22歳1_傷だらけの棋士と四人の少女
一昨年は睡蓮と出会い、誕生日のあとでバックダンサーになった。
そして三人を預かった。瑞香さんとも仲よくなれた、
去年は誕生日直後のライブに参加し、凌乃を預かった。
そして今年も、誕生日を過ぎた途端に忙しくなった。
本当に、毎年睡蓮のせいだ。今年はライブ以外で忙しかった。
常に四人の進路を考え、自身の進退を考えていた。
大学は暇になった。卒業は問題ないだろう。ほとんど友だちのできないキャンパスライフだった。
そして今、誕生日を迎えたばかりの九月。順位戦で全勝していた。人生最大の挑戦が近付いていた。
そんな折、亜嵐さんから連絡が入る。金はどうなっていると。
貯金はまだあった。四人と暮らしていく分には当面問題ない。
昔、試しに買って放置していたものが、とんでもない額になっていた。
数百倍になっている。浮かれてしまった。気が緩んだ。
勝てなくなった。
お金のことばかり考えるようになった。
糸遊と練習している時に大ポカするようになる。ふざけないでと怒られた。
集中できていない。常にお金の使い道を考えていた。
せっかく勝っていた順位戦もこの二か月で二連敗。三勝二敗で折り返しが過ぎた。
早いもので、前回のライブ出演から一年以上経っていた。睡蓮はあの時のライブを越えられず、停滞が噂されていることを知った。
年に五回はやっていたライブが年二回になっている。バックダンサーチームはどうなったのだろう?
睡蓮と話したい。夏頃からメッセージは全部無視されている。
木蓮さんに連絡し、会ってくれるというので待ち合わせした。
十一月だというのにまだ暖かい。街がクリスマスカラーに染まりかけていた。日本人は気が早い。一か月前の時点で彩りはじめる。
こりごりだと思っていたのに、気がつけばお酒の楽しみ方を覚えていた。指定のバーに入る。一時的に貸し切りにされていた。
木蓮さんが一人連れていた。変装した睡蓮? いや、違う。雰囲気が硬い。
桜蓮と名乗った。十六歳だという。見覚えがあった。
「もう一人の妹。連理ちゃんに会ってみたかったんだってさ」
睡蓮と並ぶLotusの中核メンバーだ。どうりで見たことのある顔だった。
「こんばんは」
声をかけるが反応がない。反応を待っても何も言わないので、上着を脱ぎながら座る。ハイボールを頼んだ。
じっと私を見つめる桜蓮さんが口を開いた。
「連理さん」
綺麗な顔で凄い目力。落ち着いて答えた。
「はい」
「初めまして。Lotusリーダーの桜蓮です」
「存じております」
十六歳とは思えない目力だった。
睡蓮が敵を作らずに駆け上がる人なら、この人は敵を恐れずに駆け上がる人なのだろう。
「思ってたほどじゃないな」
吐き捨てるように言うと去っていった。木蓮さんは終始ニヤけている。何だったのだろう?
「ごめんね。あのライブのこと根に持ってるみたいで」
「恨まれるようなことありましたっけ?」
「本当は連理ちゃんの役、桜蓮がやりたがってたのよ」
あの影の役。私が睡蓮に指名された役だ。
「そうなんですか」
「そ。で、姉妹じゃ切った切られたの張り合いなんてできないでしょって、勝手にレッテル貼られて選考外になった」
「少し可哀想ですね」
「私は桜蓮でよかったと思うけどね」
私よりも適任だったのだろうか。
「やっぱり凄いんですか?」
「んにゃ」
一杯目をもう飲み干している。相変わらずペースが速い。
「まあ、桜蓮でも及第点は取れたと思う。ただ、連理ちゃんが凄すぎて誰も次をできなくなったんだよ」
「褒められてるんですかね」
「一応はね」
気まずい雰囲気になってしまった。お代わりを待つ間静かになる。
木蓮さんの二杯目が届いた。私はまだ一杯目をチビチビやっている。
「亜嵐さんが剣戟のプロを呼んじゃったせいでもあるんだよ。睡蓮もやる気になって、身体能力的に連理ちゃんしかできないだろうって話になった」
「私以上の人なんてたくさんいるでしょう」
「プロの役者さんならね。でも、睡蓮のファンでバックダンサーチームにいる人じゃ無理と判断された」
「私が行けなかったらどうなっていたんですか?」
「劇関連は取り消し、いつも通りのライブを新曲なしでやってたかな」
普段より間隔が空いてそれでは、少々盛り上がりに欠けるだろう。
「だから次の睡蓮は凄いよ。しばらくライブを控えてた鬱憤を、全部新曲で晴らすつもりで練習してる」
「それはまた大胆な」
「バックダンサーも増えたしね」
意外だった。期間が開いて増員していたのか。解散を疑っていた。
