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Invisible scars~傷だらけの棋士と四人の少女~  作者: 罠崖
第一部 傷だらけの棋士と四人の少女
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22歳19_傷だらけの棋士と四人の少女

 翌週の月曜日、お昼過ぎだというのに木蓮さんが学生を連れてきた。

 神秘的な雰囲気の美少女だ。洋風なお人形さんを思わせた。

 少女は暮香浮草と名乗った。

 ぼこううきな。見た目の雰囲気のような、ふんわりとした印象の名前だった。

「連理ちゃんは二度目になるね」

 睡蓮と会った時、桜蓮さんと車の中にいた少女だった。


「九連理です。よろしくお願いしますね」

「はい。連理さん。浮草と呼んでください」

 思ったよりも低めの声、耳に心地よく残る。

 睡蓮がスマホを失くし、BARで桜蓮さんと会い、木蓮さんと話した時だ。車の中のもう一人の女の子。

 木蓮さんは桜蓮さんの友だちとはぐらかしていた。「うきちゃん」なんて言っていたな。

「で、この子は何用で?」

「凌乃の代わりのソロデビュー担当だよ」

「凌乃の代わり?」

 雰囲気も体格も違うじゃないか。凌乃のソロ用の曲とマッチしない気がする。

「ま、詳しいことは追々ね。瑞香さん案内してあげてくれる?」

「はーい」


「本当に簡単に説明するね」

 瑞香さんと浮草が退室すると、木蓮さんが話しはじめた。

「浮草ちゃんは少し前まで現役アイドルだった子。地方の地下のね。一人で事務所の収入稼いでたけど、社長兼マネージャーの人材発掘能力と経営能力がちぐはぐだったから社長が買い取った。曲も衣装も全部抱き合わせで」

「そんな人身売買みたいな話あるんだ」

「たまにしかないよ。スカウトとか引き抜きみたいなもん。ただもう、その社長さん疲れてたんだろうね。亜嵐さんに論破されちゃって、そんなに多い額でもないのに了承しちゃった」

「いくらか聞かない方がよさそうだね」

「一千万だって」

 結構な額じゃないか。この業界で動く相場はまだわからない。

「浮草ちゃんは桜蓮と連絡してた。浮草ちゃんのことを知ったのは、様子がおかしいって桜蓮に相談されてね」

「それで亜嵐さんが視察に行き気に入ったと」

「もっと色々あるけどね。大方はそんな感じ」

 じゃあもう、アイドルの卵というよりアイドルのお手本じゃないか。

「ちなみに趣味はプロレス観戦」

「その情報いる?」

「そういうギャップもあるということで。ふんわり可愛い系に見えるけど、結構な技巧派だよ」

「声はあのまま?」

「歌はもっと高くなるね。中高音って感じ。凄く響くから聞いてほしいな」

「それはちょっと楽しみだね」

 素で充分いい声だった。

「本当はまだ、こっちでデビューさせるつもりはなかったんだけどね」

「そうなの?」

「というか、桜蓮がLotusに誘ってた。浮草ちゃんにはそのつもりはなかったみたい。でも凌乃ちゃんがユニットに入ったから、対でソロデビューさせるのに浮草ちゃんがふさわしいってのが亜嵐さんの考え」

