22歳3_傷だらけの棋士と四人の少女
三人組でデビューする三人の個々の強み。同時にソロデビューする凌乃の強み。
全てが違って面白い形になると思った。勝手を言うなら、この四人は一塊にしてほしかった。
凌乃なら一人でも売れると思う。睡蓮とは全く違うタイプ。睡蓮が自身の発想を広げることに長けているのなら、凌乃は内外のギャップを持ち、期待に沿う言動のできる真に「強い」タイプだと思った。
采女、結葉、糸遊。それぞれを補完する形で長所を伸ばし、短所を魅力とするよう育てたのは私だ。爆発的な人気が出ると思った。ただしそれは、アイドルとしてはユニット単位限定だろうということも理解している。
三人の中に強いリーダーシップがなかった。凌乃が来たことで、凌乃が引っ張ることを覚えてしまった。亜嵐さんもこの四人を見て誤算だったと言った。
亜嵐さんの計画は個とユニットの同時展開による相乗効果だ。時に絡み合い、時に同時多発的なイベントを行うことで他のアイドルを「喰って」やる予定だった。
参考にするといいと言われた古流武術の型を真似しながら、その意味を考える。古めかしい本で文字もあまり読めない。いかにも貴重品といった雰囲気だった。
大きな鏡の前でゆっくりと挿絵の体勢から次の体勢へ動く。これにどういう意味があるかわからないから、動いてみて感想がほしいと言われた。道場主からの依頼だった。
小柄なことが適役と言われた。長い手足ではゆっくりとした動きを丁寧に見るのに、意識する幅が違うんだとか。
本当だろうか。上手いこと乗せられた? まあいい、やっていて楽しい。
瑞香さんが見ているのを感じていた。元ダンサー視点で気になることがあれば言って欲しいと伝えていた。数日経つが何も言われない。
ゆっくりとした動き。ずっとへその近くに熱がこもってるような感覚があった。ここを意識すればできるぞと本に言われてる気がした。
四人が学校に行っている間の瑞香さんとの二人の時間、最近ではお喋りをするのも黙って過ごすのも心地よい。
以前、ライブ帰りのファミレスで年齢をいじった時、婚期の話をしていた。結婚願望はあるのだろうか。
今日は一旦終わり。教えてくれた本に感謝、ありがとう。またお腹が熱くなったよ。
「何かわかった?」
「お腹が熱くなって、お腹が空いた」
最近はキッチンを瑞香さんに任せっきりだ。自分で作ると大味になるから助かっている。
「それもう一回見せてもらっていい?」
「本? はい」
古い紙だから破れたりしないように丁寧に渡す。全身軽く汗をかいていたので、一度シャワーを浴びに行った。
この寒い時期、髪を乾かすのが手間に感じる。
髪は定期的に瑞香さんに切りそろえてもらっていた。結葉が常連となった美容室で一緒にどうですかと声をかけられるが、一度も切らせたことはなかった。
髪に拘りはないが、一定以上の長さが欲しかった。顔の輪郭の少し内側、目尻を隠せるくらいじゃないと目つきの悪さが目立つ。三人と瑞香さんにプレゼントしてもらったかんざし。これを使えなくなるのはもっと嫌だった。
定期的に二人で行動する凌乃もかんざしを褒めてくれた。似合ってる。大事にしなよと。
基本熱血系なくせに、たまにこういう妙に大人っぽい色気たっぷりの言動をする。ギャップにやられそうになった。
シャワーを終え瑞香さんと本の話をする。今日も発見はなかった。
亜嵐さんとの電話会議の時間が迫っていた。
ここにいる二人と亜嵐さん、亜嵐さんと一緒に動いている木蓮さんの四人だ。
現場で見ている二人と経営者、経験豊富なアドバイザーというチーム。仕事に関わっている実感が湧いた。
「亜嵐さん、やっぱり四人組では」
『何度言われても同じだ』
「連理ちゃん、やっぱりちゃんと資料で説明しないと」
『檀の言う通り。もっと説得力を持たせてから意見しろ』
「わかりましたよ」
『なんだぁ貴様! こっちは社長だぞ』
『ちょっと、見られてるって!』
同席している木蓮さんも大変だ。あっちはあっちで移動中の時間を使って会議している。
もう建設的な話はできないようだ。通話終了っと。
「本当、毎回聞くよね四人編成のこと」
「言わなくなったら諦めたと思われるからね」
しつこく、こつこつ。粘っこい方針だった。
早めに卒論を提出し、本格的に大学へ行く機会がなくなった。
呼び出されでもしない限りは発表と手続き、あとは卒業式くらいしか行くこともない
駄目だったら駄目でそのまま退学でもいい。高卒か大卒か履歴書に書くことが変わるだけだ。
現在順位戦以外の棋戦は全て敗退している。他の残りの棋戦も少ないが辞退した。最後はこれ一本に絞って終わりにしよう。
残り三戦。タイトル挑戦は絶望的。ならば一つでも多く勝って締めくくろうと決めていた。
このことは師匠以外に言っていない。
プロ活動は十年でやり遂げると師匠と約束していた。私自身の事情で目安で十年以内だろうと考えていたら、思ったより早く状況が変わってしまった。今はまだ八年目、少し切り上げる形になる。
その言葉を師匠は額面通り、「まだ十年経っていない」と言ってくる。以内のつもりがぴったりを求められた。
「冗談だよ。本当にお疲れさまだったね」
偶然仕事で会う以外は電話でしか話さない師匠。タイトル戦にも絡まない自称地味な棋士だ。
淡々としていて時に鋭く、稀に優しい師匠。子供の頃に結婚という言葉を意識させられた時、唯一顔の浮かんだ男性だった。
他の男性との接点がなかっただけ。改めてこの人とは無理だと思う。閉鎖環境の洗脳教育ってこんな感じだろうと思った。
勝手に批判して悪いが、最低限の接点だからこそ大きないざこざが起きなかった。
先日の木蓮さんと桜蓮さんと会ってしばらく経ったある日、木蓮さんが「本当は初めましてじゃなかったんだよね」と言った。
私と桜蓮さんがということだ。話したのは確かにあの時が初だったが、私が睡蓮に誘われた時、車に乗っていた少女の一人が桜蓮さんだったという。
「四姉妹なんですか?」
もう一人も姉妹なのかなと思って尋ねた。
「れっきとした美人三姉妹だよ」
「そうですね」
「釈然としない言い方だなぁ」
「じゃあもう一人は?」
「桜蓮の親友のうきちゃん」
「あんまり関係ない子?」
「ん? うーん、ないというかあるというか、いずれあるかもとしか言えないけど」
歯切れが悪い。亜嵐さん絡みか。
「あの子、超能力者なんだよね」
「はい? そうなんですか?」
「あ、信じた?」
「とにかく、いきなり五人目として預かれとか、そういうことじゃないんですよね」
「ないない」
違和感を覚えた。木蓮さんが一瞬固まった気がした。嘘でしょ、また増えるの?
