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22歳5_傷だらけの棋士と四人の少女

 大晦日に睡蓮と会う約束をしていた。

 普段の地味ーな格好で出かけようとしたら、我が家のコーディネート部門に捕まる。

「今日はパス」

「えーつまんない!」

 凌乃がぶー垂れる。

「睡蓮さんも気張らずにリフレッシュしたいの。私が気を遣ったら逆効果でしょ」

「じゃ、これだけでも」

 結葉が持ってきたニットキャップ。外は寒いのでありがたい。

「これは助かる。ありがとね」

「うん、行ってらっしゃい」

 急な呼び出しだったけれど、こういうのもたまにはいいだろう。うきうきで駅へ向かった。今日は久々に電車に乗る。


 二週間後にライブを控えている睡蓮が、年末年始だけスタッフのお休みも兼ねて休養日になっていた。

 その睡蓮に呼び出しをされたのが昨日。今回のライブの関係者以外とリフレッシュしたい。付き合ってくれと言われた。

 意地悪を言って焦らしてやろうかなと思ったけれど、時期が時期なのですぐに了承した。私もファンの一人だ。余計なストレスは与えたくない。

 待ち合わせ場所には、私が先に到着した。数分と経たずにお忍び姿の睡蓮がやってきて、一緒に街をブラついた。

 特にどこかに行きたいわけではないらしい。セキュリティの関係もあるので遠出は難しかった。

 だから街ブラ。大晦日でもやっている店が多くて、どこもかしこも賑やかだった。


「あそこ入っていい?」

「いいよ」

 睡蓮の示す古着店に入った。近くにレコードショップがあり、小さく音楽が聞こえてくる。

 一緒に色々な服を見てまわる。私の普段着がこの店のものとマッチしていた。睡蓮がその系統の服を試着する。

 出てきた睡蓮を見て驚いた。顔はちゃんと日本人なのに、髪と服装の組み合わせで、どこかの外国芸能人のように見えた。

 シンプルなレッスン着ですら華やかに見える睡蓮が、古着でストリートカジュアルに着飾るのは新鮮だった。これは絵になる。

「似合う?」

「髪が派手」

「ひどーい。私のカラーなのに」

 白をベースに、赤と金のラインを交えたカラフルなストレートヘア。染めたことのない私とは正反対だ。

 まだじっくり見たかったのになぁ。不貞腐れた睡蓮は似合うものを選ぶもんと言いながら、今度はちょっとガーリーな服を漁っている。

 こうやって睡蓮と出かけるのは三度目だった。初めて二人で出かけたときは緊張した。その時に睡蓮への敬語はなくなった。

 しばらく物色した挙句、古着屋で買い物せずに外に出た。ウィンドウショッピングとはそういうものらしい。私一人だったらちょっとしたものを買って、罪悪感をごまかしていたところだ。

 今日はまだ序盤も序盤、いきなり荷物を増やしたくなかったので睡蓮に従う。

「瑞香さんに香水プレゼントしたんだってね」

「うん。木蓮さんから聞いた?」

「そうだよー。仲よし美人三姉妹だからね」

「自分で美人って言うんだ」

 昨日の瑞香さんの誕生日の話をしながら歩いていると、音楽が大きく聞こえてきた。

 レコードショップの店先が賑わっている。どこかのアイドルのライブ映像が、大音量で流れていた。

「懐かしいなぁ」

「連理ちゃんもそう思うんだ」

「『も』って?」

「私も最初はあんな感じだったよ」

 お店の小さなステージでお客さんを呼びこむようなライブ。今の売れっ子アイドルな睡蓮からは、とても想像がつかなかった。


 下積み時代か。あいにく私にはそういうものがなかった。将棋の修業時代はそれになるのかな?