 あの自信満々な桜蓮さんが誘うくらいなら相当な実力者だろう。単にお友だち補正でなければ。

 いやいや、お友だち補正だとしたら、そもそも亜嵐さんの目には引っかからないか。

「うちとしても曲数を稼げる、お手本が手に入る、その他諸々お買い得ってわけ」

「なんだかあこぎな商売だね」

「事情が事情だけにね」

「学校は?」

「前のとこは辞めてきた。今はうちに住んでるけど、もうすぐ引っ越して一人暮らし。バイトもさせるってさ」

「ところで木蓮さんの家ってお金持ち?」

「普通じゃない?」

 これは無自覚な金持ちタイプの予感がする。ちょっとそっち方面でも探りを入れたくなってしまった。

「案内終わったよー」

 瑞香さんが戻ってきて、木蓮さんが浮草を引き受ける。

「よーし、じゃ浮草ちゃん次は住居だ」

「おー」

 私のことなんて見えていなかったのか、浮草はそのまま木蓮さんと出て行った。


 二人きりになったので、瑞香さんに浮草の様子を尋ねてみた。

「どんな子だった?」

「割と見たまんま。不思議ちゃんかも」

 木蓮さんから聞いた情報を伝える。瑞香さんは意外そうな反応を示した。

「プロレス観戦ってあの見た目で?」

「私も驚いたよ。あと技巧派って、歌のことかな」

「ダンスかもよ」

「何にせよ、またうちで預かれって話にならなくてよかったよ」

「今更あの四人の輪には入れないよね」

「うん」

「ちなみに凌乃と同い年だった」

「ということは、今十六か七か」

「本当、若いっていいなぁ」

 しみじみと言う瑞香さんを、何とも言えない表情で見上げた。

 今年二十九歳になる女の悲痛。こうはなりたくない。

「今失礼なこと考えたでしょ」

「いやいやそんなまさか」

「もうすぐ十年来の付き合いだよ。わかるよ」

「空白の七年間もカウントしないでよ」

 瑞香さんと笑いながら考える。

 木蓮さんが浮草をこの時間に連れてきたということは、夕方からWildflowersの四人に会わせるためか、それともしばらく隠すためか。

 少し嫌な予感がしてきた。


 本日の一番乗りは凌乃だった。ウスと礼をして入ってくる。

「おかえり」

 オフィスチェアを回して出迎える。凌乃に追加で回される。世界が回った。

 ゆっくりと視界が戻った。凌乃が息を乱している。

「疲れるならやるな」

「やりたくなっちった」

 お手洗いに行っていた瑞香さんが糸遊と戻ってきた。ちょうど廊下で会ったみたいだ。

「おはよう!」

「はい、おかえり」

 おはようが流行るとおかえりの方が変な気がしてきた。

 おはようで返すべきだろうか。毎朝送り出してるのに、またおはようというのも変な話だ。

 ちょうどいい挨拶はないものか。一人で唸りながら考えていると、凌乃が不思議そうに見つめてくる。

「どしたん?」

「そのおはよう系列ずっと続くの?」

「ごきげんようにする?」

「それ、面白いね」

 私たちにふさわしい気品あふれる挨拶ではないか。悪ふざけで誰かに言ってみたい。

 ただ、気品のない亜嵐さんが禁止と言いそうだ。寒気がするとか気持ち悪いとか、失礼なことを言うに違いない。


 四人で雑談していると、木蓮さんと浮草が帰ってきた。

 新しい顔に、凌乃と糸遊が緊張した顔になった。

 ふわっと浮草さんが名乗った。

「暮香浮草です。よろしくお願いしますね」

「よろしくー」

「よろしくです!」

 二人とも雰囲気にやられたのか、一瞬の硬直の後は浮草の可愛らしさに感動していた。

「髪超綺麗じゃん。触ってもいい?」

「強そう!」

 浮草の表情に初めて戸惑いが走る。

 こういうごり押し系のコミュニケーションは苦手なのかもしれない。

「ごめんなさい。少し離れて」

「あ、ごめん」

 いつものノリが拒絶され、凌乃がうろたえた。

「ごめんなさい。驚いてしまって」

「こっちもごめん。ちょっと急だった」

 糸遊はじーっと浮草さんを見ている。何か感じるものがあったのだろう。

