19歳4_傷だらけの棋士と四人の少女
速達で送られて来たスケジュール表には、かなり過密な日程が組み込まれていた。
八割以上は参加しなければならないとあるが、基本的には土日が両方潰れて平日に二~三日、それも夜メインのスケジュールだ。
一回一回の内容もそう長くない様子で、体力強化より技術面の指導が多いようだ。
レッスンはオーディションで使った会場をそのまま使う。道に迷う心配はなくなった。
遅刻欠席の事前連絡は必要なし。基準を満たせなければ即アウト。
ずいぶんとすっきりしている。気持ちいいくらいだ。
問題があるとすれば大学の講義が始まるということ。九月の中旬から忙しくなる。
一日一日が過密になる事間違いなしだ。
対局も繁忙期は週二や三の時もある。イベント関係は最初からお断りしていた。
日によっては対局終了後に直行し、夜のカリキュラムに間に合うこともありそうだった。
楽しみになってきた。
最初のカリキュラムは明後日の昼。都合よくスケジュールも空いている。
スマホを見る。メッセージはまた睡蓮からだった。
亜嵐さんに連絡先を聞いたらしい。個人情報なんてあったものじゃない。
『絶対に貴方と踊りたい。必ず! 必ずセレクション抜けてね!』
華美な装飾のメッセージに呆れるが、内容はありがたいものだった。
しかし何故私と踊りたいのだろう? 肩書の影響だろうか。
ここは亜嵐さんに教わった謙虚な返事を返しておく。
『頑張ります』
すぐに着信画面に切り替わる。何か問題があったのだろうか。
『頑張りますじゃないんだよ。絶対だよ絶対』
「そうは言ってもカリキュラムの内容なんてまだわかりませんし」
『それでも! 根拠なんていらないんだから、気合で乗り切れ!』
「技術的なものでなければ大丈夫だと思います」
『それでよし!』
そして通話が切れる。そもそもあの子、プロフィールを見たら私より二歳下だったけれど、誰にでもああなのかな。
少し倫理観の方が心配になる。お姉さんの方はしっかりしてそうだったのに。
念のため、対局日を確認しなおそう。
届いたスケジュールと照らし合わせ、対局日に印を付ける。
八割参加必須とあったが、この様子だと九割以上参加できそうだ。
ただ、一日一日は忙しくなる。
あまり使いたくないが、時短の為にコンビニにお世話になる機会が増えそうだ。
カリキュラムがある日は内容次第だが自己鍛錬を減らしてもいいだろうし、その場合は自炊をしたり外食に行く時間も作れるだろう。
ならば、忙しくなる前に少しでも今後の対策をしてしまいたい。
パソコンを操作する。先程の対局日程と照らし合わせ、対戦予定の棋士の情報を探った。
あっという間に二か月が経った。
睡蓮のソロライブのバックダンサー。実際に出演する候補はほぼ最初から決まっていた。ベテランが大半だ。
オーディションから合格したのは私を含め三人だけ。予想以上に狭き門だったらしい。
最低でも週に四日はこの事務所に通い、奥の広い体育館スペースで指導を受けていた。
内容は全てベテランと同様、どのタイミングでどの動きをするかまで正確に練られていた。
面白かった。楽しかった。
ベテランと言っても基本は若い女性。ずいぶんと可愛がってもらった。
睡蓮との合わせの日なんて、私が可愛がってもらうと睡蓮がやっかみをかけてきて、現場がハチャメチャになることもあった。
今回は劇場型のステージなので、出入り口は左右二方向のみ。最初は戸惑ったいくらかの専門用語や距離感についても、すぐに慣れることができた。
そして本日、セレクションの結果が発表される。
新たなテストをやるわけではない。これまでの練習結果で使えるか使えないか判断されるだけだ。
劇場型の性質上、今回は半数程度の合格になる見通しらしい。
一人ずつ名前を呼ばれる。受かっていたら呼ばれるし、落ちていたら呼ばれない。
ベテラン達は緊張していないようで、受かっても落ちても当然という顔で受け入れていた。
私を含めた新規参入者は早々に一人が離脱し、もう一人は私の二つ隣で気分が悪そうな顔をしている。
