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19歳5_傷だらけの棋士と四人の少女

 ライブは大成功だった。睡蓮は誰よりも長くステージに立っていたのに、誰よりもブレないパフォーマンスだった。

 ステージ上で息切れ一つ起こさないなんて凄いと思いつつ、予定の四曲が終わった睡蓮を見る。壁に手をついて息を整えていた。

 これがプロなんだと思い知らされた。お客さんの前では疲れた表情を見せない。呼吸すら余裕なように見せる。

 間髪入れずにアンコールの声が劇場から響いてきた。

「仕方ないなぁ」

 最後の力を振り絞るようにステージに向かう睡蓮。さっきの少しの時間で回復するわけもないのに、笑顔で飛び出ていった。

「君たち何時だと思ってるのー? いい加減にしないと帰れなくなっちゃうよー」

 睡蓮を呼ぶ声が湧き上がる。

「今日も最後までうるさい君たちに、仕方ないからもう一曲歌っちゃおうかな」

 更に声が湧き上がる。

 私たちのいる舞台袖からはお客さんの様子は見えない。

 続いてアンコール用にセットされていた曲の前奏がはじまる。睡蓮が曲名をコールする。更に声が増す。

 このアンコールの時は睡蓮とお客さんだけの時間として、バックダンサーは不参加と指示されている。

 しかし、さっきの息を切らしている睡蓮を見ると助けてあげたい気持ちになる。頑張れ睡蓮。

 たった数分の一曲がとてつもなく長く感じる。

 バックダンサーもそうだけれど、ステージに立つ人は予定の倍近くの曲を想定した体力作りをする。

 睡蓮だって体力作りはこれでもかというくらいにしている。リハーサルならこの時間でもけろっとしていたのに、お客さんを相手にすると普段以上の体力を使うのだろう。

 どんなに準備してもそれ以上を求められる。それに答える。よくできましたで終わらせてくれない。もっといいものを見せろと要求される。

 多分嬉しいんだろうなと思う。睡蓮というアイドルに限らず、これまで資料として映像で見てきたアイドルも、大成功と呼べるステージで最後まで笑っていた。

 私のような理屈で考える人間には辿り着けない場所なのかもしれない。

 体力の限界以上を求められる。笑顔を求められる。笑顔にしろと求められる。大変だ。

 長い四分が経った。あと二十秒で曲が終わる。

 睡蓮が舞台袖から見える場所より前に出る。倒れたりしないかハラハラする。

 皆に盛り上がれと手拍子を求めていた。感動を通り越して呆れた。

 ライブ中毒者なのかもしれない。お客さんも睡蓮も。

 最高潮の盛り上がりを見せて睡蓮が舞台袖にはけてくる。

 誰かがエナドリを空けて睡蓮に飲ませる。何人がかりで支えてるかわからない。

 私や金井さんみたいな新参者の出番はなかった。

 睡蓮が顔を上げる。げっそりはしていないが疲れは見える。それでも満足そうに笑っていた。

「あー疲れたーもう寝たーい」

「握手会あるでしょ」

 冷たく姉の木蓮さんが言い放つ。一番心配していたのは彼女だ。真っ先に支えていた。

「今行きますよー」

 疲れ切った声だ。それでも立ち上がる。とんでもない気力だ。

 握手会となると私たちに出番はない。バックダンサーは片付けを終えたら睡蓮の邪魔にならないように退散だ。

 思い出したように睡蓮が立ち止まり、こちらを見た。一瞬目が合う。悪戯っぽく笑った。どんなもんだ。やってやったぞと言っているようだった。

 なんだかわからないが悔しかった。凄いなと思って笑ってしまった。

「何笑ってるんですか?」

 金井さんが私の顔を見て不思議そうにする。取り繕って言う。

「いえ、凄いなと思いまして」

「本当、凄かったね」

 大きなため息をして、金井さんは片付けをはじめる。

 ベテランの先輩達が着替えてる間、私たちは忘れ物がないか確認したり片付けたりしていた。

 今回、バックダンサーの衣装は両手両足に白い手袋と白いブーツが採用されていた。

