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22歳8_傷だらけの棋士と四人の少女

 ランニングから戻ると、覗き魔三人娘も起きていた。

「おはよう。あと、あけましておめでとう」

 改めて三人と挨拶を交わす。そわそわと落ち着かない様子だ。

 シャワーを浴びてリビングに行くと、瑞香さんが用意してくれた正月料理が並んでいる。

 いいなぁ。こういう料理。普段食べないものばかりで、お腹が反応してしまう。

「ほとんど出来合いのものだけどね」

 昨日話せて本当によかった。今日で瑞香さんは、一旦帰ることになっていた

 食事を済ませるとみんなで団らんの時間だ。いいタイミングなので、五つのポチ袋を取り出した。

「はい、瑞香さん」

「私も?」

「いいのいいの、いつもありがとうございます」

「あーもう、いい歳なんだから泣かせないでよ」

 ニヤニヤと見つめていた采女が調子に乗った。

「本当いい歳なのにね。あいた」

「あんた調子乗り過ぎ」

 凌乃が制裁を下してくれる。いい連携だ。

 そして次に、「はい、糸遊」とポチ袋を手渡した。

「ありがとー」

「あーもう、糸遊は素直だね」

 抱き着いてきた糸遊を撫で撫で。よしよし、予定通りだ。

「はい、終わり」

「え?」

「嘘?」

「終わり?」

 凌乃、采女、結葉の順に不満の声があがる。

 あまりにも予想通りの反応なので、笑いをかみ殺すのが大変だった。

「何? 欲しかったの?」

「欲しいに決まってんじゃん」

「不公平だよ!」

「さすがに……」

 続く反応もさっきと同じ。本当に仲がよろしいことで。

 仕方なくポケットから小さなポチ袋を取り出した。

「はいはいわかった。どうぞ」

 三人用の特別版だ。コンビニにちょうどいいものが置いてあった。

「小さくない?」

「中見ないと!」

「連理ちゃん、結構根に持つんだね」

 結葉からの信頼を失いかけている。仕方ないじゃないか。覗きは三人セットだったんだから。

「ちょっとー! 五円しか入ってないんだけど」

「私十円、これまじ?」

 結葉は開きもせずにじっとこちらを見ている。

 どうやらバレているらしい。

「冗談冗談、ちゃんとあるから」

 結葉に渡した偽ポチ袋を回収し、本物を手渡す。

「ありがとう」

 にっこりと微笑む結葉を撫でた。もうちょっとノリに合わせてほしかったな。

 残る二つのポチ袋を二人に向けて差し出した。

「はい、二人も」

「おー神よ。ん?」

「ちょっと、取れない。連理さんの馬鹿力!」

 指で摘まんで離さない。この二人にはもう少しいじわるをしてあげる。

 二人とも何とか奪い取ろうと捻ったり引っ張ったり、必死な様子に笑ってしまった。

 無理矢理引っ張られて破れても困るので、力を抜いた。

「もう、素直に渡しなさいよ」

「おっしゃー!」

「二人はもう少し、落ち着きというものが欲しいね」

 せっかくの忠告を、ポチ袋の中身に夢中でもう聞いてない。

 やれやれ。そんなにお金に困っていたのだろうか。普段必要な分は出してるし、大した不都合はさせていないつもりだ。

 それでも彼女たちなりに、やりくりしてくれていることは知っている。

 女性としての生活必需品とか、言いにくいものまで色々と。そういう時は遠慮なく言うよう、伝えていた。

 そしてこのお年玉。普段の生活とは別として、何の気兼ねもなく使って欲しい。ただ、ギャンブルや暴飲暴食、変な課金をしなければだけれど。

「そういえばさー」

 凌乃が袖をクイクイと引っ張る。

「三人はいつまであのスマホなわけ?」

 凌乃は最初から自前のものがあった。

 三人が持っているのは、亜嵐さんに支給してもらった機能制限つきの格安スマホだ。

 確かにこの先、もっとまともなスマホがないと困ることが多いだろう。

「それもそうか。亜嵐さんと相談してみるね」

 ね? と瑞香さんにも同意を求める。

「そうね」

「凌乃も気づいてくれてありがとうね」

「変に差がつくの嫌なだけだし」

 珍しく照れた様子の凌乃を撫でてあげたくなった。しかし、背伸びしないと届かない。またいじられるから今回は遠慮しておく。

 三人は新しいスマホが欲しいと思わなかったのだろうか。素直に言い出せなかったのだろうか。

 ちゃんと必要なものは買い与えているつもりでも、言い出しにくいことはあるに違いない。もっと察してあげるべきだった。

 私がそんなに必要と思っていなくても、今時の学生なら周囲と比べられることもあるだろう。

 自分の世界に没頭しがちな糸遊はともかく、新しいもの好きな采女や、高校に上がって交流の幅が広がった結葉には今後必要になる品だ。

 いや、糸遊こそ将棋の勉強のために持たせておきたい。棋譜を見たり、将棋のアプリで勉強することもあるはずだ。今はあんまりいらないと感じていても、将来使えなければ困ることになる。