 凌乃と浮草の間を糸遊が取り持っていたが、最初の印象で出来上がった気まずい雰囲気は解消されなかった。

 こっそりと木蓮さんが耳打ちしてくる。

「料亭の時の連理ちゃん思いだすよ」

「全然違うでしょ」

「パターン的にね」

 どういうことだろう? 木蓮さんの顔を見た。

「ずっと私らのこと警戒してたでしょ」

「木蓮さんは覚えていたけれど、話すのは実質初めてだったしね。瑞香さんのことはその時は初対面だと思っていたし」

「呼んだー」

「呼んでない」

「連理ちゃんの言い方が冷たい……」

 瑞香さんは最近泣き真似をよくするようになった。もう少し歳を考えてほしい。

「それで?」

「なんかほら、私たちは三人がかりで詰め寄って逃げ道なくす感じだったでしょ? それで連理ちゃんに承諾させたわけだし」

「うん」

「わけのわからない奴からの急接近みたいなのが、あの三人、特に浮草ちゃんにはあると思うんだよね」

「私の時とは違う気がするけれど」

 改めて見ると、三者三様にスマホをいじっていた。会話はない。

 ただ、一人だけ雰囲気が違った。他の二人の雰囲気なんてどこ吹く風で、糸遊は集中していた。

 あれは将棋を指している時の糸遊だ。


 全員集合したのを見計らったように亜嵐さんも現れる。レッスン場に上がる前に説明があった。

「もう知ってると思うが暮香浮草だ。全員に自己紹介したな、よし」

 改めて浮草が頭を下げる。

「お前たちWildflowersのデビューと同時に、ソロ枠でデビューしてもらう。以前もアイドル活動をしていた」

 おぉーと、凌乃以外から声があがる。さっきの件で素直に驚けないらしい。凌乃はピクリと動いただけだった。

 浮草さんも静かに凌乃を見る、凌乃が睨みつける。浮草さんが興味を見失ったように視線を逸らした。

「詳しい事情は後日聞いてやってくれ。浮草は結葉と凌乃、お前たちと同い年だ。仲よくしてやれ」

「はい」

「はーい」

 大人しい結葉の返答と、気のない凌乃の返答が続いた。


 凌乃のパフォーマンスが悪かった。

 木蓮さんが浮草を連れて帰り、亜嵐さんとレッスンの様子を見守る。

「急すぎたな」

「反省してください」

「すまん、もう少し空けるべきだった」

 亜嵐さんによる、ユニットとソロの同時デビューのプランは続いていた。

 こんな形でソロ予定だった凌乃が知らされると、「自分のソロ枠には控えがいた」という見え方になる。

 亜嵐さんも人間だ。焦ることもあればミスすることもあるだろう。

 しかし、今回のはちょっと酷いと思う。運悪く二人のミスアクションもあった。好意的に捉えられない相手が、実は自分のサブプランとして存在していた。最初から信頼されていなかったと凌乃が勘違いしてもおかしくない。

「浮草さんはソロ枠で問題ないんですか?」

「それは大丈夫なはずだ」

「絶対に?」

「恐らくとしか言えん」

 この雰囲気が続くと、最悪共倒れだ。こんなことになるならWildflowersだけでデビューさせた方が堅実だっただろう。

 私はまだ浮草という人物の中身を知らない。凌乃を受け入れた時のような、先入観は持ちたくなかった。

 まずは浮草のことを知ろう。どういう人物で、どういう事情でデビューするのか。いつの時点で亜嵐プロダクションでのデビューが決まっていたのか。凌乃がソロデビューしてたらどうしていたのか。

 Wildflowersのデビュー予定は五月末、あと一月半だ。その時に浮草も同時デビューとなる。

 木蓮さんは恐らく浮草に付きっきりになる。木蓮さんから話を聞く時間はあまりなかった。

 浮草について一番詳しいのは桜蓮さんだろうが、接点はほぼない。性格上話してくれそうにもない。

 睡蓮に頼るしかないのかな。今後、あなたのライバルユニットになる予定のWildflowersです。同時デビューの子がわからなくて困っています。助けてくださいって。

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