22歳15_傷だらけの棋士と四人の少女
師匠との通話を終え、当初の疑問を木蓮さんにぶつけた。
「で、結局何がわかったの?」
「結論、連理ちゃんは可愛い。男の人も認めてる」
「可愛いかー」
バックダンサーチームでずいぶん可愛がられたし。
可愛いと可愛がられるは違うか。
「ていうのが、最初の連理ちゃんの質問に関する答えだよ」
「なるほどね」
「で、何でそんなこと考え始めたの?」
思いだした。そうだ、あのカメラが原因だったんだ。
「あなたの妹! 睡蓮さんが私の映ってる配信で胸のサイズ公表したの!」
「そんだけ?」
「言われてみればそれだけかも」
恥ずかしいとは思うけど、個人情報がどうとかそういうのより、睡蓮にやらかされたって事実に腹立った。
「それ思いだしてたんだ」
「いやそもそもは、大学のことを思いだそうとして」
確か、真っ当な人間関係を築けていなかったことを後悔したんだ。
そして、今の環境でずっともやもやしていることを不健全な状態だと思った。
「私は健康なのに不健全な存在だなって思ったんだよね」
「身体が?」
「心が」
不健全な身体ってなによ。いやらしいのか私は。
「体力はあるのに体力を使えるところがなくて、もやもやして、身体動かしたくて、じゃあどうすればいいかって考えて」
「スポーツマンあるあるだね、それでお酒に逃げたり」
「そうなんだ。預かった四人もさ、体力作りを徹底させたんだ。もしかしたら将来、同じ思いをさせるんじゃないかって不安になったんだよ」
「そういうことか」
「うん」
木蓮さんもあの子たちが関わると真面目になる。目の色が変わった。
「私自身、今すぐにでも走り出して、何かの練習して、満足したい気分だもん」
「濃密な時間に慣れちゃったんだ」
「そういうことだね」
瑞香さんは話を聞いているのだろうけど、さっきからスマホを見てばかりいる。
「亜嵐さんにも、今は手伝わせてやれる仕事はない、考えろって言われたし」
「それは気晴らしが必要だね」
「だから今日は道場に押し掛けて暴れたい気分」
愛しのサンドバッグに思いきりぶつかりたい。そんな気分でずっともやもやしていた。
「何の道場か知らないけどさ、そういう力を持て余してる人とか、そこにいるんじゃないの?」
「そうかもね」
「お話聞いてみたら?」
言われてみれば確かにそうだ。そういう気持ちを発散させるために通っている人もいるだろう。
それ以上に木蓮さんに相談できてよかったと感じる。からかわれている気分になることもあるけれど、何だかんだ一緒に解決策を考えてくれた。
「木蓮さんって、人の話聞くの上手なんだね」
「癖が強い激カワ美人の妹が二人もいるからね」
「疲れたりしないの?」
「あんまりないかな。まーた何かやってるよって思うことはあるけど」
「こんな感じ?」
瑞香さんを指さす。スマホを見たり、パズルを解いたり、職場にいるとは思えない自由奔放っぷりだ。
「そうそうこんな感じ」
「何よー二人して」
年甲斐もなくぶー垂れる瑞香さんを可愛く思った。
今日は長く話したせいか、時間の流れが早く感じた。
毎回毎回こんな濃密な会話ができればいいけれど、いつもこんな風に時間を潰せるわけではない。
セキュリティカードを通す音のあと、本日一人目のレッスン生がやってきた。
「糸遊到着! こんにちはー」
今日の一番乗りは糸遊だった。元気よく頭を下げてこちらに駆け寄ってくる。
「ただいまー連理ちゃん」
「おかえり。今日は何かあった?」
「あんまりかなぁ。クラスの子たちと、まだあんまり話せてないし」
四月に入り、学年が進んでクラス替えがあった。まだ一週間も経っていないので慣らしている最中なのだろう。
「連理ちゃんの方は?」
「木蓮さんといっぱいお話したよ」
「どんな話?」
「私の見た目のこととか、師匠のこととか」
