↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
83/153

23歳29_Invisible scars

 レンタルスタジオの床に、傷はなかった。本当によかった。

 私が入ったのは先日が初めてだったけれど、ついでとばかりに掃除も済ませる。

 一息吐いた頃、ポケットのスマホが鳴った。瑞香さんからの呼び出しだ。

『どこにいるの?』

「ついでにレンタルスタジオも掃除してたんだよ」

『あら、それはありがとうね。亜嵐さん来てるよ』

「すぐ行くね」

 まるで掃除のアルバイトだ。フローリングの弁償代なんて、いくらかかるかわからない。


 事務所に下りると、相変わらず堂々とした亜嵐さんと顔を合わせた。

「おう、お疲れ」

「おつかれさまです」

「やる気のあるバイトだ。自分が使わないところまで掃除するなんてな」

 感心感心と頷いている。都合のいい勘違いに便乗して、いやぁと頭を下げる。

「檀から少し聞いた。チャンバラの道具? 何に使うんだ?」

「スポーツチャンバラです」

「なんだそれ?」

「動画見た方が早いですよ」

 瑞香さんが準備してくれていた。亜嵐さんが画面に視線を移す。

「凌乃と九だな」

「はい。本当は、連理ちゃんと糸遊ちゃんのを見せたかったんですけど、その時はカメラ回してなくて」

 私が凌乃の武器を弾き飛ばしたシーンだ。改めて見ると振りが速い。よく当てたもんだ。

「ほぉ」

「この装着してる防具と、武器のセットが結構するんですよね」

「それをレッスン用の設備として置きたいと」

「というのを、凌乃と糸遊から提案されてまして」

 私も欲しいとは言わない。私が言うと、自分で買えと言われるに決まっていた。

「もう一押し欲しいな」

 値段が値段だからか、瑞香さんの出している商品ページを見て、亜嵐さんは腕を組んだ。

「その辺り、凌乃と糸遊が直接交渉したいそうです」

「なるほどな。面白いことを言うようになったじゃないか」

 感心した様子で呟いている。とても嬉しそうな表情だ。亜嵐さんなりに、見つけた子たちの成長が嬉しいのだろう。

「それについては二人を待とう。檀は話があるんだったな」

「はい」

 二人が社長室へ消えていく。第一段階はクリアした。あとは、凌乃と糸遊の頑張りに期待しよう。最悪駄目でも、私が買ってあげてもいい。

 ずっと聞いていた木蓮さんが手を振ってきた。

「連理ちゃんおはよう。上手くいきそうだね」

「おはよう木蓮さん。あとは二人に任せるよ」

 話しついでに、午後からプライベートの来客があると伝える。

「んー、見学扱いがいいかな。その場合」

「フロアを見てもらった方がいいよね」

「うん。どのくらい詳しい人なのかわかんないけど、私たちよりは専門家だしさ」

 私も基礎かじっただけだしねー。そうなんだー。緩い会話が続く。

「綺麗な人なんだよ。背筋がスッと伸びていて、凛とした雰囲気で」

「へぇー。案内の時、私も連れてってよ。タップならまだ興味あるし」

「うん」

 普段はこざっぱりした服と化粧で目立たないけれど、この人もステージで踊っていた人だ。

 広告の写真は睡蓮に負けないくらい綺麗だったし、普段の印象より凄い人なのを思いだす。

 私が糸遊と将棋を続けているように、自宅ではきっと睡蓮や桜蓮とダンスの話もしているのだろう。

 勝手にそんなことを想像しながら、レッスン着のまま事務作業をしていることに今更気がついた。


 昼前にいつものメンバーが集合し、凌乃と糸遊は社長室に乗り込んでいった。

 交渉が白熱しているのか、アドバイス通りロケの映像でも持ち出しているのか、当分出てくる気配はない。

 しばらくすると燈火さんがやってきて、見学扱いで一緒にレッスン場に移動する。上司として木蓮さんを紹介した。

 既にレッスンを開始している瑞香さんと三人が、急なゲストに驚いて挨拶する。そうだ、伝え忘れていた。

 木蓮さんと燈火さんと、フローリングの確認を進める。燈火さんの返答は想定通りだった。

「これだとやっぱり、金属製のシューズでは傷が付いてしまいますね」

「やっぱりボード? がいりますかね」

「そうですね。大きく動きたいのでしたら、靴の方を何とかしないといけないと思います」

「どういうものがいいんでしたっけ?」

「フローリングなら、革底のドレスシューズですね。紳士服店にあるようなビジネスシューズです。金属部品のないものが理想で、しっかりしたものは数万円ほどしますが」

「じゃあ、室内用の革靴を買うことになるんだ」

「そうですね。ここなら衝撃や振動の耐性もあるので、革靴さえあればいいと思いますよ。音は金属程じゃないですし、素材で汚れることはありますけれど。そういう汚れは拭けば消えますから。ご自宅だと、床の下に衝撃が伝わるかもしれません」

