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23歳31_Invisible scars

 昨晩は久しぶりに、瑞香さんを入れた六人で晩ご飯を堪能し、糸遊の入浴後に将棋を一局指して大満足だった。

 年末でこれからしばらく休み。そして、やりたいことを自宅でできる。満足度の高い休暇になりそうだ。

 朝の十時前、みんなで軽く朝御飯を食べていると、インターホンが鳴った。近かった采女が真っ先に動いた。

「浮草ちゃんだった」

 誰も身構えない、ゲスト感のないゲストだ。

 そのまま采女が浮草を迎え入れる。遠くから「おはー」と緩い挨拶が聞こえた。

「おはよー。こんな感じなんだね」

 みんなで挨拶を返し、浮草に椅子を促した。上着や荷物はテレビ近くのラックに置かせる。

「ご飯食べてきた?」

「ううん、まだ」

「じゃあ、少し待っててね」

 それでもゲストはゲスト。食事目的みたいな冗談も言っていたことだし、ここは一つご馳走してあげよう。

「連理さんが作るんだ」

「私じゃ不満?」

「ううん。楽しみ」

 とはいえ、朝から大層なものは用意していない。簡単な卵焼き定食ってところだ。

「はい、お待たせ」

 他のみんなは食べ終えて、食器を片付け始めたタイミングだ。浮草の前にお盆ごと置いた。

「写真撮っていい?」

「こんなの撮ってどうすんの」

「人の手料理なんて久々だから」

 あれ? なんかしんみりしている?

「まあ、いいけど。飲み物は温かい緑茶でいい?」

「うん。いただきます」

 あとから聞いたら、本音はSNSに上げたいだけだったようだ。ちょっとした感動を返して欲しい。

 その浮草の隣に凌乃が座り、凌乃の向かいに糸遊も腰を落ちつける。そして糸遊の横には、偉そうに腕を組んだ采女がいた。

「何で采女ちゃんは、こんなに偉そうなの?」

 配置的に浮草の前にいる采女は、尊大な態度で凌乃と糸遊に指示を出していた。

「昨日、亜嵐さんに出された宿題の統括をしてあげてるのさ」

「ふーん。頑張ってね」

 本当に興味の欠片もない様子とは、こういう態度のことなのだろう。浮草は信じられないくらい冷たい目で、采女を見ていた。

 ぱくぱくと手早く食事を片付けた浮草は、お盆を持ってキッチンに回ってくる。キッチンの中で、お姉さんぶっている私……軽くつま先立ちをして高さを稼いでいる姿を見て、鼻で笑う。

