21歳11_傷だらけの棋士と四人の少女
いたたまれない。本当にいたたまれない。
主役の睡蓮は勿論だけれど、私も準主役的な立場ということで睡蓮の隣に座らされた。
木蓮さんが「どうしようもないね、すまん」と謝ってくれたが、それでは意味がない。
ここにいるのは睡蓮以外、全員年上の女性だ。
しかも睡蓮のバックダンサーを務める実力派揃い。
元々お洒落な人が多い上に、今日はいつも以上の煌びやかさだ。
確かにいつもの服装だと浮いてたかなと思う。でも、この扱いはきつかった。
睡蓮はそれぞれに労いの言葉を言いに全員の席を回る。
その間ずっと私の肩を掴んで離さず、必ず私にも何か喋らせようとするのだ。
前々回のライブでお世話になった方ばかりなので、お礼を言うのはやぶさかではない。
その時の打ち上げは欠席してしまっていた。埋め合わせと考えるべきだけれど、どうにも落ち着かなかった。
一通り話し終わって最初の席へ戻る。腰を下ろしてようやく一息ついた。
「いやー今日の主役は連理ちゃんだね」
「あなたが引っ張り回すからでしょう」
「いやいや、そんな格好されたらね。ずいぶん張り切ってきたと思いますよぉ」
人をからかいながら唐揚げを頬張るアイドル。なかなかのオフショットだ。
「この格好は」
「知ってる知ってる。檀さんに伝えたの私とお姉ちゃんだもん」
ねーと笑い合う二人。本当に仲のいい姉妹だ。って違う!
すいれーんと呼ぶ声が聞こえ、睡蓮は笑いながら立ち去った。
木蓮さんを睨んで質問する。
「もしかして妙に服のサイズがピッタリなのは?」
「私たちで送った衣装だから」
「大量にありましたよ」
「二十着くらいだよ」
木蓮さんは当然のように答える。
「あの化粧セットは?」
「あれも贈り物」
「どうして?」
「あの、忘れてない? 私もそっち側になる人間だよ?」
いずれマネージャーとして新事務所に入ってもらう。亜嵐さんの言葉を思い出す。
「忘れてはいませんけど、どうして」
「先行投資だよ。といっても私のお金じゃないけどね」
睡蓮のでもないよと続ける。今の事務所の経費で買ったらしい。
「そんなことして大丈夫なんですか」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
レモンチューハイを飲み干して流れるようにお代わりを注文。場慣れしてる人の頼み方だった。
「私からも質問いい?」
「え、はいどうぞ」
「二日目の連理ちゃんさ、あれ本気だったよね」
「本気? 一生懸命ではありましたけど」
うーん、と唸った木蓮さんが続ける。
「違うんだよなぁ。瓦先生とも話したんだけど、あれ睡蓮を本気で切ろうとしなかった?」
「そんなわけ」
「責めてるんじゃないよ」
「はぁ」
会話が止まった。私もよく覚えていないところだ。
「無意識だったの?」
「に近かったと思います。なんだかステージの暗いところもぼんやり明るく見えて」
最初の一閃の動き、最後の模造刀同士がぶつかる瞬間だけはしっかり覚えている。
それ以外は本当に薄っすらと「効率的に動いた」って感覚しかなかった。
「睡蓮の顔は見えた?」
「最後の瞬間に少しひきつっていたような」
演技だと思った。
「本気で殺されると思ったみたいだよ」
「そんなわけ」
「終わった時もそう言ってたでしょ?」
そんなことも言ってたような。
「私への誉め言葉じゃないんですか?」
「そうだね。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。でもね、あれ殺気って言うらしいよ。瓦先生が言ってた」
殺気? そんなつもりはなかった。
「本当に殺そうとするって意味じゃないんだって。真剣勝負の場でしか培えないとかなんとか」
木蓮さんはずっと飲み続けていた。酔いが回ってきたようで、呂律が回らなくなってきていた。
「どっちかっていうと感謝してるってこと。睡蓮相手に本気になる奴がいるって知れて嬉しかったから」
「私はいつも本気ですよ」
「そうそうその感じ。憧れてるから一緒に働きたいとか助けたいってんじゃなくて、負かしてやろうみたいな感じね」
「それは、ちょっと感じてました」
バックダンサーの方々は一流なんだろう。でも真剣味が足りない? というかズレてる感覚が私にはあった。
