21歳10_傷だらけの棋士と四人の少女
電車に揺られて打ち上げの集合場所へ向かう。
今日はお店を貸切っての打ち上げだから、睡蓮や木蓮さんが見つかって一般の人に邪魔されることもないだろう。
お酒を勧められるかもしれない。飲んだことがないし、飲んだらどうなるのかわからないので下戸と言って乗り切るつもりだった。
そしてこの格好。とんだ恥さらしだと思う。
いつもの大学に行くときのようなパーカー姿で、自宅を出ようとしたら檀さんに呼び留められた。
「そんな格好でどこに行くの?」
「打ち上げだけど」
以前から伝えていたはずだ。
「いやいや連理ちゃん、それはない。絶対ない」
「似合わないかな?」
普段着にしているが実は似合ってなかった? 昔と違うのはかんざしを追加しただけ。
「そうじゃない、そうじゃないのよ」
今日の檀さんは暑苦しい。きざったらしいアクションで奥に合図した。
まるで備えていたかのように、采女と凌乃が化粧セットのようなものを持ってにじり寄ってくる。
「連理ちゃんあなたね、そろそろ女としての自覚を持ちなさい」
「別にいいよ、面倒くさい」
「駄目だよ連理ちゃん。服もこんなんじゃ」
「うひぃ」
後ろから結葉が、思わずぞくっとするような手つきで首筋に触れてくる。
そのまま背中からがっちりホールドされた。
「じゃ、化粧始めるねー」
凌乃がテキパキと私の顔をいじくる。どこで手に入れた化粧品かわからないが、高級感のあるケースだった。
「おぉー」
凌乃の手つきに采女が歓声を上げる。
「これはどこで」
「動かなーい」
真剣そのものの凌乃に黙らされる。元モデルの卵ということで化粧は手慣れたものだった。
そこに采女が興味深そうに質問する。私を実験台に勉強会が始まった。
檀さんは離れてうんうんと満足そうに頷いている。化粧品の提供者は彼女だろうか。
「まあ連理さんは元がいいから、ナチュラルでーこんなもんかな」
口紅のようなものを塗られた気がした。リップ? 何だろうと思って触ろうとしたら手をはたかれた。
「触んないの。ほら鏡」
采女が鏡を持って私の正面に立つ。凌乃がにっこり微笑んだ。
「いいね」
「何がいいの?」
「はいはい、むくれないの。次は服だね」
凌乃が結葉にバトンタッチを宣言する。
今度は結葉が先導して、あれこれとハンガーごと私の前に服を合わせる。
結葉セレクトで、膝下までのスカートとクリーム色のシャツ、そしてジャケットに決定した。
ストッキングも履かされる。うぅ、慣れない感覚だ。そして全てサイズがジャストフィット。どうなっているんだ?
「うんうん、いい感じ」
凌乃が満足そうに腰に手を当てる。
采女が下がって鏡で全身を映す。自分じゃないみたいだった。
ずっと見ていた檀さんがスマホを取り出す。こちらを見ながらスマホを構えた。
「写真撮っちゃおうか」
「やめて!」
逃げ出したくなる。和服の時ならともかく、洋服でちゃんとした化粧なんて初めてだ。
「やめません。前々から思ってたんだけど、連理ちゃんはもうちょっとお洒落に気をつけようね」
「楽なのが一番だよ」
「だーめ。今後はこの四人でチームアップして連理ちゃんを綺麗にしてあげるからね」
鏡の向こうで采女が楽しそうにニヤニヤしている。
その鏡越しに後ろにいる結葉を見ると、涎を垂らしていた。
「はいポーチはこれ。行ってこい」
「凌乃ちゃん待って、糸遊ちゃんに見せてないわよ」
「そうだった、糸ちゃーんおいでー」
凌乃の呼びかけに詰将棋本を持った糸遊がやってくる。
「どう? 可愛いっしょ」
「誰この人?」
ショックを受けた。私がわからないの?
「うそうそ、凄く似合ってるよ」
「あ、ありがとう」
こういうお洒落にまだ興味がないのか、糸遊は詰将棋を再開する。
「おっとこれ、今日はこっちね」
いつものかんざしを抜き取られ、結葉の持ちものの髪留めで後ろ髪を束ねられた。
「おー、完璧じゃん」
「連理ちゃん超可愛い……」
口々にもてはやされる。違和感がひどい。
鏡越しの結葉は涎を隠そうともしない。こんなキャラだったかな。
「かんざし、連理ちゃんの部屋に置いとくね」
「あ、うん、お願い」
糸遊が気を利かせて愛用のかんざしを預かってくれた。
「うーん、もっと見てたいし、いじくり回したいけどもう時間がないかぁ」
「いじくり回すって何よ」
ふひひと笑う采女の方を見ると鏡の反射攻撃を食らう。否が応でも自分の顔が写る。
まったく。お昼頃から何か企んでると思ったらこんなことを。
改めて鏡を見る。ま、まあ悪くないかな?
くるっと回ってみる。膝下の丈のスカートがふわりと動く。
「あなた結構チョロいのね」
「うるさいなぁ」
油断した。ごまかすように檀さんを睨み上げる。ずっとニヤニヤしている。後ろで結葉が呟いた。
「連理ちゃん、抱きしめていいかな?」
「帰ってからね」
勝手に檀さんが返事する。嫌だよ。こんな結葉は嫌だ。
「おっと、急がないと本当に間に合わないよ」
「あなたたちがこんなことするからでしょ。もう」
慌てて玄関に向かう。靴は、えーと、ない。
「その格好でいつものスニーカーは不味いよね」
凌乃が黒い革製のようなブーツを取り出した。
ヒールがあるのはスーツの時に慣れているが、あまり走れないのが苦手だ。しかし他の靴を選ぶ暇はない。
「行ってらっしゃい」
檀さんの声で追い出された。すぐに鍵をかけられる。もう戻れない。時間もない。
荷物はどうするのと思ってポーチを見ると、鍵も財布もスマホも揃っていた。ご丁寧にハンカチも。
やれやれ。
今更脱いでいくわけにもいかないし、今からなら時間ギリギリの電車に間に合う。
ピンときた。采女が計算したな。妙に時間を気にしていた。
小さくため息をついて歩き出す。こんな格好で私だと気づいてもらえるだろうか?
道中、電車利用の間、妙に見られた気がした。自意識過剰だろうか。慣れない格好で落ち着かない。
待ち合わせの駅について見知った面々を見つけた。少しだけ安心する。金井さんもいた。
「金井さん」
小走りで近寄って軽く手をあげる。
「連理ちゃ……え?」
あってますよー連理ですよーと目の前で手を振った。
「かわいいー! どうしたのその格好」
「身内にやられまして」
何度か話したことのある先輩方も寄ってくる。
みんな褒めてくれた。いたたまれなくなってポーチをいじってしまう。
やっぱり羞恥プレイだ。
最後に車で睡蓮と木蓮さんが到着した。そのままパーキングエリアに入る。
木蓮さんはバックダンサーではなかったが、色々とサポートしてくれたので是非にとみんなから呼ばれたらしい。
「おやおや、この可愛い子ちゃんは連理ちゃんだね」
ぐっ、これが嫌だったのだ。
睡蓮は絶対いじってくる。それはもう、はちゃめちゃに。
「君可愛いね、アイドルやってみない? お姉さんが手取り足取り教えてあげるよ」
「ほら行くよ」
「あーん。もっと連理ちゃんで遊びたいのにー」
木蓮さんが睡蓮を引っ張って行ってくれた。助かった。
その二人を先頭に続けざまに入店する。貸切りの居酒屋で打ち上げが始まった。




