23歳12_Invisible scars
睡蓮から、「日曜でオッケー」の返事を確認して、お店の予約先を探した。
お高い店は私が苦手だ。かといって、居酒屋ってのも落ちつかない。
小料亭みたいなところがいいな。そう思ってパソコンと睨めっこする。
「連理ちゃん、上行かないの?」
「ごめん、調べものと予約終わらせたいから」
「わかった。上で待ってるね」
瑞香さんは、私の頭をポンと撫でて出ていった。
すぐに瑞香さんと入れ替わりで、木蓮さんが帰ってくる。珍しくいないと思ったら、営業に行っていたらしい。
椅子に座るなり大きな伸びを一つすると、淡々とデスクワークを開始した。本当にブレがない人だ。観察していると目が合った。
「あれ? レッスンは?」
「調べものしてから」
「どれどれ?」
「大したことじゃないよ。お店の予約取るだけだし」
「そう言わずに見せて見せて」
料亭という検索ワードを見て興味が湧いたようだ。
「誰と行くの?」
「睡蓮さん」
「ああ、じゃあここでいいじゃん」
MAPをカチカチっとやって、示されたのは思い出の料亭だった。
木蓮さんとの「おあいこ」の元になった現場でもある。
いいかもしれない。ここで三人を預かる決意したんだよ、という話題にもなる。
「料金、結構するんだね」
「私も亜嵐さんのお金だったから気にしてなかったけど、これはなかなかだね。バイトには辛いんじゃない?」
お土産で散財したことが今更効いてくる。お金の失敗はボディーブロー、木蓮さんによるボイトレの痛みのようだ。
いやいや、六枚のチケットがかかっているんだ。多少の出費はやむを得ない。
この料亭のあとで、改めて出費を見直そう。生活から考えなおすんだ。ちゃんとやるぞ!
「おー、九。これまでの立替分振り込んどいたぞ」
一人でやる気になっていると、後ろを通った亜嵐さんに告げられた。
「本当に返ってきた」
「当たり前だ。バイトに借りを作ったままでいられるか」
前言撤回だ。もっとお金を使ってやる。経済を回すんだ。
亜嵐さんも予約ページを覗きこみ、「ここかぁ」と懐かしんでいる。
「九にだいぶカマされた場所だ」
「私はハメられた場所ですよ」
「私はイキられたね」
三人で笑い合う。あの時はそれぞれが必死だった。
亜嵐さんが社長室に消えたのを確認して、鞄をごそごそとまさぐる。
取り出したケースを仰々しく掲げ、冗談を言いながら差し出した。
「あの時イキったお詫びです」
「お、何? お土産?」
瑞香さんとお揃いのふりふりな扇子だ。木蓮さんは開いて振って、あははと笑っている。
「安物なんだけどね。瑞香さんとお揃いで、日頃の感謝ということで」
「じゃあ、お詫びは別にあるんだ」
「それは冗談。そもそも『おあいこ』って言ったよね」
「言った言った。それとは別に、もらえるもんがあるならもらうって話」
にまぁと嫌らしい笑みを浮かべている。この人、本当に睡蓮と並んで売れたアイドルなんだろうか。
睡蓮に予約した旨をメッセージで送った。時計を見ると一時間近く経っていた。
瓦先生にも電話したかったけれど、これは明日にしよう。私もレッスンを受ける立場だ。あまり遅れてもいられないし、カエルだって何だってやらなければならない。
予約日の夕方、睡蓮を車で迎えに行った。
お迎えがてら、チケットの代金を睡蓮の家で受け取ってもらう手はずになっている。
という名目がありつつ、睡蓮たち蘇芳姉妹が住んでいる家を一度見てみたかった。
大仰な門でインターホンを鳴らし、自動で空いた門の中に車を入れる。庭地の隣の砂利スペースが、来客者も使える駐車場だった。
木蓮さんは普通の家だよなんて言っていたけれど、一時期住んでいた浮草にこっそり聞いたら「ちょっとした豪邸」だった。
私は浮草の言葉が正しいと思う。庭の時点で色々とおかしい。アイドルの住宅ならではのセキュリティ、という事情もあるのだろう。
玄関で睡蓮の出迎えを受け、中を覗きたい衝動を抑えた。
「お代くらいよかったのに。わざわざ来てもらっちゃったし」