「みんな睡蓮のこと信じきっちゃってるんだよね。妄信してるみたいな?」
「はい」
なんとなくわかる。大好きな人に近づけて、一緒に笑って褒められたら嬉しいって感じ。
「連理ちゃんは違うよね」
「そうですね」
睡蓮のことは好きだと思う。でもずっと一緒にいて、張り合いのない関係になるのは嫌だ。
「じゃあさ、何で睡蓮があの時怯えた顔をしたのかしばらく考えてみてよ。そうだねー、答え合わせは瓦先生で」
「わかりました」
「偉いぞ、可愛い!」
私の頭をわしゃわしゃっとして木蓮さんは足取り軽く去って行った。行先はトイレだった。格好つけたのに締まらない人だ。
「なーに話してたの?」
間髪入れずに金井さんがやってくる。手にはお酒のジョッキがあった。
「殺気? について?」
「何で自分でもわかってないのよ」
いつもよりふわふわしてるくせに鋭い。
「剣戟の先生もそういうのがあるとかで、何だろう。難しいな」
「ふーん」
少し間が開く。私も食べ物とジュースで腹を満たした。開始からずっとお喋りばかりしていて、腹が減って仕方ない。
「連理ちゃん、辞めないよね?」
「バックダンサー?」
「うん」
「何も考えてませんでした」
正直なところ定期的にあのレッスンが入るのは厳しい。毎回セレクションに挑戦する人達と違い、私には参加可能なタイミングが限られている。
「あーこれ辞めるやつだ。折角お友だちになれたのに」
「バックダンサーを辞めてもお友だちは変わりませんよ」
机に突っ伏した金井さんの頭を撫でる。年上なのに妙に可愛らしい人だ。
「あー幸せー」
撫でるのをやめる。睨まれる。撫でる。目がとろける。
ペットみたいな人だ。どことなく結葉っぽさを感じる。
「私ね、社員の話もらったんだ」
「よかったじゃないですか」
「よくないよ。ここじゃないもん」
「え?」
他のオーディションを受けたということか。禁止されてはいないが、暗黙の了解でやらない決まりになっているはずだ。
「断っちゃった」
「そうですか……」
どういうつもりなんだろう?
「気になる?」
「はい」
「実力を知りたかったんだよねー。ずっとここにいたらわからなかったと思う。だけど、他の事務所でなら社員として欲しがってもらえるレベルなんだって」
なるほど、そういう考え方もあるのか。
「だからね、簡単に社員になれちゃうようなところより、ここにいた方が成長できると思ったんだ」
「いいんじゃないですか?」
「連理ちゃんがいなくならなければもっとよかったのー」
そういうことか。気に入ってもらえて何よりだ。
「将棋の方はどうなの?」
小声になる。金井さんはちょっとだけ話したことがあった。
「ぼちぼちですね」
「よかった。ずっと内緒にしてるから安心してね」
「ありがとうございます」
安心する。この人なら裏切るようなことはないと思う。
「あ、でも」
ちゃんと連絡してねと続く。約束しますと答えた。
「寂しくなっちゃうなぁ」
私も金井さんと会えなくなるのは寂しい。
しかしだ。ちゃんとここで話せたことで、今後迷わなくて済むと思う。
すっきりした顔の木蓮さんが戻ってきた。タイミングを見計らっていたのだろう、よいしょと隣に腰を下ろした。
「金井さん、ずっと連理ちゃんと話したそうにしてたよね」
「わかってたんなら早く譲って下さいよー」
「私も大事な話があったの!」
二人の飲み比べが始まる。
「そういや連理ちゃんは飲まないの?」
「お酒飲んだことがないんですよ」
「飲んでみなよ」
「どうなるかわからないのでちょっと」
「うるさい、飲めー!」
悪酔いした金井さんにジョッキを押し付けられた。
甘くておいしい。
「これ何ですか?」
「レモンサワー。色々あるんだよ」
色々お酒を教わった。しばらくあれこれ試し飲みをさせてもらう。なんだ、お酒って美味しかったんだ。
そして後悔した。物凄く気持ち悪い。トイレに行ったつもりだった。そこから意識がない。
気がついたら自宅にいた。ベッド脇にあったスマホのメッセージを確認する。
睡蓮と木蓮さんの乗っていた車で送ってもらえたそうだ。ビップ待遇だ。
ベッドルームからリビングに這いでる。途中で力尽きてぐったりしていると結葉が水を持ってきてくれた。一気に飲み干す。吐き気がする。
慌ててトイレに駆け込んだ。色々吐き出した。
もうお酒は飲まなくていいと思った。




