22歳20_傷だらけの棋士と四人の少女
翌日の出勤時も木蓮さんはいなかった。
浮草さんに付きっきりで仕事をしていると聞いている。
住宅関連の手続き以外に、日常的な仕事の世話もしているのだろう。
昨日は亜嵐さんに聞けるだけのことを聞いた。
亜嵐さんが焦っていたのは二組同時プランのことだけ。
本来なら浮草さんのことは、もっとじっくり育ててから紹介するつもりだったらしい。
何なら凌乃にソロデビューを成功させてもらい、遅れてきた同い年のソロアイドルをデュオで組ませたりする計画もあったそうだ。
そんな綿密なプランが亜嵐さんのパソコンに記録されていた。
「情報漏洩だけはするなよ」
「そんなこと言ってる場合ですか」
一年以上前から、凌乃が緊急で連れてこられる前から計画されている。
想定外だったのは凌乃の合流タイミングが早すぎたこと。想定以上にWildflowersとして仲よくなってしまったこと。
本来アイドル同士のユニットなんてのは、姉妹だったり身内だったりでなければ事務所のブッキングで組まされる他人同士だ。
そもそも三人同時に一人の人物、私に集めるのが高いリスクだった。
偶然にも成功した。慢心した。次も何とかなると思った。
短文系の思考になる。集中している状態だとわかる。
どこからだ、どこから考える。
凌乃だ。三人のことはいい。彼女達の成長は成功だ。真っすぐに育った。珍しい環境で。
凌乃はどうだ。三人に合流した。仲よくなった。トラウマは解消した。信頼が生まれた。糸遊がキーになる。ストーカーも捕まった。心配は消えた。
もしかして、三人は三人で完成したのか。凌乃がいなければ。
三人だけの構成はどうだ。もっと。小さく。コンパクトに。小さい成功が積み重なるイメージ。いずれ三人の幅が広がる。動けるようになる。もっと上手くなる。大成功は遅れる。それでも成功だ。本来はこっちのプランでよかった。
凌乃だ。三人が力を合わせて解決する問題。凌乃が解決してしまった。四人の図が固まった。繋いだのは糸遊。繋げるようにしたのは私。
全ての根本を辿れば私に行きつく。もっとほどよい距離感があれば。甘え合うことがなければ。くそ、ごめんね。亜嵐さんのプラン通りならもっと平和的に解決したはずなのに。
涙が流れる。私がプランを壊した。家族化した。甘えた。甘えさせた。対応してもらった。図に乗った。プロ棋士の時間を捨ててまで自信を手にした。大馬鹿女だ。
「おい、おい!」
「何ですか!」
「なぜ泣いてる?」
泣いてる? 確かに涙が流れていた。乱暴に拭く。
「これでいいでしょう!」
うるさい! 集中してるんだ!
人に泣きつくのは卒業した。金井さんに助けてもらった。もう充分だ。
糸遊の成長が早すぎた。想像できる奴なんているもんか。自慢の育て子だ。強い子。周囲も強くした。原因と言える。でも間違ってない。
彼女の成長が凌乃を救った。それでいいじゃないか。大丈夫だ。糸遊に責任はない。
原因はわかった。次だ。もっと今を見ろ。
今の三人と凌乃は幸せか。四人まとめて幸せか。まずはそこだ。絶対に自信はある。幸せにできている。失敗は認める。でも文句は言わせない。
次。凌乃の状態。回復させる。ショック療法は駄目だ。自信をつけさせろ。ソロでもユニットでも浮草に負けないと。
凌乃を連れる。あの場所へ行く。強くなったことを自覚させる。大丈夫だ。凌乃なら立ち直る。
「ふう」
「さっきから何なんだお前、泣いたり怒ったり」
「水でも持ってきてください」
亜嵐さんをこき使う。いい気味だ。ざまぁみろ。
次、仮説でいい。浮草を放置できない。凌乃は復活する。絶対だ。その時浮草の価値はどうなる。
最悪共倒れと思った。違う。どちらかだけ成功する? いや、どちらも成功させる必要がある。浮草の強さはどうだ。
糸遊だ。糸遊の基準を聞け。最初から強そうと言った。弱くない。絶対強くなる。
Wildflowersと浮草。同じ強さにする。基準は糸遊でいい。糸遊を信じろ。
チクリと引っかかる。同じ強さ? それで正解か?
