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23歳11_Invisible scars

 事務所に出勤してすぐ、先に来ていた面々に挨拶をして、早々に更衣室へ向かった。

 そのままレッスン場に瑞香さんと入り、ひれ伏しながら箱を掲げて渡した。

「これまでのお礼でございます」

「怪しすぎるよ」

「そんなに怪しいものじゃないよ。開けてみて」

「えー? おおぉ?」

 面白い反応だ。木蓮さんに渡す時も、リアクションをもらえるかな。

「何これ、扇子? 端の方ふわふわしてるね」

「昨日、糸遊と買い物した時に見つけたんだよ。安物だけど面白いかなと思って」

「いいね。こういうアイテムを使って、舞台上でキャラ付けするのもありだし」

「そうなの?」

「そうなのって。ファンにサイリウム振り回させといて、アイドルが道具振るなってのもおかしな話でしょ」

「それもそうだね」

 ステージ上で、扇子をひらひらと振りかざすアイドルを想像する。

 睡蓮にあの扇子を渡したら、花魁風の舞台とか言い出さないかな。渡すのが少し心配になった。

「ちょっといいかー」

 亜嵐さんが入ってくる。私たちが返事をする前に、瑞香さんの扇子を見て目を見開いた。

「おーおー、懐かしいもん持ってるな。ちょっと貸してくれ」

 予想外のハイテンションな亜嵐さんに、瑞香さんはたじろぎながら扇子を手渡す。

「バブリーな時代にはな、こういうダンスもあったんだ。お前たちの世代じゃわからんだろうが」

 亜嵐さんは扇子のひらひらした部分を振りながら、足腰はくねくねと器用に揺らして踊って見せた。

「テーッテッテーテテテテーッテッテーてな」

 キレがあるのが面白い。でも、わからない。生きる時代の差を感じた。私はこうならないようにしよう。

「ま、当時の扇子はもっと、根元の方までふわっふわしてたもんだ」

「いつの時代なんですか?」

「おっと、いかんいかん。九に伝えることがある」

 疑問の声を浮かべる瑞香さんを押しのけると、いつもの尊大な口ぶりで亜嵐さんが告げる。

 中途半端に盛り上がりやがって。今度調べをつけてやる。そう思いながら、内容に耳を傾けた。

「レッスンもいいが本業だ。九は来週の土曜日空けとけよ、ロケが入った」

「ロケは久々ですね。私が連れていくんですか?」

「二点同時だ。木蓮が浮草と采女と凌乃を連れていく。別件で、お前が結葉と糸遊の担当だ」

 そういうことか。口ぶりからすると、二つのロケに関連性はないらしい。

「浮草も一緒なんですね。浮草と二人、どっち主体なんですか?」

「ああ、最初は浮草をご指名だったんだが。どっかの誰かさんが許可なく交渉して、二人追加で呼んでいいことになってな」

「浮草にあの二人をつけるんですか? 心配になりません?」

「仕方ないだろ。『Wildflowersから何名か同席というのは、はいはい、水引と凌霄花? かしこまりました』って、こいつが勝手に交渉したからな」

 瑞香さんが口笛を吹いている。器用なことに、口笛は私が練習中の曲だ。

 あんたか原因は。呆れてため息が出た。

「その直後、同日にWildflowersから二名って話が来てな。事務所としては大歓迎だが、どうしても人手が足らん」

「それで、バイトまで駆りだされるわけですか」

「そういう契約だったろうが」

「そうでした」

「檀、あっちで何かあったらお前の責任だからな」

「あたっ」

 瑞香さんに扇子を投げつけて、亜嵐さんは行ってしまった。

 頭に扇子をぶつけられた瑞香さんを見る。この人も振付の仕事以外は、大概ノリで生きている。


 来週の土曜は特に予定はなかった。暇だったら、糸遊と一緒に将棋道場に行くくらい。

 睡蓮のライブはもっと先だし、一緒に行くご飯の予約もまだ入れていない。

 ロケ日は睡蓮の指定日でもないし、そうだ今のうちにお店も探そうか。そう思って顔を上げると、とても冷たい目で瑞香さんが見ていた。

「レッスンしないの?」

「忘れてました」

 本当にごめんなさい。心の中で謝って、準備運動を開始した。


 一旦休憩となり、瑞香さんが扇子を片手に座って考えはじめた。

 動き足りない私は、型とダンスの中間の動きを模索中だ。それぞれの長所を組み合わせた動きを研究している。

 ここを突き出すと武術的、逆に開いて止めると振付っぽい。そんな試行錯誤を繰り返す。

 瑞香さんは、そんな私をじっと見ている。強い視線が気になって、思いきって尋ねてみた。

「どうしたの?」

「目標がない」

「目標?」

「連理ちゃんの目標が定まらないんだよね。他の子のサンプルになるとはいえ、ちゃんと一回やりきる場が欲しいというか」

「緊張感がないかな? レッスンは楽しいし」

「楽しいのはいいんだよ。今更挫折を知れって言わなきゃいけないほど、やわな鍛え方してないでしょ?」

「将棋という、別ジャンルをカウントしてよければね」

「挑戦するジャンル毎に挫折しろなんて言えないよ。そんなこと言う人がいたら鬼だね」

 先週いたけどね。精神攻撃の鬼が。

「誰かの前座とかさせるのもありかなって思ったんだけど、お客さんから誰だよって言われそうじゃない?」

「元プロ棋士ですって言う?」

「棋士って何だよって言われるよ」

