↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
86/150

23歳32_Invisible scars

 自宅から徒歩二分、近くにコンビニがあるのは便利なものだ。

 エレベーターの往復の方が長く感じるくらい、徒歩の移動時間が短く感じる。

 お金を下ろし、適当にお菓子と紙パックのドリンクを籠にぶち込む。瑞香さんがワインを早々に開けていたから二本補充。買い物に三分とかからなかった。さっくりとカードで支払い、小走りで自宅に戻る。

 あれだけの人数がいるのだ。誰かに借りる手もあったけれど、家主のプライドがそれを許さなかった。

 ピザの到着予定までまだ時間はある。エレベーターの中で一息吐き、今年のやり残しがないか考えた。

 今年のお礼を道場主にしていなかった。凌乃が今日か明日行くはずだから、同行して挨拶をしよう。将棋道場も席主さんに聞きたいことがあった。糸遊が行くタイミングを聞いておかなければ。

 何度か深呼吸をして頭がクリアになる。最後にもう一回、ゆっくり、ゆったり、丁寧に、長く一息。

 落ちついた。ドアを開けると、奥から楽しそうな会話が聞こえてくる。玄関では、睡蓮が靴を触っていた。

「おかえりー。どうしたの、その荷物」

「コンビニの用事がてら、浮草にパシられた。帰るの?」

「そんなわけないでしょ。タップダンスのボード、あれ借りようと思って靴を取りにきたの」

「ああ、どうぞどうぞ。私も始めたばかりなんだよね」

「面白いよね。お姉ちゃんとちょっとだけやったの、思いだすなぁ」

 荷物を少し持ってくれた睡蓮と、暖かいリビングに戻る。浮草も靴をタップボードの上で履いていた。お洒落な子は、普段から踵のある靴を履いている。私は基本スニーカーだ。

 もう一枚のボードに睡蓮が立つ。基礎を浮草に教えるようだ。二人ともさすがのセンスで、すぐに小気味よい靴音が響いてくる。

 楽しそうだなぁ。実際楽しいんだよなぁ、あれ。紙パックの飲み物を冷蔵庫にしまい、二人の目の前で観賞する。経験者だけあって、睡蓮は上手いものだった。隣に座る結葉に話しかけた。

