22歳14_傷だらけの棋士と四人の少女
ゼロから何かを考えて、形にして、意味のあるものにする。
……漠然としている。
何故将棋が生まれたのか考えてみる。
日本においては戦国武将たちが地図上の兵の量を将棋の駒のような五角形で示し……。
……そんなんだっけ?
間違えている気がする。やり直し。
健康的な肉体。そもそも健康ってなんだ。私の状態は不健康ではないが不健全だ。
誰がちっちゃいくせにHカップだ。そういうコメントが不健全だ。
……そうじゃない。
「やってるねー」
「ありがとう」
連想ゲームのように、何がどうであれがこうで考えていたら瑞香さんがお茶を持ってきてくれた。
自室でたむろっていた頃が懐かしい。
「男の人からしたら、私ってどうなんだろう?」
ふと疑問が浮かんだ。将棋界で性別は気にならなかった。今の私は女性に囲まれた生活を続けている。
瑞香さんがにんまりと口元を緩め、木蓮さんが身を乗り出してきた。
「えーと、恋がしたいのかな?」
「なになに? 連理ちゃんそういうの興味あったの?」
「え? 何?」
「うんうん、わかるよー。私って可愛いのとか、気をつけたくなるの」
「そういうのを切り捨ててきたんだもんねー。いいよ。わかった。睡蓮以上に綺麗にしたげる」
「待って待って」
急に興奮しだした二人にストップをかける。
「そもそも論の話なんだよ。別に特定の人もいないし、そういうのって何で興味を持つんだろうなって」
あの四人の中なら、凌乃と采女が興味を持ちそうだ。一番ないのは糸遊だな。結葉はなんかこう、褒められると騙されそうなイメージ。
「まあ、普通にしてたら中高で彼氏の一人や二人できるよね」
「できはしなくても告白はいっぱいされたなぁ。アイドルやろうってんのにそういうの邪魔だったし」
「え、木蓮さんずっと恋人いないの?」
「恋人はいないけど、告白された数なら男女問わず十人以上はいたよ」
男女問わず? 頭がおかしくなりそうだ。
「むしろ、瑞香さん彼氏いた癖にアイドルやってたの?」
「おっと、それはオフレコ」
「いーけないんだいけないんだ」
彼氏どころか告白なんて、したこともされたこともない。
好きだよとか言ったことあったっけ。ある。結葉の入院の時だ。言われたこともある。
それは違う。家族的な感覚だ。ノーカウントノーカウント。
木蓮さんが私に視線を戻した。
「んじゃさ、子供の頃に一番話した男の人は?」
「多分師匠かな」
「その人何歳なの?」
「えーと」
会社のパソコンで連盟のサイトを開く。現役棋士一覧の写真を見た。解像度の関係で名前は分かりづらいが雰囲気は掴めた。地味な人だ。
一瞬だけ見てすぐにサイトを閉じた。今はあまり見たいものではない。
「三十六だね」
「一回り以上違うんだ」
「そうだね。十四歳上だったんだ」
瑞香さんがぼそりと呟いた。
「真面目そうな人だった」
「根暗だよ」
「根暗ってあなた、世話になったんでしょう?」
「ただの事実です」
瑞香さんが好みかもとか言っている。やめてくれ。あんな人にこんな優しい人はもったいない。
木蓮さんが話を軌道に戻した。
「まあまあ、ギリ彼氏候補で喋ったのがこの人だとしよう」
「ギリギリのギリだけどね」
「馴れ初めは?」
馴れ初めって付き合ってる人達のことじゃ。まあいいか。
「六歳で両親が死んで、爺ちゃんに引き取られて。爺ちゃんの趣味の将棋教室に通ってると、そこの席主さんが師匠を紹介してくれたかな。十歳くらいだったと思う」
席主さんはそういう教室や道場の主。その時点で爺ちゃんの具合はよくなかった。
「いきなり激重な話するね。それで?」
「師匠に将棋は楽しいかって聞かれて、楽しいけどルールが窮屈だとか色々言ったら笑われて」
あとは何だったかな。自分が言った言葉を思いだす。
「その時点で周囲の人には大体勝てたから、もっと強い人いないのって聞いたんだ。そしたら師匠が相手してくれて、ぼこぼこにされた」
「ちゃんと強かったんだ」
「うん。プロって凄いんだと思った。勝てるようになるまでどれくらいかかるのか計算して、師匠を倒せるようになるには時間がかかるから、もっと中くらいの強い人が欲しいって言ったのは覚えてる」
「中くらいの強い人って……」
いちいち笑うなこの木蓮さんは。
「それで、『何年で僕を倒せるんだい』って言われて余裕を持って十年って答えた。じゃあ十年で僕を倒せなかったらどうするって話になって」
えーとえーと、そうそう。
「プロを辞めるって答えて、じゃあお願いしてみてと言われたんで」
思いだすけれど、あんまり言いたくない。
「『十年間で辞めるまでに全員倒すのでプロにしてください』って言ったら弟子にしてもらえた。最大十年だよって」