「へぇー」
「糸遊は私のことどう思う?」
「好きだよ」
なんだなんだ。超嬉しい。こんな不意打ちなら大歓迎だ。
「そうじゃなくて、見た目とか」
「うーん、わかんないけど綺麗じゃない? 凌乃ちゃんや睡蓮ちゃんほどじゃないけど」
私の知る限り、近隣の最上位の美形と比較された。糸遊も同じ認識のようだ。
「糸遊から見ても凌乃は綺麗なんだ」
「そうだね、うん、そう。采女ちゃんと結葉ちゃんは可愛いと思う」
木蓮さんは綺麗でー、瑞香ちゃんは可愛い、と指さし確認。二人も自然と笑顔になる。
浮かれた瑞香さんが糸遊に微笑んだ。
「あらやだもー。糸遊ちゃんも可愛いよ」
「うん、知ってるよ」
この自信である。自信過剰なのではなく、容姿を客観的に見てそうだと判断しているらしい。
アイドルになろうというのだから、それくらいの自覚はあってもいいはずだ。
「糸遊基準だと、今のところ全員綺麗か可愛いだね」
「知ってる女の人はほとんどそうだよ」
糸遊は「あ、でも」と続ける。
「しゃちょーは恐い人かな」
「顔が?」
「顔が。優しいけどね」
大笑いしてしまった。二人もケラケラ笑ってる。
「でも好きだから大丈夫。着替えてくるね」
「うん」
事務室を出る時にもぺこり。本当にいい子だ。木蓮さんも笑顔で見送っている。
「まじで面白いねあの子」
「最近の一番のお気に入りだよ」
そして自慢の子だ。
笑い涙を拭きながら瑞香さんが続ける。
「一番将棋教えてたもんね」
「うん。才能あると思う」
あのキャラでプロとは言わずとも、女流棋士になったらどうだろうか。容姿もそうだけれど、あの素直な言動は周囲の人が放っておかないだろう。
「采女入りまーす」
糸遊ほどではないが一礼して入ってくる。糸遊いわく、可愛い系の采女だ。
「おかえり」
「ただいまー。糸遊ちゃん、もう来てるんだね」
「ついさっきだよ」
少し離れた席の瑞香さんと木蓮さんに軽く手を振って挨拶をしている。采女もなかなか気が利く子だ。
目が大きくて可愛い子。間違いなく美少女だと思う。将来は美人にもなりそうだ。昔の幼い性格から、若干ヒネた方向に育ってしまったけれど、それも愛嬌と言えるだろう。
「学校どうだった?」
「特にないかな。学校じゃ凌乃ちゃんと話してること多いし」
凌乃の通っている学校は女子高だ。そこに采女も入学した。
「着替えてくるね」
「うん」
采女が出ていってすぐ、凌乃もやってくる。他の二人とは違い、道場の挨拶みたいに「うっす」って感じで頭を下げる癖がついていた。体育会系というより、どこか武闘派な育ち方をしている。見た目は凄く美人なのに。
「連理さんただいまー」
「おかえり」
「二人ともただいまー」
「はいよー」
「おかえりなさい」
荷物を置きながら凌乃が確認する。更衣室に全ては入らないので、一時的な荷物置き場が事務所にはあった。
「もう二人来てるんだ」
「結構僅差よ」
「そっか。着替えてくる!」
「あ、凌乃」
「んー?」
「今日帰りに道場行くけどどうする?」
「行く!」
「わかった。連絡しとくね」
「うん、ありがと」
凌乃はよっしゃーと声を上げて出ていった。糸遊とは違う元気のよさだ。
この時間はまだ道場は開いてない。もう少ししたら電話しよう。
事務所もこの時間になると活気が出てくる。
出社してから感じていたもやもやが、レッスンに来る子と話して少しだけ晴れた。
学校が遠い結葉は一番来るのが遅い。被服科の課題を現地でやることが多いので、その分大幅に遅れることも多くなる。
そういう時は学校を出る前に連絡をくれる。そして、場合によっては車で迎えに行く。
事務所には営業用の軽自動車も用意されており、いつでもお迎えの準備は万端だった。
営業車には小さくステッカーが貼ってある。『亜嵐コーポレーション』、それが私の職場だ。