「今、失礼なこと考えたでしょ」

「いやー、美味しかったなー。ありがとうございますぅ」

 くそう、背伸びしているの、少し見られた。

 洗い物を手伝おうとする浮草から食器をひったくり、これでもかと言わんばかりに綺麗に洗いあげた。

 お茶を飲みながら、瑞香さんはのほほんとテレビを見ている。そちらに行こうとしたが、結葉がいないことに気づいた。部屋に戻って勉強でもしているのだろう。

 結葉の成績のよさは四人の中で一番上だ。その分志望校のレベルが高いのもあるんだろうけど、こんな時まで勉強とは恐れ入った。

「瑞香さん、どこで切ってくれる?」

「前と一緒で、揃えるくらいでしょ? その辺にゴミ袋広げればいいんじゃない?」

 情緒もへったくれもないが、それが一番効率がいい。多少は空調の風があっても、吹き飛ぶほどではないだろう。

 しばらくして再びインターホンが鳴る。今度は私が近かった。

「はーい」

『桜蓮です』

「どうぞー」

 エントランスの自動ドアを遠隔で開けた。

 さっき、桜蓮の後ろに誰かいたように見えたけれど、多分通行人だろう。

 エプロンをつけたまま玄関に向かう。ドアを開けると、冷たい風が吹いていた。今年はまだ雪が降っていない。また大晦日に降るのかな。

 エレベーターから人の声が聞こえた。桜蓮に、木蓮さんに、睡蓮。

 桜蓮にいらっしゃいと声をかけた。

「おはようございます」

 いい返事だ。

 後ろの二人は別の部屋に用事でもあったのだろう。そう思ってドアをそっと閉める。閉まらない。閉めようと力を込めた。

「こら、開けんかい!」

 取り立て人のような木蓮さんの怒声。ちょっと本気で恐い。

「なんでいるのよ!」

「可愛い妹を連れ込む、ちびっ子大魔王め!」

「誰がちびっ子だ!」

 二人の力には勝てなかった。本気で閉める気はなかったけれど、素直に迎え入れるのは嫌だった。ただ、睡蓮のちびっ子呼ばわりはちゃんと覚えておく。

「はいはい、どうぞ。正直そんな気はしてたよ」

「わぁ、靴がいっぱい」

「五人住んでて、先に二人お客さんが来てるからね」

 玄関が大渋滞になる。桜蓮には先にリビングに行ってもらった。

「はい、お土産」

「木蓮さんもようこそ」

「連理ちゃんちょろいねー。ワインだからほぼ瑞香さん宛てだけど」

「買い忘れてたから正直助かったよ。それで睡蓮は?」

「ん?」

「入場料」

「この笑顔じゃだめかな?」

 それはずるい。億のお金を動かすアイドルの笑顔だ。

「どうぞお入りください」

「よきにはからえー」

 玄関の鍵を閉めようとする私の頭を撫で、睡蓮が偉そうに部屋に入っていく。

 みなの衆おはようなんて言いながら、木蓮さんはずかずかとリビングに入った。

「連理ちゃんのエプロン姿、新鮮だね。おめかししちゃって」

「食器洗ってただけだよ」

 睡蓮の後ろを歩いてリビングに入ると、どよめきの声が上がった。

 目の前の桜蓮に話しかけた。

「三人ともご飯は?」

「まだ何も食べてないよ」

「中途半端な時間だけど、何か食べる?」

「いいの? 連理さんの手料理?」

「簡単なモーニングでいいなら」

 三人とも頷くので、食パンを焼く。炊いたお米はもう、三人分も残っていない。

 浮草がいないのは、結葉の部屋に行ったからなのだろう。部屋と状況が渋滞しているから、しばらくそのままでいてほしい。

 さっきと同じく卵焼きを仕上げ、カップスープと野菜は適当に。

「へいお待ち」

 三人分の皿を並べた。八人掛けのテーブルにしていて本当によかった。先着で企画書を作成している三人組の横に、睡蓮たち三姉妹が座れた。

「それで、本気で何しにきたの?」

 木蓮さんと睡蓮が顔を見合わせる。

「お姉ちゃんから、今日は連理ちゃんの断髪式があるって聞いて。もったいないから止めにきた」

「相撲じゃないんだから。毛先整えてもらうだけだよ」

「あー、またお姉ちゃん騙したな」

「だってすぐ信じるんだもん。面白くなっちゃって」

「そういうのは、家庭内で完結してほしいもんだね。桜蓮も止めなかったんだ」

「だって見てて面白かったんだもん」

 桜蓮が珍しくニヤニヤしている。二人の姉がふざけ合うのが、面白くて大好きなんだろう。

「連理ちゃん助けてよ。最近こんなことばっかなんだよ」

「睡蓮もやらかしてるんじゃないの?」

「それは否定しない」

「自業自得だね。食べたら桜蓮以外は帰った帰った」

