23歳33_Invisible scars
睡蓮に上半身を、凌乃に下半身を持ちあげられ、結葉の部屋でそっと下ろされた。
室内にある衣装の多さに睡蓮は興奮し、目を輝かせている。
「おぉー! 本当にいっぱいあるね。これ全部、結葉ちゃんが作ったの?」
「さすがに全部じゃないよ。木蓮さんたちに送られた、連理ちゃんの服も保管してあるから」
私が購入した、勝負服の袴もここにある。将棋人生最後の三連戦で、人に着せてもらうのが面倒で、袴は自分で着られるように練習した。
「睡蓮さんたちが来る前にこの部屋に来たら、凄い数の服があってびっくりしちゃったよ」
浮草はしたり顔で述べると、早速服を選びはじめた。
「狭くなってきちゃったから、欲しい服があったら言ってね。あんまりいい素材じゃないけど」
「いやいや、これは十二分に楽しめるよ」
凌乃が睡蓮と目を合わせた。凌乃の手元には化粧道具が握られている。
罰ゲームとしてのファッションショー。しかも凌乃のメイクアップ付きが始まった。
綺麗にしてもらえるのは嬉しい。可愛く見られるのもいい。
しかし、そこには目的があってほしい。例えば、これから誰かに会って好印象を与える必要があるとか、参加者がみんなで着飾っていて、悪目立ちしないようにするようなイベントとか。
頼んでもいないのに、睡蓮は結葉とセットで付きっきりになって、私の服をコーディネートしてくれている。
以前睡蓮と木蓮さんから送られた、二十着ほどのいい服も合わせた様々な組み合わせで、ちぐはぐだったり格好いい系だったり可愛い系だったりで、着せ替え人形にされた。
「連理ちゃんは、足出したがらないのもったいないよ。これくらい太い内に入らないんだから」
「こういう黒いタイツなら少し細く見えるね」
「結葉ちゃんナイス。ほら、私とお揃いだよー。さっきいやらしい目で見てたもんね」
「見てない」
「嘘ばっかり。ほら、そのミニスカと合わせて履いた履いた」
この白いミニスカは、いったいどこから紛れ込んだんだ。私なら絶対に選ばないやつだ。こうなると大人しく従うしかない。
「これワンピースっぽいんだけど」
「そうだよ、ミニスカワンピ」
「上着も脱がなきゃいけないの? 面倒だなぁ」
今日はそんなに動く気がなかったので、固定する下着ではない。
パーカーを脱いでインナーになる。これだと、ワンピースがぶくぶくになりそうだ。一回脱いで、下着だけになる。
「えっろ」
同じく着替えていた浮草から中傷される。お前も華奢に見えて、引き締まって大概えろいだろうが。
かがんでタイツを履く最中、睡蓮が私をじっと見ていた。
「ちょっと待って。絶対前より大きくなってる」
「身長が?」
「それはない。うひょー、なんだこのサイズ」
大急ぎでワンピースを着る。それしか身を守るものがなかった。
腰回りにベルトが回された。結葉の腕も回ってきた。
「ギュっとしていい? しちゃうね」
「やめんか」
振り解いて結葉の軽く腕をキメる。それでも笑顔、やべー女だ。
「タップで使う室内用の革靴、凌乃ちゃん取ってきて!」
「ラジャー!」
凌乃が最速でリビングを往復し、私の足に装着させた。
「あとは化粧だね」
「お任せください」
凌乃が化粧ボックスを取り出し、後ろからは睡蓮と結葉が私を羽交い絞めにする。どこかでやられた構図だ。
「浮草、助けて」
「えー無理ー。結葉ちゃん、これ借りてていいかな?」
「うん。とっても似合ってるよ」
普段のガーリーなファッションとは違う、ボーイッシュな衣装に着替えた浮草が出ていった。完全に見捨てられた。
お披露目会が開かれた。クールアンドボーイッシュな浮草のファッションと、お洒落っぽい服装と化粧で塗り固められた私。テイスト的に、いつもの真逆のファッションだ。私は靴まで履かされている。