 気がついたらそれしかないという環境にいた。世界がそういうものだと思っていた。

 当時、元気なアイドルが大声で、ライブ終わりの挨拶をしていたことを思い出す。

 高校に進学し、C級1組に上がり、勝ち方がわからなくなって低迷し始めた頃の話だ。

「冷えてきたね。コーヒーでも飲もうよ」

「うん」

 また考え込んでしまった。睡蓮に連れられて店に入る。なるべく目立たない端の席を選んだ。落ち着いた雰囲気の純喫茶だった。

「何考えてたの?」

「昔のこと」

「何歳くらいの時?」

「十五歳だったかな。高校に上がって半年ちょっとの頃」

 中学三年でプロ一年目だった。この季節だったかな。

「ということはー、十何年前だろう?」

「七年だよ」

 そんなに歳は食っていない。変なところで睡蓮はとぼけてくる。

「で、どんなこと?」

「アイドルに元気をもらったこと」

「おー、感動エピソードだ」

 コーヒーが届く。店員さんに頭を下げると、睡蓮もつられて下げた。

「そんなに単純じゃないけどね」

「聞きたい聞きたい」

「んー、退屈になるかもよ?」

「いいよ。連理ちゃんの昔話なんて初めてだもん」

「わかった」

 届いたブレンドコーヒーを味わいながらぽつぽつと語る。


 どっちから話そう? 私の状態とアイドルのこと。

 ……連理ちゃんのことからがいいな。

 わかった。

 棋界のことははしょるけど、高校に上がったタイミングで将棋の方も基本的なクラスを上がれたんだ。今も戦っている順位戦ってやつね。

 プロ入りして一年くらいは、ずっと同じやり方でね。速攻奇襲の一発勝負。

 やり方がバレてちゃプロ相手じゃまず勝てない。博打みたいなことしてたよ。

 一つクラスがあがると、それも通用しなくなった。季節的にこの時期だったかな、だいぶ負け越してて才能ないのかなーって悩んでた。

 学校でも全然友だちできなかったし、手足は傷だらけになっていたし。

 部位鍛錬とか言って、硬いものを殴る蹴るしてたの話したっけ?

 ……ううん、初耳。続けて。

 うん。まあわけあって、辞められなくなっちゃってたんだ。四歳くらいからずっと続けて、習慣化していたね。

 小さい頃も、まあ背は今も小さいけどさ。もっともっと小さい頃、将棋と勉強と部位鍛錬ばかりしていたんだよ。

 高校の時に格闘技の本職の人に話したら、部位鍛錬なんて言えないって怒られたけどね。

 だからなのかな、中学生の頃には高校の勉強は大体わかった。友だちも作らない無愛想なチビが。

 だから高校に入っても手足は傷だらけ、対局で休みが多い、それで不良だと思われていたんじゃないかな。

 それでさっきの話に戻るんだけれど、負けが多くなってね。ちゃんと学生の真似すれば友だちできるかなーなんて、ぼんやりと考えながら歩いていたんだ。

 そしたらさっきのお店の前みたいな道を通ってね。アイドルが歌ってるの聞いたんだ。全然感動しなかったよ。

 ただ、終わり際にすっごい大きい声で「ありがとうございました!」って言ってた。背の高い人だった。顔とか格好はほとんど覚えていないんだけれど。

 ……店員さんこっち見たね。

 うん、恥ずかしい。続けるね。

 別に私が言われたわけじゃないんだよ。「でも、そんなに売れないなら辞めちゃわないの?」「楽になりたくない?」って勝手に哀れんだ相手に、ありがとうって言われた気がしてね。そういう挨拶、気持ちいいなって思っちゃった。

 ……それで成績が上がった?

 いや、全然。ただ、勝てたらいいでしょって思って雑にしかしてなかった礼儀とか、そういうのをちょっと意識するようになったんだよ。

 学校じゃ全然だったけど、将棋会館、対局場のある会社みたいなところなんだけど、そこに出入りする時とか職員の方に頭を下げてちゃんと挨拶するようにした。

 最初は凄くもたついたし、恥ずかしかった。

 対局の前も部屋に入る前に一礼してたら、邪魔って言われたこともあった。

 すみませんって大きな声で謝ったら、すっごい睨まれたりしてね。

 プロになってから大した緊張なんてしたことなかったのに、対局前後の挨拶をどうしようって頭の中でぐるぐる考えて、必要以上に大きな声が出ちゃった。

 ちょっとごめん、水飲むね。

 ……どーぞどーぞ。

 ふう。えーと、そう挨拶だ。大きければいいってわけじゃないんだよね。子供なら元気だねで済むけど、うるさくしちゃいけない場所もある。自立してもう大人だって勝手に思っていたけれど、そんなことも理解できていない子供だった。