 それもそうだ。私が将棋ファンを多く抱えていれば、少しは集客の手伝いになっただろうに。

 それに、考えてみると、確かに今楽しいから大丈夫って話でもない。

 睡蓮のライブに参加した時のような、緊張感というか近い目標が今の私にはない。

 あの時は、本当に限られた時間で必死にやっていた。

 短い期間だったからだろうか、集中力が本番に向けて研ぎ澄まされていくような、充実した感覚があった。

 その集中力が、うまいこと本番二日目で爆発した。そんな感覚だったと思う。

 将棋の重要な対局の時もそうだった。事前に相手をこれでもかというくらいに研究し、作戦を立てて思いきりぶつける。

 上手くいく時と、そうでない時があった。それでも充実感はあった。

「アイドルとしてだけかな?」

「ん?」

「そのやりきる場っていうの、アイドルとしてじゃないと駄目なのかな? 例えばここより厳しい訓練ができて、でも遠くないジャンルで、小さくても本番やリハーサルに参加できるところでも意味はない?」

「心当たりがあるの?」

「まず、アイドルとしてじゃなくてもいいか知りたい。駄目なら駄目で考えるし」

「全然いいよ。本当にアイドルになるとしても、まだまだずっと先でしょ? それまでアイドル以外の現場経験禁止なんて方がおかしいし」

「じゃあさ、瓦先生に相談してみるよ。上手いこと参加させてもらえる訓練とか、できればリハーサルなんかにも出られる見通しのあるものに出られませんかって」

「剣戟かぁ。いいかもね。演じるし動くし、何より緊張感凄いし」

「気を抜いたら大怪我しかねない世界だもんね」

「うん、そこは気をつけないとね。アポ取ったら教えてよ。レッスンの担当者として同行するから」

「わかった」

 よかった。「何で厳しいことを選ぶの?」って、瑞香さん本気で心配してくれたから。ここ以上に厳しいかもしれないところに、私が参加する意思を見せたら止められるかもしれないと考えてしまった。


 仰向けで天井を見上げる。

 剣戟をやったら、もしかしたらこの手以上の傷がどこかについちゃうかな。

 先日の将棋道場でも小学生に言われた。この傷どうしたのって。

 へたくそな練習しちゃってね、失敗した跡なんだよって答えた。

「もう痛くないし、恥ずかしいとも思ってないんだよ。だから心配しないでね」

「ふーん。じゃあ格好いい傷なんだ」

 小学生ならではの、思いもよらない発想だった。その時はそう思った。

 人を威圧したり、必要以上にアピールするための、作り物の傷とは違う。

 努力した結果、失敗したせいでできた傷だ。隠す気がしないのは、これが自信になっているからだと思う。

 もちろん、必要以上に見せつける気はない。気持ち悪がられたり、気を遣わせたり、時には人を脅かしてしまうこともある。

「ねぇ瑞香さん」

「そろそろ再開する?」

「その前にさ、この傷格好いいって思う?」

「傷を格好いいとは思わないけど、堂々としてる連理ちゃんは格好いいよ」

 嬉しくなって瑞香さんに抱きついた。やっぱり、この人はわかってくれる人だ。本当にありがたい人だ。

「どうしたの?」

「セクハラしたくなった」

「もー! 始めるよ」

 可愛い可愛い、もうすぐ二十九歳の女性だ。


 本日前半のレッスンを終え、休憩がてら事務所のパソコンに向かった。

 まずは、睡蓮との予定から埋めよう。スマホに送られた予定を見る。

 早くて明後日か明々後日だ。土日はお店が混むだろうけれど、日曜の夜なら大丈夫かな。

 ライブ前だし、睡蓮もお酒を飲もうとしないだろう。そもそもお酒を飲むのかな? 木蓮さんは、飲んだらすぐ吐くホースみたいな人だけれど。

 メッセージで確認しておく。お酒は要らないよね、日曜の夜だったらどうかと。

 さて次は、来週の土曜日のロケだ。どれどれ、木工工房の見学ロケで体験あり。糸遊と結葉にぴったりじゃないか。

 もう片方の木蓮さんの担当は、乗馬体験? 少し羨ましい。浮草なんて優雅に乗りこなして、淑女の嗜みみたいになりそうだ。

 采女と凌乃は動物好きなのかな。あの二人が動物みたいなものだし、多分大丈夫か。悪戯猫と元気犬みたいな子だしね。

 こっちはいい。えっと、木工工房は東北方面で新幹線移動だ。これは早起きしなければならない。

 もう片方は、木蓮さんの車移動になるそうだ。だったら、送り届ける必要はない。

 既に、ユニットの専用グループメッセージに予定は書かれている。浮草もWildflowersの四人も、了承のサインを返している。

「おはよーございまーす」

 資料を読んでいたら浮草やってきた。私の手元を覗きこむ。いつも遠慮のない子だ。

「ああ、今度のロケの」

「もう内容知ってる?」

「乗馬ですよね。凄く嫌です」

「あ、嫌なんだ」

「だって動物ですよー。何考えてるかわからないもん」

「私も浮草のことわかんないなぁ」

「人を動物みたいに言わないでよー」

 私の髪をめちゃくちゃに乱して行ってしまった。私のことはペットみたいに扱うくせに、動物は嫌なんだ。

 午前中のことを思いだす。せっかくお土産をあげたのに、失礼な態度だ。扇子は取り返してやろうかな。

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