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23歳20_Invisible scars

 ずいぶん長居してしまった。帰りの山道は暗く、運転が慎重になる。もしものことがないよう、周囲を一緒に見てくれる瑞香さんに助手席に座ってもらった。大通りまでもう少しだ。

「六時を過ぎると、もう真っ暗ねぇ」

「本当にね。それにお腹空いたし」

 一番後ろでは糸遊が凌乃にもたれて眠っている。剣道経験者ということで引っ張りだこ、ずっと動き回っていたせいで疲れてしまったようだ。凌乃も楽しそうに糸遊を撫でている。

 凌乃はその辺の雪をビニール袋に詰め、太ももに当てて冷やしていた。少しばかり申し訳なく思う。

 元々仲のいい浮草と桜蓮が、真ん中の列に座っている。二人が楽しそうに話し、浮草が空腹を訴えてきた。

「動いたらお腹すいたー」

「浮草はいつもお腹空いてるでしょ」

 私も空いているので人のことは言えないけれど、浮草相手だとつい軽口が出てしまった。

「だって空くものは空くんだもん」

「何か食べたいものある?」

「お寿司!」

「私は天麩羅ですね」

 便乗して桜蓮もリクエストしてくる。ちょうどいいお店はあるかな。瑞香さんがすぐ反応した。

「そうね。お寿司ならお土産にもなるし、いいんじゃない? お店探すね」

「うん」

 瑞香さんによさそうなお店を探してもらう。私も運転しながら、それらしきお店がないか目を配った。大通りに出て街灯が明るい。位山道は神経を使った。

「ねー、連理さん。何か音楽かけてよ」

 一番後ろから凌乃が声をかけてくる。糸遊を撫でているだけでは暇らしい。

「いいよ」

「あーこらこら、私が触るから」

 赤信号の間に、オーディオに触れようとしたら止められる。瑞香さんが音楽をかけた。

 ラジオの音楽番組が選ばれた。私は全然知らないけれど、後ろの三人は知っている番組らしい。曲も最近のもので、私にはちんぷんかんぷんだ。

 後ろにいる糸遊以外の三人は同い年だ。その糸遊は寝ているわけだし、同い年の会話が弾んでいた。

 そういえば私、同い年の女性と絡みないなぁ。金井さんと木蓮さんは何気に同い年だし、睡蓮の友好関係は不明だ。

 お店を探している瑞香さんをちらっと見た。この人も、近隣に近い年齢の人がいる気配はない。友好関係が不明な人その二だ。

「どうしたの?」

「瑞香さんは、歳の近い友だちいるのかなって」

「また歳の話ー?」

「いやいや、私が同い年の友だちいないの実感しちゃって」

 後ろの三人、一緒でしょと問いかける。「そうです」「タメだよー」「ウィース」と、遠くになるほど返事がチャラくなった。

「高校も大学も、知りたいことがあって単位取ってるだけだったからね。友だちできなかったし」

「連理さんボッチだったんだ」

「うん」

 からかうような浮草の口調に、すんなりと頷く。別に恥ずかしくない。将棋が友だちだ。

「その割には、話しやすいよね。コミュ障将棋オタクと思ったのに」

「私も正直意外でした」

「失礼だね君たち」

 二人に反論すると、遠くから凌乃が茶々を入れる。

「最初あたしに会った時、お姉さんぶろうとしてたんだよ」

「この身長で?」

「この身長で」

 凌乃と浮草が笑い転げる。糸遊が起きてしまうでしょうが。しかし、運転中なので凌乃を振り返るわけにはいかない。

「ごめんね。変な話に巻き込んじゃって」

 桜蓮へ話しかける。二人の笑いっぷりを見て、驚いて言葉を失っていた。

「いえ、想像してたのと違って、今面食らってます」

「どんな想像してたのさ」

「連理さんはもっと、ストイックな人って聞いていました。なので、こういう風に遊ばれるような人だとはとても……」

「カエルにもしてるわよー」

 瑞香さんはお店だけ探していればいいのに、こんな時だけ乗ってくる。困ったもんだ。

