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23歳27_Invisible scars

 先日のロケのデータが事務所に届き、鑑賞会を実施することになった。

 おかげでレッスンは本日は中止。たまにはそういう、娯楽のような日があってもいいだろう。


「どっちから見る?」

 二本のデータディスクが、瑞香さんの手元にある。乗馬か木工か。

「木工の方が地味だし、先でいいんじゃない?」

 インパクトは大だけどねと思いつつ、ほくそ笑みながら提案した。


 事務の方々もレッスン場に見にきて、大鑑賞会の準備が整った。ポップコーンまで用意されている。

 糸遊と結葉が落ちつかない様子になり、早速動画が流された。

 一緒に来ていたナレーターの話から、いきなり結葉が興奮して、自分勝手に歩き回っているシーンが映る。

「恥ずかしいよぉ」

 忍冬さんも大興奮のようですねと、フォローのナレーションが入っている。そんなこと言っていたかな。後入れの編集かもしれない。

 千振さんにお話を伺ってみましょう。どうたらこうたらと話が進み、カメラが糸遊に向いた。

「髪ちょー可愛いじゃん」

 凌乃の褒め言葉に反応することなく、糸遊は顔を隠して俯いている。

 来るぞ!

『わたくしも木工製品には日々触れておりますのでとても興味深い体験です。はい、この細工の中身もとても気になりますね、どういう仕組みなのですか?』

『ふふ、分解も簡単なのですね。ええ、触ってもいいのですか? はい、ありがとうございます』

 示された木工細工をとても興味深そうに、それでいて丁寧に扱って品のよさを最大限アピールするような言動。こんな女の子がアイドルをやってんなら、そりゃファンも増えるだろう。うんうんと、一人で納得してしまう。

 場面転換の直後、瑞香さんが動画にストップをかけた。

 事務員さんたちは、みんな糸遊を見てぽかんとしている。糸遊は小さく丸まって体育座りだ。

「わたくし、わたくしって! 糸遊ちゃんあんた本当最高だよ! なにあの『なのですね』って、どこでそんな口調覚えたの? 本当最高! うけるし、可愛いし、超おもろいじゃん。あっはっは、腹が捩れるぅ!」

 全力で絡む采女が長々と評価する。糸遊は恥ずかしそうに、小さく震えていた。

「だって、だって……。結葉ちゃんがあんなだったから、糸遊がしっかりしなきゃって……」

 こんな糸遊見たことがない。なんだこの可愛い生き物は。

「糸遊ちゃーん、私たち『でも』と『だって』禁止だよぁ? 可愛いなぁこいつ」

 采女はずっと笑っている。本当に、こいつ性格が悪すぎる。目の前でゲラゲラ、いじり直してゲラゲラ、悪魔みたいな奴だ。

 瑞香さんもまともに立っていられないようで、突っ伏して笑い声を出さないように頑張っている。さすがにこれは止めないと、遺恨を残すことになるだろう。現場で見ていたおかげで、耐性のあった私が止めにかかった。

「はいはい、一旦そこまでにしといてあげて。頑張ったんだから、ね?」

「そうだよ。私がしっかりしてなかったせいなんだから、糸遊ちゃんをからかうのはもうやめて」

 フォローする結葉も、笑いで涙が少し滲んでいた。

「わかった、わかったから。あーおかしい」

 涙を流しながら悪魔が謝っている。ずっと笑いながら。

 浮草はもんどりうちながら転げまわっている。凌乃も笑いつつ、何とか平常心を保とうと努力していた。凌乃、あんたは偉いよ。

 空気を読んでのことなのか、それとも追撃のつもりなのか。「ごめんね糸遊ちゃん」と言いながら、采女が糸遊のお尻をぺろりと撫でる。「こらぁー!」の声も今日は小さい。糸遊の反撃は、その場で采女のお尻を強烈にビンタするだけだった。

 そのビンタ音が気付けになったのか、みんなの笑いが徐々に落ちつく。なんとも間抜けな切り替わりだ。

 ようやく落ちつきを取り戻した瑞香さんが、何度も深呼吸をしてから動画を再開する。手に力が入っていないようで、リモコンを握る手がかすかに震えていた。

「では、木工体験コーナーです。こちらではどのような……」

 同じように糸遊が先導する場面が続いた。

 しかし、あの破壊力は身内ゆえのもの。普段の糸遊を知っていなければ、愛らしく気品のある可愛い少女に見えるだけだろう。そいつらは人生の九割損している。

 続く体験コーナーの場面では、プロ顔負けの手つきのよさで、指定通りに木材を削る結葉の様子で少しどよめき声が上がる。しかし、その後の「よそいき」な糸遊が簡単な木工に失敗したり、不器用ながらも何とか作り上げるシーンで再び怪しい雰囲気になった。