タイツって結構暖かいんだ。そんな呑気なこと考えていたら、スマホのシャッター音が鳴り響いた。
このワンピース、胸元が少しきつい。いつもの運動用の下着ならまだよかったのに。
並んでーポーズ取ってーと、カメラマンみたいな声が聞こえる。お酒の入った二人だ。
しばらく玩具にされたあと、ようやくテーブルに辿りついて缶ジュースでエネルギー補給する。はぁ、生き返る。
ごめんね糸遊。恥辱に震える気持ちが改めてわかったよ。そう思いながら糸遊を見る。目がキラキラしていた。
「連理ちゃん、いつもそんな格好してればいいのに。凄く似合ってるよ!」
「そう? ありがとね」
糸遊に褒められると満更でもない気分になる。この子の素直な意見には、いつも悪意がない。心が洗われる。
「連理ちゃーん。燈火さんに写真送っといたよー」
「何やってんのー!」
遠くで酔っ払う木蓮さんはケタケタと笑っていた。今も瑞香さんとスマホを見て、ニヤニヤしている。
疲れて飛び掛かる気力もない。私、何か悪いことしたかな。
テーブルに残っていた糸遊は、桜蓮に将棋の手ほどきをしていた。いつぞやのマグネット盤だ。
「取った駒を使えるっていうのが難しいね」
「反対に、チェスは逆転が難しいんだね」
パソコンを使ってチェスの画面を確認している。なるほど、駒の動きの比較ができて面白い。
「桜蓮も将棋に興味出た?」
「うん。詰将棋とか、アプリでやろうかなって思ってるよ」
「糸遊も将棋道場で、小さい子に教えたりしてるからさ。うん、小さい子は私じゃないよ。手ほどき受けてみなよ」
そうか、桂馬はここ行けないんだとか、龍の斜め後ろの移動範囲でずいぶん困りつつも、楽しく覚えてくれて何よりだ。まったくの初心者とは違う、チェスプレイヤーの視点での苦悩が新鮮だった。
この三人で将棋やチェスの世界に浸るのは幸せだ。二人とも素直で落ちついている。後ろのやかましい連中とは大違いだ。
私もチェスのルールは知っていた。駒の動きの違いや、キャスリングといった特殊なルール程度ならば。ただ、実戦経験はなかった。
どこから手を付けたらいいのか、セオリーがわからない。
チェスが白先手で、囲碁が黒先手だっけ? 色の違いのない将棋と違い、どうにも記憶があやふやだ。
靴音がしなくなったので、さっきまで盛況だったタップボードの方を見る。おや、誰も使っていない。革靴を履かされているので、ついでに少し動いてみよう。
基本ステップを踏んでから、さっき睡蓮がやっていた動きの真似をする。ほう、こんな足の使い方になるのか。采女の声が遠くに聞こえる。
「ちちでっか、けつえっろ」
知ったことか。しかし、せっかくこのボードで踏むなら、革底より金属底の方がいい。靴を履き替えてリトライする。
うん、ボードを使うならこっちの方が好きだ。やっぱり革底はレッスン場向きだ。
しばらくは足元を確認しつつ、両手を動かしてバランスを取りながら足を動かした。これは楽しいし、気持ちがいい。
木蓮さんがスマホで撮っているのが見えた。好きにしろ。今日はもう撮り放題だ。
最後に、オリジナルでターンを入れて足音を響かせる。うん、楽しかった。一旦満足だ。
小さく拍手。木蓮さんと睡蓮、そして采女が見ていた。采女は見学者というより、何かを研究するような考えるポーズだ。どうせセクハラだろう。
「いやーお見事。自分でも見てみる?」
「写真じゃなくて、動画撮ってたの?」
「そうだよー。睡蓮も別角度から撮ってたから、並べて見てみようよ」
「いいよー」
睡蓮が軽く応じ、ピザの箱を押しのけてローテーブルで二人のスマホを並べる。ほぼ正面視点の木蓮さんの動画と、斜めからの睡蓮の動画だ。
「これが私?」
普段と全く違う服装で、まったくの別人に見える。そして楽しそうに笑って踊っている。音も小気味よく響き、踊りの技術以上にいい動画に見えた。