 マンションだったらやっぱりボードがいいと思います、耐震用のボードと重ねて。そう言い切ってくれた。

 感心した様子で、木蓮さんが呟くように尋ねた。

「詳しいんですねぇ。タップダンス歴は長いんですか?」

「かれこれ十年以上になります」

「ずいぶんハマってるんですね」

 燈火さんの照れたように笑う表情が美しかった。

「あとは、海外製の直接履くスリッポンタイプもあります。ただ、この辺りのお店のには置いていないと思います」

「この辺にそういうお店があるんですか?」

「んー、電車で二十分くらいですかね。お急ぎですか?」

「そうでもないんですけど、あると知ったら欲しくなりました」

 燈火さんはクスリと上品に笑う。

「興味を持ってくださって嬉しいです。よろしければお付き合いしますよ」

「いいんですか? 木蓮さん、今日は私早退で!」

「仕事に繋がる調査ってことで、外出扱いでいいよ。私も行きたいし」

 ニヤリと笑う木蓮さんは、どこかうきうきとした様子だった。それを見て燈火さんに頭を下げる。

「ということで、お付き合いお願いいたします」

「はい、喜んで」

 急な呼びかけにも関わらず、買い物に付き合ってくれるなんて。ありがたいことこの上ない。


 レッスン中の四人に外出を伝え、事務所に戻った。

 社長室を見ても、ドアはまだ閉まっていた。難航しているのだろうか。

 木蓮さんがホワイトボードに「木蓮・連理外出」と書いて準備完了だ。燈火さんの見学用ストラップも回収する。

 外に出ると風が冷たい。これから歩き出そうというところで、車を見て燈火さんに尋ねた。

「お待たせしました。車より電車の方がいいんですかね?」

「電車だと乗り換えがありますし、車の方がいいと思いますよ。住所はこちらです」

 スマホでお店を調べてくれていた。木蓮さんと画面を覗き込み、確かに車の方がいいと納得する。

「じゃ、私の車で行こうか。連理ちゃんじゃ足届かないし」

「届くよ」

 燈火さんがふふっと笑っている。

「私はこんな口調ですけど、癖みたいなものなので。よろしければ、お二人は楽に話しかけてくださいね」

「そう? いやー、この喋り方すると肩凝っちゃって」

「適応早すぎだよ」

 木蓮さんの軽自動車が発進する。ナビのついでに、案内係で燈火さんが助手席へ座った。私は一人で後部座席を独占する。

 木蓮さんとは何度かお互いの運転で出かけているので、遠慮なくだらーんとリラックスした。

「連理さんのことは存じておりますが、お二人は上司と部下の関係だけなのですか?」

「この人の妹さんが現役アイドルで、私がそこの元バックダンサー」

「ええ?」

「そ。私も妹とアイドルやってたよーん」

「えええ?」

 可愛く驚く人だ。見ていて反応が面白い。

「すみません、詳しくなくて」

「ぜんぜん。むしろ何でも驚いてくれて超新鮮だよ。連理ちゃんなんて、最初から生意気だったし」

「そんなに?」

「挑発されたし」

「あれは亜嵐さんが悪い」

「違いない」

 あははと木蓮さんと笑い合うと、燈火さんはキョトンとしていた。

「ああ、ごめんごめん。私と連理ちゃんは、もう四年の付き合いだからね。今ではたまに飲む仲だし」

「飲んですぐ吐くのにね」

「初めてのお酒で潰れた連理ちゃんには言われたくないなぁ」

「そのことは忘れてよ」

 恥ずかしい思い出だ。そして初の二日酔いだった。あの時は、お酒なんか二度と飲むもんかと思ったものだ。

「その時の連理ちゃんがね、すっごいおめかししてて、これがまた超可愛くて」

「その連理さんのお姿、是非見てみたいですね」

「あれは、あの子たちに仕立て上げられたから!」

 あの子たち? と燈火さんが不思議そうにしている。

 今となっては隠すことでもないが、説明すると長くなる。どう言うべきか悩んでいると、あっさりと木蓮さんが暴露した。

「連理ちゃんは、二十歳の頃から中学生を三人預かって育ててたんだよ」

「亜嵐さんに脅されてね」

「そんな人の会社で働いてるんですか?」

「うん、まあ、色々あってね」

「色々あったんですね」

 色々って便利な言葉だ。

 そのまま車で三十分、大きなショッピングモールに到着した。


 ショッピングモールの中を歩きながら、燈火さんの簡単なレクチャーが始まる。

「タップのお店は、金具を扱う前提のものが多いです。練習用の革靴は後にして、先にどういうものがあるか見てみましょう」

 燈火さんに続いて、ショッピングモールの二階、シックで陽気な雰囲気のお店に入る。おかげで商品をのんびり見られて気楽だった。

 店内は基本的に靴だらけ。靴で音を奏でるダンスだから当然だ。燈火さんは常連のようで、顔を合わせた店員さんと談笑している。続いて、私たちへの商品説明をお願いしてくれた。これで気兼ねなく物色できるというものだ。