「ほんっとうにないから! 駆け込み寺は新規募集終了で大丈夫!」
怪しい言い方。別の募集を強要されそう。
五月の事務所発足まで半年を切った。
既に専用のビルが建設中だ。
一月上旬に睡蓮のライブがある。
バックダンサーもその他のスタッフも年末年始返上で大忙しらしい。
そこにはもちろん亜嵐さんや木蓮さんも駆り出される。
ライブには私たち六人も招待されていた。
一年ぶりとまではいかないが、多分九か月ぶりくらいになる睡蓮の単独ライブ。
睡蓮が年五回やっていたスケジュールは、Lotusのライブで塗り替えられていた。
様々な大規模会場を事務所で使い回すために、会場スケジュールを押さえつつ、売れてるユニット、アイドルを優先して使う。
かつては睡蓮がその筆頭だった。睡蓮も所属しているLotusはその影響で露出機会が少なかった。最近のLotusは桜蓮がトップに立ち、睡蓮への遠慮がなくなっていた。
二人の仲が悪いのかというとそうではない。ただ、お互いのプライドと人気のぶつかり合いだ。
実家が遠方の糸遊や凌乃は、用事で帰る時は亜嵐さんだけの同行だった。
私が四人のご家族と会ったのは最初の挨拶、と結葉の入院の時だけだ。
それでいいのかなと思って瑞香さんに尋ねた。
「うーん、それぞれの事情と本人の希望でここにいるからね。親より連理ちゃんを選ばれたって感覚がある以上、直接顔を合わせるのは向こうも気まずいよ」
「私をってより環境を選んだんじゃない?」
「預かり主が嫌だったら環境も嫌でしょ」
中学の頃には血縁関係者がいなくなっていた私。想像するのが難しい話だった。
そもそも親元ではなく師匠筋の元で育った私が親代わり、なんて知ったらご家族は何と思うだろう?
亜嵐さんはそのことは隠し通している。若い頃から自立している人という紹介でごり押しだった。
年末は瑞香さんもここに泊まるのだという。さすがに元旦の夜には帰るが六人で過ごしたいそうだ。
今更迷惑に思う子なんていない。ちょっとしたお泊まり会になる。みんなではしゃいだ。
四人娘は学校の友だちとの交流もあって、クリスマスから年末の最終週は思い思いに過ごしていた。
預かっていた本を持ち、瑞香さんに譲渡した軽自動車を借りて道場へ向かう。
一礼して挨拶する。
「お待たせいたしました」
「おお、いらっしゃい」
好々爺と呼ぶにはまだ若い、立ち姿の美しい人だ。
「何かわかったかい?」
「いえいえ、これがまったく」
「そりゃそうだ」
彼らも必死に研究してきた道だ。こんな小娘がたった数週間研究したからといって何がわかるわけでもない。
「変化があったとすれば、お腹が熱くなったくらいですね」
「これまで感じたことは?」
「ありませんでした」
「それはただの修行不足だね」
恥ずかしい。基礎の延長にある成果だったのか。
「となると、そういう入門書の類かもしれないね」
道場主は白くなった顎髭を撫でながら、面白そうに本を捲っている。
何も書き込んだり汚してはいない。
「ちょっとやってみてくれるかな」
「そのつもりで来ました」
年末の冷たい空気の道場。正直寒い。
軽くストレッチして挿絵を思い出す。
時間をかけて少しずつ次の動きに移る。道場主が本を捲りながら確認する。
「次」
一つ一つの動きを丁寧に、ゆっくりと足を落とし込む。
道場で何度も言われた踏み込みの足りなさを思い出す。
時間をかけて地面に捻じ込むイメージで動いた。
「一通り終わらせよう、次」
三十分程かけてわかる動作は全部やった。身体が熱い。
「一度足だけで全力で踏み込んでみなさい。その場でね」
「はい」
木目張りの道場の床に踏み込む。
今までと違う。確かに音は響くが、その更に下に力が伝わった気がした。
錯覚? いや、確かに普段とは違う力の抜け方を感じた。
なかなか消えない傷だらけの素足、今更見られても恥ずかしくないが、足首は力強く引き締まっている。
不思議な感覚だった。
「よくできている」
「ありがとうございます」
「また来なさい」
「はい」
元々言葉の多い人ではない。
なんかこう、「いい経験をさせてもらえた」という感覚だけ持ち帰ることにした。
帰る前に、道場主と道場に深く一礼した。