違う。どちらかが強ければいいわけでもない。どちらも強くする。互いを全力で高め合う。それがライバルだ。
一時的な差なんてすぐひっくり返る。悔しければ追う、負ければ抜く、勝てば走る。その形を持たせろ。
Wildflowersを強くする。今できる最大値を出させる。糸遊は中にいる。審判者として使うな。
浮草にも本気を出させる。どうやって。あの子は何を持っている。
蘇芳三姉妹。木蓮さんはもうアイドルじゃない。どっちに寄っている? 友人の桜蓮さんか。睡蓮に憧れは?
Lotusに誘わて断った。桜蓮さんではない。可能性は睡蓮だ。睡蓮に憧れている。ここしかない。
後は不確定要素だけだ。簡単だ。浮草さんと会う。睡蓮のことを聞く。違っていれば起源を調べる。
うん。大丈夫。
深呼吸する。
机に突っ伏す。大満足だ。
これは詰ませている。
「そこ、私の机なんだが」
「あれ?」
頭を上げる。水を持った亜嵐さんが固まっていた。
「なんだお前。今度は満足そうな顔をして」
「いやー失礼しました。スイッチ入っちゃったみたいで」
水が冷たい。美味しい。どのくらい考えていたんだろう。
「私、どのくらい考えてました?」
「パソコン見始めてからまだ五分程度だ」
五分? そんなわけがない。二時間くらい考慮した時の疲労感だ。
まあいい、後は確認だ。不確定要素を埋める。
亜嵐さんに浮草さんの事を聞けるだけ聞いた。やはり睡蓮のファン。
トンッと指を二本、机に落とした。
大丈夫。解決だ。
「お前なんで睡蓮と浮草のことも知ってるんだ」
「計算しました。全部並べて逆算しました。理解したことを連ねました」
過去を答えとする。現在を問題とする。問題は解決する。見え方が変わる。答えも変わる。これが時系列に沿った逆算。
「多分簡単な話です」
「わけがわからん」
あとは会って話すだけだ。
出勤後、瑞香さんの近くでのんびりと過ごした。今日は木蓮さんに浮草を連れてくるよう頼んである。
夜は凌乃を連れだして話すそれだけ。
鼻歌でも歌いたくなる。頭がクリアだ。久々に全部出した。そんな気がする。
「連理ちゃんどうしたの?」
「気分がいいんだよね」
「じゃなくて、目元ちょっと腫れてるよ」
「ああ」
昨晩、めちゃくちゃ涙が出て無理矢理拭ったからだ。
「大丈夫。問題はなかったよ」
「泣いたの? 大丈夫?」
「うん。すっきりしたから」
笑って答える。本気で考えて答えが出るのは楽しい。
「亜嵐さんと相談したんだ。作ったプラン、聞いてくれる?」
「うん」
ゆっくりと話した。ゆっくりゆったり、そして丁寧に。
「凌乃ちゃんのこと以外問題ないと思う」
「凌乃は?」
「うーん、トラウマの場所に連れて行くのはどうかな」
「定期的に通ってる場所だよ」
「そうなの? それならまあ」
「だからごめん、今日はレッスンあんまりできないと思う」
「いいよ。調整するから」
本当に頼りになる。連携を感じる。あの子たちのためになる。
「そーじょーこーか」
ふと思いだして口からこぼれた。これは何だったっけ? 今回のテーマになるキーワードだ。
「相乗効果ね。それがどうしたの?」
「前、凌乃が言ってたんだよね」
「ああ、四人組にする時のアピールで」
「その時だ、そうだった」
うんうんと思いだす。そうか、凌乃はユニット内の相乗効果を求めていた。
それを今回、未知の存在である浮草にも当てはめる。
「今度お礼するね」
「じゃあ、その、一つお願いがあるんだけど……」
瑞香さんはもじもじとしていた。凄く嫌な予感がした。
うん、うん。絶対やめた方がいい。
話を聞いて頭がクラクラした。それは協力したくない話だ。
「調べたんだよ。今度こっちでもそういう対局があるって」
「そういうのストーカーって言うんじゃないの?」
「いきなりならそうだけど、連理ちゃんもいればいいでしょ」
「いやまあ、うん」
正直会いたくない。ただ、いずれ会う必要はある。
「本気なの? あんな根暗で性悪で、人のこと自分の師匠の家にぶん投げたような男」
「優しくて、見守ってくれて、おうちを用意してくれて、ずっと弟子だよって言ってくれた人でしょ」
ものは言いようだ。ずいぶんと浄化した見方だ。私が穿った見方をしすぎている?