「お二人は、これからタップダンスを始められるのですか?」

「私は基礎だけ昔にやったんですけど、手元に靴はもうないんですよねぇ。この小っちゃい子が興味持ったみたいで」

「そうなんだね。ゆっくり見てくれていいからね」

 四十くらいの男性店員さんに、子供のように扱われる。悪い笑みを浮かべる木蓮さんを睨みつけた。

「おばさんが靴を失くすから、遠出してきたんですぅ」

 おば……と木蓮さんが顔を引きつらせた。

「二歳しか違わないのに誰がおばさんよ。ちょっとした冗談なのにすーぐ真に受けちゃって。そういうところが子どもだよねー、連理ちゃんは」

「え、二歳差?」

「この人が二十五で、私は二十三なんです。これでも」

「これは失礼しました」

 店員さんを困らせてしまった。靴を手に取っていた燈火さんが。ぽかーんとこちらを見つめている。申し訳ない。

「燈火さんにまで迷惑かかるじゃないの!」

「木蓮さんの悪ふざけが過ぎるからでしょ! 子ども扱いしなければ、店員さんも気にしてなさそうだったのに」

「お二人とも、ご迷惑になりますのでお静かにお願いしますね」

 燈火さんから注意が飛ぶ。木蓮さんは軽い謝り方だった。

「ごめんねー」

「ごめんなさい」

「確か、連理さんはご自宅でも練習されたいと仰ってましたね」

「はい、金属の靴用のボードとか欲しいですね」

 店員さんにも話しかける形になるので、自然と敬語になった。

「緩衝材付きの折り畳みボードがありますよね」

「はい。ちょっと大きいですよ」

 店の奥に、箱に入った板があった。一枚だけサンプルで広げられている。

「踏んでみますか?」

「いいんですか?」

「えーと、サンプルの靴を出しますね。サイズはおいくつですか?」

「二十三です」

「あ、いえ年齢は先程お聞きしましたが……」

「靴も二十三センチです。紛らわしくてすみません」

「そ、そうですよね」

 店員さんのハハハっと乾いた笑いのあと、出してもらった靴で軽く踏んでみた。

「接地面が木製なので、フロアに近い感覚だと思いますよ」

「緩衝材で、下に響かない感じですね。家でも使えそう」

 折り畳み式なせいか、少し耐久面に不安があるかもしれない。ただ、壊すつもりで踏み込んだりしなければ恐らく大丈夫だろう。

 開けた空間なせいか、音が響かない。その分音が軽い。室内ならば、もう少し音が響いて心地よく感じられそうだ。

「女の子のローファーやヒールでも、少しは音が出るはずです。ご家族の体験にも使えると思いますよ」

 店員さん顔負けの滑らかな説明で、燈火さんが購買意欲を高めてくる。箱を持たせてもらう。

「重いですよ」

「鍛えてますから」

 ふむ、十キロはないくらい。お値段は、このサイズの品ならこれくらいしても仕方ないか。

 もしかするとレッスン場で金属製を試すこともあるだろう。家で誰かと一緒に踊ることも考えて、二枚の購入を決めた。店員さんが驚いている。

「いいんですか、そんなにあっさり決めちゃって」

「私も一枚買っておきます」

「木蓮さんもやるんだ」

「ちょっと興味湧いちゃった」

「嬉しいです。よかったら木蓮さんも、スクール見学にいらしてください」

「そうだねー、そっちは機会があれば」