「結葉は学校で、革細工なんかもやってるの?」

「さすがにそこまではやらないよ。あくまで被服科だから、デザイン中心だもん」

「革細工には興味ない? さっきの映像じゃないけれど、そういうの好きでしょ」

「革って、この靴みたいなの?」

 私のタップ用の靴が、二足脇に並んでいる。

「そうそう。こういうの金属を使わず、加工した革を縫い合わせてるんだってさ」

「そうなんだ。それは興味をそそるなぁ」

 少し口元が緩んでいる。本当にモノづくりが好きなのだろう、楽しい想像が始まったようだ。

「いずれ私の革靴を仕立ててくれたら助かるよ」

「それより先に、可愛いお洋服を作ってあげるね」

「可愛いのは似合わないよ」

「そんなことないよ」

 どうだかなぁ。今の格好を見直す。上着はパーカー、下はゆったりのジーンズ。髪と胸の特徴がなければ、小さな少年と思われてもおかしくない。

 目の前でタップを踏む睡蓮は、ニットのセーターに膝くらいまでのスカート、それに黒いタイツ。さっぱりしているのに、小綺麗で可愛い服装だ。

 こういう服のセンスは学んでこなかった。困ったらスーツ、それで通じる世界だった。

 浮草は生足だ。外で寒くないのだろうか。

「さっきからいやらしい目で見られてる」

「私も凝視されてます」

「ん?」

 顔を上げる。二人のダンスが止まっていた。

「二人とも足がえろいね」

 結葉が驚いた顔になった。

「連理ちゃんどうしたの? 熱でもある?」

「ないない、大丈夫だって。ファッションセンスのこと考えてたの」

「それがどうして足の話になるの」

「いやー、浮草は寒くなかったのかなーとか、睡蓮はタイツだなーとか」

 頭上で二人がひそひそひそひそと話しはじめた。これはいじられる。都合よくインターホンが鳴ったので、急いで立ち上がった。ピザのお出ましだ。

「結葉も運ぶの手伝ってくれる?」

「うん」

 ちょうどよく逃げる口実ができた。インターホンを受け、玄関で待つ。支払いを終え、結葉にピザだけ運んでもらった。私は残りの飲み物やサイドメニューの袋を運ぶ。

 こんなに色々飲み物がついてくるんなら、紙パックの飲み物はいらなかったかな。保存が効くからまあいいか。

 コンビニで買っておいた紙皿と紙コップをテーブルで開き、それぞれが思い思いの飲食物で腹を満たした。

「トレーナーにバレたら怒られそう」

 ピザを頬張る睡蓮が一番満喫していた。以前のハンバーガーもそうだったけれど、ジャンクフードが大好きらしい。


「あー堪能した」

 横に采女が腰を下ろし、満足げに伸びをしながら続けて言う。

「多分形になったよ。あとは思い付いたことを入れるだけ」

「采女はそういうの詳しいんだ」

「面白そうと思って覗いてみたら、あの二人が酷かったからね。見てらんなかっただけださね」

 どこかキザな口ぶりだ。

「ただ、最終的には桜蓮さん頼みになっちゃったけどね」

「やっぱり桜蓮は凄いんだ」

「連理ちゃんと同じ考えのタイプなんじゃない? 最初は堅苦しく思ったけど」

 目の前でタップを踏んで、楽しんでいる二人を見上げる。桜蓮のことを聞きたかったけれど、身体を動かすことに夢中になっているので聞きづらい。

「今の桜蓮が本当の桜蓮と思う?」

「どういうこと?」

「睡蓮のライブで会った時、ツンケンしてたの知ってるでしょ?」

「そんなこともあったねー」

 オレンジジュースをビールのように、ぷはぁと息を吐きながら飲み干して幸せそうだ。

「そういうのは本人に聞きなよ。私からは言えないよ」

 今度は「結葉たーん」と言いながら、抱きついて転がりだした。虚を突かれた結葉は戸惑いの声を上げている。

 セクハラが始まる予感がする。逃げよう。


 パソコンに向かう三人がいるテーブルに行き、しばらく作業を観察していると作業に区切りがついた。

「終わったー!」

「疲れたぁー」

 凌乃と糸遊が言いながら、力を抜いてだらけている。二人を見て少し笑いながら、桜蓮が告げた。

「終わってないし、疲れてたら進まないよ。少し休憩ね」

「おつかれさま。ごめんね、うちの脳筋たちがお世話になっちゃって」

「私も、あのチャンバラのセットを使わせてもらえるって聞いたので。どうせ暇だったから」

 桜蓮の目が燃えている。なるほど、それを餌に二人は引き込んだのか。

「想像で言ったことなんだけれどね。Lotusでそういう企画書作りとか、桜蓮がやってるんじゃないかなって思ってたのよ」

「Wildflowersではしなかったんだ?」

「基本は亜嵐さんの指示がスタートだからね。資料にまとめろって言われて、実際にやるのはマネージャーの役目」

 最初は私、今は木蓮さんと指をさして示す。

「Lotusのマネージャーは、バラバラなメンバーのスケジュールをまとめるだけで精一杯だよ。あとは慰め程度の相談くらい」

「人数が多いと、仕事も違うんだねぇ」

「そうだね。相談ごともメンタルコーチにすることが多いから。Wildflowersは小回りが利く人数だし、一緒に生活してるのは大きいかも」

「冷静な分析だね」

「ふふ、ありがと」

 やっぱり自然に笑っている。本当に何で、あんなに尖がっていたんだろう。不思議で仕方がない。意を決して尋ねてみる。

「答えにくい質問と思うけれど、いいかな」

「改まられると恐いけど、どうぞ」

「最初、面と向かって話した時もそうだったけどさ。睡蓮のライブ会場の時も含めて、どうしてあんなに喧嘩腰だったの?」

「喧嘩腰? そうだった?」

「正直、めっちゃ嫌われてるんだろうなって思ってた」

「ええぇ? 私が、連理さんを……?」

 その驚き方にこちらが驚く。目の前で聞いている糸遊と凌乃も、ぼけーっとして反応がない。

「そんなことはありえないよ。睡蓮姉さんのライブで見た時から、凄い人がいるなって思ってたんだから」

「それでもっと嫌われたんだと思ってた」

「違うよ、ずっと尊敬してたよ」

「へ?」

 尊敬? 私を?