 二人はぶーぶー言って、帰る気配を見せない。

 このまま相手をしていたら、髪を切ってもらうどころではなくなる。さっさと済ませたくて、瑞香さんに声をかけた。

「瑞香さん、今だいじょうぶ?」

「おや? そろそろ切っちゃう?」

「うん。さっさとやっちゃおう」

 ゴミ袋を広げてスタンバイ完了だ。タイミングよく浮草と結葉も部屋から出てきて、本物の断髪式みたいに注目を浴びることになった。

「本当、毛先整えてもらうだけなんだけれど」

「十センチくらいは切っちゃうけどね」

 小気味のいい鋏の音が聞こえる。数人の視線、苦悩する企画書作成の三人、ニヤつく浮草。こんなの落ちつけるか。

 二人の時は会話を楽しむくつろぎの時間だったのに、気が付けば人に囲まれていてそれどころじゃない。

 長さを揃えてもらい、先端をすきバサミで整えてもらって完了した。十分ちょっとで終わった。

 一応掃除機もかけてもらう。腰のあたりまであった髪が、背中の少し下で整ったのを確認した。すっきりした気分だ。

「連理ちゃんそこで回ってー」

「回る?」

 睡蓮の声に反応し、その場でターンを決める。

「はい笑顔」

「いきなりは無理」

「ちぇっ」

 睡蓮がスマホを構えていた。その手には乗らん。

「私より凌乃を見てみなよ」

「凌乃ちゃん?」

「うんん?」

 慣れないことに頭を使い続けて、眉間にしわが寄っている。視線に気づいた凌乃が顔を上げ、睡蓮と向き合った。睡蓮が呟く。

「かっこいい……」

「あたしが?」

「髪型超似合ってるよー! どうしたの?」

「え、ちょっとイメチェンを」

 あの凌乃がタジタジになっている。なかなかない光景だ。桜蓮も今更気づいて声を出す。

「本当だ。凌乃さん格好いい」

「そう? ありがと」

 ちょっと笑って返したあと、凌乃は再び企画書作成に没頭した。本気になっている証拠だ。普段なら、もう少し調子に乗るはずなのに。

 凌乃を観察していると、瑞香さんに呼ばれた。

「連理ちゃんこっちこっち」

「どうしたの?」

「ほら、この番組もう始まるよ」

 糸遊が参加したロケ番組、この時間の放送だった。小さなローカル番組で、デビューして間もないアイドルを使った木工工房の紹介だ。木蓮さんもやってくる。

「そろそろ時間だね」

 浮草も結葉を引っ張ってくる。そうか、結葉が引っ込みたがっていたのは、このせいだったのか。糸遊も凌乃に促され、無表情で私の横に座る。切腹でもしそうな、覚悟の決まった目をしていた。そうだよ、公開処刑の始まりだ。

 親代わりとは思えない、鬼畜な思考をしている間に、テレビの前に全員が座った。木蓮さんと睡蓮が来た本当の理由はこれだった。

 番組が始まる。最初の見どころ、結葉が仕事を忘れて工房内を歩き回っているシーン。みんなから笑い声が上がった。結葉が小さく唸る。しかし、本番はここからだ。

『わたくしも木工製品には日々触れておりますのでとても興味深い体験です。はい、この細工の中身もとても気になりますね、どういう仕組みなのですか?』

『ふふ、分解も簡単なのですね。ええ、触ってもいいのですか? はい、ありがとうございます』

 もう何度繰り返し見て、聞いて、驚いて、笑ったことだろう。糸遊は恥辱のあまり、涙目になりながらぷるぷると震えている。それでも頑張って画面を見ている。私ならテレビをぶっ壊しているところだ。

 番組の途中だというのに、室内は弾けるような笑い声が広がった。初見の睡蓮と桜蓮は、お互いにもたれかかって奇跡のバランスで留まっている。二人が糸遊へ、感想を漏らした。

「かわいい、かわいすぎるよぉ糸遊ちゃん」

「糸遊ちゃんがわたくしって……ごめんなさい、ヤバい」

 糸遊が私にしがみついてくる。よしよし、よく我慢したね。面白かったよ。頭を撫でてあげる。でも、もっと見たい。

 悪戯心と慰めてあげたい心がせめぎ合う。ギリギリ良心が勝った。危なかった。私も悪魔に仲間入りするところだった。

 番組の前半が終わってコマーシャルに入る。周囲は死屍累々。悶え転がる二つのアイドル事務所の面々。どんなに厳しいレッスンでも、こうはならないだろう。

「頑張ったね。偉いよ」

「うん……」

 顔を上げられなくなった糸遊を抱きしめ、褒めてあげる。ああぁー、でももっと見たい。そしてコマーシャルが終わる。さすがにさっきまでのインパクトはない。画面内の結葉の器用さに、みんなが感心の声をあげる。テンプレに近い糸遊の失敗に、みんなの笑いが再び爆発した。