 最後の一曲は別の衣装だったので、もしかすると傷を誤魔化せる衣装の時だけ使ってもらえていたのだろうか。

 握手会会場の方がずいぶんと盛り上がっており、どよめきの声がここまで聞こえてくる。

 私と金井さんで最後の確認をして、スタッフさんに報告する。

「では最終チェックしますんで、着替えちゃってください」

 私と金井さんで更衣室を独占した。感動の余韻のせいか何も話せず、黙々と着替えていると誰かが入って来た。

「おつかれさまー」

「お疲れ様です」

 反射的に答える。睡蓮だった。

「ちょっと、握手会は?」

「終わったよ。人数制限してたしね」

 最後の衣装のままの睡蓮が大きく伸びをする。金井さんは声も出ないようで、「おっおっおっ」と喘いでいる。

「金井さんもおつかれさまー」

「おっ、お疲れ様でした!」

 金井さんは緊張しいなのだろうか、睡蓮の前でバグることが多い。

「というかここスタッフ用の更衣室だから睡蓮さんの服はないんじゃ」

「そうだね。後で着替えに戻らないと」

 私と金井さんが着替え終わるのを待っているのか、壁にもたれて睡蓮が退屈そうにしている。

「着替え終わったね、二人にいいものを見せてあげよう」

 睡蓮は私たちの手を引くとステージの真ん中に躍り出た。

「今日もやりきったね。お二人の感想は?」

「いやもう、本当に、凄くて。その途中で気が抜けちゃってました」

 さっきから金井さんは緊張感を隠せていない。

「あるある。私も人のライブ脇で観てると放心しちゃうことあるしね」

「はいぃ」

 消え入りそうな声になった。

「で、連理ちゃんは?」

「アンコールの時はお客さんを恨みそうになりました」

「えー、嬉しいのに」

「でもその後はひたすら頑張れって思いました。頑張れ、もうすぐだ、帰ってこいって」

「あはは、連理ちゃんそんなに熱いキャラだったんだ」

「心配にもなりますよ、あんな姿見せられたら」

「うんうん、いつかぶっ倒れちゃうかもしれないね」

 それでもと続ける。

「私はライブやめたくないな。こんなの楽しいこと他に知らないもん」

「お客さんも楽しそうでした」

「そうなんだよね。だからもっとやってやろうって思っちゃうんだよ」

 羨ましく感じた。そして変な気持ちになる。

 何で私はここにいるんだろう?

 あれ?

 ふいに涙がこぼれた。あ、あれ? 何でだろう?

「連理ちゃん? 大丈夫?」

「あ、だ、大丈夫です」

 金井さんがそっと抱きしめてくれた。

「金井さんずるーい。私が抱きしめてあげたかったのに」

「あ、いえ、これはその……」

 二人の会話もよく聞こえない。

「連理ちゃん、時間差できちゃったんだね」

 後ろから頭を撫でられる。睡蓮の優しい声でもう少し泣いてしまった。

「ありがとう。もう大丈夫です」

 何とか金井さんから離れてハンカチで目元を押さえる。

「戻ろっか」

 睡蓮に促されて舞台袖に戻った。少し落ち着いて呟く。

「びっくりしました」

「それは私の方ですよーもう」

 金井さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。優しいお姉さんだ。

「おっと、そろそろ着替えないと」

 今日はおつかれさまーと言う睡蓮を見送り、荷物を持って金井さんと外へ出た。

「泣かされたー」

「負けちゃいましたね」

「完敗です」

 悔しくて思わす口元が笑ってしまう。

 退室してすぐ振り返り、最後に出た舞台袖の裏口に頭を下げる。ありがとうございました。小声でお礼を言う。凄い場所だった。

 金井さんは不思議そうに私を見て、おずおずと真似をして頭を下げた。

 そういう作法があると勘違いされたのかもしれない。少しおかしくなる。

 ただの私の癖なんだよね。

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