23歳35_Invisible scars
元々四人暮らしだったのが、五人になった時点で寝床問題はあったのに、本日は合計十名分の寝床作り。
食事を終えた頃、ようやく起きてきた木蓮さんをベッドから追い払い、とにかく私のベッドを何とかする。普段なら二人で寝ても大丈夫なサイズだが、それでも三人になると少し狭い。
糸遊と結葉のベッドは、寝たり起きたりになりそうな瑞香さんと木蓮さんに使ってもらい、ありったけの布団類をリビングに並べて何とか眠れる形にした。
糸遊は既に眠そうで、ぽやーっとしていたので私のベッドで眠らせ、同い年の四人と采女、そして睡蓮にリビングで寝てもらうことに決まった。私のベッドで糸遊を撫でながら眠ろうとするが、リビングが騒がしくてそれどころではない。
正にパジャマ女子会って感じで、ずっと話をしている。もう零時をまわろうというのに、ずっと声が聞こえてきた。
そっとドアを開け、静かにするよう声をかけた。私だって眠いんだ。ドアを閉め再びベッドに戻る。
「なーに? もう寝てんの? 夜は長いよー!」
さっきまで寝ていた、木蓮さんの声がリビングから聞こえてきた。あー、うるさいうるさい。
そう思いながらも将棋の集中で疲れていたのか、いつの間にか私は眠りに落ちていた。
なにかがもぞもぞと動く感触で目が覚める。糸遊? 薄目で見る。すやすやと寝ている。
逆を見ると、睡蓮だった。一瞬目が合い、寝たふりをされた。
「何でここに」
「うるさくて退避してきちゃった。おやすみ」
「おやすみ……」
また眠りに落ちた。
再び目が覚める。何時だろうか、外はまだ暗い。
起き上がった動きで、隣から苦情の寝息が聞こえた。睡蓮? 何でいるんだっけ?
少しずつ頭が回り出す。ああ、そうか。寝床がいっぱいで、皆がうるさくて睡蓮も逃げてきたんだ。
何とか目が開き、夜間照明の光で時計を見る。六時前だ。もう少し眠ってもいいし、早起きしてもいい時間だ。少し迷い、二人を起こさないよう慎重にベッドから出た。
リビングはめちゃくちゃだった。暖房を入れたままだったので暖かいけれど、何人か布団からはみ出している。一人ずつ布団に押し込み、すっきりするために歯みがきに向かう。
しかし、この様子だと早起きしてもやれることはなさそうだ。
「おはよー」
「おはよう睡蓮。起こしちゃった?」
「んー? わかんない」
睡蓮がトラベルセットの歯ブラシを取り出し、歯みがきが終わるのを何となく待つ。凌乃のジャージを着ていることに気づいた。
「連理ちゃんは、これからどうするの?」
「とりあえずコーヒーでも飲みたい気分だけど、あそこで沸かすと起こしちゃいそうだよね」
「外に飲みに行く?」
「寒いよ」
「冬は寒い。誠に結構なことである」
「何言ってんの?」
それでもコーヒーを飲みたくて、着替えて玄関に集合した。他には誰も起きて来ない。
何が誠に結構なんだか、外に出た瞬間ぶるっと震える睡蓮に笑ってしまった。
「これ被りなよ」
去年、結葉にもらったニットキャップを被らせた。多少は耳元も暖かくなるだろう。
「ありがとー。これ去年見たやつだ」
「よく覚えてるね」
「感動エピソードを聞いた日だもんね」
そんなに大層なことは話していないと思うけれど、適当にうんと答えておいた。
この時間ではそこらのチェーン店も開いてないので、コンビニのコーヒーコーナーを利用する。初めてでわからなかったが、睡蓮が詳しかった。私はブラック、睡蓮はカフェラテ。
「睡蓮の髪ってさ」
「うん?」
「染めてるんだよね」
コーヒーを片手に、歩きながら尋ねる。本当に思いつきの質問だ。
「地毛はほぼ黒だよ。ダークブラウンかな」
「神社で初めて見た時、派手な子だって思ったんだよね」
「似合ってなかった?」
「んー、不思議と違和感はなかったかな。綺麗な子だなと思った」