「これまで何度ももらったからね、家を見てみたいのもあったし。それにライブ前のアイドルを連れ出すんだから、それなりのお迎えをしないと」
「だったら上がってく? 時間なら大丈夫でしょ」
興味が湧いて乗っかりそうになった。いやいや今日は応援も兼ねているのだ、そうまでしてもらっては気まずくなる。
「今度にしとくよ。また来る楽しみにもなるしね」
「じゃ、これ置いてくるね。お買い上げありがとうございました」
もう出かける準備はできていたのだろう、一分も経たずに睡蓮は戻ってきた。
並んで歩きながら感想を伝える。
「綺麗な庭だね。セキュリティも凄そうだった」
「うん。お姉ちゃんとデビューする前からこうだったよ」
「Lotusか。人気凄いもんね」
「桜蓮もメンバーの子も、今必死で頑張ってるよ。内部でライバル関係が凄いみたい」
車に乗り込む。私物になるからと、立替金では返ってこなかった自腹の車だ。
「結構ゴツいの乗ってるんだね」
「瑞香さんも含めて六人であちこち行くからね。睡蓮さんのライブにこれで行ったこともあるよ」
「ああー、遠方のあの時か」
「復活ライブ」
「ちょっと間が空いてただけだよ。引退したわけじゃないんだし」
車を走らせながら、当時のライブの話で盛り上がった。睡蓮が急に改まり、ミラー越しに頭を下げた。
「そして、あの時はありがとうございました」
「何かあったっけ?」
「覚えてないならいいよ」
確か年明けのライブだった。そうか、久しぶりで少しナーバスになっていたんだっけ。その時抱きしめて激励したんだ。
「思いだした」
「時間差やめてよー」
「あの直前だったんだよね。瑞香さんのことを教えてもらったの」
「そんなこともあったねー」
うんうんと頷き合う。運転中だから首の動きはほどほどに。
「もうすぐ着くよ」
「積もる話は中で聞かせてもらいましょう」
「睡蓮さんの話も聞かせてね」
「時間が足りればね」
そんなに私の話は長いかな? 睡蓮を見ると、悪戯っぽく笑っていた。
従業員さんを見つけ、予約していた九ですと声をかける。
誘導先は砂利の駐車場だった。蘇芳邸もそうだったけれど、こういう砂利の駐車場は高級感がある。自腹で本当にいい店に来てしまった。
部屋に通してもらい、コース料理の説明を受けた。
お互いお酒はなしなので、最初はお茶で軽く乾杯する。
続けてソフトドリンクを注文した。睡蓮がほうじ茶のノンアルカクテル、私が紫蘇サワージュースを選んで手持無沙汰になった。
準備していたプレゼントを鞄から出し、畏まって睡蓮を見る。
「玄関で渡すのもどうかと思ってね。これをどうぞ」
「わぁ綺麗な箱、ありがとう」
箱に喜んでいる。中を開ける様子がないので促した。
「いやいや、開けてみてよ」
「うん。わぁ扇子だ」
すぐに香りに気づくと、そのまま深く嗅ぎ、両手で広げてもう一度鼻を近づけた。ちょっとした仕草がさまになる人だ。
「いい香り。これどうしたの?」
「その絵柄見て思わない?」
「絵柄?」
あぁー、と嬉しそうに反応してくれる。大成功だ。
「私のヘアカラーね」
「そう。模様と合わせてね。偶然見つけて、似合いそうだなって思って衝動買いしちゃった」
「偶然かー。一生懸命探したんなら感動ものだったのに」
「返して」
「冗談です。ありがとう」
「もう」
ちょっときっかけがあると、すぐにふざけ合ってしまう。いつからこんなに親しくなったのやら、自分でも不思議に思った。
「糸遊に扇子買ってあげるって話になってね。一緒に買い物に行ったら、『これだ!』って思ったんだよ」
「ちゃんと、糸遊ちゃんにもいいもの買ってあげたの?」
「うん。私とお揃い」
「それも捨てがたい」
「これの方が高かったんだから勘弁してよ」
「はいはい。糸遊ちゃんに嫉妬しちゃいそう」
「愛弟子だもん。一番弟子」
「のろけは結構です」
「いや、聞いてよ最近ね」
「どうせ大したことじゃないんでしょ?」
バレたか。切り上げてもらって助かった。
