22歳2_傷だらけの棋士と四人の少女
ダンスパフォーマンスというのは常に進化している。レベルの高い現場を見て改めて感じた。
複数メンバーのアイドルグループなら連携が、睡蓮のようにバックにチームを抱えている場合は数の調和が武器になる。
以前より全体のレベルが上がっていた。みんな楽しそうだ。見ていてリズムを取りたくなった。
レッスンの休憩時間に入った。
顔を上げると数人の知った顔が目の前にいた。
あ、どうも。と情けなく挨拶する。
何人かに「バレバレだよ」と声をかけられた。
「連理ちゃんに一言言いたいんだけど」
「はい」
指導が厳しかったベテランの一人だ。少し恐い印象の人だった。
「変装下手過ぎ」
「そんなに駄目でしたか?」
「せめて髪をこうするとかさー」
印象とは違い、凄く面白い人。私をいじる筆頭だった。
玩具にされる懐かしい感覚。ずいぶんと可愛がられたことを思い出す。
今のチームの話を聞かせてもらった。目の前にいる人たち以外、半分以上知らない人だ。
バックダンサーチームも、レベルが上がった分だけ、入れ替わりも激しくなっていた。
散々私をいじくり回したベテラン集団が立ち去り、金井さんと二人になった。
「帰ってくる気はないの?」
金井さんの問いに、首を振る。
「これでも今忙しくて」
「そうなんだ。忙しくしてるんならいいんだよ」
人前で最初に泣いちゃった時、この人に抱きしめてもらった。
少し原点回帰できた気がする。あの時の私は、なかなか笑わないお堅いチビでしかなかった。
思わず金井さんに抱きついた。
「え、えぇー?」
驚いた声に笑いそうになった。慌てても離さないでいてくれる。
一緒にやれなくてごめんなさい、いつも応援してくれてありがとう。声には出さず抱きついて甘えた。
オロオロする金井さんを、周囲の人がからかっている声が聞こえる。
満足した。そっと離れる。名残惜しいけれど、これで一つの区切りにしよう。
「えっと、大丈夫なの?」
「はい。もう大丈夫です」
私には甘えられる人が少ない。金井さんと知り合えてよかった。
今の自分で意識できる最高の笑顔を見せる。金井さんがハッとした顔になる。ちゃんと笑えるようになったんだよ。そう伝えたかった。そして、甘える時間はもう終わりだ。
「睡蓮さんの前で話せるようになりましたか?」
「ちょっとだけなら……もー、からかわないの」
「あはは、ごめんなさい。そろそろ、帰りますね」
「うん、またね」
木蓮さんに感謝はしない。しかし、気分はすっきりできた。
私はお金に浮かれて煮詰まっていた。きっとそのことを瑞香さんから聞いていたのだろう。タイミングよく睡蓮がスマホを紛失していたので一芝居打ってくれた。
新たな睡蓮の連絡先にメッセージを残し、木蓮さんに電話をかける。
「やってくれましたね」
『何のことかな?』
「感謝はしませんよ」
『昔、生意気な口きかれたからね。これでおあいこ』
料亭で啖呵を切ったことだろう。木蓮さんも根に持っていたんだ。
「わかりました。おあいこですね」
『うん。もう大丈夫だね』
「はい」
最近、腑抜けていたのは自覚していた。地に足着いていない感覚があった。
自分の中の問題だから何とかできるつもりだったのに、周囲にはバレバレだった。
素直な糸遊にはふざけてるように思われたけれど。実は喝を入れてくれていたのかな?
