21歳12_傷だらけの棋士と四人の少女
二日酔いというものを初めて経験した。
何も考えたくない。考えなきゃいけないことがあったはずなのに。
多めに水を飲んで楽になった。そしてまた横になる。
今何時だろう? 頭を上げる。
どこだ、ここは。自宅に帰ったはずだ。
間違いない。自分のベッドだ。
最近ずっと凌乃に貸して、リビングで寝ていたので忘れてた。ふかふかだ。
いやいやと起き上がる。外が明るい。スライドドアを開けてリビングに出た。
「おはよー」
檀さんが迎えてくれた。おはようと返す。
「昨日はずいぶんとお楽しみだったようで」
「お酒はもういいです」
「そう言いなさんな」
最初はそんなもんだと教えてもらう。
「みんなは学校?」
「いやあんた、今日は日曜日だよ」
「あーそうだっけ」
じゃあなんでいないんだろう?
「みんな走りに行ったよ。どうせ連理ちゃんが起きてもまともに動けないからって」
「いやー申し訳ない」
というか昨日と服が違う。誰かが着替えさせてくれたんだ。
頼りない保護者で申し訳ない。
「じゃ、凌乃はどこで寝たの?」
「朝まで連理ちゃんと寝てたよ」
朝まで? 今何時だ?
時計を見る、正午を回っている。
どれだけ寝ていたんだ私は。
確か睡蓮と木蓮さんの車で送ってもらった気がするけれど。それすらも曖昧だ。
「私どうやって帰ってきた?」
「睡蓮さんの運転で木蓮さんと」
あーやっぱり。
「睡蓮さんが重いって文句言ってたよ」
頭が回らない。迷惑かけちゃったんだな。申し訳なさもあるが頭が働かない。
お腹がぐうと鳴る。これだけ寝れば腹も減る。
「お粥作ったげるよ。二日酔いでしょ」
「初体験です」
檀さんが腕をまくってキッチンに立つ。二人きりになるのは久々だった。
いつもは四人娘の誰かが、私か檀さんにくっついているのが当たり前。
四人娘か……。
たった五日。五日で私はもう凌乃を受け入れていた。
元々快活な子だったのだろう、糸遊の話とここ数日の関わり方。
そして昨日の私の化粧の際のリーダーシップ。輪に溶け込んでいた。
いい匂いがする。
「檀さん」
「んー?」
「凌乃っていい子ですよね」
「すっごくいい子だね」
檀さんのお墨付きなら大丈夫だろう。
最初は嫌な予感がしていた。
私が打ち上げに行っている間に何か問題が起きるような。
杞憂に済んでよかった。残る問題は私の二日酔いだけだ。
それにしても頭が痛い。二日酔いとはこうも辛いものなのか。
沢山寝たおかげで段々と軽くなっているのがわかる。ただ、空腹感が辛い。
「はい、お待たせ」
「いただきます」
氷が乗っている。冷めた部分から食べた。美味しい。
「凌乃ちゃんの学校の資料届いたんだけどさ、見る必要ある?」
「ないかな」
「だよね」
檀さんの言い方でわかる。いい評価ばかりなのだろう。
三人を守りたいと思って穿った見方をしてしまった。
勝手に優先順位を付けてしまったことを心の中で謝る。
ひたすらお粥を食べる。美味しい。すぐに平らげてしまった。
「お代わりある?」
「はいはい」
もう一杯食べる。食べっぷりを檀さんに見られているのがわかる。
気が付けば頭痛はほぼ消えていた。
「ご満足いただけたかな?」
「うん、美味しかった」
よかったよかったと言って食器を片付けてくれる。本当になんでもしてくれる人だ。
「珍しいこともあるもんだね」
「え?」
「連理ちゃんがいただきますしないなんて」
あまりの空腹で忘れてた。
「ごちそうさまでした!」
「遅い遅い」
そして四人が帰ってきた。様子がおかしい。凌乃の顔色が悪い。
走り慣れていないせいではなさそうだ。呼吸が荒かった。
「凌乃ちゃん大丈夫?」
「ごめん、吐きそう」
トイレに駆け込む凌乃に付き従い背中をさすってあげる。糸遊も心配そうに凌乃を見ていた。
「もう大丈夫、ありがと」
「凌乃ちゃん、糸遊の部屋使っていいからね」
「うん、ありがとね」
糸遊に言われた通り、凌乃は糸遊の部屋に入る。何があったのだろうか?
糸遊が何か知っているようだった。気になって手招きする。
「凌乃ちゃん何かあった?」
「んー、なんかね」
どうやら、凌乃がふらつくことが何度かあったらしい。
同じコースをグルグルと走るルート、特定の場所を通るたびに調子が悪くなったそうだ。
「多分嫌なものが見えたんだと思う。だからね」
買って欲しいものがあると糸遊が言う。
「そんなもので解決するの?」
「糸遊は治ったよ」
私利私欲のおねだりをするような子ではない。何か意味があるのだろう。
そう高いものではないのですぐに出かけた。
剣道の武具店。そこで糸遊は短い竹刀を二本頼んだ。
二本で一万円もした。このくらいで凌乃が回復するなら安いものだが、本当に大丈夫だろうか。
糸遊は室内用の素振り竹刀だと説明する。
「これを毎日振って、気分が悪くなったところでも振るの。『こんなもの振り払えるんだ』って考えながら」
「糸遊ちゃんもそういうことあったの?」
「あったよ。凌乃ちゃんと同じだったからこれで治るよ」
とんでもない根性論だ。まあ、運動にもなるんならいいだろう。
「何で二本も?」
「糸遊も凌乃ちゃんと一緒に振るためだよ!」
どうやらとことん付き合う気らしい。
状況からすると、凌乃は何かが原因でトラウマが引き起こされた。糸遊もそんな経験があったんだ。そして、根性論の素振りで解決した。
糸遊はそれで解決するものだと信じている。
それは糸遊だからなんとかなったんじゃないの? そう質問したかった。ただ、糸遊と凌乃を信じてみたかった。




