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21歳6_傷だらけの棋士と四人の少女

 ボロボロだというのは本当だった。身だしなみは整えているが、どこか怯えた表情の少女。

 凌霄花凌乃、のうぜんかしのと名乗った。

 凌ぐに凌ぐで凄い名前だ。名前の勢いに反して、怯えと心配の顔をしている。

「あの、保護者の人は?」

「私だけど?」

 カチンときた。

「子供じゃないの?」

「今年で二十一になりました九連理です。よろしくお願いしますね」

 一言一言力を入れて自己紹介した。

 ひいた様子でアハ、アハハと笑っている。

 まあ、容姿で舐められるのは仕方ない。論外の檀さんを除いても、ここでは私が最低身長なのだ。

「本当にこの人?」

「そうよ」

 連れてきた檀さんが肯定する。失礼だな、指をさすなんて。

「大丈夫よ。小さいけどいい人だから」

「小さいは余計でしょ」

「あと、超強いからね」

 逆らっちゃ駄目よーと言いながら檀さんは笑って去っていった。

「えーと、じゃあまあ、よろしく」

「はい、よろしくね」

 おずおずと伸ばしてくる手に答えて握手。あの三人とはしなかった挨拶だ。

 私の手を見て凌乃が固まる。

 古傷だらけの手、女の割にはかなりゴツゴツした感触だろう。

 心が参っているという話だった。脅かすつもりも痛い目を見せるつもりもないが、この手で握手は逆効果だったかもしれない。

 子供扱いされた時はさすがに、気を込めて言ってしまったけれど。

 前途多難だな。私や私たちのことではなく、この子の方だ。

 ストーカーから逃げるためにやってきた新天地。そして夢を追いかけ続けるための潜伏先。

 その家主が子供同然の背丈で、自分以外にも三人預かっている。

 私は正直どちらでもいい。なるようになれとしか思っていない。

 とにかく今守っている三人が最優先だ。仲よくできないなら地元に帰って警察に行けばいい。

 ただ、つけ回される嫌な気分は共感できた。私の棋士デビュー当時も、ストーカー気味の記者がいたり厄介な人に絡まれたことがある。

 その時は無視し続けた。幸い仲よくしている人が近くにいなかった。そのお陰で私の情報が広がることはなかったし、迷惑をかける相手もいなかった。

 その程度の知識だったから、ストーカー対策なんて気の持ちようだと思っていた。

 しかしこの子の怯え具合。確かに普通じゃなさそうだ。何はともあれ話を聞かなければ始まらない。


 今、リビングでは三人による部屋の改修計画が進められている。

 三人なりに気を遣って、何とか凌乃のために一部屋用意してあげようとしていた。

 一部屋を寝室に、一部屋を勉強部屋にするという話で盛り上がっている。

 悪くない計画だ。必死にメジャーで幅を測りながらあーでもないこーでもないとメモを取っていた。

「何してるのあれ」

「あなたのために一部屋空けようとしてくれてるのよ」

「ふーん」

 なんだこの態度は。もしかすると采女以上の高慢ちき女かも知れない。

 モデルの卵だというだけあって、中学生にしては発達したプロポーションの持ち主だ。顔も整っている。

 それが何でアイドルにというのはまだわからないが、容姿のせいでストーカー被害にあったというのならば確かに気の毒な話だ。

 しかし今の所、怯えた目以外は共感できるところがなかった。

 年下と同い年との共同生活が唯一の逃げ込み場所なのだ。いいように使われないために虚勢を張っているのかもしれない。

 三人の時は運がよかったと思う。素直だし話を聞いてくれる。タイミングよく檀さんも来てくれた。

 三人のことは大好きだ。三人もそう言ってくれる。凄く幸せだ。

 本来の目的がアイドルに育てることなので、厳しめのトレーニングメニューも課している。

 それを乗り越えた上で慕ってくれているのだ。保護者冥利に尽きるというものだろう。

 そこに新たな子、この凌乃が入ろうというのだ。私だけでなく、凌乃本人も他の三人も戸惑うことだらけになるだろう。


 凌乃の中学の残りの生活は、亜嵐さんがあれこれと動いて対応してくれている。

 今から采女達のいる中学校に転校しても浮くだろうし、表向きの転校がわかると最悪ストーカーに情報を辿られるかもしれない。

 芸能関係に強い中高一貫系の中等部に通っていた凌乃ならば、残りの期間の出席要綱をオンラインや姉妹校で処理してもらえる可能性があるそうだ。

「連理ちゃん連理ちゃん」

「どうしたの?」

「ほら、設計図できたよ」

