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21歳8_傷だらけの棋士と四人の少女

 以前から考えていたことでもある。凌乃が来て、決意が固まった。車を買い替えよう。

 これまでの対局料や賞金に加え、もうすぐライブ収益からの収入も期待できる。

 今回は睡蓮の対となる役をやったのだ。いくらか歩合もよくなるとも聞いていた。

 口座情報を見る。節約している分、支出は少なく安定している。

 軽自動車を買ってまだ一年も経っていないが、ローンを差し引いても今の内に売却すればそれなりの買い替え資金になるはずだ。

 二台持ちする余裕はない。運転は難しくなるが、六人乗れる車がほしい。

 売却査定のサイトに情報を入れる。ローンを差し引いて結構戻ってくる。

 いける! でも、こんなに簡単な話だろうか?

 こういう話は詳しくない。檀さんはどうだろう。

 それよりも車は男の人の方が詳しそうだよなぁ。

 一番話せる男の人、師匠。

 あの人、車どころか免許もなさそう。

 男ばかりの将棋界にもう六年所属しているくせに、こういうことを相談できる相手がいない。悲しい棋士人生だ。恥ずかしいやら情けないやら。

 いや、待てよ。そういえばとスマホを取り出す。木蓮さんなら車を所持している。

 よしよし、連絡先は交換している、でも先に檀さんだ。

 時計を見る。まだ電話してもいい時間ではない。それでも早く相談したくて仕方ない。

 楽しいんだろうなぁ。六人でドライブなんて行けたら。いや、まだ気が早いか。

 そういえば、凌乃はバイクを話題に出した時に興味を持っていた。

 身長だの足の長さだのでからかってきたのは、知識として持っていただけかもしれない。それでも、バイクが嫌いなわけではなさそうだった。

 中型バイクは私の愛車だ。手放すつもりはない。見た目がどうなのか気にしていない。小回りは効くし、二人乗りも問題ない。

 さすがに五年も乗っているから燃費が悪くなっている可能性はあるが、まだ買い替える程ではないだろう。

 いずれ凌乃が免許を取ることになれば、バイクを貸し出したりすることもあるのかな?