私より二つ年上の金井さんという大学生だ。運動神経はかなりよさそうで体力もある。
バレエをやっていたとかで動きも綺麗だった。素人評価ながらも、「受かるんだろうな」と勝手に予想していた。
早々に離脱したもう一人は名前もわからなかった。金井さんとはよくお喋りをした。細かい動きのアドバイスもしてもらった。
棋士であることは話さなかった。話すと自慢と思われそうだった。話さないのも悪い気がしてもやもやした。
もし話すなら二人とも合格したあとが一番いい気がする。だから、そんなに緊張した顔をしないでほしかった。
「きゅう?」
苗字はこの二か月で散々確認された。呼び違えはないだろうと思っていたが、本日の発表者は普段来ないお偉いさん。読めていなかった。
「いちじくでは?」
横の先生が訂正する。お偉いさんはそう読むのねと面白そうにしている。
「では改めて、いちじく」
「はい」
呼ばれた者は返事をして待機だ。
「金井」
「は、はいぃ」
金井さんも呼ばれた。金井さんの緊張した声で周囲から笑いがこぼれる。
私と金井さんの間の不合格になった人も微笑んでいた。やり切ったということなのだろうか。
続いて何人かの名前が呼ばれて合格者発表が終わる。
「以上。今回落ちた者も全員、次回のライブの候補なのでそのつもりで」
「はい」
全員の声が揃う。
今回のオーディション時点での合格者が三人に対し、この本番出場決定を決めるセレクション参加者は三十人以上いた。
大半がベテランである以上、一回の合格不合格で一喜一憂する必要はないんだそうだ。
要はステージ規模に合わせた必要人数がそのまま合格率に繋がる。
勿論上手な人、信頼のある人は複数の曲で参加するし、そうでない人は一曲だけということもある。
それでも怪我が絶対にないわけではないので、担当曲数が少ない人はいつでも交代できる状態で待機する必要がある。
今回の合格は最低限の「一曲以上」の参加枠を得られたいうことになる。
今回の睡蓮のライブは四曲予定だ。これから配られるシートで、どこで使われるかがわかる。
私は最初の三曲。恐らく三人くらいは四曲全て対応になる想定だったので、私の結果はまずまずだと思う。
金井さんは二曲だったらしい。意外だった。私よりずっと上手いのに。
帰り道に金井さんとお話をした。
「連理ちゃん流石だね。いきなり三曲も担当だなんて」
「意外でしたけど、少し悔しいですね」
「欲張りさんだ」
欲張りなのだろうか。悔しい気持ちはあって当然だと思った。
「多分だけど、今回最大担当は三曲だよ」
先輩が言っていたと。よく聞き出せたものだ。
「休憩枠ってことですか」
「そうそう、それくらい上が詰まってたんだろうね」
「だとしたら金井さんも三曲あってよかったと思います」
「私じゃ無理だよ、まだまだ体力不足だもん」
言われてみると確かに、私がバテていなくても金井さんは息が上がっていることがあった。
「というか、元々今回は二曲までだねって言われてたんだよね、体力以外は問題なしってお墨付きいただいてるし」
微笑ましく感じたが中々表情に出せない。代わりに頑張ってくださいと激励する。
「じゃまたね」
「はい、また明日」
電車で帰る金井さんとは事務所の前で別れ、駐輪場に向かった。
そういえば次回がどうとか言ってたけど、ライブ終了後も契約は続くことになるのだろうか。
その辺りのことを聞いていなかった。次回、ベテランの人か金井さんに聞けばわかるだろう。
明日は朝から大学だ。年末が近付き冬休み前の課題も終わらせなければならない。
ここでは金井さんという友人ができ、年上のみなさんに可愛がってもらえた。しかし、大学ではそうもいかない。
友人が少ない上に対局で休みを取ることもある。講義の内容を自力で解決しなければいけないことが多い。
明日も大学とカリキュラムでみっちりな一日になる。
この忙しい日々も来週の睡蓮のライブまでだ。
今の私には充実感がある。そのあとは私、やりたいことができているのかな。