だとしても、瑞香さんを師匠には渡したくなかった。
「わかった。師匠については今回だけだからね」
「うん!」
やったぁと無邪気に喜ぶ瑞香さんが心配になる。
「これもそーじょーこーかじゃない?」
「私にメリットないよ」
お昼過ぎ。まだ学生組が来る時間ではない。木蓮さんに連れられて浮草がやってきた。
「こんにちは」
「こんにちは。お話があると聞いて来ました」
「はい。お時間ありがとうね」
応接スペースで向き合う。離れた所で二人が見ていた。心配しなくていい。すぐ終わる話だ。
「単刀直入に聞くね」
「なんですか?」
「睡蓮さんのこと、好き」
「大好きです。大ファンです」
やっぱりだ。亜嵐さんからも聞いていたが、目の前で聞けてようやく納得する。
「何で知ってるんですか?」
「Lotus断ったんだよね」
「それはそうですけど」
「それだけだよ」
「え、わかんないです」
当然だ。私が勝手に計算して導き出した仮定を、説明もなく答えだけ引き出しているのだから。
「いいのいいの。勘みたいなもんだから、その答え合わせ」
「はぁ」
浮草が怪訝そうな顔になる。素が出てきたんだろう。
私への不信感、何を言っているんだろうという疑問を持っていることだろう。
昨日のあの子たちへの態度に対する仕返し、そして素を引き出すための作戦だった。
「昨日、うちの子たち見下してたよね」
「そんなこと」
「わかるよ」
遮って勝手にわかったという。それなりにストレスがかかっているはずだ。
「そういう言い方ばっかり」
「ごめんごめん」
「で、それがどうしたんですか?」
「これは単純に私の問題なんで、あの子たちの意見じゃないんだけど」
息を吸う。吐き捨てるように言いきった。
「あんまりうちの子たち舐めないでね」
「あはは」
浮草が急に笑い転げる。何も感じなかったのだろうか。
「あーごめんなさい。それって本気でやれってことですね」
「そうだよ」
「私と同時で大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ」
「壊れちゃわないですか?」
「心配ないよ」
「だったら、全力でやります」
「お願いね」
何かに気づいたのか、気づかれたのか。
不思議な子だと思っていたけれど、どこか不気味にも感じてしまう。
一つだけ確認したい。
立ち上がって帰ろうとする彼女に声をかける。
「あなたは睡蓮さんを越えられると思う?」
「誰も無理ですよそんなの」
浮草は笑いながら木蓮さんを見ている。同意を求めるように。
「そっか。時間くれてありがとね」
「はい。またお話しましょう」
壊れちゃわないか、か。
壊しちゃうじゃなかった。
亜嵐さんの話を思いだす。
浮草にファンを取られた、いくつかのアイドルユニットは、しばらく経って復活していた。ファンを取られた者同士が協力していた。
浮草の実力は他のアイドル以上だったのだろう。
だからこそファンは期待した。ただ、それは他を捨てて彼女だけを選ぶという意味ではない。
ファンの心理はこうだった。小さな界隈に折角出て来てくれたんだ、ひとまず応援しよう。
そんなファンの動きを、新手の社長は勘違いした。
相手の負担を低くしてコラボしてもらう。浮草の才能があればファンを奪い取れると考えた。
すぐに破綻した。見透かされた。絶望した。あまりにも安直だった。
そんな折に、亜嵐さんが浮草の買い取りを申し出る。一千万の値がついた。
新手の社長が全面的に悪いわけではない。元々が、新規参入してとんとん拍子で売れる方が稀な世界だ。
きっと、都合のいい環境と、自身の手腕を勘違いしてしまったのだろう。
壊す気はない。
本当は高め合いたい。
でも相手が壊れちゃう。
浮草はそんな感覚だったのだろうか。亜嵐さんの主観で得た情報だから、想像が難しい。




