20歳4_傷だらけの棋士と四人の少女
帰ると檀さんが困り果てていた。
采女が結葉に弁解している。
何があったのだろう?
原因は私だった。
采女が持ち込んだ大量の古い衣類。
あれを入れるために一時的に、隣の部屋の結葉の衣装ケースを借りていたのだ。
結葉は勝手に持ち出されたものだと思っている。そして采女は違うの違うのと泣きそうになっている。
「九さん、電話したんですよ」
「すみません」
檀さんの言う通り、私が老棋士と談笑していた時から大量の着信があった。
亜嵐さんからも何件か着信履歴がある。檀さんが助けを求めたのだろう。
「結葉ちゃんごめんね。采女ちゃんの荷物が多くて、借りるだけだったつもりが戻し忘れてたの」
慌てて口調も雑になってしまう。
「本当に私のせいなの。ごめんなさいね」
各衣装ケースに名前のシールを貼っていたのが逆効果だった。部屋に割り振る時に便利と思ったのに。
二人はそのせいで誤解してしまった。シールの貼られている物は自分のものと思う結葉、私が持ってきたものだから自分のものだと思う采女。
事情がわからなければ取り繕うこともできないだろう、檀さんに何度も謝罪した。二人にも何度も謝った。
檀さんは許してくれた。彼女自身が預かってあげられなかった子たちを、私が預かっていることへの負い目だと思う。
結葉は怒りのやり場がない。元々そう怒るタイプでもないのだろうか、気持ちのやり場がないようだった。
采女は私がしてくれたことだから正しいと思ったのか、私を突き出して自分が助かろうという知恵も回らなかったのか、それともそんなことをしてはいけないとわかっていて、同じことしか言えなくなってしまったのか。
唯一の救いとでも言えばいいのか、采女も結葉も、勿論檀さんも、相手を傷つける言葉を発していなかった。
檀さんに連絡させるのも申し訳ないので、自分から亜嵐さんに謝罪の連絡を入れる。
『バカタレ』
たったこれだけ。
自己嫌悪で反論の言葉すら浮かばない。本当にバカタレだ。
「檀さん、お時間大丈夫ですか?」
「あ、いけない」
もう十九時を過ぎている。檀さんも忙しい身だ。本当はもっと早く解放されているはずだった。
「すみません、失礼します」
慌てて出ていく檀さんが、玄関で私たちに振り返って言う。
「采女ちゃん、結葉ちゃん」
黙りこくってしまった二人が檀さんを見る。
「九さんが悪いんだから、いっぱい文句言っていいのよ」
二人の視線がこちらに集まる。覚悟しよう。
最後に悪戯っぽく笑った檀さんと目が合い、助け船に感謝した。
「連理ちゃん連理ちゃん」
「はい」
「なんでこんなに遅くなったの?」
「えっと、それは……」
正直に言うべきか、老棋士と話が盛り上がって時間を忘れていたと。
「連理さん、私も聞きたいです」
「うん、まあ端的に言うとお喋りが盛り上がってしまいまして」
えー! と全身で責めてくる。采女のベッドに押し倒された。
私より背の高い結葉はぜんぜん非力だ。それでも采女も一緒になるのでさすがに倒れる。
「本当にごめんなさい。衣装ケースのこともすっかり忘れちゃってて」
「もういいです」
「私は結葉ちゃんのこと許してないから」
「あれは連理さんが悪いってわかったでしょ」
「でも謝ってくれてないもん」
「う、だって私も悪くないから」
私個人としては助かる対立だが、そういうわけにもいかない。
「采女ちゃんは私が悪かったことを、采女ちゃんのせいにされたことが嫌だったのね」
采女がコクンと頷く。
「結葉ちゃんは自分のものを勝手に持っていかれて使われたこと? それとも説明がなかったこと?」
「どっちもです」
「ごめんね、それはやっぱりどちらも私が悪いの」
「はい……」
「本当は結葉ちゃんが怒る相手は私で、采女は違うってわかってくれた?」
「はい……采女ちゃん、疑ってごめんなさい」
「あ」
采女は複雑な感情になっているようだ。まさか謝られるとは思ってなかったのだろう。
「私は謝らないからね」
「いいえ、謝りなさい」
「なんで?」
さすがにむかっときた。少し優位に立つと更に何かを要求するような態度。生意気だ。
「謝らなければならない理由がわからない?」
「わかんないよ」
「じゃあ、何で結葉ちゃんは謝ったかわかる?」
「悪いことしたから」
「してません」
結葉もそこは譲らない。
「したもん」
どうでもよくなってきた。
「はいはい、わかりました。じゃあ私ももう悪くないです。謝ったので後は二人でやっててください」
「えー!?」
「逃げるんですか」
「あなた達キリがないでしょ。あーお腹空いた」
喧嘩両成敗は失敗した。じゃあもう時間に任せよう。
「ごめんなさい、もう喧嘩しない」
「私ももうしません」
泣きそうになる二人を思わず許しそうになる。
「別に怒ってないですよ。謝らなくてもいいです。相手が違うだけですからね」
物凄く不服そうな顔の采女が結葉を睨む、結葉も自分から言うもんかという気概が見える。
やっぱり終わらない。
「では、三・二・一・はい」
「ごめんなさいでした」
「ごめんなさい」
「じゃあ終わり終わり」
同時に謝ったのならもういいだろう。
思い付きで言ったカウントダウン、案外うまくいった。
こういう諍いはないに越したことはないが、同じようなことがあればまた使えると思う。
冷蔵庫を開く。早く帰れるつもりだったので、中には大したものが入っていない。
仕方ない。結葉の歓迎会がてら外食にしよう。
「二人とも、ファミレスでも行きましょうか」
「行く!」
「行きます!」
二人もお腹が空いていたようだ。
よしよし、今日は上手くコントロールできた。
とはいえ原因は私だったのも事実。これからは気をつけないと。




