22歳7_傷だらけの棋士と四人の少女
物音が聞こえる。寝室のスライドドアが少し開いていた。瑞香さんの閉め忘れ?
「ちょ、危ないって。凌乃ちゃん重い」
「采ちゃん声大きい」
「二人とも、声が」
こそこそと聞こえる。どうしたものか、瑞香さんは気づいていない。
「もーうるさいよー」
寝ぼけ眼の糸遊がドアをガラっと開けた。
三人が崩れるように転がってくる。采女が一番下になって凌乃、結葉と重なっていた。
「え?」
まだ泣き終えていない瑞香さんが、動揺して後ろを見る。
「え、やだ、見てたの」
「瑞香さん泣いてるー」
「さっき連理さんも泣いてたよね」
「二人とも、大人をからかっちゃ駄目だよ」
いい子ぶっているけれど、結葉も覗いていたから同罪だ。
さて、どうしてやろうか。
「もういい? まだ眠いよ」
「糸遊はいいよ。おやすみ」
「おやすみ」
糸遊がとぼとぼとベッドに戻る。マイペースな子。
「じゃ、じゃあ、あたしも寝ようかなー」
「何か聞こえるって言って起こしたの凌乃ちゃんでしょ!」
「うっさい。あんたが支えないからバレたんでしょうが」
言い合いを始める二人を餌に、結葉はそっと逃げようとする。
私はいい。先に泣かせてもらってすっきりしてる。
しかし、瑞香さんは放心状態になっていた。もっと瑞香さんと抱き合っていたかった。お酒の力もあってそういう気分だったのに。
「瑞香さん、ちゃんと寝よう」
「う、うん」
「三人は正座」
小さな声で「はいぃ」という三人が背筋を伸ばした。
硬直する三人を置き去りに、瑞香さんをベッドに誘導した。糸遊と一緒にゆっくり休んでね。最後にもう一撫でしてドアを閉めた。
さてと。電気をつけて三人に向き直る。
せっかくいい話だったのに。お互いに本音を言えたのに。
この子たちも悪気があったわけではない。それはわかっている。
残ったお酒をぐびりと飲む、もう冷めていた。
本当にどうしてくれようか。
さすがに風邪をひかせるわけには行かなかったので、暖房を入れ、三人に暖かい上着を着てくるよう指示した。
私には毛布がある。待っている間に毛布に包まった。
戻ってきた三人を改めて正座させる。
「言いたいことは?」
「ごめんなさい」
三人の声が重なる。真ん中の采女だけ頭の下げ方が浅かった。
両サイドの二人が無理矢理もっと下げさせる。
「大人には大人の話があるの。それはわかるよね」
「連理ちゃんが大人なら」
「うね!」
「ごめんなさい」
凌乃に救われたな采女よ。
三人をじっと見る。睨みつけるわけではない、ただ観察するように見比べた。
「もういいよ」
「え?」
結葉が顔を上げる。
「三人とも、もう眠れないでしょ。ココアでも飲もう」
許されたーと小声で言う采女を、バカタレと言って黙らせる凌乃。
「あ、でもココアできるまで正座ね」
三人が並んで背筋を伸ばす。結葉の何で私までとか、凌乃のこういうのは黙ってればいいのという、小さな声が聞こえてきた。
本当に面白い子たちだ。
私との話は忘れてほしくないが、羞恥心のことは忘れてくれているといいな。
瑞香さんにそんなことを思いながらココアを注ぎ分ける。
私は白湯にした。熱燗の後のココアは胃がもたれそうだった。
「はいどうぞ」
「いただきます」
「ありがとー」
「助かるー」
正月ならこの時間でもテレビをやっているだろう。
電源を入れてザッピングする。どこぞの神社の前の大行列が映し出された。人の量に呆れて思わず呟く。
「混んでるね」
「雪降ってなくても、こんなとこ行くのは嫌だったな」
凌乃が同意する。しばらく外の景色とテレビを見比べた。こことそう遠くない神社だ。雪は小降りになっているらしい。
テレビと私をチラチラと見比べて、言いにくそうに結葉が口を開いた。
「連理ちゃん」
「ん?」
「さっきの、そのあんまり聞こえなかったんだけど」
「私と瑞香さんの話?」
「うん」
「知りたい?」
「うん」
結葉に二人も同意する。
「じゃあ、デビューしたらね」
「今知りたいのに……」
「いつになんのよー」
「あたしソロだよー」
凌乃はソロでもデビュー時期は同じ頃のはずだ。それは関係ないだろう。
それでも、簡単に教えてやるもんか。
それに話すなら糸遊もいる時にしたい。
「じゃ、飲み終えたら歯みがいて寝なさいね。先に寝るから」
おやすみーと言い、手を振ってベッドに潜り込む。
糸遊が瑞香さんの抱き枕にされていた。
巻き込まれたら潰されそうなので、少し距離を取って大の字に寝転がる。
起きたら三人がべったりくっついていた。
暖かいけれど苦しい。一人一人引っぺがす。
瑞香さんと糸遊はいない。先に起きているようだ。
リビングに出て二人に挨拶した。
「おはよう」
「おはよー」
「おはよう。昨日はありがとね」
昨日のこと、どれくらい覚えているんだろう? ちょっと止まって瑞香さんを見る。
「先に寝かせてくれて」
「ああ」
だったら全部覚えているんだろう。まだ若干気まずそうにしている。
「ま、お灸は据えといたんで」
「うん」
「何の話ー?」
「私と連理ちゃんが昔会ってたって話かな」
「どれくらい前?」
「七年前ね」
「すごーい」
冷蔵庫を漁る。スポーツドリンクを取り出しお湯で割る。
はぁー、落ち着く。
外の様子を見た。雪は止んでいる。積もってもいないようだった。
「あ、そうだ。あけましておめでとうございます」
思い出して二人に頭を下げる。
「そうだったね、あけましておめでとう」
「あけおめです」
ペコリペコリと頭を下げ合う。
二人は話に戻った。スマホを手に取る。
まだ早い時間だが、まあ、大丈夫だろう。
睡蓮に電話をかけた。
『んー、おはよー』
「あけましておめでとう」
『連理ちゃん? そっか、あけおめ』
まだ寝ていたようだ。
「起こしちゃった? ごめんね」
『そうだよ。これで昨日のお礼はなしね』
「大したことしてないしいいよ」
あははと笑う声がする。
「合ってたよ」
『瑞香さん?』
「うん。一緒に泣いちゃった」
『よかったね』
「うん、ありがとう。それだけ」
『わかった。またね』
「またね」
睡蓮にもお礼を言えてすっきりした。
「瑞香さん、ちょっと走ってくるね」
「え、雪は?」
「止んでた」
「そう、気をつけてね」
糸遊も顔を上げた。
「いってらっしゃい」
「行ってきます」
笑って見送ってくれる糸遊の髪を撫でた。いつもさらさらで、触り心地がいい。
手早く着替えて外に出る。おー、寒い。昨日結葉にもらったニットキャップがありがたかった。歩道も車道も雪は端に寄せられている。走る分には問題はないだろう。
走りながら考える。そうだ、三人に仕返ししてやろう。ちょっとした悪戯を思い付いた。
ランニングの最中、ブツを仕込みにコンビニに立ち寄る。目的のものはすぐに見つかった。