「糸ちゃん、ちょっとあの髪型してみようか。よしよし」

 無抵抗な糸遊を、凌乃が玩具にしはじめた。いつものポニテのゴムを外し、画面上に映る糸遊と同じ髪型に仕上げた。

「『わたくし』って言ってみてよ」

「凌乃ちゃん嫌い」

「そんなこと言わないでさー」

「馬鹿、もういい」

 さすがに糸遊が可哀想になり、凌乃を羽交い絞めにしてお腹周りを締め上げる。凌乃の軽い嗚咽が聞こえた。

 ただ、髪型を変えたのはナイスだった。いつもと違う糸遊はとても可愛い。やっぱり普段から、色々な髪型に挑戦させるべきだろう。

 木工工房のロケ動画が終わり、一同の拍手で締めくくられた。


 そして後半戦。采女と凌乃、そして浮草が挑んだ、乗馬体験の動画が始まった。

 メインは采女だった。真っ先に乗馬体験に志願し、指導員の言う通りに馬を動かしている。掴みは上々だ。

 別の画角で、凌乃が後ろから馬に頭を摺り寄せられていた。気づいた凌乃が振り返り、少し驚いたあとで『どうしたー?』と、犬でもあやすように満面の笑みで馬の顔を撫でている。

 そのまま顔を寄せる馬の首元に『可愛いなーお前』と言いながら抱きつき、素晴らしいシーンになっていた。

「やるねー凌乃ちゃん」

「でしょ」

 瑞香さんの呟きに自信満々な凌乃がブイサインを返す。

 こういう、動物と自然に触れ合うシーンは、好感度の上昇が期待できそうだ。凌乃の一見クールに見える美貌とスタイルから、この満面の笑みはいい意味でギャップが激しい。初見なら簡単に心を持って行かれることだろう。さっきの悪魔二号みたいな一面を知らなければだけれど。

 そして三号、もとい浮草。いや、さっきは笑っているだけでいじりはしなかった。何かがおかしい。そう思っていると、浮草にマイクを向けられるシーンになる。

 黙りこくった浮草の前で、手を振る指導員さんが困惑している。浮草は硬直していた。

『はい、とてもいい毛並みをされていますね』

 何を言っているんだこいつは。恐る恐る手を触れようとする浮草に、馬の方が先に痺れを切らしてどこかへ行こうとする。指導員さんが手綱を握ってなんとか頑張るが、手を伸ばした浮草はそのまま動かなかった。

「このシーン使う必要ある? ちょっと苦情入れてくる!」

「浮草が他にカメラに映ってるの、冒頭の挨拶だけでしょ。さすがに、本番のどこかで映さないわけにはいかなかったんじゃない?」

 事情を知る凌乃の言葉に、ぐぬぬと唸る浮草。冒頭と終わり際しか映らないロケなんて、明らかに「あの子いたっけ」という低い評価になりかねない。

 本人は恥と思うかも知れないが、これも仕事の一つだ。馬や動物が苦手でも、懸命にやっている姿が映るのは悪いことではなかった。

 華麗に馬を乗りこなす采女のシーンが続き、凌乃の乗馬シーンも別カットで映し出される。

 馬に乗った凌乃に采女が乗馬したまま近寄り、アドバイスを送って一緒に走るシーンが始まった。少し不自然な終わり方だけれど、結構いい映像でエンディングに移行した。

「あいつら、あのまま競争しはじめて、現場大混乱だったのよ」

 浮草の最後の反撃だった。

 勝手なことをされたら困ると、関係者から相当絞られたらしい。一緒にいた木蓮さんは囃し立てるばかりで、全く注意しなかったんだそうだ。

 結果として、どちらに行っても、ハプニングに見舞われるロケだった。面白いけれど責任者として行くのは心臓に悪い。こいつらが何かをやらかすことは、今回の動画でよくわかった。


 その日は解散となった。みんなの腹筋は、十二分に鍛えられたことだろう。

「終わったよー」

 さすがに全員でレッスン場に行くのはまずかったので、一人電話番で残っていた木蓮さんに報告する。終わりましたよ。みんなの腹筋も。

「私も見たいから、瑞香さんデータちょうだいな」

「はーい」

 その場のパソコンで見る気らしい。耳を大事にしたいので、少し距離を取った。

 事務所の休憩スペースで、五人のアイドルは何も喋ることなく休んでいる。お互いのロケの破壊力で、お腹や喉が疲れたみたいだ。

 糸遊は髪型を戻しもせずに顔を真っ赤にしているし、それを結葉が慰めている。元々は、結葉がだらしなかったせいなのに。

 采女はお腹の限界に来たのかぷるぷる震えているし、凌乃は荒い呼吸をしながらクッションに顔をうずめていた。

 浮草はスマホで何かを調べている。本気で苦情の連絡入れる気かもしれない。

「あははは!」

 ヘッドホンをかけて動画を見ていた木蓮さんが、大きな爆笑の声を事務所に響き渡らせた。距離を置いていて本当によかった。

「わたくし、わたくしって糸遊ちゃん何言ってんのさー」

 休んでいた糸遊が、完全に顔を隠してしまった。息も絶え絶えの采女と凌乃は、ずっとお腹を押さえている。浮草も我慢できずに笑い転げて凌乃にぶつかる。怪我だけはしないでほしいものだ。

