22歳12_傷だらけの棋士と四人の少女
デビュー前の問題があった。
ユニット名は亜嵐さん、もとい社長が決めた。Wildflowersだ。
あんまり好きじゃないとみんなが言う。
「直訳すると『野生草花』だね」
「雑草じゃん」
ソロ枠の凌乃は気楽なものだった。ゲラゲラ笑ってる。やっぱりこっちでデビューしろ。お前も雑草仲間だ。
采女が一番猛反発している。
「草とか絶対言われる!」
「糸遊は何でもいいけど、これは好きじゃないかな」
「でしょ?」
「ただもう、このワード使った曲発注してるって聞いたよ」
結葉が大人の事情を話した。一瞬空気が凍り付く。
「終わったー!」
もうやけだーと采女が踊りだす。相方はWildflowers外部の凌乃だった。
この二人はコンビでダンスをやっていたのかと思うくらい、無駄にキレッキレなのが余計に面白い。
否定も肯定もしない結葉に感想を聞かれた。
「連理ちゃんはどう思うの?」
「私は好きかな」
シンプルでいいじゃないかと思った。
というか別の意味は教えていないんだ。自分たちで見つけろ、考えろってことかな。
必要な時まで伏せる考えかもしれない。亜嵐さんならやりそうだ。
雑草魂も悪くない。ただ、自然体や原石、ニュアンスから察するにそういう意味がある言葉だ。
私はそっちの考え方が好きだった。
采女は早々に中学の卒業式を終え、長い春休みを堪能していた。
最近自由奔放っぷりに拍車がかかっており、自宅のどこかしこで好き放題歌い、踊り回っていた。
今日も瑞香さんはいない。瑞香さんは既に、毎日事務所通いを始めている。
これは予想外に手痛かった。
今まで家事を瑞香さんに依存していたせいか、生きるための食事はともかく掃除洗濯はみんなサボりがちになっていた。
私も気が緩んでいた。
この子たちのために当番制を設けたりするのもありだが、それはそれで私の負担が軽く見える。
最初は私が全部やっていたのに、どうしてこうなったかな。
やっぱり私も甘えていたということなのだろう。
昨日で瑞香さんの相談役は終わりになった。
私のプロ棋士人生おつかれさま会と同時に、瑞香さんの相談役おつかれさま会が終わった。
「ふん、清々するわ」
帰り際、突如キャラ変した瑞香さんは号泣していた。照れ隠しすらできていない。
お酒が入った状態での悪ふざけだったらしいが、そのせいで涙まで流していたら世話がない。
翌日全員で事務所を訪れると物凄く気まずそうにしていた。全員でいじり倒した。采女が真似をし、瑞香さんに締め上げられた。
月が変わるとレッスン場が使えるようになり、仮曲に合わせてのダンスレッスンが始まる。
それに加えてレコーディングや撮影、公式プロフィールの作成などやることが山積みになった。
マネージャーは私。凌乃の担当マネージャーは不在扱いのまま。見つからないわけではなく、事務所が隠しているらしい。
私も知らされていなかったので、凌乃に尋ねた。
「誰だと思う?」
「木蓮さんでしょ」
やっぱりそうだよね。うんうんと頷いた。
「ていうか、他の人だとこう……何だろ」
「慣れるのに時間がかかる?」
「うん。変な感じすると思う」
きっと大丈夫だよ。こんなにコミュニケーション能力が高いんだから。そう思って凌乃の肩を叩いた。
「心配いらないよ。変な奴だったら私が何とかしてあげる」
「頼もしー」
本当にそう思っているようには見えない、ふざけた口調だった。ただ、緊張はほぐれたようだ。
凌乃との話を終えて時計を見る。みんな寝る時間だ。
「ほらほら、休みだからって夜更かしはだめよ。そろそろ寝ましょ」
この休みに慣れるとみんなだらけてしまう。一度気を引き締め直さなければならない。
レッスン場が予定されている上のフロアからガーギーゴーと聞こえる中、事務所奥の社長室で亜嵐さんと話していた。
「本当にうるさいな」
「うちの工事なんですから」
大体、完成前から使える部屋で仕事したいと言い出したのは亜嵐さんの方だった。
「雇用契約書がこれ、まずは三年な。でこっちが」
「三年?」
「一年ずつがよかったか?」
「正社員じゃないんですか!?」
「肩書はもういらん、金はある。拘る必要ないだろ」
「え、じゃあ瑞香さんは?」
「勿論正社員だ」
「理不尽でしょ」
「経費節約だ。あいつらのためなんだ。わかってくれ」
「雇用形態の違いでそんなに会社の支出が変わるんですか?」
「まあなんだ、しょーよとかが要らないとか」
「なんて?」
「賞与とか退職金がかからないというか」
「私だけボーナスなし?」
「ま、そういうことになるな」
「私この二年間、結構切り詰めて生活していたのご存知ですよね」
「それはまあ」
「この契約でそれに近いことを続けろと?」
「では逆に聞くが」
おっと、亜嵐さんの反撃体制だ。思わず身構える。
「お前、仮にあいつらの誰かがアイドル辞めたら、この仕事続けられるか?」
「それは……」
「檀や木蓮は業界の経験が長い。得意なジャンルの指導スキルもある。お前はあくまで習ったことの受け売りレベルだろ」
「……仰る通りです」
「今後はアイドルのあの子たちにも給料を支払うことになる。出費は確実に減る」
「確かに」
「あとはな、これは憶測というか直感でしかないんだが……」
亜嵐さんが迷っている。本気で悩む姿は珍しい。
「お前、マネージャーで収まるタマじゃないだろ。いずれ自分から辞めることになる」
何も言い返せなかった。
自分もずっと鍛え続けてるし、瑞香さんのレッスンを一緒に受けることが多い。
これを目標もなく続けられるだろうか?
これを辞めた時、あの子たちの前で胸を張っていられるだろうか?
ただ、この経験をどこかで活かす機会があるのだろうか?
その時私は、どういう立場になるのだろうか?
でも、今はそういう話ではない。
「それとこれとは別の話ですよね」
「うぐ」
危うく騙されるところだった。
ちゃんと正社員用の書類は用意されていた。これまで身銭を切って働いてきた私を値切ろうだなんて、そうは問屋が卸さない。
辞める時は辞める。それでいいじゃないか。
「お前、本当騙しにくいな」
「誉め言葉として受け取っておきます」
騙しにくいって自分で言っている。やっぱり騙す気だったのだ。酷い社長だ。
社長室から出てせいしゃいーんと書類を掲げて喜んでいると、瑞香さんにひょいと書類を奪われた。
「なにするのー?」
浮かれた調子で間の抜けた苦情をぶつける。
「まあまあ、なくなるわけじゃないから」
ふむふむと私の雇用契約書を見る。
「本当にこれで承諾したんだ」
「そうだけど?」
「給与これでいいの?」
「え、ちょっと待って」
安い。安すぎる。
契約社員の書類の方がマシじゃないか。
「ていうか正社員なら、別に雇用契約書じゃなくてもいいし」
「そうなの?」
「必要なのはこっち」
労働条件通知書、なるほど。
「このままだとただのボランティアになっちゃうかもね」
「瑞香さんついてきてよ」
「仕方ないなぁ」
油断も隙もあったものじゃない。
瑞香さんに泣きついて、亜嵐さんに正式な書類を出してもらった。