「もう、褒めてもカフェラテくらいしか出ないよ」
「吐き出さないでね」
朝からそんなもの見たくない。
「あの時ちらっと木蓮さんを見たら、顔立ちが似てることがわかったんだよね。でも、髪は落ちついた色だった」
「うん。お姉ちゃんと、世の中への反逆のイメージで染めたんだ」
「そんなロックな感じだったの?」
「冗談だよ。ただ、あえて白にする人ってあんまりいない気がしたからさ、やってみたくなっちゃった」
「それがもう四年も続いてるんだ」
「連理ちゃんと会うより、もっと前からだよ。もう五年くらいになるかな」
ニットキャップからはみ出た髪を、くるくると指先で触っている。
「連理ちゃんはずっと黒だよね」
「うん。これからもずっと黒。おばちゃんやお婆ちゃんになるまでずっと」
「染める気ないんだ」
「身長があと五センチ伸びたら考える」
「じゃあずっと黒だ」
この歳から背の伸びは期待薄だ。ほぼ無理だろう。骨延長でもしない限り。
ゆっくり歩きながらコーヒーを啜り、喫茶店の味を思いだした。早く店に行きたくなる。
コンビニのコーヒーも悪くないが、やっぱり私の中でのコーヒーはあの味だった。
ずずずっと飲み干す。空が少し明るくなってきた。思わず口に出る。
「おー、日の出だ」
「本当だ。今年は初日の出を拝めるかな」
「今年って言うのかな」
「わかりづらいよね。今年度にしよう」
元旦までまだ数日ある。年を跨ぐなら確かに年度の方がわかりやすい。
「そろそろ帰ろうか」
「うん。連理ちゃんはいつもブラックなの?」
「コーヒー?」
「そうそう。なにか入れてるの、見たことないし」
「うん、ずっとブラック。プロデビューしてからずっと」
「だから伸びなかったんだね」
「喧嘩なら買うよ」
「おーこわ」
帰っても、まだ誰も起きていなかった。凌乃と采女が使っている部屋に入り、暖房を入れてテレビの前に座った。
朝ご飯はどうしようかな、なんて考えていると睡蓮が歌を歌い始めた。小さな声で。
聞いたことのない歌だった。
「新曲?」
「うん。練習中」
「ネタバレだ」
「歌いたくなっちゃったんだもん。連理ちゃんのせいで」
「なにかしたっけ?」
「昨日の将棋。あれを見て、何かしたくなっちゃった」
ずいぶんとタイムラグのある話だ。
「凌乃ちゃんが走りに行ったのも同じ理由だよ。私もいても立ってもいられなくなっちゃった。凌乃ちゃんも同じ気持ちみたいで嬉しかったな」
「将棋の間、退屈じゃなかった?」
「ルールはあんまりわかんなかったけど、これが勝負の世界にいた連理ちゃんの本気なんだって思ってびっくりしたよ。多分あてられたんだと思う」
「あてられた?」
「うん。熱意って言うのかな? 本気の人の凄みを感じたよ」
「本気かぁ」
確かに本気だった。今の糸遊と、糸遊にどれだけ自分が本気で厳しくなれるか試したくなった。
その原因は睡蓮の言葉だった。厳しさと優しさ。きっと、私の方が先にあてられていたのだと思う。あれでスイッチが入った。
「昨日は走って、凌乃ちゃんと話して。凌乃ちゃん、凄く嬉しそうだったよ。連理ちゃんはやっぱり凄いんだって、興奮してた」
「うちの凌乃が、ご迷惑をおかけしたみたいで」
「あはは。私も同じ気分だったからあおいこだったよ」
根が真っすぐで情熱タイプ。睡蓮の本質も、そんな感じなのだろうか。
「それで今も思いだして、歌いたくなっちゃったわけ」
「そういう話だったっけ」
「そうだよ。お腹空いてきたー」
睡蓮が立ち上がる。見あげるついでに時計を見た。
「もう七時か。みんな何時まで起きてたんだろ?」
「わかんないけど、もう起こしちゃってもいいんじゃない?」
「夜更かしする方が悪いか」
「そういうこと。ご飯食べようよ」
キッチンに向かいエプロンをかける。メニューはもう決めていた。
ご飯を炊いている間に、豚汁用のお湯を沸かす。