「カエル連理さんがいるおかげで、何気に勉強になるんだよね。采ちゃんのお気に入りだし」

「カエルって?」

「今度来てみなよ。すぐわかるから」

「行っていいの!?」

 桜蓮の大きな声で驚いた。

 提案した凌乃も驚いている。

「あたし、変なこと言った? 見学に来てもらうくらいならいいよね?」

「いいんじゃない? 木蓮さんの妹ですって言えば。瑞香さん、どう?」

「うちは基本見学自由よ。いずれ他の事務所のアイドルと交流する話もあるし」

 セキュリティチェックは入るけど、と瑞香さんが続ける。私も知らなかった。確かに、隠すようなことはしていない。

「むしろLotusはそういうの隠してるんだね」

「普通そうじゃないですか?」

「そうなの?」

 瑞香さんに目をやって確認する。

「普通はねー。いいお店見つけた。電話するからちょっと静かにしててね」

 電話の間みんな黙った。

「お待たせ、六人で大丈夫だってさ。ナビに入れるねー」

 ナビを瑞香さんが触っている間、桜蓮が改めて口を開いた。

「いやでも、一方的に見るのはまずいですよね」

「別にいいっしょ。大したことしてないしさ」

「そうそう。私もこの四人組も、まだまだ新人みたいなもんだし。桜蓮ちゃんは気にしすぎ」

「何がいいのー?」

 糸遊が起きた。話が盛り上がり、寝ていることをすっかり忘れていた。

「糸ちゃん。桜蓮さんがレッスン見学に来たらどうする?」

「連理ちゃんのカエルで遊んでもらう」

 みんなカエルカエル言いおってからに。

「糸遊ちゃんにまで言われてるんですね」

「うん。もう味方いないもん」

「だってすっごい跳ねるんだよ」

「跳ねるの?」

「そう、もう全身で」

 糸遊には悪気がない。わかっているだけにきつく言えない。後ろを振り返るわけにもいかないので、今は我慢するしかない。

 凌乃と浮草は絶対に笑っているはずだ。この二人だけ、お寿司のランクを落としてやろうか。

 ナビ通りの時間で目的のお店に到着した。暗い山道の運転で神経を使っていたので、駐車場でようやく一安心だ。

 表向きはちょっと高級感がある風貌だけれど、入口のメニューを見ると案外リーズナブル。さすがは庶民派の瑞香さん、いいチョイスだ。

 瑞香さんの先導で店内に入り、席だけ確認して外に出る。食事前に結葉に電話をかけた。

「結葉、今だいじょうぶ?」

『だいじょうぶだよ』

「今日、ご飯どうするか決めてる?」

『采女ちゃんと何か作ろうって話してたところだよ。帰って食べる?』

「いやそれが、少し遅くなりそうなんだよね。多分八時くらいになるかな。お寿司をお土産にするからさ、よかったら軽めにしといてよ」

『お寿司? 嬉しい。采女ちゃん、お土産お寿司だって。わかった、じゃあ待ってるね』

「うん。采女はどうしてる?」

『カラオケで喉潰しかけてる』

「馬鹿って言っといて」

『酷いよ。え、馬鹿って』

「じゃあ、またあとでね」

 采女がうるさくなる前に切った。酷いとか言いながらも、ちゃんと伝える辺り結葉なんだよなぁ。律儀というか何というか。

 六人席の一番奥、糸遊と向かい合う形で席に着いた。糸遊がマグネット将棋盤を開く。

 マナー的にどうなのかなと思い、通りかかった店員さんに尋ねた。騒がしくしないならいいそうだ。喋っているより静かだから大丈夫だろう。

 六人分のお寿司のセットと、天麩羅の盛り合わせを二つ。タブレットで注文する。最近はお寿司屋さんもデジタル仕様で驚かされた。

 注文の品を待つ間、糸遊と静かに将棋を指す。四人の会話内容はあまり頭に入らなかった。


 糸遊の隣に座った桜蓮が、じっと将棋盤を見つめている。興味があるようだ。

 糸遊にはチャンバラで負けた分、やり返す気持ちで指した。

 お寿司が届いたので将棋は切り上げる。おおよそ形勢は決まっていたので、糸遊が負けを認めてお寿司に集中した。まずはセットメニューの半分だけ、テーブルに所せましと並べられる。