しばらくすると、コース料理が運ばれてきた。
どれも美味しく、どれが好きだとか、あれに似てるという話で盛り上がる。
あの時は味気しなかったもんなぁ。部屋は違えど場所で思いだした。
「ここで三人を預かる話したんだよね?」
「うん。本当に、なんで私なんだろうって思ったよ」
亜嵐さんに呼び出されて来てみたら、木蓮さんと瑞香さんが深刻な顔で座っていた。
「よく引き受けてくれたね」
「くれた?」
「私発案なの、聞いてない?」
「聞いたような、そうでもないような」
どっちだったっけ? 今更気にするようなことでもない。
「帰ってきたお姉ちゃん、珍しく疲れてたんだよ。連理ちゃんの目力きつかったーって」
「割と本気で睨んでたからね。バックダンサーの本番のあとで、満足していた時に異常な話だったから」
「亜嵐さんもお姉ちゃんも、タイミング気にしてたんだよ。ただ、決断は早くしてもらいたいってことで」
「それであんなタイミングだったんだ。改めて考えると、呼び出すんじゃなくて、私の近くに来るべきだよね」
「それはほら、いいとこのご飯でご機嫌買おうとしてたんじゃない?」
「あの時は、話が重すぎて全然味がしなかったよ」
今はとても美味しいと感じている。元凶が目の前にいるというのに、緩い雰囲気だった。
「うん。お姉ちゃんはね、私と桜蓮を置いて離れちゃまずいって思ってたから」
「実際、姉妹の仲はどうなの?」
「いいよ。普通の姉妹だと思う。ただユニット内のことになると、だいぶ反発されちゃって」
睡蓮がソロ活動ばかりになったから、距離ができてしまったんだそうだ。
「私は事務所背負ってるとか、そういうつもりはないんだよね。好きなことやらせてもらってるって感謝してる」
ただ、桜蓮は……。少し考えてから睡蓮は続ける。
「自分は事務所もユニットも背負ってるんだって、私にはプロ意識が足りないって怒られちゃった」
「最近?」
「ううん、ずっと前。連理ちゃんと演劇したあとくらいかな」
「そうなんだ」
言葉が出なかった。どう話せばいいかわからない。
睡蓮もパタ、パタと、扇子で遊んで暇を持て余している。
姉妹の話は難しい。木蓮さんくらいフランクだったら接しやすいだろうに、桜蓮さんには生真面目というか、勝ち気過ぎる印象を受けた。
「最初はね、連理ちゃんも桜蓮みたいな性格かなって思ってたんだよね。律儀に応募してくるし、真面目だし、礼儀正しいし」
「教育の賜物だね」
「いいお師匠さんだ」
「教育というか躾は主に師匠の師匠だったよ。大師匠って立場の人で、奥さんと揃って凄く厳しかった」
「そうなんだね。連理ちゃんは第一印象で損してたもんなぁ。話すとこんなに面白いのに」
「最近変わったってよく言われるよ」
「うん。でも本質は変わってないよ。いつも悩んで考えて、ちゃんとお姉さんしてる。自分ができることより、預かった子は凄いんだぞって言いたそうにしてる」
「親代わりのつもりなんだけどね」
「だったらお父さんだ」
「お父さん?」
「瑞香さんがお母さん、体型と真逆だね」
言いながら、興奮気味に胸を凝視してくる。
「おー、やっぱり大きい……」
「結構きついんだよ」
「また大きくなった?」
「またって……。まあ、少し」
「じゃあもうHじゃないんだ」
「教えない」
「教えてるようなもんだよ。ふむふむ二センチは伸びてますなぁ」
「一応確認するけど、身長じゃないよね」
「大丈夫。連理ちゃんの背は伸びてない。私が保証する」
変なことを保証しないでほしい。胸のことより、そっちの方が私のコンプレックスだ。
「だいたいね、いきなりコメントでバラすとかどうかしてるよ」
「でも、もう画面に映る仕事はないんでしょ? 最後の思い出だよ」
にっこりと笑顔を浮かべ、睡蓮が続ける。
「それとも、本気でアイドルやる気になっちゃった? また画面に映る機会ができるって」
「まだ考え中。レッスンはしてるよ」
「うんうん、それでこそ連理ちゃんだ」
「私さ、またのせられてない?」