 ちゃんとした大人の人って、一回目は笑って許してくれるんだよね。二回目は駄目だぞって教えてくれる。三回目はもう親の教育が疑われる。

 その時私にはもう親はいなかったんだけれど、師匠に恩を感じていたし、二回目にならないように気をつけた。師弟関係はすぐに調べがつくからね。

 だから声を出すのは場所を選んで、頭を下げられるところではとことん下げた。プライドの高い人ならできないことだと思う。ちょっと自慢になるけれど。

 そうすると今度は、頭を下げるにしても邪魔にならない場所と、必要もなく立ち止まってまでするべきじゃない、ってことがわかった。こっちの方が難しかったよ。

 注意してくれる人はいないし、お手本になる人をじっと待つわけにもいかない。

 私の知る限り、私の将棋人生の中で知り得る限りって意味でだけど、一番尊敬しているプロ棋士の先生が目の前を通ったんだ。

 邪魔にならないように道の端に寄ったら、「どうも」って頭をさげてくれた。まだ子供の私にだよ?

 その先生、室内に入る瞬間にさっと頭を下げているのがわかった。背が高くて頭がぶつかるとかじゃないんだよ。自然に頭を下げられる人だった。

 格好いいって思ったね。


「以上」

「それだけ?」

 コーヒーを啜って頷く。ちょっとぬるくなっていた。

「成績とかどうなったの?」

「まあよくはなったけれど、劇的にってわけじゃなかったなぁ。翌年に初めてタイトル獲得して、その時に初めて『ちゃんとしてよかった』って感じたかも」

「ちゃんとしたんだ」

「うん。今のスタイルに行きついたって感じかな」

 その三年後に睡蓮達と出会うことになる。今の話と直接関係はないので、軽く思い返すだけにした。

「その時の、アイドルのことは調べなかったの?」

「調べ方がわからなかったからね。元気な人って以外手がかりもなかったし、それも一期一会かなって」

「私、知ってるよその人」

「え?」

 悠々とコーヒーを啜る睡蓮を見つめる。私は呆けた顔をしていたことだろう。

「多分だけどね」

「誰?」

「檀瑞香」

 瑞香さん?

「当時デビューしたてのアイドルだよ」

「なんで知っているの?」

「その頃はまだ私もデビューしてなかったけどね。色々なアイドルのこと、お姉ちゃんと調べてたから」

「睡蓮さんのデビューっていつなの?」

「んー、五年前くらい? 最初はお姉ちゃんと二人だったよ」

「ベテランだ」

「あはは。瑞香さんはそれより先の大ベテランになるね」

 睡蓮は、ちょっと複雑だったみたいだけどと続ける。

「その時の瑞香さんのマネージャーがね、そういうの強要してたんだって」

「大声でありがとうっての?」

「そうそう。私がデビューしたあとで、同じ楽屋になったことがあったんだ」

 思い出して笑う睡蓮を促す。

「うん。楽屋の入り口で大きな声で『よろしくお願いします』っていう、百七十センチくらいのアイドルが入ってきたからね」

「想像するとちょっと恐いなぁ」

「誰も注意しなかったよ。触らぬ神に祟りなしというか、日和見主義というか」

 へー。そういう接点があったんだ。

「間違ってる可能性もあると思うよ。どうせなら直接聞いてみてよ」

「うん」

「おっと、結構時間過ぎてたね。そろそろ出ようか」

 時計を見る。確かに思った以上に時間が過ぎていた。

 喫茶店を出る。天気の悪さもあってか、少し暗くなっていた。

「もう帰る? 雨か雪が降りそうだし」

「もうちょっと連理ちゃんとお話したかったけど、確かに天気怪しいもんね」

 そうだねと応えながら大きく伸びを一つした。睡蓮もつられて伸びをする。

「ほとんど私が喋っただけだったね。こんなのでよかったの?」

「うん。すっごくリフレッシュできた。今日はありがとうね」

「こちらこそ」

「じゃあ、今日は解散!」

 ふざけて一緒に敬礼する。

 帰り道は逆方向だった。振り返る必要はないだろう。お互いに背を向けて歩きだした。

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