 手を合わせてお寿司を口に運ぶと、下座から声が聞こえてきた。

「いいネタ使ってるねー」

「わかるの?」

「んにゃ、美味しいってことだけ」

 凌乃と浮草が気の抜けた会話をしている。本当に仲よくなって何よりだけれど、カエル呼びは忘れてないからね。

 瑞香さんが桜蓮に話を振った。

「桜蓮さんは将棋わかるの?」

「簡単なルールくらいですね。チェスなら割とわかりますけど」

「おお、連理ちゃんと同じ、頭脳戦プレイヤーだね」

「小さい頃から触れているだけですよ」

 謙遜しているだけなのか、どうなのか。真意の掴めない答え方だった。

「チェスってどう言えばいいんだろう? 将棋の指すとか、碁の打つじゃないよね」

「考えたことがありませんね。プレイするっていうのかな」

 海外からのゲームだし、確かに打つとか指すとは言いづらい。「指す」は将棋独特な感じで、碁や麻雀は「打つ」だ。

 お寿司を食べながら、知的な会話に花を咲かせる。下座の低脳な会話とは大違いだ。ちらっと二人を見て、鼻で笑ってやる。

 目が合った凌乃が、挑発的な笑みを浮かべて言った。

「カエルが馬鹿にしてくるんですけど」

「ちょ、笑わせないでよ」

 浮草がお吸い物でむせた。ざまぁみろ。

 それを見て桜蓮も笑っている。気が抜けたようで、ずいぶんと印象が変わって見えた。ふーん、本当はこんな感じなんだ。仲よくしたら、睡蓮が嫉妬してくれるかな。

 お寿司のもう半分が届いて、一通りセットメニューは終了となる。

 天麩羅も美味しかった。瑞香さんは、なかなかいいお店を見つけてくれたものだ。

 糸遊はメニューを見ていた。食べ足りないのかな? 一緒にメニューを覗きみた。

「何か追加する?」

「抹茶プリンが美味しそう」

「桜蓮も食べる?」

「いただきます」

 素直だ。そして、返事が固い。もっとリラックスすればいいのに。

「瑞香さんは、聞かなくても食べるよね」

「三つはいけるわ」

 無視しよう。下座の二人も無視して、タブレットで注文を入れた。

「おーい、小っちゃい人ー」

「あたしたち聞かれてないよぉー」

 カエルカエル言うからだ。突き放すように告げる。

「カエルにプリンまで奢られたら、プライドなくなっちゃうでしょ?」

「根に持ちすぎ。だから小さいんだよ」

「ちょっと、言いすぎ」

 凌乃の制止が遅かった。もう決めた。

「あーそう、そんなに食べたいんだ」

 タブレットで激辛担々麺を追加注文する。一人分ならそんなに量はないはずだ。一人分ならね。

「注文しといたよ」

「ねぇ、今何頼んだの? 赤くなかった?」

「お勧めらしいよ。浮草の元気に免じて特別サービス。もちろん、私の奢りだから安心してね」

「絶対変なの頼んだでしょ」

「美味しそうだったなぁー。早く来ないかなー」

「変なのだったら凌乃も食べなさいよね」

「なんであたしも」

「一緒にカエルいじりしたでしょ」

「車の中で糸ちゃんもしてたし!」

「うるさい」

 お茶を飲んでいた瑞香さんが、湯呑を置きながら注意する。

「なんで静かにしないのかな」

 糸遊の呆れたようなぼやきに、二人は小さくなってしまった。

 でも、私は気づいているよ。瑞香さんも糸遊も、お利口さんぶっているけれど、カエルいじりした手前内心ヒヤヒヤしてることを。


 数分後、瑞香さんの前には三つのプリン。桜蓮と糸遊、そして私は各一つずつ。凌乃と浮草の前には、真っ赤な担々麺が取り皿と並んでいた。

「写真だと小さかったんだけどね。頑張って食べてよ」

「これ三人前はあるよ」

 絶望顔の浮草にネタ晴らししてあげる。

「あらー本当だ。三人前って書いてあるね」

「だから怒らせちゃ駄目なんだって」

「もう、食べるよ。凌乃もよそって」

 二人とも、辛い物は嫌いではないらしい。残念だ。どちらかが苦手で、阿鼻叫喚になる展開を期待したのに。

 瑞香さんは「うわぁ」と呟きながら顔を担々麺に向けている。気が付けば下座の二人からプリンを強奪して、三つ自分のものにしていた。そっちの方がうわぁって感じ。

「プリン美味しいね」

「そうだね」

 顔をほころばせる糸遊につられ、私も笑顔になる。

「あれ、大丈夫なんですか?」

「いいのいいの。最悪私が食べるから」

「私も食べてみたい」

「辛いの好きなの?」

「そこそこです」

「桜蓮ちゃん助けて。多すぎるー」

 口元を赤くした浮草が助けを求め、三人がかりで担々麺を食べはじめた。苦いのは苦手と言っていたのに、辛いのはいけるのか。桜蓮の味覚は極端なようだ。

 とても満足そうな桜蓮とは対照的に、凌乃と浮草は食べ疲れた様子だ。ぐったりしている二人を引っ張るように退店し、お土産のお寿司と天むすを糸遊に任せた。

 うーん、美味しかった。また来よう。

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