「あーもう、恥ずかしい。私、緊張すると無駄に強気になっちゃうみたいで……。それで、ずっと連理さんの前だと緊張してて、それで、ああなったというか……」

「私にBARで『思ってたほどじゃない』みたいなことを言ったのは?」

「緊張で、早く帰りたくなっちゃって思わず……」

「剣戟で役を取られて、私のことを恨んだとか聞いたよ」

「悔しかった。でも格好いいなって思って、尊敬しちゃった」

 桜蓮は、こめかみのあたりをぽりぽりと指でかいている。

「じゃあ、車の中で打ち解けた感じだったのは」

「直前にコンビニで奢ってくれたでしょ? 連理さんって気難しいタイプじゃなくて、フランクに話せる人なんだと思って」

「勧誘の話をしながら緊張が解けたと?」

「うん」

 呆けていた凌乃が口を挟む。

「なんだ、連理さん気づいてなかったんだ」

 続いて糸遊も、呆れたように言う。

「だから糸遊が間に入ってあげたのに」

「えーと、それはいつの?」

「ライブの座席で、二人がお隣同士になった時だよ」

「あの、言い終えたあとで、糸遊がニヤって笑ってた時?」

「うん。仕方ないなぁって思って笑っちゃった」

 そういう笑いだったの? てっきり、桜蓮にしてやったって笑みかと……。そうだよね、糸遊の性格的に、言い負かして笑うなんておかしいもの。

「あの時は私、本気でやらかしたーって思ってたんだよね。実は助かったんだよね。糸遊ちゃんありがとう」

「連理ちゃんだけ、気づいてなかったんだね」

「えーと、本気で嫌われてて、合理的に利用するための道具としてLotusに誘われたと思っていました。誠に申し訳ございません」

「そんなに謝らないで。私の態度が原因だったんだから」

「じゃあその、確認なんだけど。その、Lotusに誘われたのは」

「尊敬する人と一緒にやりたいって思ったから」

 桜蓮は更に恥ずかしがる。なんだ、そんなことだったのか。

「私と桜蓮が近くにいるのを、浮草が警戒していたのも?」

「多分、私の緊張しいなところを見て、『またやってるよこいつ』って思ったんじゃないかな」

「ちなみに、普段のLotusとのメンバー関係は?」

「実力制だし、派閥もあるのは確かだよ。でも、一部のメンバーとは一緒に遊びにも行く仲だし」

 全部答えてくれる。真っ正直に。派閥があるという話の流れから、Lotusを取り巻く環境は、特に過激な世界だと思っていた。

「桜蓮くん」

「はい、あの、くん?」

「君はいい子だ」

「はぁ、ありがとう」

 なんだー。最初から全部、私の取り越し苦労だったのか。

 本当、私は昔から人を疑ってかかる癖がある。凌乃の時もそうだったし、浮草も話してみると面白い奴だった。臆病だからか、すぐに守りに入りたがる。将棋の棋風と真逆だった。

 それを、この子たちの同年代の子はあっさり見抜いていた。

 一人で警戒して、敵対心を持って、上手くいったら私が心を開いてあげたつもりになっていた。

 うおぉ、恥ずかしい。これまで、物凄く恥ずかしい言動が多かった気がする。

 テーブルに突っ伏して悶えていると、頭をぺちぺち叩かれる。顔を上げると睡蓮が笑みを浮かべていた。

「人の可愛い可愛い妹に、何かやってくれたのかな?」

「私のこと、悪人だと思ってたみたい」

 桜蓮が笑いながら睡蓮に応えると、睡蓮の笑みが邪悪に歪んだ。

「なにぃ! 連理ちゃんには罰を与えます!」

 そうして、引き摺られるように結葉の部屋に連行された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。