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21歳13_傷だらけの棋士と四人の少女

 凌乃のトラウマは糸遊の根性論で解決した。

 今では毎日一緒にリビングで素振りしている。そんな二人を見るのが日課になった。

 実態のない根性論は論外と思うけれど、こういう根性論なら面白い。二人は毎日一緒に回数を数え、一週間に一度例の場所へ挑戦する。

 最初の一か月は吐きそうな顔で帰ってきた。水を飲んで横になる凌乃。私が将棋盤を糸遊と挟んで座っていると、人の足を勝手に枕にしてきた。案外図太い奴。

 二か月目は挑戦する周期が短くなった。二人が素振りをする。散歩に出ていく。凌乃は顔色が悪いまま水を飲み、トイレに駆けこんだ。

 帰ってきた糸遊が将棋盤の前に座る。私が向き合って座る。当たり前のように凌乃が頭を預けてくる。顔色がよくなっていた。

 変なルーティンができあがってしまった。

 凌乃はマメができた手を見せてきては、「こんなになっちゃった」とわけのわからない自慢をするようになった。その頃には散歩から帰ってきてもトイレに行かなくなっていた。顔色も悪くない。

 それなのに、膝枕は継続していた。これまで気を遣って押しのけたりしなかったが、意地悪して足をずらした。

 ゴツン。凌乃の頭が床に落ちる。涙目になって睨みつけてきた。マメのできていた手を取って観察する。マメに薄っすらと皮が張っていた。

 こいつ、もう克服しやがった。たったの二か月だった。


 以前にも増して凌乃は快活になり、四人娘のリーダー的な存在となった。

 そして凌乃の地元で進展がある。

 凌乃のストーカー行為をしていた男が捕まった。

 凌乃がいなくなったら次のターゲットを見つけ、類似の行為を繰り返した。

 それを防犯カメラが捉え、あっけなく逮捕。凌乃がやってきて二か月ちょっと、十一月末のことだった。

 その報告を受けて凌乃は大喜びした。

「じゃあもうあんな奴にビビんなくていいんだね」

 元よりビビる価値のない相手だと思うが、当事者の心理は難しい。

 こっちで既に学校に通い始めている凌乃に、実家から通う形で元の学校へ復学する提案がされた。

 亜嵐さんの目の前で凌乃が答える。

「やだよ復学なんて。こっちの方がずっと楽しいもん」

 そんなわけで正式にここで生活することを決めた凌乃は、改めて数日かけて引っ越しを済ませた。


 そして4LDKに五人で住むために部屋の配置改修会議が開かれた。

 一つは寝室、一番広い部屋で全員が寝られるようにする話になった。勿論全員には私も含まれている。ベッドも三つ繋げて部屋の七割を占める寝床空間になった。ベッドの移動には引っ越し業者を呼んだ。

