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Invisible scars~傷だらけの棋士と四人の少女~  作者: 罠崖
第一部 傷だらけの棋士と四人の少女
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22歳21_傷だらけの棋士と四人の少女

 今日は誰から来るかな。

 糸遊からだとありがたい。協力を頼める。最近の出来事は大体、糸遊の力を借りていた。

 今回のケリが付いたらご褒美をあげたい。ご褒美と言えるかどうか、それは糸遊次第だけれど。

 ただ、私が大事にしていたものを糸遊に受け継いでもらいたかった。


 糸遊が来てくれた。期待通りの一番手だ。

「おはようございます」

「はい、おはよう」

 奥の二人も声をかける。

 いつもより元気がないようだった。

 それでも背筋を張って歩いている。長く剣道をやり、辞めても素振りを続ける努力家。

 もし将棋が大成したら二足どころか三足の草鞋を履けるかもしれない。私のような邪道ではなく、王道で。

 棋力の担保は私には難しい。糸遊たち以外に、将棋を教えたことがないので判断基準を持てなかった。


 昨日のレッスン以降、凌乃の様子はおかしかった。

 急なスランプに入ったような急激なパフォーマンスの低下だった。

 浮草に壊されたわけではない。亜嵐さんの失態だ。

 ちゃんとした説明もなしに「実は控えがいました」で安心するようなアイドルはいないだろう。


「糸遊、ちょっと」

「はい」

 着替えに行こうとする糸遊を呼び止める。

「元気ないね」

「凌乃ちゃんが辛そうだからずっと考えてる」

「偉いね」

「偉くないよ。当たり前だもん。なんで連理ちゃんは何もしてあげないの?」

 当然の疑問だった。私だっていつも答えを持っているわけではない。素直に答えた。

「私も考えていたんだよ」

「一緒だ」

「一緒よ。糸遊は何か閃いた?」

「全然」

「じゃあ、私の考えを聞いてくれる?」

「うん!」

 少しずつ、ゆっくりと、ゆったりと、長い息で、丁寧に伝えた。

 深呼吸するように、説得力を持たせるために。

「糸遊はもう、トラウマはないのよね」

「うん。強くなったから」

「凌乃はどう? 強い?」

「いつもは強いよ。今は弱い」

「昨日、浮草には何て言った?」

「強そうって言った」

「じゃあ、凌乃が復活したらどっちが強そう?」

「絶対凌乃ちゃん!」

 身内補正ありきだろう。それでも心強い言葉だった。

「ありがとう。ちょっと凌乃とお話したいから、今日はお散歩に行きたいんだ。糸遊もついてきてくれる?」

「走らないの?」

「うん。ゆっくりと凌乃と話したいからね」

「わかった。着替えてくる」

「うん」

 糸遊が気持ちの沈むところを見たことがなかった。いつも落ち着いている印象だったから知らなかったけれど、あんなに変化のある子だったんだ。


 しばらく糸遊と話していると、采女が凌乃を連れてやってきた。凌乃は少し乗り気じゃないようだ。

「おはよー」

「うっす」

 こういう時、同じ学校にいてくれるのはありがたい。もし凌乃が休むなんて言い出したら面倒だった。

 ただ、学校に行っている時点でその心配はしていなかった。

 この関係性、私の考えたWildflowersの四人の配置と似ていることに気づく。

 凌乃に声をかけた。

「着替えたらこっちに来てくれる?」

「うん」

「私も?」

 采女はずっと凌乃を気遣っていた。うん、この子もいた方がよさそうだ。

「うん、一緒だといいな」

「わかった」

 二人を見送りながら考える。いつも通りいじり合う仲の二人だ。私の見えないところで信頼感が生まれているに違いない。

 采女は可愛い顔をして実は一番純朴な性格をしている。それを隠すために悪ふざけが多くなる。

 それって結構睡蓮に似てるのでは? 何度か出かけた時に見た素の睡蓮は、その辺の女の子が求めるものに興味を示さなかった。意外と純朴なところがある不思議なアイドルだった。


 二人が戻ってきた。糸遊を呼んで外に出る前に、瑞香さんに声をかけた。

「じゃあ、ちょっと行ってきます」

「うん、行ってらっしゃい」

 木蓮さんも乗っかって見送ってくれる。

「小さい子が二人もいるんだから、車に気をつけなねー」

「私は小さくないもん!」

 采女がかみついた。今は采女より糸遊の方が背が高い。

「おーこわ」

 リアクションを取りながら木蓮さんが私を見て笑った。緊張をほぐしてくれたんだろうか。

 ……ん? 小さい子って私をカウントしていたの?