「じゃあ、その、私のメッセージが見られもしないのは」
「連理ちゃんともっとやりたかったんだってさ。勝手に辞めたんだから無視してやるって、子供みたいでしょ」
「そんな理由だったんですか?」
木蓮さんは含みのある笑みを浮かべている。ずっと様子がおかしい。
「だからさ、顔見せに行ってあげてくんない?」
「レッスン場に?」
「うん、明日もやってるからさ。これ使ってよ」
ケース入りのカードを渡された。バックダンサーのレッスンに行く時に使っていたものと同じ、入場許可証だ。
「偽造カード?」
「本物だよ」
「それはそれで問題では?」
「問題ないよ。ちゃんと許可取ってるから」
事務所のエントランスから入る時に掲示するカード。
お礼を言ってカードを確認した。私の名前が書いてある。大事に鞄にしまいこんだ。
ならばもうここに用はない。ハイボールを飲み干した。喉と腹がカッと熱くなる。
「ここは奢ってあげるから、明日に備えて早く帰りなよ」
「ご馳走になります」
木蓮さんは笑っていた。というよりニヤついていた。何だか怪しい。
桜蓮さんが真剣なのはわかった。しかし木蓮さんだ。
酒の雰囲気でごまかしていたが、どうにも胡散臭い。桜蓮さんの真面目さのギャップのせいか、ずっとすっきりしなかった。
翌日、木蓮さんから受け取ったカードを手に事務所に向かう。メッセージで細かく指示があった。なぜここまでしてくれるのだろう?
変装も指示されていた。道中で知人に見つかったら元も子もないという。私はバレても気にしないのに。
絶対何か企んでる。
そもそもの原因は睡蓮のメッセージ未読。既読無視ならともかく、メッセージを開いてすらいない。
更衣室の場所も指示されている。以前とは違う部屋だ。プレートを見て確認する。入ったことのない部屋だった。
疑いつつも行動するしかない。なるべく普段からいるメンバーのように挨拶しろと書いてあった。
「失礼します」
「はーい」
更衣室と思ってドアを開けたら目の前に睡蓮の顔があった。
お互いに見つめ合う。
「連理ちゃん……?」
「睡蓮さん……?」
「ま、まあ中にどうぞ」
「はい」
更衣室ではなく個室だった。慌ててドアの外に戻る。
確かにプレートには更衣室と書いてあった。睡蓮は気づいていない。
「来てくれてよかったぁ。でも、どうして入ってこれたの?」
「木蓮さんがカードを貸してくれたんですよ。それより、ずっとメッセージが開かれないから心配していました」
「スマホ、海の藻屑になっちゃった」
「は?」
「夏の旅行先で海に落としちゃった……」
なんたる間抜けな話だ。
「それでね、連理ちゃんには何とか連絡しようと思ったんだよ。でもお姉ちゃんは教えてくれないし、金井さんに聞くわけにもいかないし、誰に連絡すればいいかわかんなかったんだよー」
「亜嵐さんとか瑞香さんとかいるじゃないですか」
「色々理由つけられて教えてくれなかった。多分お姉ちゃんが根回ししてた」
妹の不幸な事故を利用し、周囲まで巻き込んでいる。鬼畜じゃないか。
「本当にそれだけ?」
「それだけ」
「スマホデータのバックアップとかは?」
「失くすなんて考えてなかったんだもん」
なんという危機管理意識の低さだ。私も人のことは言えなかった。帰ったら最低限設定しよう。
「私が勝手に辞めたから怒ってたっていうのは?」
「そんなこと誰が言ったの?」
「木蓮さん」
はぁーと、アイドルとは思えない長いため息。木蓮さんの顔を思い浮かべているのだろう、宙を睨んで歯を食いしばっている。
「そんなことで怒るわけないでしょ。もっと一緒にやりたかったのはそうだけどさ」
「ありがたいです」
少し照れくさくなる。睡蓮が時計を見上げて立ち上がった。
「ごめん、そろそろ行かなきゃ」
つられて時計を見上げる。私がいた頃と同じ練習開始時間だ。
「連絡先交換しよ。練習見てってもいいからね」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
部屋を出て更衣室のプレートを示した。お姉ちゃんめと恨み言を言いながら睡蓮が前を歩く。おかしくなって笑ってしまった。
睡蓮に続いてレッスン場に入る。隅の方で大人しくしていたら、見知ったスタッフさんに不審者扱いされた。
キャップをずらして顔を出す。木蓮さんから聞いていたのだろう、にやりと笑って去っていった。スタッフさんまで使っている。しょうもないことをする人だ。
それはともかく久々のレッスン場だ。空気を吸うと懐かしくなり、体を動かしたくなった。