 一番喜んでいるのは店員さんだった。場所を取るそこそこの値段のデカブツが、一気に三つも売れたのだ。売り上げ的にも店のスペース的にも大満足だろう。

「ついでに私は練習用の靴も一足欲しいな」

 完全に金持ちの買い物の仕方だ。ある意味では、一緒にいてもらって正解だったかもしれない。

「さすがは元アイドルですね」

 私の耳元で燈火さんが囁く。色っぽい囁きにぞくりとした。

「家も豪邸でしたよ」

 小声で返す。「まぁ」とお上品な驚きをする燈火さんも、結構なお嬢様感がある。

 先に私の二枚のボードを会計処理してもらい、紐で結んで荷運び用の取っ手をつけてもらう。

 台車で運ばせますよという店員さんの申し出を断り、二枚まとめて片手で肩越しに担いで木蓮さんを待った。

「あの、重いでしょう?」

「これくらい軽いもんですよ」

 ひょいひょいと上下させて見せる。中高生の女の子程度なら担いで歩くくらい、今でもできる程度には鍛え続けていた。

 今でもリビングで寝ぼけてる糸遊や采女を、ベッドに一人で運ぶことがある。あの子たち、持ち上げられると喜ぶんだよなぁ。

 木蓮さんは色々と確認したいそうなので、私と燈火さんでビジネスシューズの店に移動した。

「本当にパワフルですね」

「結構鍛えてるんでね」

「頼もしいです」

 今度のお店は本格派の革靴のお店。ここならば、金属部品なしの革底の靴を取り扱っているそうだ。

「問題は新品の硬さですね。革靴やヒールの履き始めは足の甲などが痛くなることがありますが、タップで使うとより食い込むと思います。そういう時のために、買ったばかりの靴はなるべく手でほぐして柔らかくしつつ、紐はきつめに縛ると足と靴に一体感が生まれます。靴下も厚手の物を用意すると、足首や踵のクッションになりますね」

 流れるような言葉にただ感心してしまった。説明も頭にすんなり入ってくる。そういう解説のお仕事をしているのだろうか、声の心地よさもあってずっと聞いていたくなった。

「特にこの寒い時期なら、厚手の靴下も抵抗がありませんからね。連理さん、聞いていますか?」

「あまりにも綺麗な喋りだったので聞き入ってました」

 思わず畏まってしまう。

「え、あ、えーと、すみません。夢中になってしまいました」

 もしかして、好きなことになると饒舌になるタイプなのか。

「いくつか履き比べてみましょう。どういう形状がお好みですか?」

「うーん、目移りしてしまってよくわからないや」

「サイズは二十三でしたね。店員さんにいくつか並べてもらいましょう」

 燈火さんが店員さんに、女性用の革底の靴を頼んでくれた。高級店らしいこのお店の店員さんも慣れた様子で、テキパキといくつか持ってきてくれる。

「実際のコンクールで女性はヒールを使うこともありますが、それは上のお店に並んでいる物の方が専門的でいいと思います。本格的に練習したいのでしたら、普段から履き慣らす必要があると思います。今はそこまでは必要ありませんよね」

「うん」

「では、こういうしっかりした物を履き慣れるといいと思います。このタイプの靴はレザーソールも交換できます。履き心地を維持したまま必要な時に底の部分だけ取り替えて、綺麗な音を維持できますからね。私としては可愛らしさを出すこっちのエナメルタイプもいいと思いますが、連理さんのように足首周りがしっかりしているのなら、こういうドレスシューズがおすすめです」