 采女も「私は」って否定していた

 帰ったら木蓮さんに確認しよう。


 凌乃と並んで歩く。最初に会った時のような、自信を失っている顔をしている。

「どこ行くの?」

「たまには散歩もいいでしょ」

 前を歩く采女と糸遊は中学の教師があーだのこーだの、卒業生と在校生ならではの話に花を咲かせている。

 平日の夕方。そこそこの人数が歩いている遊歩道。最初に凌乃が気分を悪くした場所に向かう道だった。

 そこに近付く。天気がいいので再現性が高かった。ただ、今回はショック療法のために来たのではない。

 凌乃に現在地を確認させたかった。

「嫌なこと思いだすんだけどここ」

「それだけ?」

「それだけって、そりゃまあ」

「凌乃だけなんだよね。ここで嫌な思いしたのって」

「何でほじくり返すの」

「ごめん、ただ、じっくり見たことあった?」

「特になかったかな」

「じゃあ、観察してみよう」

 凌乃は何でそんなことと言いながら、影になっていた木に触れた。

 嫌な印象があっても、凌乃はもう乗り越えたあとだ。あんたなら全部乗り越えられるんだって思いだしてほしかった。


 これは糸遊の助けもいらないかな。離れたベンチに座り、こっそりとスマホで撮影を開始する。

 あちこち触って回る凌乃に采女がついていく。糸遊も一緒に歩き回る。

 采女が糸遊にちょっかいをかける。しゃがんでる糸遊に采女が禁句を言った。

「ケツでっか」

「こらー!」

 魅力的だと思うけれど、まだ中学生だ。糸遊はそういうことを言われたくないんだろう。

 身体能力で采女に勝ち目はない。走り回って木を中心に追いかけっこが始まるが、あっさりと捕まってしまう。

「待った待った。参ったごめんって」

 糸遊がぐりぐりと、頭を采女のお腹に捻じ込んだ。

「それ無理まじやめて」

「よし、許す」

 采女が咳込む。

 凌乃が一通り楽しんで仲裁に入った。

「大丈夫?」

「終わるまで見てた癖に!」

「だってあんたの自業自得でしょ」

 ねーと糸遊に頷きかける。二人の戯れを見て凌乃に笑顔が戻っていた。

 糸遊が「おぉ!」と口を開く。

「凌乃ちゃん強くなった」

「何言ってんの?」

 二人の様子を見て采女が微笑み、そしてこちらを指した。

「ねぇ、あれ」

「おい、勝手に撮るなー!」

 凌乃が駆け寄ってきた。

 今度は私と凌乃の追いかけっこが始まる。


 一部始終を無事撮影できていた。息切れする凌乃を余裕の笑みで見下ろしてやった。

 甘いねー、まだまだ甘い。そこらのアイドルに負けるような体力じゃないんだよ私は。

 いいものが撮れた。糸遊のケツもしっかり写っている。夜にでも結葉と見て、一緒にクスクス笑ってやろう。


 本当はもっときついショック療法になる可能性もあった。

 ただ、恐がった理由は何もないんだよ。ほら、普通だよってのを示してあげたかった。

 努力で払拭した凌乃のことだ。あんまり難しいことは言わなくていい。言ってもどうせわからない。

 凌乃に理屈はまだ早い。見て、触れて、動いた時に理解する。器用さや物覚えのよさはそこにあった。

 帰りにちょっとだけ浮草の事情を話した。

 準備していただけだよ。偶然タイミングがあっただけだよ。別に凌乃を蔑ろにしたわけじゃないんだよと教えてあげた。

「んー、まあもうどうでもいいや。早くレッスンしよ」

 すっきりした表情の凌乃と並んで歩く。

 隙あらばスマホを奪い返そうと手を伸ばしてくるので、ひょいひょいと避けてからかってやった。

 調子に乗った私が転びそうになる。ガードレールに靴が当たり、黒い表面が白く汚れた。

 靴を気にしながら事務所に戻る。これはちゃんと磨かないと取れない汚れになりそうだ。

 そんな私の様子を木蓮さんが見ていた。まずいところを見られた。木蓮さんが笑って言う。

「ほーらやっぱり、一番小さい子が怪我しかけた」

 やっぱりカウントされていた。今度仕返ししてやる。

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