 何を考えているんだ私は。まだ全面的に受け入れたわけでも、凌乃がここにいると決めたわけでもないのに。


 みんなが起きてくるまでまだ時間があった。六人以上で乗れる車を探す。

 SUV、ミニバン、色々ある。

 しかし六人全員の乗り心地がよくないといけないし、この辺の路地も特別広いわけではない。

 そんな都合のいい車なんてあるのだろうか。幅や全長何センチとか書かれてもぱっと思い浮かばない。

「何難しい顔してんのー?」

 凌乃が眠そうな顔で起きてきた。ベッドから見えていたらしい。

「ちょっとお買い物をね」

「買い物?」

 見せて見せてと寄ってくる。見てわかるのだろうか。

「たっか。車ってこんなするの?」

「私も驚いてる。中古車をローンで買えたら安く済みそうだけど」

「ふーん。詳しい人いないの?」

「それを電話で相談したいんだけど、まだこんな時間だから」

 八時にもなっていない。

「じゃ、ご飯でも食べようよ。いっぱい寝たらお腹すいちゃった」

「そうね」

 すっきりした顔をしているのを見て安心した。

 料理をしたことがないというのに、躊躇なくキッチンに立つ。どうやら作るつもりらしい。

「何からすればいいの?」

「わからないならちゃんと言いなさいよ」

 勢いの行動だったらしい。仕方ない、お姉さんが手ほどきしてあげましょう。


 ご飯の炊き方、野菜の洗い方、卵料理の種類を教える。

 器用な子だ。包丁の扱い方が上手い。

 教えたことをどんどん吸収していく。面白い。でも、飲み込みが早すぎる。

 采女や糸遊はご飯を炊いたり片付けはできるが、料理らしき料理はまだ作れない。

 努力家な結葉は割とすぐに覚えてくれて、私も檀さんもいない時はいつも彼女に任せている。

 その時も采女と糸遊には遊ばせず、手伝えることは手伝わせているのを何度か見た。

 受験勉強で机に向かう時間の増えた結葉の代わりに、私も習って二人を手伝わせるようにしている。

 だから凌乃のセンスのよさに驚かされる。でも、できすぎだ。

 これじゃ私のお姉さんぶる計画に支障が生じてしまう。調子に乗るなよ。

「じゃ、じゃあこれくらいで食器並べてくれる?」

「まだお漬物切ってないよ」

「私がやるから」

「えー」

 何とか面目を保ちたい。簡単な朝食とはいえ、そんなにすぐにできるようになってもらっては困る。


 糸遊が起きてきた。

「おはよっ」

「おはよう糸ちゃん」

「おはよう糸遊」

 糸ちゃん? と糸遊が首を傾げる。

「あんたらの名前わかりにくいんだもん。糸遊なら糸ちゃんでいいでしょ」

「いいよ」

 糸遊は糸ちゃん糸ちゃんと、気に入った様子で口ずさんでいる。あんなにチョロいと心配になる。

 次に起きてきた采女にも凌乃が声をかける。

 采女は最近朝のテンションが低い。低血圧気味らしい。

「おはよう采ちゃん」

「おはようねー」

 どこかの専用の挨拶だろうか。寝ぼけながらもただでは済ませない。采女らしい。

 采女はそのまま糸遊が座っていたクッションの横に転がり込み、二人のじゃれ合いが始まった……と思ったら、采女がまた眠りこけた。

 結葉はなかなか起きてこない。最近遅くまで勉強していることがある。昨晩もそうだったのだろう。

 糸遊に行かせると結葉の耳が心配だ。采女はあの調子だし、もう少し寝かせてもいい。

「あたし起こしてくるね」

 くいっとゴーサインを出す。悪戯っぽく笑う凌乃は結葉の部屋に頭を突っ込んだ。

「結ちゃんおっはー」

「ふぇえ?」

 結葉の素っ頓狂な声が聞こえた。この女侮れないな。

 寝ぐせを気にする余裕もなく結葉が起きてきた。凄く眠そうだ。

「おはよー」

「おはよう。ご飯できてるよ」

「うん」

 とぼとぼと明後日の方向へ歩く。壁にぶつかる。壁に謝る。

 戻ってきた凌乃と笑い合う。

「何あれ可愛い」

「面白いでしょ」

「うん」

 普段はああではない。やはり遅くまでの勉強で寝不足なのだろう。

 努力家は結構なことだが、夜は早く眠ってほしい。

 糸遊に采女を起こさせ、四人がテーブルに着いた。

 私は折り畳みの椅子を引っ張りだす。テーブルの横から座り、五人揃って手を合わせた。

 昨晩の食事風景を見て凌乃も真似する。

「連理さんさ」

「なに?」

「その席に座ると、ベビーチェアみたい」

 三人が噴き出す。

「喧嘩なら買いましょうか」

「いやいや、そう見えちゃったからさ」

 このけらけらという感じの笑い方、どうも亜嵐さんっぽさがある。

 少し苦手要素が増えたかもしれない。

 ようやく頭が回ってきた采女が調子に乗り始め、結葉はまだぼーっとしていた。


「ごちそうさま」

 先に食べ終えてスマホを手に取る。まだ少し早いが檀さんに電話する。

「おはよう連理ちゃん、早いね」

「朝からごめん檀さん、聞きたいことがあって」

 先程まで見ていたノートパソコンの前に座り、質問の答えを待つ。木蓮さんはどうだろうと続けて尋ねた。

「私も詳しくないのよね。木蓮さんなら確かに知ってるかも。凌乃ちゃんのことも伝わってるし」

「わかった、聞いてみるね。あと、亜嵐さんはこの時間起きてるかな?」

「絶対寝てると思うよ」

「そっちは後にしとく」

「それがいいよ」

 もうすぐこちらに来る檀さんとの通話を切り、今度は木蓮さんに電話をかけた。

 数回しか話したことはないが、色々あって連絡先を交換している。いずれ同僚になる人だ。

「おはよう連理さん。珍しいね」

「おはようございます。朝からすみません」

「いいよいいよ。どうしたの?」

 思ったよりフランクな感じだ。面と向かう時は緊張するシーンが多かったせいか、堅物と思っていた。

「そういうことね。私もそんなに詳しいわけじゃないからなぁ」

「誰か詳しそうな人いませんかね?」

「それなら瓦先生は?」

「あの剣戟の?」

「あのおじさんなら詳しそうじゃない? 連絡先わかる?」

 そういえば名刺をもらっていた。個人の電話番号も書いてあったはずだ。

「はい、名刺をいただいてました」

「そ、じゃあよろしく伝えといてね。あと今週末打ち上げがあるから今回は出るように」

「わかりました。予定空けておきます」

 そうだった。ライブの打ち上げもあるんだ。

 了承の返事はしたが、私が浮かれてどこかに行くと大抵事件が起きる。

 嫌な感じだ。いや、気にしても仕方ない。

 瓦先生、先生としか呼んでなかったからそんな苗字だったことを思い出す。

 名刺記載の携帯番号に掛けてみる。十コールで出ない。

 会社の方に掛けてみる。営業時間外のアナウンスが流れる。

 やはり朝早すぎた。まだ九時前だもんね。

 それにしても木蓮さんだ。思ったより話しやすかった。

 思わず嬉しくなる。打ち上げのことを伝えてくれるのは、仲よくしようとしてくれている証拠だろう。

 食卓では、やっと頭が動き始めた結葉が髪を凌乃にいじられていた。

「寝ぐせは仕方ないのー」

「いやいやこれも可愛いよ」

「やだやだ。連理ちゃん助けてー」

「ごめーん、忙しい」

「電話終わってるでしょー」

 手をひらひらと振って瓦先生の名刺を見る。

 営業時間は十時からとなっていたが、連休中じゃ期待薄だ。

 これは素直に携帯の折り返しを待つべきかな。

 一つ伸びをする。眠りが浅かったせいか、少し眠くなってきた。

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