「睡蓮それこっちに送って」
「オッケー」
「それも燈火さんに送る気なんだ」
「そうだよ。今後の練習のアドバイスもらえるでしょ?」
「それならありかな」
ふむふむと頷いていた采女が顔を上げる。
「これさ、Wildflowersでやれないかな?」
「お?」
采女の予想外の提案に、木蓮さんが興味を示した。
「Lotusが諦めたのって、揃えるのに時間がかかったからなんだよね」
「そうだね。レッスン時間がなかなか統一できなかったから、全体でこういうのは難しいって話になっちゃって」
「私たちならいつも時間合わせられるしさ、フローリング用の靴を用意すれば、みんなでできるんじゃない?」
「瑞香さんに相談してみようか。今は潰れて寝ちゃってるけど」
どうやらタップダンスは、采女の琴線に触れたようだ。イメージが広がっているらしく、楽しそうに笑みを浮かべて考えている。
テーブルが振動する。私のスマホだ。どれどれと手に取ると、燈火さんからだった。何かあったかな。
「こんにちは。何か木蓮さんから色々送られてない?」
『見ました。連理さん、とても可愛いです。そんな格好もされるんですね』
「いや、これはちょっと……罰ゲームというか何というか」
『その、よかったらビデオ通話で見せていただきたいなと思いまして』
「こんなのが見たいの? 別にいいけど」
通話設定を切り替えて映す。大していいスマホでもないので、画質はご愛敬だ。
「見えてる?」
『はい、とても素敵です』
「そっちもなかなか素敵なご格好で」
ビデオ通話に切り替えた時点で、お互いの姿が見えていた。眼鏡をかけてスウェット姿の燈火さん。家庭用普段着って感じが丸出しの格好だった。
『ふふ、普段はこんな感じなんです』
「ちょっと意外だった。どう? これ似合ってる?」
調子に乗ってその場でターンする。スマホを持って回って、風景が回っただけだった。いかんいかん、謝って一回スマホを置いて、もう一度ターン。どうだ!
『可愛いですよ。いいものが見れて幸せです』
「幸せの基準低いんだね」
後ろに睡蓮が立って肩に顔を乗せ、ピースを始めた。映りたがりめ。
「こんにちはー。連理ちゃんがお世話になってます」
『木蓮さんの妹さんの……』
「睡蓮でーす。よろしくねー」
『はい、よろしくお願いします。今はご自宅なんですか?』
「私の方だよ。呼んでもないのに今日転がり込んできた」
「嬉しかったくせにー」
「ちびっ子大魔王って言ったの、忘れてないからね」
燈火さんに上品な笑い声が耳に心地よい。
しばらく三人でビデオ通話を楽しむ。睡蓮と燈火さんという、予想外の組み合わせで距離が縮まったことに驚いた。
アイドル感を丸出しにした睡蓮と、物静かで上品な燈火さん。
並んで歩けば、相当な絵になること間違いなしだ。
通話を終え、睡蓮が感想を口にする。
「綺麗な人だねー。品性が外見に滲み出てる感じ」
「初めて会った時、私も思ったよ。ちょっと恐いところもあるけど」
「恐いところ?」
「口では言い表せないというか、何というか」
深く追求されても上手く説明できない。あの、得も言えぬ恐怖は。
思いだしていると采女に呼ばれた。
「ねーねー、木蓮さんも寝ちゃったけど、どうしよう? ベッドに運ぶ?」
改めてリビングを見回すと、酷い有様だった。
「あーもう。瑞香さんも運んじゃおう。睡蓮も手伝って」
「仕方ないなー」
高身長の瑞香さんと木蓮さんを、私一人で運ぶのは困難だ。重心が掴みづらい。
私が腕を持ち上げて、二人に片足だけ持ってもらってベッドに放り投げる。もう一人並べて片付いた。迷惑な酒飲みたちだ。
「お酒を飲み始めた時点で帰る気なさそうだったけれど、どうするの?」
「桜蓮がどうしたいかだね。私は時間はあるけど。おーい」
睡蓮が勢いよく桜蓮に抱きついた。