 それに、パソコンも私の古い一台じゃ物足りなくなってきた。四人の共同使用ということで、一台購入を検討しよう。

 亜嵐さんへの相談内容がまとまった。


 大学は覚悟も何もいらなかった。あとはもう、なるようになるだけ。

 しかし、残りの二つは大きな決断と覚悟が必要になる。

 将棋は引退することに決めていた。師匠には年末にお伝えし、送り出してくれた。

 これが一番大事だ。三人と凌乃を本格的なデビューに導くこと。

 マネージャーの業務が、スケジュール管理や事務作業だけなら大したことはない。

 場合によってはスポンサーをつけてもらったり、小さな仕事の交渉も必要になるだろう。

 亜嵐さんに聞いた時は、「そんな細かいこと今から気にせんでいい」と言われたけれど、それでも仕事としてやる以上はやり遂げたかった。

 金銭的な問題なら何とかできることもあるだろう。だが、ファンや人気は金では買えない。

 仮に買えたとしても、それは彼女たちの成長に繋がらない。

 それ以外にも、お金に関しては一つ考えていることがある。これは突拍子もなさすぎて、まだ誰にも言えなかった。


『一人五万までだ、それ以上はお前が出すなら許可する』

「凌乃もですか?」

『ああ。パソコンはこっちで準備する、セキュリティも重要だからな』

 一番高い買い物であるパソコンを負担してもらえる。これは大いに助かった。

「とても助かります」

『睡蓮のライブに行くんだろ?』

「はい」

『わかった。その後、今後の大まかなスケジュールを説明する』

 ライブ直後に対局があることを伝え、一週間ずらしてもらった。


 ライブの時に、スマホで撮影する人は多い。

 チケット関係の手続きも、今後はスマホありきのものが増えるだろう。

 基本手渡しからそういった予約制になった時、アイドルの立ち位置というものが見えてくる。

 大きな会場ほど、電子化が進んでいた。


 四人のスマホ購入をどうするか、どういう基準で選べばいいかわからず悩まされた。

 私の使っているキャリアでまとめたかったが、凌乃の契約は別会社だった。

 三人とのやり取りを考えるなら凌乃に寄せるべきかな。機種やキャリア差はない方がいい。

 瑞香さんに確認すると、「それでいいよ」と後押ししてくれた。


 年が明けて間もない頃、四人を連れて携帯ショップへ向かった。

 凌乃が予約を頼んで正解だった。おかげさまであまり待たされずに済んだ。

 それでも待ち時間はある。糸遊は相変わらず詰将棋の本を持ち歩いていた。何度も同じ問題を解いている。凄い集中力だ。

 何冊か与えたのに、もうどれもボロボロ。それだけ打ち込んでいる証拠だろう。嬉しく思って糸遊を見つめた。

 本を開いている時は非常にクールに見えるのに、話すと快活で素直な子。そして非常にマイペース。見ていて本当に飽きない子だ。

 そんな糸遊と逆に座る凌乃が、申し訳なさそうに声をかけてきた。

「ていうかさ、本当にあたしもよかったの?」

 凌乃のスマホはまだ現役。三世代ほど前のものだろうか、ケースに入れて使っているので壊れそうな様子もない。

「逆にあなたのだけ古かったら不公平でしょ」

「そりゃ新しかったら嬉しいけど。でもさ、高いじゃんこういうの」

「亜嵐さんにせしめるからいいの。遠慮なく使いなさい」

「そうなの? ありがと」

 四人には亜嵐さんからの上限額を伝えていなかった。

 車を安く手に入れられたこともあるけれど、今後のお金の見通しも立っている。

 というかありすぎる。私が浮かれて地に足がつかなくなるくらいに。

 亜嵐さんに言ったらきっと、立て替えた分も返してもらえなさそうだ。

 それどころか事務所のためにお金を出せとか、スポンサーになってくれとか言われそうな、そんな規模のお金だ。

 しばらく使い道のないお金、私にしては珍しく興味本位で突っ込んだ投資のお金。

 今が使い時だと思った。


 新たなスマホを手にした四人とともに、睡蓮のライブ会場へ到着した。今日は車だ。SUVに六人乗り。

 四人はお年玉を使い、グッズをいくつか買っていた。

 睡蓮から呼び出しがあったので、四人を瑞香さんに任せ裏口へ向かう。


 以前いただいた二十着程の服を、最近では用途に応じて着るようになっていた。

 上手い組み合わせがわからなかったので、凌乃と結葉に相談した。二人ともセンスがいい。

 今日もライブを見るために、ちょっと気取った服を選んでいた。


 木蓮さんと落ち合い、睡蓮の控室に顔を出す。

「失礼します」

「連理ちゃん!」

「あんまり時間ないからね」

「うん、ありがとうお姉ちゃん」

 木蓮さんは廊下で待っているらしい。私だけ中に入って睡蓮の後ろに立った。

 鏡越しに目を合わせて口を開く。

「急にどうしたの?」

「ちゃんと来てるかチェックしないとね」

 ふふっと笑って睡蓮が続ける。

「ていうのは嘘で、少し緊張してます」

「ずいぶん久しぶりなんでしょ?」

「九か月ぶりかな?」

「お客さんいっぱいだったよ」

「あーそれやだー。嬉しいけど聞きたくない」

「それに私のチケットに、握手枠までつけてくれちゃって」

「感想聞きたいからね」

「自信満々だね」

 鏡越しの睡蓮を見つめる。本当に綺麗な子だ。

 不意に笑顔がなくなった。心配そうな、申し訳なさそうな顔になっている。

「こんなの連理ちゃんにお願いするのは癪なんだけど」

「なに?」

「気合入れて欲しい」

「どうすればいい?」

「思いきりギュってして」

 ずいぶんと光栄なお願いだ。本当に私でいいのだろうか。

 睡蓮は立ち上がらない。椅子の後ろから抱きしめる。

 耳元で、「頑張れ」と囁いた。

 睡蓮がニヤリと笑う。

「これでうちの金井さんの分は返してもらったよ」

「やっぱ根に持ってたんだ」

 レッスン場で金井さんに抱きついた時のことだ。あれも見られていたのかな。

「うん、凄く。行ってくるね」

「うん」


 頑張れという言葉に嘘はない。

 ただ、それ以上の意味があった。

「うちの子たちをやる気にさせてね。そして、倒し甲斐のあるままでいてね」

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