、帰る準備をする。

 負けたけれどなんだかいい対局だったと思う。

 教えてもらって、違う事を教えて、一緒に笑う。

 肩の力が抜けた会話。何かを吸収してやるとか教えてやるとか、そういう貪欲さとか損得勘定のない他愛もない会話。

 楽しかったなぁ。ちょっと前だったら『時間の無駄』だと割り切っていたはずなのに。

 これでこの棋戦は敗戦だ。でも、それ以上のものを貰ったと思う。


 帰り道、采女とのことを思い返していた。

 これはこうだよと教えると采女は話を聞いてくれる。

 私から采女に訊いたことはあっただろうか。

 常に私が正解を持っていて、采女はそれを求めてくれる。

 ちょっと違う気がする。不健全だ。

 私が間違えていたらどうするんだろう?

 早く帰って話したい。

 そういえば結葉もとっくに来ている時間だろう。

 電車の待ち時間にそわそわする。

 早く帰って二人と話さないと。

 檀さんもまだいるかな。いるんだったらお礼がしたい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