19歳6_傷だらけの棋士と四人の少女
睡蓮のライブの成功から二日後、バックダンサーのグループも一旦解散となり、打ち上げ兼懇親会が企画された。
しかし、大学の用事と対局がこの咲押し寄せてくる。時間を取れなかった。
九月に誕生日が過ぎて二十歳になったけれど、どうせお酒は飲めない。飲む勇気がない。申し訳ないが懇親会は辞退させていただいた。
『皆さん残念がってましたよ。しばらく連理ちゃんで遊べないって』
「私はおもちゃじゃありませんよ」
対局後の帰り道、連絡先を交換した金井さんと電話しながら広告のあった道を歩く。
『いい人ばかりでしたね』
「そうですね。私が合格した時は暴動が起きるんじゃないかと思ってました」
あの時のまま、ライブとは関係のない広告の写真に睡蓮と木蓮さんが写っている。
本当に綺麗な人たちだ。
『あはは、誰も連理ちゃんが不合格なんて思ってませんでしたよ』
「誰が言ったんですか?」
『みなさんですよ。間違いなく一番体力があって、教えたことはぐんぐん吸収するから、教え甲斐があるってみなさん感激してました』
「金井さんも?」
『勿論です』
「それは何というか、ありがたい限りです」
私は妹キャラってわけでもないだろうし、芸を教え込むのにちょうどいいペットと思われていたのかもしれない。
「金井さんは就活でしたよね」
『その前に卒論です。もう一か月しかないから留年しちゃうかも』
「その時は退学して睡蓮さんの正式なバックダンサー入りですね」
バックダンサーの雇用形態も色々あるんだそうだ。プロが委託されていたり、専属としてコーチング業もやりながらだったり。
入れ替わりが多いと基準がバラけちゃうし、他のアイドルの専属に取られちゃったりするから、いいと思った人は契約だけは残して逃がさないこともあるんだとか。
『そんなに簡単じゃありませんよ。そもそも実力不足です』
「そんなことないと思いますけどねー。そろそろ家に着きます」
『あら、じゃあまた今度お話しましょうね』
「はーい」
帰りの歩きの間暇だからと電話をかけたら快く受け入れてくれた。
金井さんは本当にいい人だと思う。後から聞いたら睡蓮本人の前だと緊張して上がっちゃうんだとか。
スマホが振動する。何か言い忘れでもあったのかなと思い、発信元も見ずに応じた。
「はいはい連理です」
『む、亜嵐だ』
思わずスマホを見直す。亜嵐さんというか事務所からだ。軽いノリに違和感を覚えられたらしい。
「失礼しました。金井さんと話していたもので」
『ほう、金井の前ならああなのかお前』
「それでご用件は?」
『そうだ、これから来て欲しい所がある』
「これからですか?」
対局を終えたばかりで少し疲れている。せめて何か食べたい。
『重要な話だ。どうしても来て欲しい』
「わかりました。場所は?」
メッセージで地図が届く。
事務所でも劇場の近くでもない、どこなんだろう?
辿り着いたばかりの自室で鍵とヘルメットを引っ張り出し、駐輪場に降りる。バイクのキーを回す。
『どのくらいで来れそうだ?』
「ちょっと待ってくださいね」
ナビだと十分ちょっとというところか。
「まあ十五分もあれば」
『わかった。食事も出るから期待しておけ』
それはありがたい。
どこかの料亭みたいな名前のお店。
悪い話なら事務所を使うだろうし、どこかのお偉いさんに立ち会わせようって話なのかな。
約十分で目的地に到着し、よくわからない入口を探す。
バイクを停められるところあるのかなとキョロキョロしていると、亜嵐さんが二階の窓から指さしてくれた。
従業員用っぽいけれど、大丈夫なのかな? 駄目だったら謝ればいいか。
それより亜嵐さんを怒らせる方が恐い。あの人常に威圧的なんだもんな。
対局からそのままの恰好、スーツ姿で案内してもらう。仲居さんにバイクのことを伝えると笑って了承してくれた。
やっぱりいい所で働いてる人は違うな。対応が柔和で嬉しくなってしまう。
勝手に感心しながら、部屋の障子を開けてもらった。
ペコリと頭を下げて中に入ると、見慣れた二人と見知らぬ大柄な女性が座っていた。
「座ってくれ」
亜嵐さんの隣に木蓮さん、二人に向き合う形で大柄な女性の隣に腰を下ろす。
掘り炬燵になっていたので足を崩した。この時期のバイクは冷える。
三人は既にある程度食事を勧めていたのだろう。亜嵐さんは何杯か飲んだ後のようだが顔色は変わっていない。
「まずは紹介だな。檀瑞香だ」
「檀です。よろしくお願いします」
「あ、九連理です」
急な展開で間の抜けた挨拶になってしまった。
座っていても目線がえらく高い所にある。男性の横に座っている気分になった。雰囲気は柔らかい。
「檀にはお前のことは伝えてある。檀はうちの専属のバックダンサーをしてくれている」
専属と言うことはプロ、またはそのレベルの方だということだ。
「そして新な事務所の専属振付師になっていただけることになった」
話が読めない。何で私が呼ばれたんだ。
「そして木蓮もいずれ新事務所に来てもらうことになる」
コクンと頷くだけの木蓮さん。本当に話が読めない。
「そしてお前にもその事業を手伝って欲しいと思っている。九、頼めるか」
「それはずるいでしょう亜嵐さん」
木蓮さんが口を挟む。そのずるいというのもよくわからないけれど、一旦ストップしてくれて助かった。
「そうか、どう話せばいいかな」
結構酔ってるんだろうか、顔に出ない亜嵐さんの代わりに木蓮さんが説明してくれる。
「その前に、先日は睡蓮のライブお疲れ様でした。睡蓮も感謝してたわ」
「恐縮です」
「そしてさっきの新事務所の話。亜嵐さんを代表としてうちから独立する話が決まったのよ」
「それは、おめでとうございます?」
めでたいことなんだよね。そうよね?