 終わった。ようやく終わった。まさか今日、乗馬の番組はないだろうな。あれもあったら大変なことになる。

「終わったよ」

「うん……」

 それでも糸遊は動かない。

「あー面白かった。糸遊ちゃん笑っちゃってごめんね。でもあれは反則だよ。普段の糸遊ちゃんを見たことあったら、みんなああなっちゃうって」

 睡蓮も悪魔側の人間だ。悪意のない容赦なき追撃だ。

「もう一回見たいな」

 桜蓮の呟きに悪魔一号が動いた。采女はこういう時に抜かりがない。保存していた映像を再生する。糸遊ががばりと顔をあげた。

「采女ちゃあーん!」

「なんで私!? 糸遊ちゃん可愛いよぉ! もっと見てもらおうよぉ、ね?」

「うるさい!」

 身長差と体格差、そして若干の運動能力の差のせいで、ついに采女がねじ伏せられた。お得意の柔軟性も、あれではどうしようもないだろう。

 あっちはあっちでやっていてもらおう。テレビに意識を戻す。あれで糸遊の気が晴れるのなら尊い犠牲だ。今は画面上の糸遊を目に焼きつける義務がある。

 鑑賞会が終わった。糸遊と采女以外、みんな笑顔だった。結葉も自分がやり玉にあげられなかったことで、安心した笑顔になっている。

 改めて木蓮さんに確認した。

「木蓮さんが連れてきた理由、これだったんだね」

「そうそう。番組の時間にここに来るって言うもんだから。睡蓮も連れて来て、一緒に見てやろうって瑞香さんと計画したんだ」

 木蓮さんと瑞香さんがハンドサインを出し合う。どういう意味か、よくわからない。

 気が付けば、お昼過ぎになっていた。お腹が空いてくる。リビングのあちこちで談笑に花が咲く。采女ももう、けろっとしていた。

 用事が終わったであろう蘇芳三姉妹を見ると、それぞれ個別に誰かと話している。帰りなよ、なんて言えない雰囲気だ。

 私の提案通り、桜蓮は企画書組のヘルプに呼ばれていた。四人がかりであれこれ話している。Wildflowers用に亜嵐さんから支給されたノートパソコンで、内容をまとめて頑張っていた。

 睡蓮は、結葉を褒めていた。浮草が画面内の結葉の奇行をほじくり返した。

 瑞香さんは、早速お土産のワインを開けようとしている。木蓮さんも飲む気満々だ。帰りの運転は睡蓮だろうか。

 私を含め、十人分の食事を用意するのは手間だ。食材はあっても面倒だし、出前でも取ろうかな。

 キッチンの奥で出前のチラシを漁っていると、手元が暗くなった。浮草が覗き込んでいる。

「なーにしてるの?」

「この人数だから、お昼は出前でもと思って」

「出前! いいねー」

「ピザと、お寿司と、パスタと焼き鳥。どれがいい?」

「こういう時はピザでしょ」

「はいはいお寿司ね」

「ピザだって言ってんの」

「じゃあ浮草選んでよ。ピザは種類が多くて選ぶの大変なんだよ」

「任された!」

 ピザのチラシを持ち、浮草が駆け回る。各グループにアンケートを取っていた。こういう時だけ気が利いている。

 ピザも結構だけれど、カロリーを気にしてしまう。初日からこれは、少々はしゃぎ過ぎな気がしてならない。

 浮草が全員分の注文を記憶してきたので電話を入れた。横でメニューを言ってもらいながら、注文を済ませる。

「サイドメニュー多すぎじゃない?」

「そう? この人数なら足りないくらいだと思うよ」

 人数も注文も多すぎて、足りるかどうか想像がつかない。

 あれ、そういえば……慌てて財布を確認する。現金を補充してなかった。

「ちょっとお金降ろしてくる」

「コンビニ?」

「うん」

「お菓子もお願いねー」

 どこまで図々しい奴なんだ。浮草に呆れながら、財布を握って外に出た。

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