「ライブ前のことね。あれはただの本音。浮草ちゃんもそうだと思う」
あのあと、浮草にはどぎついことを言われた。捨て駒になってでも導けだなんて。正直買いかぶり過ぎだと思う。
「劇の時、というより終わり際からずっと思ってたんだよね」
「何を?」
「私、何であの時あんなに恐く思ったのかなって」
「それは私じゃ答えられないよ」
よく覚えてない。ただ手応えだけあった。木蓮さんや瓦先生は殺気だなんて言うけれど、正直何が何だか今でもわかっていない。
「私は全部覚えてる。本気で怯えさせられた。信じられないくらい圧力があったもん。でも、後から気づいたことがあるんだよね」
「どんなこと?」
「うん。あの時連理ちゃんは私に勝とうとしてた。私が大好きな場所で大好きなことしてるのに、不意打ちで『お前だけのものじゃないんだぞ』って言われてた気がしたんだよね。そんな経験がなくて、どうしてどうしてって不安になりかけた」
「それで恐くなっちゃったんだ」
「うん、でも私もプロだからさ。『ファンの前で弱気は見せたくない』って思って踏ん張った」
「凄いよ」
「ありがと。ただ、それからずっと、周りにこうじゃないんだよねって思うことが増えちゃった」
こうじゃないという気持ち。もっと自分に挑んでほしい気持ち? もっと緊張感のある場面?
「もっと挑戦して欲しい?」
「多分そんな感じ」
ずっと私が抱えていた問題だ。発散する場がないとどうしようもない。睡蓮にはそれがある。ライブという舞台だ。
「だからライブを続けてる。いっぱい歌っていっぱい踊って、違うこともしてファンと楽しむ。凄く満足だけど……」
「だけど?」
「連理ちゃんとのあの時以来、寂しく思うようになっちゃった」
寂しいか……。将棋から離れた時の私と同じ。睡蓮のバックダンサーチームを離れると決めた時も、少し感じたことだった。
「みんなが認めてくれるのは嬉しいよ。だからもっと挑戦し続けて、凄いことをしてやるって思ってる。だからこそ、誰かに挑戦してきてほしいって感じてる。桜蓮が頑張ってるのはそれを察して、挑戦しようとしてくれてるみたい」
「いい妹さんだ」
「あはは。素直じゃないんだよね」
なるほどね。だから桜蓮さんは私にああいう態度だった。睡蓮に寂しい思いをさせたくせに、のうのうと友人ぶった関係を続けていたから。
「その態度が、ユニット内の競争意識を生んでるみたい。だから、ちょっと申し訳なさもあるんだよね」
「だからLotusから睡蓮の名前が抜けないんだ」
「それもあるかも」
次々に料理が運ばれてくる。話しこんでいたせいで、どちらの箸もあまり進んでいなかった。
「一つ聞きたいんだけど」
「なにー?」
「私にそうさせようと、挑戦させようと仕向けたのは睡蓮だよね。そもそも、三人を預かれって話の時点で」
もう「さん」は要らない。多分、もう対等な関係だと思う。睡蓮に憧れてばかりではいられないし、睡蓮もそれを求めていない。
美味しそうに料理を口へ運びながら、睡蓮はこともなげに言う。
「そうだよ。正確にはもっと前からだけど」
「私は上手く使われたんだね」
「そうとも言えるし、そうじゃないとも言える。私は思ったことを言っただけだよ」
そうか。そうだよね。睡蓮は打算で動くような人ではない。正直な気持ちをぶつけてくれたのだ。
「だからその、えっと……。ここまで連れてきてくれて、ありがとう」
「え?」
「元々、将棋は時間制限つきだったんだ。だから、新しくやることができて感謝しているんだよ」
大きなため息が聞こえた。拍子抜けしたのだろう。私も不思議だった。もっと責め立てる言葉が浮かんだのに、気がつけば感謝の言葉を述べていた。
「怒られるかと思ったぁ」
「その気持ちがないわけじゃないけど、もう亜嵐さんで慣れちゃった」
「亜嵐さんに感謝! なんまんだー」
ふざけて手を合わせている。まだ死んでない。縁起でもない冗談だ。
少し笑ってすっきりした。本音で語り合えた。
改めて料理に舌鼓を打つ。本当に美味しい料理だ。