「うむ」
亜嵐さんの目が座ってきた。
隣に座っている檀さんはクスクス笑ってる。
「そこで、檀さんが中核になる職員として独立と同時に移籍してくれることになってるの。そして私」
ふうと小さく息を吐いて続ける。
「本当は妹のマネージャーを希望したんだけどね。身内じゃ甘えが出るかもしれないという事でストップがかかったの。それにまだ現役ではあるから簡単に辞められても困るって上に止められて」
「私が仲裁に入ったわけだ」
偉そうに亜嵐さんが続ける。うぃっくじゃないよ。
「私は今年で二十二になるんだけど、正直妹を支えた方がお互いの為って思ってるのよ。それが出来ないんなら近くにいる方が辛い」
クールな印象の木蓮さんが感情的になっている。話の流れだと妹を支えたければ同じユニットでアイドルを続けろと言われた感じかな。
「だから、タイミングは少し遅れるかもしれないけれど、亜嵐さんの独立する事務所にマネージャーとして入る約束をしたの」
まだ約束レベルの話。契約でないということは、もうしばらく睡蓮のそばでアイドルを続けるのだろうか。
「ただ、その亜嵐さんの事務所を運営するには目玉となるアイドルが必要。事務所は三人も職員を逃がしてアイドルまでくれる程甘くない」
ふむふむと頷く。アイドルや事務所事情はあんまりわからないけれど、制約があるのだろう。
「そこで、亜嵐さんが探し当てたアイドルの卵を育てて、新事務所の目玉にする計画が立ってね。三人とも中学生なんだけど、色々あって本人たちは実家を出たい、または出なければいけない事情があるの。聞いてる?」
「は、はい」
凄い話になって理解が追いつかない。
「亜嵐さんの考えだと私が三人と一緒に生活して、色々と教えるというものだった。でも私はまだ睡蓮から離れちゃいけない」
それで私の横にいる振付師の檀さんにお話が回ったのか。推測通りの言葉が続く。
「檀さんにお願いしようと考えたんだけど、ご家族の事情もあってどうしてもできないみたいで」
途中で話が変わった。それで何故私が呼び出されたの?
「経済的に自立していて、中学生たちとそんなに歳も離れていない。あなたが適役なの、どうかお願いします!」
私は何をお願いされたんだ? 話を少し振り返って考える。中学生がなんだって?
これは睡蓮の合格依頼みたいに簡単な話じゃないぞ。三人の人生を預かれって言われている。
「私、まだ二十歳になったばかりですよ。それも学生ですし」
「ごめんなさい、他に頼れる人がいないの」
泣きそうになりながら木蓮さんが頭を下げる。隣の檀さんもバツが悪そうにしている。
亜嵐さんがお酒を飲んでいる理由がわかった気がする。こんな話、お酒でも飲みながらじゃないときついってことなんだろう。
「それでもお断りします。私ごときに中学生を三人も預かれるとは思えません」
「二人でもか?」
「人数以前のお話です」
口を挟んでくる亜嵐さんを睨みつける。私も大人と呼ばれる年齢になったとはいえ、まだ学生の身だ。
「お前、私との話で言ってたよな、『肩書は使用禁止』って」
「言いました」
「使ったらどうなる」
「どうこうはないかもしれませんが、少なくともみなさんとの関わりか、将棋界隈に嫌な噂が流されるでしょうか」
現状唯一の女プロ棋士を使った相互売名行為だとか、もしかすると睡蓮にも迷惑がかかりかねない。
実際のところ何か問題が起こる可能性はそう高くない。しかし疑惑は疑惑として広がって残り続ける。
「受け入れなければ世間に公表すると言ったら」
「な」
そんなの誰も得をしない。新事務所もただでは済まない自爆行為だ。
いや、その原因を作ったのは私だ。軽い気持ちでオーディションに応募した結果、肩書を隠してやりたいことをやろうとした。
あの時に「使用可能」とでも言っておけばこうはならなかったのではないか。これを見越して誘導された? 汚い。本当に汚いやり方だ。
少し考えをまとめる。この人は……亜嵐さんは私という爆弾になりかねない人間を受け入れて、やりたいことをやらせてくれた。
睡蓮の後押しがあったとしたら、それこそ睡蓮の責任も問われることになる。
事務所の独立と、亜嵐さんが個別に見つけた三人の中学生。もし事務所が一枚岩なら、私のような肩書以外信用のない人間を頼りはしないだろう。
「すまない、汚いやり方なのは重々承知している。しかし三人を守るにはこれしかない」
三人とは中学生たちのことだろう。
「三人とも才能は保証する。だが、一人は家庭問題、一人は学校のいじめを受けている。一刻も早く安心させてやりたい」
「私がそれ以上に酷いことをする可能性もありますよ」
「お前は絶対にそんなことをしない」
完全に酔いが醒めたらしい。いや、酔ったことすら演技だったか。このライブまでの二か月のトレーニング期間、私の何かを見つけたのだろうか? なぜそんなに信用してくれている?
