20歳1_傷だらけの棋士と四人の少女
いつ買おうか迷っていた車を買った。
もっと乗っていて楽しそうな車を買いたかったけれど、利便性を重視して軽自動車にした。
中学生を三人預かる。ならば、必需品と言っても過言ではないだろう。
いずれ事務所に所属するのだ。経費として申請してやろうと思い、亜嵐さんにお金のことを尋ねた。
「それはお前の判断だろ」
「じゃあ三人の生活費は?」
「立て替えといてくれ」
ふざけた返事だった。
どうやら独立に際してそれなりのお金がいるようで、中学生たちの生活までお金が回らない可能性もあるという。
家庭問題の子の話はともかく、他の二人の子はご両親から仕送りがあったりするんだろうか。
それに、預かるのが中学生というのが何とも難しい。
高校生ならバイトしろとでも言えるのだが、中学生には言えないし、何ならお金のかかる時期でもある。
若葉マークの磁気シールを貼りながら考えた。免許を取ってまだ半年、八月までは初心者ドライバーだ。
軽とは言え自分の車が手に入り気分がよくなる。バイクを買った時もそうだったが、自由の選択肢が増えたようで嬉しくなった。
購入にはローンを組んだ。棋士の肩書は便利だった。これから急にどんな出費があるかわからない。一括払いはやめておきたかった。
タイトル獲得後、半ばやけになって突っ込んだ仮想通貨の回収も考えた。たまに確認するとなかなかの伸び率なので、これをいくらか現金にすれば中学生三人くらい楽に養えるだろう。
貯金額は一人なら十年は軽く過ごせるくらい貯まっている。タイトルを継続保持させてもらっていることで、嬉しい貯金になっていた。
幸い、自宅マンションの駐車場は空いていた。即座に契約した。駐車にはまだ若干の不安はあるが、慣れるしかない。
そして今日、亜嵐さんが三人を連れてやってくる。顔合わせだ。
こんな手を、足を、目を見て泣きだしたりしないだろうか。
どうも初対面の人や子供に恐がられるきらいがあるので不安になる。
亜嵐さんはタクシーで来ると言っていた。
どんな子たちなのだろう。今からでも断りたい気持ちになり、不安が増した。
先日、こんなことがあったと師匠に報告した。
ダンスのこと、アイドルのこと、中学生を預かること。
私を弟子に取った時の師匠でも二十代半ばだった。今では三十を過ぎている。
『好きにすればいい。けど、今時将棋界でも内弟子なんて取らないよ』
「わかってますよ。だからめちゃくちゃ後悔してるし不安なんです」
『引き受けてしまったものは仕方ないね』
「まるで他人事ですね」
『そりゃ君は他人だからね。そして僕はそんな君を預かった』
ハッとした。そうだ、一時的に師匠の元でお世話になっていた。師匠もそういう決断をしてくれたのだ。
『まあ、僕より三倍は大変になるだろうけどね。頑張ってくれよ』
本当に何なんだこの緩さは。
私と師匠は相性が悪いのだろうか。同じ棋士なのに根本的な考え方が違う気がする。
考えごとをしていてもなかなか来ない。馬鹿正直に外で待つ必要もないわけで、車か部屋でぬくぬくと待てばよかったと後悔する。
一旦引き上げようとしたら車の音が聞こえてきた。ようやくお出ましだ。
「すまん、待たせたな」
タクシーの助手席から降りてきた亜嵐さんは少し疲れているようだった。子供が原因なのか、親が原因なのか。
三人の中学生を迎える。
「今度お世話になる九連理さんだ。挨拶しなさい」
「忍冬結葉です。よろしくお願いします」
すいかずらゆいは。
私より背の高い、そして少々ふくよかな少女。おとなしそうだ。
「水引采女です」
みずびきうねめ。
どこか気の強そうな少女、目線はほぼ私と同じ。
「千振糸遊です。将来は警察とアイドルになります!」
せんぶりいとゆ。
挨拶を考えてきてくれたのだろうか、敬礼しながら言う少女。少し声が大きい。
「結葉が今中二で四月から三年生だ。采女が一つ下、糸遊がもう一つ下だな」
三人が頷く。一歳ずつの違いね。そうか、話が違うな。
「中学生が三人って話でしたよね」
「そうだ、四月に中学生の三人だな」
ここで騙したなとか話が違うとか言うと、子供たち、特に小学生のせんぶりちゃんだっけ? この子が傷付くことになる。
「九連理です。よろしくお願いしますね」
亜嵐さんから紹介があったが改めて自分で名乗る。こういう時大人っぽい女性なら、前かがみで子供たちに目線を合わせて格好がつくものだろうが、残念ながら私より目線の低い子がいなかった。
「お前本当に小さいな」
「ほっといてください」
いちじくは漢数字の九って書くんですと三人に伝える。珍しかろう。
「変な名前」
気の強そうな少女。こいつ生意気かも。
三人も結構変な名前だ。言われた名前を思い出す。
「そうですね」
なるべくやんわりと伝わるように言い、自室へ案内することにした。
小さい子供なら2LDKでも十分だろうと思って案内したら、「せまーい」と言いながら生意気ガールが走り出した。みずびきうめ? うね? うねめだ。
「ここに住んでるんですか?」
「そうですよ」
「私たちもここに住むんですか?」
「そうですよ」
「うぅ」
大人しそうな子、忍冬さんも不満そうだ。
一人暮らしの割には広く感じていた。来客どころか、まさか三人も引き取るなんて想定していなかった。急に言われても困ってしまう。
「おい九、これはひどい。引っ越せ」
「費用は?」
「お前持ちだ。保証人くらいにはなってやる」
「住宅手当は?」
「三人がデビューして返してくれるだろ?」
「この詐欺師!」
「はは、初めてお前から丁寧語が消えたな」
何でそんなに嬉しそうなんだ。
結構気に入っていたこのマンション、確かに四人で住むには手狭だ。しかも成長具合を考えるとみんなすぐに私より大きくなりそう。既に一人大きいけれど。
「ちなみにこの子たちのベッドや家具はどうするんですか?」
「買い揃えるしかないな」
なんてこった。多分これも立て替えろって言われる。
預金残高を思い出す。引っ越しと合わせて初期費用でいくらかかるやら。
車を一括で買うより安く済むかな。いや、そういう話でもない。
三人は凄く不安そうだ。最初からこれじゃ先が思いやられるというか、信頼されないんじゃなかろうか。
「あの、お金かかるんでしたら私は大丈夫です」
名前を再確認する。結葉だ。ここで我慢するという意味らしい。
「糸遊も大丈夫です」
「仕方ないこともあると思います」
いとゆ、糸遊と采女ね、こっそりもらったメモを見て確認する。采女って子、仕方ないって言った?
「大丈夫だぞ。この小さいお姉さん、実はお金持ちだからな」
急に態度を変えても懐かないだろう。亜嵐さんを浅はかと思った。しかし、そんな期待はすぐに裏切られた。
「社長さんが言うなら間違いありません」
「そうは見えません」
「しゃちょーが言うなら大丈夫!」
まだ社長じゃないくせに社長呼びさせてるのか。それでも生意気ガール采女は否定していた。
「寒いからとりあえず閉めましょう」
もういい。この三人が売れたらたんまりと請求してやろう。どうせそれが目的で迎え入れることを決めたのだから。




