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22歳4_傷だらけの棋士と四人の少女

 瑞香さんとお茶をすすりながらあらましを話した。

「それだけだったんだ」

「うん」

「怪しい宗教とかじゃないよね」

「だとしたら瑞香さんは危ない目に遭うかも」

「こわーい」

 リアクションが痛々しかった。

「なによその目」

「いえいえ何も」

 おーこわい。いい歳こいた大女がこわい。

「ということで、はいこれ」

「あら、お土産?」

「お誕生日おめでとう」

「あら」

 今日だったかーとすっとぼけてる。

「二十八歳の誕生日おめでとう」

「いちいち言わないでよ、もー。でもありがとねー」

 笑顔で受け取ってくれた。実はそこまで年齢は気にしていないんじゃないだろうか。

 紙袋を見て、瑞香さんは恐る恐る包装を解いた。

「これ超高い奴じゃない?」

「凄い高級ブランドらしいよ」

 プレゼントは香水だ。木蓮さんに相談に乗ってもらっていた。ついでに資金援助もしてもらった。

「わー、ありがと」

 嬉しそうな瑞香さんに促す。

「使ってみてよ」

 頷く様子は、まるで初めて高級品をもらう女学生のようだった。


 高級店に買いに行くのは私の役目だった。

 店員さんの華々しさと、煌びやかな店内の雰囲気でクラクラする。

 平衡感覚を保ちながら、メモを片手に高級品コーナーを探す。

「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」

 あ、はいこれをとメモを渡した。私が探しても時間がかかるばかりだ。プロに任せた方が手っ取り早い。

 店員さんが驚いた顔になった。すぐに営業スマイルに戻る。やはり私の風貌では場違いだっただろうか。

 私の疑問に気づいているのかいないのか、店員さんは営業スマイルのまま、目的の商品棚まで案内してくれた。

 案内しながら何度もこちらを気にしてくれる。もしかして、おつかいに来た子供だと思われてる?

「サンプルを試されますか?」

「え、うーん。贈り物なので大丈夫です」

「そうおっしゃらずに」

 思ったより強引な店員さんだった。こんなラフな格好の女に、高級香水なんて似合うわけがない。

 ふわっといい香りがする。香水の前に、店員さんの香りがよかった。

 シュッシュッと吹きかけられ、こうしてとジェスチャーで教えてもらう。

 なんだこれ、甘いけど爽やかな感じ。少し酔っぱらった気分になった。

「いかがですか?」

「凄くいい香りです」

 プロの接客を見た。他の商品もどうですかと聞かれたけれど、ここにいるのが恥ずかしかったのでお断りした。

 高級香水を買いに来たとは思えないくらい、使い古した財布から現金で支払う。

 店員さんの視線が恥ずかしかった。多分私の思い過ごしだろうが、それでも居心地が悪い。

 相当な田舎者に思われたことだろう。もう行くこともあるまい。


 店内で嗅いだ香りが広がる。

 瑞香さんのような温かな雰囲気で、とてもしっかりした人にお似合いの香りだ。

「凄くいい香りねこれ。いつ使うか迷っちゃう」

「初詣とライブの時でいいんじゃない?」

「いいね、連理ちゃんもつける?」

「瑞香さん用だから、瑞香さん以外使わないでほしいな」

「そうね。うん、ありがとう」

 照れた様子の瑞香さんは香水を鞄にしまう。定位置となったキッチンカウンターで、頬杖をついて落ち着いた。

「ずっと前から思ってたんだけど、カフェのオーナーとか似合いそうだね」

「こんな感じ?」

 少しくねっとしてポーズを決める。

「そうそう。お話聞いてあげる系の人」

「高校生の恋愛相談とか?」

「それね」

「じゃあ蓮理ちゃんは、看板メイドさんだ」

「絶対無理」

「似合うと思うけどなー」

 似合う? ウェイトレス風の服とか?