「はい」

「色はどうしましょう? 連理さんの髪色はとても綺麗なので、合わせて黒系にするのがベターだと思います。先程のレッスン場でも黒系でしたね。でしたら黒基調のものがいいですね。茶色系は少しアダルトな印象になりますので、ベテランになってから購入を検討するといいと思います。ブーツタイプもお洒落で色合いが豊富ですが、やはり最初はベーシックなオックスフォードに近い形状がいいのでこのあたりかと。今から靴のサイズが変わることはないかと思いますが、もしもの時のサイズ変更なども、黒だと種類が豊富なので容易にできますから」

「うん」

 うんうん、どんどん長くなる。この人止まらない。ちょっと恐い。


「それでこれを選んだと」

「うん」

 上のフロアで買い物を終えた木蓮さんと、フードコートで合流した。まだお昼を食べていなかったという燈火さんの食事がてら、買い物の成果を見せ合っていた。

 木蓮さんと見せ合ったレシートはお互いに五桁。急な出費にしてはでかすぎて罪悪感があった。

「さっきのボード購入で手持ちが減ってて、慌てて久々にカード利用したよ」

「このお出かけ自体、思いつきだったしね」

 いい靴はそれなりのお値段がした。履き心地も、このままでいいんじゃないかと思うほどよかったので、燈火さんのおすすめもあって即決だった。厚手の靴下はその内買うとして、帰って履く時は薄い靴下を重ねてごまかそうと思う。

 さっきの喋りでエネルギーを使ったのか、燈火さんは上品にお蕎麦を啜っている。食べている時は、小動物感があって可愛い。

「燈火さん、急な呼び出しになって、こんなところまで付き合ってくれてありがとうね」

「いえ。私も楽しくて、いいリフレッシュになりました」

 あれだけ喋ったら大満足だろう。まだ二回目なので軽口は叩かないが、今後会うたびにあの喋りが出たらと思うと少し恐くもある。

「そういえば木蓮さんは練習用の靴はいいんだね」

「履き慣れてる革靴はいくつかあるしね」

 このセレブ感である。その割に嫌味がないのが、逆に恨めしく感じた。

「お二人は本当に仲がよろしいんですね」

「気づいたら話してたよねー。まともに話したのは、連理ちゃんから電話もらった時だったかな」

「あの時は緊張したんだよ。あ、結構話しやすい人なんだって思って嬉しくなったのは覚えてる」

 照れ隠しなのか気を遣ってなのか、木蓮さんが燈火さんに話しかける。

「燈火さんは普段はOLさん?」

「はい。受付事務をしています」

「今日の午後からお休みなんだ」

「そうですね。元々あまり忙しくないので、普段は時短勤務でタップダンスばかりしています」

 つい口を挟んでしまう。

「コンクールの話もあったよね。そういうの出てるの?」

「はい。私はプロではないのでセミプロという扱いですね」

「私たち、凄い人を連れ回してたんだ」

「確かにそうだ。ありがたやーありがたやー」

 燈火さんを拝む木蓮さん。私はそれ以上に、この品のよさに感謝したい。

「やめてください。お二人こそ、元は本格的なプロじゃないですか」

 元プロアイドル、人気ユニットリーダー歴あり、蘇芳木蓮。

 そして私。元プロ棋士、永世タイトル獲得、九連理。

「私たちって実は凄いの?」

「連理ちゃんが元プロ棋士だったの忘れてたよ」

「それに比べたら、セミプロなんてまだまだですよ」

 謙遜しているのだろうけれど、その道のスペシャリストという意味では尊敬の対象だ。

「お昼代くらい出すべきだったか」

「いえいえ、これは私の言い出したことですので。それに歳が近い方とお出かけができて楽しいですよ」

「もしかしてお酒もイケる口だったり?」

「程々にですね」

「連理ちゃん飲み仲間増えたよ」

「よかったねー」

 木蓮さんは成人女性を見つけると、すぐお酒を飲ませようとする。

 それよりも、早く帰ってタップダンスを試したい。家でも練習できるなら、この年末年始は退屈しなくて済みそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。