早く帰ってみんなに会いたい。采女に結葉、糸遊に凌乃、そして瑞香さん。
家族っていいなと思った。
凌乃と通う道場の日。
怪我せず殴れるサンドバッグを最初は甘く見ていた。
しかし、殴る蹴るを受け入れ、跳ね返してくれるこの道具が最近のお気に入りになっている。
凌乃と共に武術の道場に通い始め、基本的な動きから叩き直された。
身体能力の自信は粉々にされた。踏み込みが甘いから身体が流れる。筋肉で無理矢理止めているだけだ。少しのブレですぐに指導が入った。
凌乃は身体が硬いと指摘されていた。反復練習のメニューを組まれ、道場のない日は二人でメニューをこなした。
そして今、いつも厳しい師範代に観察されていた。
「よくなったな」
「ありがとうございます」
いつも注意される踏み込み、身体が流れないように踏ん張れていた。今日はあんまり力を入れなくてもできた。
自分の身体のことなのに難しいものだ。頭ではできているつもりでも、思った以上に踏ん張りが効いていなかった。
別のサンドバッグでは、グローブを付けた凌乃が時間測定のラッシュをさせられている。
まともに息継ぎできずに限界まで動くのは苦しい。腕もパンパンになるだろう。タイマーが鳴って凌乃が仰向けに倒れこんだ。
「ああああああああーきっつううう」
「のうぜんかー、うるさいぞー」
いつもの光景だ。美人でスタイル抜群なのに屈託のない凌乃。みんなから好かれている。
変わった苗字なのにすぐに覚えられていた。ついでに私も「いちじくー」と怒られる。
糸遊との素振り練習が効いているのだろう。凌乃の腕は細く見えてよく動いた。
「みずぅー連理さん水ちょうだいぃ」
近くに置いていたボトルを投げてやる。受け取る様子も格好いい。まるでスポーツ飲料のCMのように爽やかに水を飲んでいた。
寝転んだままなのに器用に飲む子だ。よくむせずに飲めるものだ。
時折笑いの入るこの道場。他の候補もあったが凌乃と即決した。
練習をやっていて楽しい。いっぱい指摘され、できたら褒められる。
教育が行き届いていた。腑抜けいる時でも休みたくないと思った。
この道場を選んだ決め手は、指導員が営業時間前に丁寧に拭き掃除している光景だった。
床もミットもグローブも、誰に見られているわけでもないのに綺麗にしている。
ガラス張りなので見られている可能性はある。だが、アピールでやっているわけではなかった。
道具を綺麗にして満足そうに確認する人を見て、ここがいいなと思った。
一緒に見ていた凌乃も「いいじゃん」と気に入っていた。
「ありがとうございました!」
二人して声を張って道場を出た。
自宅まで二キロはある。凌乃とランニングで帰る。
通い始めて数か月経つ。二月か三月頃からだからもう十か月にはなろうか。
自宅に着く。凌乃は息が上がっている。
同じ呼吸の乱れでも、トラウマからきた過呼吸とは大違いだった。
「シャワー浴びたい」
「あとでマッサージしてあげるね」
無言で頷く凌乃。ただいまも言わずに浴室に消える。
「ただいま」
リビングへ入った。定位置で将棋盤に向かっている糸遊。テーブルで勉強している結葉と采女。
それぞれからおかえりと声がかかる。道場の日は遅くなるので瑞香さんはもう帰ったあとだった。
糸遊には将棋道場へ通わせている。今日も何かを持ち帰ったのだろう。将棋盤の前で難しい顔をしていた。
同年代と指す刺激は糸遊をみるみる成長させている。最近また背が伸びたようだ。
亜嵐さんは四人に指示を出していた。
私と瑞香さんからの基礎トレーニング以外に強みを作れと。
采女は歌だった。一も二もなく歌唱力特化を望んだ。何度もカラオケに行っている。一緒に行った時に驚いた。抜群に上手い。
結葉は服だった。デザインを選んだ。昔から憧れていたらしい。高校の被服科に入って毎日大変そうにしている。
糸遊は将棋を選んでくれた。いつも姿勢よくしている。練習の甲斐あって手つきも美しくなった。何より視野が広くなった。時折ぼーっとしているように見えて、周囲の動きを把握している言動をする。
凌乃は、言うまでもなく武術だった。私が身体の動き、殴らなくても済むような対処を学びたいのに対し、凌乃の目標は「全部ぶっ飛ばす」だった。
まるで不良のような目標だ。ストーカー被害に怯えてていたことを今では恥と思っているらしい。
三人を一か月半預かっただけで感動していた。
それが今では、四人の家族を二年近く見ている。
あの時も感じたことを思い出す。幸せだ。充実している。今も同じ気持ちだった。
もうすぐ十二月。新事務所の設立が目前に迫っていた。