この人数だ。色々作っても面倒なことになる。米と汁物。豚汁用の野菜を睡蓮に切ってもらい、私は卵焼きを作った。
「あー、卵食べたい! あーん」
「それ、食べる側が言うんだっけ?」
少し冷まして、千切りたての卵焼きを手で食べさせる。卵焼きは切って断面を作るより、手で千切った方が味がいいと、どこかで聞いてからそうしていた。
「甘めなんだ。これも美味しい」
「これは完全に私の好みだね」
「なーにイチャイチャしてんの?」
木蓮さんが起きてきた。おはようの代わりに、卵焼きを口に押し込んであげる。
「美味い。もう一個」
「あー、お姉ちゃんばかりずるい。私も! もう一個!」
「だめだめ、なくなっちゃうよ。睡蓮の方が先に食べたくせに」
「また焼くから」
姉妹の言い合いに付き合っていられない。
卵はまだあるし、どうせ何度か焼かないと人数分には足りない。今回の分は三人で食べてしまった。
炊飯器を見て、木蓮さんが問いかけてくる。
「ご飯は、おにぎりにしちゃう?」
「その方がいいかな」
「オッケー、炊けたら握るの手伝うよ」
そのまま出て行ってしまった。私は再び、卵と向き合う。
「おにぎりと豚汁って、炊き出しみたいだね」
「この有様だからね。野戦同然だよ」
リビングに転がる、十代半ばの女の子たちの寝姿を見る。ため息が出た。
「連理ちゃんって、意外と家庭的なんだね」
「意外って何よ。これでも四人育ててるんだよ」
「それもそうだ。こりゃ失敬」
糸遊も起きて、目の前を通り過ぎた。少しして、すっきりした顔で戻ってくる。
「おはよう連理ちゃん、睡蓮ちゃん」
「おはよう」
「おはよう糸遊ちゃん。お腹空いてない?」
「空いてるよ」
「ほーら、卵焼きだよー」
「食べる食べる!」
人の作ったおかずで、人の家の子を誑かす悪い女だ。
「糸遊は今日、将棋道場行くよね」
「うん。連理ちゃんも行く?」
「ちょっと席主さんに質問があるからね。一緒に行くよ」
「やったー!」
せきしゅさん? と睡蓮が不思議そうにしている。
「将棋道場を主催してくれてる人だよ。ちょっと恐い顔だけど、面白いおじいさん」
「へぇー。糸遊ちゃんはそこで練習してるんだ」
「うん。連理ちゃんより強い人はいないけどね」
睡蓮がじっとこちらを見る。どうよと、得意な顔をしてやった。
「こんなに小さいのに、強くて凄いんだね」
「そうだね。小さいけど優しくて、綺麗で自慢の連理ちゃんだよ」
「もう、糸遊ったら」
演技っぽく、後ろから抱きしめてあげる。
「あとちょっとめんどくさい」
睡蓮がぷっと噴き出した。ショックを受けて鍋の前に戻った。もうすぐお米も炊ける頃だ。
私、糸遊に嫌われたら生きていけないかも。
「そろそろお米炊けたー? お、糸遊ちゃんおはよう」
木蓮さんが戻ってきたので、おにぎり作りは三人に任せて豚汁に集中する。瑞香さんが匂いに釣られてやってきて、鍋の前の私にもたれかかってきた。
「おはよう瑞香さん」
「おはよー連理ちゃん。寝過ぎて眠たーい」
いつも以上にぽやぽやしている。
「重いよ」
「人間だもの。あー、おみそしるー」
「豚汁だよ。瑞香さん合計何時間寝てたの?」
「わかんなーい」
「もうすぐ誕生日だね」
「えへへー。ありがとう」
「来年はついに」
首筋に手が当てられ、ぞわっとした。殺されると思った。
「人間だもの。歳は取るわ」
「そ、そうだね。うん」
頭を起こすために、悪ふざけで言ったら怒られた。危なかった。
瑞香さんもおにぎり組に合流する。豚汁ももうすぐ完成だ。寝転がっている五人を、叩き起こす時間が来た。
五対五の構図。作戦は簡単だった。
一人が一人分、布団を引っぺがす。
私の担当は凌乃。一番パワーがある者に、パワーを当てる作戦だ。
「せーの!」
間抜けに眠っていた、女の子たちの悲鳴が響いた。