 一通り、木工の現場の内容が終わったのだろう。いい笑顔で木蓮さんが動画を閉じた。乗馬の方はあとで確認するらしい。現場にいた木蓮さんには、編集後の内容くらいしか気にする要素がないからだ。

「これ放映いつだっけなぁ。お、すぐみたい」

 番組表を見ながら一人で解決している。木蓮さんは、笑いを引きずらないタイプだった。

「そうなんだ。睡蓮と桜蓮に見せて、馬鹿笑いする気でしょ」

「当たり前でしょ。こんな面白いもん、見せなきゃもったいないよ」

 あの二人からの感想も、きっと私に届くことだろう。乗馬側もなかなかのものだったけれど、普段の糸遊を知る二人には結構なインパクトを与えるはずだ。

 道場主にも伝えてあげたい。糸遊を評価している道場主が、いったいどんな反応をするのか楽しみだ。凌乃が動物と触れ合う元気な姿にも、きっと喜んでくれることだろう。


 今日は面白鑑賞会で時間が潰れてしまったが、それでも終わりの時間は守られた。大したレッスンをするわけでもなく、雑談メインで半日が過ぎた。

 髪が伸びてきた凌乃は、結葉と夕方から美容室に行くという。あの長さで面倒だったら私はどうなんだろうか。最近瑞香さんに切ってもらっていないので、腰の辺りまで届いていた。

 浮草も切りたがっていたけれど、伸ばすことにしたみたいだ。結葉に髪留めを借りて、色々な髪型を試していた。

 糸遊は相変わらずだ。今日はいじくられた髪型のままで、いつものポニテに戻す気力もないようだ。采女はいつもショートカット。多少伸びてもすぐに切っているので、変化を見られる機会がなかった。

 仕事の区切りがついて暇になった。髪はどうしようかなと思いながら、毛先をいじる。これから美容室通いをするのは恥ずかしい。数年前に結葉の付き添いで行ったっきり、美容室とは無縁だった。自分のために行ったのは、いったい何年前になるだろうか。

「髪、気になるの?」

 隣の席の木蓮さんが見ていた。彼女も短めの髪型で、更にまとめていてさっぱりしている。

「前は瑞香さんに切ってもらってたんだけれど、最近お願いしてなかったんだよね」

「切ったげよーかー?」

「最近忙しそうだしいいよ」

 少し離れた席から瑞香さんの声が届く。遠慮の返事をしながら顔を上げた。

 お心遣いはありがたいけれど、個人でのレッスンもしてもらっている身だ。あまり一人で時間をもらうわけにはいかない。

「ほんなら私が練習がてら……」

「誰かの切ったことあるの?」

「ないよ。だから練習」

「絶対やだ」

 何かと器用な木蓮さんならと思うけれど、それ以上に悪戯心に火が点いたらたまらない。

「木蓮さんは美容室に行ってるんだよね?」

「美容室だったり桜蓮に切ってもらったりだよ。あの子、手先が器用なんだよねー」

 言いながら妙に近寄ってくる。

「なに?」

「こんなに長くして、ずいぶん綺麗にしてるなーと思って」

「昔から気をつけてるの、これくらいだからね」

「桜蓮に頼んでみる? あの子も今日から休みだし」

「わざわざ呼んでまで頼むことじゃないよ」

 瑞香さんから再び声がかかった。

「年末泊まりに行く時に切ってあげるよ。ずっと何かしてるわけじゃないしさ」

「それもそっか。じゃあ、その時にお願い」

「らじゃー」

 瑞香さんは、すきバサミを含めたセットも持っている。安全安心、そしてリーズナブル。

 誕生日も近いことだし、ワインを用意してあげよう。

「へー、年末泊まりに行くんだ」

「明日の夜からだねー」

「親戚みたいでいいね」

 二人の会話に羨ましさを覚える。私はもう、親戚すらいない。

 それを寂しいかどうかというのもわからない。いないことが普通だったし、今では四人が家族同然の存在だ。

「それなら、髪切るところを桜蓮にも見せてあげてよ。上手になったら私も助かるし」

「私はいいけど、連理ちゃんはどう?」

「別にいいよ」

 瑞香さんがやる気になっている。

 早速木蓮さんが電話をかけていた。軽いやり取りの相手は桜蓮らしい。気が早いことだ。


 事務所を出て大きく伸びをする。結葉と凌乃は美容室だし、采女と糸遊は先に帰っている。

 浮草も同じ帰りだった。

「おつかれさまでしたー」

「はーい、また明日ね」

「それはお客さんとして?」

「多分ね」

「毎度どーもねー」

 動き足りないと言って、残っていた浮草は下ろしたばかりの髪を手櫛で整えた。

 バイト中もアップにしていたし、髪で気持ちを切り替えるようだ。私がかんざしを使う時と、同じ感じだろうか。

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