 一つは客間、檀さんや来客者用という名目だが、余ったベッドを置きっぱなしにしているだけの部屋だ。

 一つは勉強部屋、もう一つは物置兼衣装部屋になった。

 睡蓮と木蓮さんに大量の私用の服が送り込まれたせいで、捨てられない荷物が増えていた。これは助かった。

 そして采女から提案があった。

「私が持ってきた小さい服、もう捨てちゃっていいよ」

 どうしてか聞いても「もういいの」と答えるだけだった。

 ある時に結葉から話があると呼び出された。

 采女は結葉にこっそり相談していたことがあった。実家にいた頃の思い出の話だ。

 采女にとってはあの小さな服が思い出の品で、どうしても捨てられなかったのだという。

 実家に置いたままだと捨てられると思った。だから荷物として紛れこませた。

 そして捨て去る決断をしたのだという。思い出はこの五人で作りたいと。

「采女らしくないこと言うのね」

「そんなこと言ったら可哀想だよ」

 結葉とこっそりと笑う。


 二人の話はほっこりとしたものだった。しかし、采女の過去と照らし合わせると素直に喜べる話ではなかった。

 子供が欲しがるもの、捨てたくないものを勝手に捨てる親。ネグレクトの一種だった。だから思い出の品ごと私のところへ引っ越してきた。

 そして采女は思い出の品をもういらないと言う。最近の凌乃を見ていたからだろうか、一つの決断だったのだろう。意思を尊重した。


 年末、地元や実家に帰る者はいなかった。

 私に実家はもうない。西の遠い地は地元だが、師匠以外に伝手はない。

 采女と結葉はそれぞれ家を出る理由がなくなっていた。二人とも信じられないくらい強くなり、もし以前の環境に戻っても負けないだろう。

 糸遊は本来問題を抱えてやってきた子ではない。しかし、気丈に振る舞おうとするあまり、力の抜き方がわからない少女だった。

 今ではその心配はない。それどころか、凌乃のために自分も一緒に努力をする姿勢を見せている。一番幼く見えたこの子が一番強くなった。

 凌乃は美しさに磨きがかかってきた。本来の美貌は睡蓮にも引けを取らない。糸遊に引っ張られて得た自信は確実に彼女の物になりつつある。

 年末は揃ってテレビを見た。年明けと同時にお年玉を配る。みんな喜んでくれた。


 車を六人乗りのSUVに買い替えた。瓦先生を通じて損はさせないと言ってくれる方にお願いしたら、思った以上に負荷の低いローンを組んでくれた。

 その男性はいつも緊張していたので不思議に思っていた。瓦先生に「お前さんに惚れてんだとよ」と耳打ちされた。残念、私の人生は四人娘のためにある。

 軽自動車は檀さんに譲渡した。軽自動車は売らなくてよかったからだ。今では駐車場を契約してうちに来る時の移動手段にしている。


 師匠にも報告した。預かっていた三人が四人に増えたこと。それぞれの成長を喜んでいっぱい泣いたり笑ったりしたこと。

 糸遊のことも話した。「弟子に取る前に相談しなさい」と言われた。孫弟子が勝手に増えたら困るそうだ。


 金井さんとデートした。結婚を考えているという。浮気者と言ったら捨てないでと泣きつかれた。親友を捨てられるわけがない。

 四人のことを打ち明けようと思った。優しい金井さんなら力になると言いそうだった。結婚前に巻き込みたくなかったのでやっぱり言えなかった。

 睡蓮とは定期的に連絡している。バックダンサーチームを抜けたことを謝った。退屈になると言われた。

 木蓮さんとは友だちになった。頻繁にお酒に誘われる。お酒はしばらく遠慮したかった。それを除けばいい関係が築けそうだ。

 檀さんを下の名前で呼ぶようになった。瑞香さんと呼ぶのは最初恥ずかしかった。距離感が縮まった気がした。姉のような人だと思った。


 年が明けてから四人の本格的な訓練を始めた。これまでの体力作りだけではなく、睡蓮のバックダンサーチームにいた時に学んだことを全部伝えようと思った。気が付けば四人を呼び捨てていた。

 凌乃には特に力を入れた。一緒に本格的な武術の道場に通い始めた。週一だが一緒に研鑽する日々を送っている。

 糸遊は将棋を、結葉はデザインを、采女は音楽を学び始めた。采女は楽器の経験がなかった。声で勝負すると言ってボイトレを三人より先に始めている。


 そして亜嵐さんに告げられた。独立の準備が整ったと。来年の春、新生活に慣らす期間が終われば本格的に事務所に通い、レッスン場を使うようになるという。

 四人は盛り上がった。三人と凌乃で別々のデビューをする。凌乃はソロだ。同日デビューで度肝を抜けと言われ、気合が入っていた。


 結葉は被服科のある学校、凌乃は芸能科のある学校を選んだ。違う高校になりスケジュール管理が難しくなる。


 私の将棋の戦績は大きく波打っていた。特定の棋戦でだけ勝ち続け、他の棋戦ではすぐに敗退してしまう。

 順位戦は勝てた。他は全敗だった。二月と六月の防衛戦で立て続けにタイトルも失った。


 決断を迫られる年だった。仕事は決まっている。マネージャー業だ。

 将棋は最初で最後のチャンスと思って、順位戦一本に絞って研究した。

 夏が近づく。濃密な一年ちょっとが経ち、今までの当たり前がなくなる。五人一緒にいられる時間が減ると思うと寂しくなった。

 もうすぐ二十二歳になる。

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