最大って言ってるじゃないかあの人。今思いだした。
「それで小六から奨励会に入って、中学に上がったら爺ちゃんが死んじゃった。だから師匠に引き取ってもらって、プロになったらアパート借りてくれた」
ってな感じかなと思いだす。色々思いだす。
「それは、師匠に引き取ってもらったってのは、一緒に住んでたの?」
「師匠の師匠のところに住んでたよ。めちゃくちゃ厳しくて、その奥さんも厳しくて。でもご飯は美味しかった」
「連理ちゃんさ、ちょいちょい笑わせようとしてない?」
「いや、思いだしたらそういうこともあったんだって。言いたくなるでしょそういうの」
「そうなんだね、ふむふむ。で、男の子と遊んだりもなかったわけだ」
「まあ、将棋指す相手がいたくらい? あんまり話したことはないかも」
「多分それ、恋愛とかそういう感覚がなかったんだろうね」
「そうだと思うよ。今でもピンと来ないし。何で男に生まれなかったんだろうって思ってたし」
あー可愛いと言いながら瑞香さんが抱き着いてくる。
「私は連理ちゃんが女の子で嬉しいよ」
「暑苦しいよ」
文句を言いつつも瑞香さんの抱擁は嬉しかった。そのまま話を続ける。
「まあ、私も今となっては女でよかったって思うね。でも、当時は周囲が男の子ばかりで、女だからのけ者にされてるのかなって思ったし」
ちょっと待ってと木蓮さんがストップをかける。少し考えてまた口を開いた。
「何でこの話してもらったんだっけ? 思ったより濃くて忘れちゃった」
「確か、男の人からすると、私がどうなのかなって質問だよ」
「私は男じゃないから想像でしかないけど、『小さくて綺麗なのにもったいない』って感じかな」
「あーわかるー。髪とか超綺麗なんだよ連理ちゃん。化粧とかほとんどしなくてこの綺麗さだからね」
抱きついた瑞香さんがすりすりと頬を寄せてきた。くすぐったくて気持ちいい。
「でも、周囲の男の子にはずっと目つきが悪いって言われていたんだよ。自分でもそう思うし」
「じゃあさ、それ師匠さんに聞いてみない?」
「正直に答えてくれないと思います」
「だったらさ、いきなりスピーカーで話して、同僚とかけてますって不意打ちしようよ」
「乗った」
ほう。この間は永世弟子宣言してもらった。破門はもうないだろう。別に破門宣告されても困ることもない。
恥ずかしさもあるが、聞いてみたくはあった。
ここじゃなんだからと、応接用のソファーに並んで座る。全員の飲み物も用意した。ちょっとしたパーティー気分だ。
「じゃあかけるね」
「ちょっと待って」
瑞香さんが深呼吸する。無視して通話ボタンを押した。
「ああ、もう」
『どうした新社会人』
今日は早く出たな。
「ご無沙汰してます。今同僚も聞いてます」
『え、何で?』
「すみません、同僚の蘇芳と申します」
『あ、えっと、連理がーじゃなくて九がお世話になっております』
「師匠も社会人みたいなこと言えるんですね」
『連理は黙ってなさい。それでご用件は』
「では単刀直入に。弟子に取られた頃の連理ちゃんのご印象は?」
『生意気、頭がいい、可愛い容姿、お爺ちゃんっ子、手が傷だらけ』
「可愛いってよ」
「言ってくれたことありませんよね」
『弟子にしてやってくれなんて紹介されて、いきなり容姿のこと言えるわけないだろ』
「あの、同僚の檀と申しますが」
『まゆみさん、はいはい、他にもいらっしゃったんですね』
「お師匠さんはその、ご結婚の方は……」
「生涯未婚だよ」
『生涯かどうかはわかりませんが、今は連理の言う通りです』
「ありがとうございます。貴重なご情報を」
「瑞香さん絶対やめといた方がいいって、この人超偏屈だから」
『聞こえてるんだぞ』
「あ。すみませーん、つい本音が」
『楽しくやってるなら何よりだよ』
木蓮さんが笑いをこらえながら遮った。
「お時間ありがとうございました。勝手で申し訳ありませんが、社の者が帰ってくるのでこの辺りで」
『はいはい。連理のことよろしくお願いいたします』
凄くいい人っぽい終わり方をされた。なんだ、妙に師匠の評価が上がったんじゃないか? そんなの嫌だ。
「めっちゃいい人じゃん。面白いし」
「電話で知らない人がいるんだから、ああなるのは普通でしょ」
「でも急にかけて、スピーカーだったのに怒らなかったね」
「それは確かに。ただ、同僚の前で切るのも悪いとか思ったんじゃない?」
「そう思っても、言い訳一つせずに受け答えしてくれたでしょ」
「確かにそうだけれど」
横で瑞香さんが、「声も素敵」とか呟いてて気持ち悪い。
ほどなくして珍しく師匠からメッセージが届いた。
どうやら怒らせてしまったようだ。画面には「次会ったら覚えとけよ」と写っていた。