 アイドルの衣装にはいいだろうけど、ちょっと私にはきついかな。


「たっだいまー」

「おかえりなさい」

 凌乃が元気な挨拶で帰ってきた。瑞香さんが応じる。

「おかえり」

 私も将棋盤の前から声をかけた。

 帰ってきた凌乃がクンクンと、犬のように鼻を鳴らしている。

「いい匂いする」

「大人の魅力って奴?」

 ふふーんと瑞香さんは鼻高々だ。

「うーん、バニラなのはわかるけど」

 鋭い子だ。私がサンプルをつけて帰り、瑞香さんはお試しでさっき使っていた。このリビングのあちこちで、大人の魅力的な香りが漂っていることだろう。

 続く二人の会話が面白かった。

「芳香剤でも使った?」

「香水よ」

「あ、そっちねー」

「ふ、ふん。まだまだ子供ね」

「なにうろたえてんの? 瑞香さん紅茶飲みたーい」

「はいはい」

 動じない凌乃と下手な演技の瑞香さんに、思わずクスリと笑ってしまう。

 もし凌乃に香水を送るならどんな香りがいいかな、なんて考えた。

 やっぱり情熱感のあるタイプだろう。エキゾチックなんたらって商品も、確か店にはあった。

 人となりを伝えたら、おすすめを提案してくれたりするのだろうか。

 うーん。それはそれでいいお店だけれど、また行くのは恥ずかしいな。


 つい考えごとをしてしまった。いかんいかん。

 睡蓮のライブの数日後に対局がある。相手の過去の棋譜を並べながら考える。

 さっき少し身体を動かしたせいか、余計な力が抜けているのがわかった。

 いい感じだ。遠くの声が少しずつ小さくなる感覚。

 広く見えていたものが目の前の盤面だけに凝縮される。

 これ以上縮まると見落としが生まれる。これを調整できるのは調子がいい証拠だ。

 さっき覚えた手順で並べる。パターンはすべて覚えた。どの手が彼の棋風のきっかけになったか掴めた。

「ふぅ」

 一通り、直近の彼の会心譜を並べ終えた。何を考えて指したのか想像できた。

 強い。私がどんな奇襲を使っても、恐らく簡単に跳ね返すだろう。

 相手も対策してくるはずだ。糸遊から着想を得た形で、対策を更に跳ね返す方針がいい気がした。

 A級順位戦の最後の三局。その最初に当たる、トッププロの分析が完了した。


「終わった?」

 気がつけば目の前に糸遊が座っていた。

「うん、おかえり」

「ただいま。質問いいかな?」

「いいよ」

 糸遊がメモした棋譜を横に置く。

「よろしくおねがいします」

「よろしくおねがいいたします」

 お互いに頭を下げて、将棋の勉強の開始となる。恒例の儀式だ。

 糸遊は今日、今年最後の将棋道場に通っていた。

 その時の棋譜を並べさせる。

 最近の小中学生の成長スピードは尋常ではない。情報が広がるのも速いし、駒を並べなくても画面上で手を進められる。私が子供の頃より、研究の速度も精度もずっと上がっている。

 その分、私のようなブレ幅の大きい、感覚で指すタイプは理解されづらいと思う。それがきっと、相手の研究を外すきっかけになるだろう。


 糸遊の納得できた部分、できなかった部分を口に出させた。

 言葉にすることで意外な答えが見つかることがある。私も聞いて気づくことがあった。

 しかし、毎回そうなるわけではない。今日はおさらい程度で終わった。

「ありがとうございました」

「はい、ありがとうございました」

 お互いに頭を深く下げる。糸遊はまだ考えたいことがあるようだ。すっと立ち上がり、立てかけてあった素振り用竹刀を振り始めた。

 ブツブツ言いながら姿勢よく振る姿に感心する。

 ここに来た時は私と同じくらい小さかったのに、今では結葉と同じくらいの背丈になっていた。もうすぐ百六十センチに届くだろうか。

 対照的なのは、結葉が胸、糸遊はお尻が目立つ体型になってきた点だ。二人ともいじると怒る。

 主に采女がいじり役で、私の身長、結葉の胸、糸遊のお尻いじりはいつものことだ。止めてくれるのは凌乃。

 その凌乃にも采女は遠慮なくセクハラするのだから、豪胆と言わざるを得ない。

 采女はあまり身長が伸びなかった。私たちをいじっては関節を決められ続け、どんどん柔軟になっていった。ゴムみたいな奴だ。


「連理ちゃん、ごはんできたよ」

 結葉が呼びにきてくれる。うんと返事して立ち上がった。

 今日はお鍋だ。いつしか食卓用のテーブルは八人座れるものに買い替えていた。

 以前の四人用のテーブルのアタッチメント、キッズチェア扱いは私が耐えられなかった。あれに座る度に采女と凌乃がニヤニヤするので、みんなが学校に行っている間に業者を呼んで入れ替えておいた。

 それぞれが今日あったこと、明日の予定、他愛もない会話をする。次第に瑞香さんの誕生日の話になった。

 四人がお小遣いを合わせて買ったケーキを持ってくる。ワインも買っていた。そう高いものではないが、瑞香さんが好きそうだということで相談に乗っていた。

 瑞香さんは大喜びで舞い上がってしまい、早々にワインで潰れてしまった。

 思わず苦笑してしまう。もう二十八歳なのに。

「糸遊手伝って」

「うん」

 二人で瑞香さんを客間のベッドに運ぶ。とても幸せそうに眠っていた。

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