もう一人の話が出て来ない。二人がそういう問題を抱えているのならば、何かしら気にする必要があるはずだ。
待て待て、なぜ引き受ける前提の考えをしているんだ私は。絶対に断るべきだ。そんな責任を負って何のメリットがある?
どうしようもないと涙を流した木蓮さんが睨みつけてくる。断って亜嵐さんが自爆したら睡蓮に被害が出る。それは阻止したいはずだ。
棋士の肩書の問題は私と亜嵐さんの相互問題でもある。これが解消することは絶対にない。逃げ道がない。
疲れもあるのだろう。肩書を公開されたらどうなるのか想像がつかない。自爆行為をされたらどうなるのか、まったく考えられなかった。少なくともすべてが無傷で済むとは思えない。プラスに転じることも考えにくい。
最悪なのは、その中学生たちがここにいる四人に見捨てられたと思った時だ。私たち大人とその周りで問題がおきるだけならまだいい。しかし、亜嵐さんが自爆目的で既に中学生に希望を持たせていたらどうなる? 私に責任はないけれど、中学生たちに傷が残る可能性はある。
自爆という単語を使った以上、本当に何を仕組んでいるのかわからない。私の考えすぎか?
私の状態も含めてすべてが曖昧で、あやふやだ。疲れているタイミングを狙われたのか。
そもそも何でバックダンサーのオーディションなんて受けたんだっけ?
綺麗な女の子に認められたから? 思春期の男子でもあるまいし、それだけでやる気になるものか。
退屈していたのは自覚している。棋士生活も波はあるが今の所順調だ。棋士生活には制限があるが、大学で順調にいけば編入して最大で医者の道もある。
ライブ直後を思い出す。金井さんの胸で泣いた時のことだ。睡蓮に負けた。感動させられた。悔しくて笑った。
勝手にライバル意識を持っていい理由にはならないが、睡蓮に勝ちたい。勝手に巻き込んだあの女に勝ってみたい。そもそもあの女に絡まれた結果、今のこの場がある。
このままでは多分、憧れ続けて、感動させられて、また負けたと思うんだろう。
師匠に言われたことがある。負けず嫌いが将棋を強くすると。今のトッププロはみんな負けず嫌いなんだよと。
師匠は私が戦績を見せて褒めてほがった時に悔しがった。師匠も負けず嫌いだったんだ。
じゃあ、どうすれば睡蓮に勝てる?
私では勝てない? 何をすれば睡蓮は負けを認める?
「決めきれないなら後日でもいい。頼む」
「こんな話聞いて帰っても眠れませんよ」
睡蓮に勝つ方法。三人のアイドルの卵。どうだ、私が育てたんだぞ。参ったか。
言ってやりたい。負けましたと言わせたい。
「木蓮さん」
「はい」
「私が育てたアイドルが睡蓮さんを打ち負かしてもいいんですか?」
「ありえませんね」
即答。この自信が羨ましい。
「受けます」
「いいんだな」
「引き受けて睡蓮さんに勝つアイドルを育てます。その木蓮さんの自信を打ち砕いてやりたくなりました」
やぶれかぶれだった。自分では無理だから代理を立てて負けを認めさせる。私は中学生三人を育て、木蓮さんは睡蓮を見守る。将来彼女達を競わせる。
木蓮さんが泣き笑いの顔になる。恐らく中学生たちの話を知っていて、自分ではどうしようもないことに責任を感じていたのだろう。
檀さんを見る。何で泣いてるんだろう? 私の視線を感じてか、顔を上げて深く頭を下げた。
「あの子達のこと、よろしくお願いします」
知っているんだ。その中学生たちのこと。それでも自分には出来ないから誰かに託すしかなかった。
恐らく私の人生最大の決断だろう。
まずはその中学生たちに会わなければ。
近いうちに引き合わせるという亜嵐さんが席を立ち、他の二人も立ち上がった。
「料理はじきに来る。こんな程度では足しにもならんが、礼と思って堪能してくれ」
亜嵐さんの言葉通り、すぐに料理が運ばれた。
折角の高級料理だったのに、この先のことを考えるとほとんど味がわからなかった。