さすがの采女も、呆れた様子で睡蓮を見ている。
「ありゃ泊まる気だね」
「そんなに布団ないよ。どうしようかなぁ」
「この二人で、ここは埋まっちゃったようなもんだしねぇ」
私の大き目のベッドで寝る二人を見て、采女も苦笑している。本当にどうしたものか。
「寝床はまあ、窮屈になるけれど、それぞれどこかに潜り込ませよう。私は糸遊のベッドでくっつけばいいし」
「うわ、一番安全そうなとこ選んだね」
「采女たちの部屋にもう二人、結葉の部屋にもう一人眠れるかな?」
「結葉ちゃんの部屋で、誰かが転んだら大事故になるよ」
あの衣装の山だ。下手したら荷物の大崩壊が起こる。
「じゃあ、ここに敷けるだけ布団敷くかぁ」
「連理ちゃーん。桜蓮も泊まりたいってー」
「はーい」
「決まりだね」
「仕方ないなぁ」
それはともかくこんな格好、そして化粧を何とかしてしまいたい。
さっきまで着ていた服は、既に洗濯籠に放り込まれてしまった。木蓮さんと瑞香さんが寝ている横で、音が出ないように別の普段着に着替える。
ほっと一息吐く。可愛く仕立て上げられるのも悪くないけれど、やっぱり緩い服の方が心のゆとりを感じられる。
しれっと着替えて洗面所へ。そして、しれっと化粧を落とす。すっきりした。
髪をかんざしでまとめ上げ、そのまま歯みがきをする。気分転換だ。洗面所を出てリビングに戻る。凌乃たちの数人の姿が見えない。采女もいなくなっていた。
部屋でDVDでも見ているのだろうし、放っておけばいい。改めてリビングを見ると、ピザの箱や飲み物のゴミが片付けられていた。
ありがたやありがたや。誰かわからないが助かった。緑茶をここにいる四人分だけ用意して、糸遊の隣に腰を下ろす。どうやらチェスに挑戦しているらしい。
「睡蓮もチェスやるの?」
「ずいぶん前にちょっとだけね。桜蓮には絶対敵わなくて、やめちゃった」
「睡蓮姉さんは猪突猛進すぎるんだもの」
糸遊がパソコンの画面を見ながら唸っている。きっと将棋ならこうなのに、なんて考えているんだろうな。ちょっと気持ちがわかって笑みがこぼれる。
「その桜蓮も、お姉ちゃんにはなかなか勝てないんだよね」
「最近対戦してないから今なら勝てると思うけど」
「あとでやってみなよ」
「チェスセット持ってきてないよ」
「あー、そっか」
オンラインの対戦相手も初心者だったのか、糸遊がなんとか勝ちきった。
「あーだめ、これ将棋と混乱するー」
温くなった緑茶を飲みながら、糸遊がぐったりとテーブルに突っ伏す。今日は公開処刑にあって、慣れない頭脳労働をして、ずっと頭を使いっぱなしだ。
「甘いもの食べたいなぁ」
「ずっと考えてたもんね」
「うん。わらび餅とか、餡子が入ってないのがいいなぁ」
「今から外で食べると遅くなっちゃうし、持ち帰りのお菓子でも買いに行こうか」
「行くー!」
「睡蓮と桜蓮はどうする?」
お茶を啜っていた二人にも声をかける。
「歩いて行くの?」
「そうだね。駅の近くに、和菓子屋さんあるから」
「散歩がてらいいかもね。桜蓮も行こうよ」
「うん」
「今日は色々お世話になってるし、私が奢ってさしあげましょう」
「睡蓮ちゃん好きー」
「糸遊ちゃんは現金だねー」
上着を着ながら、睡蓮と糸遊がイチャイチャわちゃわちゃしている。微笑ましい光景だ。
「桜蓮も甘いもの好きだったよね?」
「うん。お饅頭とか、大福とか」
「餡子派なんだ」
「クリーム類は脂質が多いからね」
「ストイックだねー。私なんて、食べたくなったらすぐケーキ買っちゃうよ」
最近ではクリーム入りの大福なんかもあるけれど、私はああいう混ぜ物系は好きではない。
糸遊と同じくきなこや黒蜜だけで食べられるような、透明感のある和菓子が好みだ。
外に出ると、冷たい空気で身が引き締まる。そろそろ陽の落ちる時間だ。