 糸遊の持ってきた図面はとても大雑把だった。誰のどのベッドをどこに置けばいいか考えてある。雑な割に数字はしっかり書かれていた。ただ、移動手段は考えられていない。

「よくできたね。じゃあどう運ぶの?」

 ギクリと固まる糸遊。その先で采女と結葉も気まずそうにしている。誤算だったらしい。

「はい、やり直し」

 とぼとぼと去って行く糸遊を見送り、凌乃にお茶を出す。

「あんな感じなんだ」

「大体そうよ。今回はあなたのためみたいだけれど」

「はは」

 乾いた笑い。馬鹿にした感じはない。

 何とも思わないのではない、考える気力がないのだろう。

「今日明日で部屋はどうにもならないみたいだし、しばらく私の部屋で寝てね」

「いち、えっとあの何て呼べばいいの?」

「連理でいいよ。みんなそう呼んでるから」

「連理さんはどうするの?」

「その辺で寝るからいいよ」

 これがライブのレッスン期間だったら厳しかったが、しばらく肉体を酷使する予定はなかった。

 多少寝心地が悪くても、クッションさえあれば眠れないことはないし、何なら睡眠時間をずらしてみんなの授業中にでも寝ればいい。

「そんなの悪いよ」

「本当に悪いのはストーカーでしょ」

「それはそうだけど」

「それより、あなた荷物はそれだけ?」

「うん。大急ぎだったから持ってこれるものなかったし」

 少しずつ話を聞き出す。恐らく亜嵐さんに聞けばわかることだが、私としても本人の口から聞いておきたい。

 中高一貫の学校で中等部三年生、寮生活で芸能モデル系の学科にいた。

 成績は中の上程度。学力は問題なさそうだ。

 学校からの斡旋でモデルのバイトをしていた。本当は声優アイドル志望だったが、外見を買われた結果だ。

 そこでストーカーに付き纏われることになる。

 実家に帰るとストーカーに住所がバレる危険性がある。学校に相談した結果、学校側が寮の周りの不審人物を警戒しはじめた。

 しばらく問題が起きなかったので解決したかと思ったが、ストーカーは時間をおいて再び付きまとう。寮に凌乃が帰ると寮母から苦い顔をされるようになった。

 学校側の都合でモデルとして活動を求められ、一方的な被害を受けた凌乃が厄介払いされる。

 これはきつい。周囲に味方がいないじゃないか。


 そこで学校と繋がりを持った亜嵐さんが凌乃を回収、ここまで身一つで連れてこられた。

「それが先週のこと。シルバーウィーク前にあの三人と顔合わせして、瑞香さんと亜嵐さんに連理さんの所で暮らしてみたらって誘われた」

 持ち物は衣類を最低限入れているだけの小さな旅行鞄。本当に身一つだったんだろうと思い、少し同情する。

「三人の話を聞いてどう思ったの?」

「嘘くさいと思った」

 なかなか言ってくれる。確かに、この歳の女が中学生を三人も預かっているなんて、にわかに信じられないだろうけれど。

 しかしタイミングが悪い。一昨日のライブが終わって一息つけると思ったらこれだ。このシルバーウィークもずいぶん悩まされそうだ。

 住むのはいい。事情もわかった。でも、それ以外がわからない。

 今何がしたいのか聞いても、まともに答えられるわけではなさそうだ。

 同情心が深まる。まずは落ち着かせてあげたい。気が楽になったら先のことを聞かせてもらおう。

「ここにいる限りは安心していいよ。贅沢はできないけどね」

 ギリギリではないがそれなりに切り詰めた生活をしているのだ、派手な印象の子だから一応贅沢品については釘を刺しておく。

「本当にいいの?」

「大丈夫大丈夫、連理お姉さんに任せていいからね」

「お姉さんって」

 ネタのつもりで言ったわけではないのに笑われた。笑う気力があるだけマシと言える。

「料理は得意?」

「したことない」

「掃除洗濯は?」

「したことない」

「そうなのね、いずれ覚えてもらうけれど、しばらくは私に任せてね」

 寮生活で色々やってもらっていたのだろう。生活能力はなさそうだ。

 その日は何をするでもなく、テレビ番組をぼんやり見つめる凌乃に、時折結葉が心配そうな視線を向けていた。


 夜、私がリビングで寝ることを知ると、三人娘は自分が代わるだの、一緒に寝てあげるだのと言い出した。

「ごめんね、一度近くで見ておきたいの」

 凌乃にベッドを貸し、凌乃から見えるところで眠る。見た感じ寝不足みたいだったので、様子を見たくなったのだ。

 そして深夜、案の定凌乃はうなされていた。急に起き上がる事もある。薄目で見ながら反応を待つ。

 周囲を見回して誰もいないことに安心したのか、凌乃はまた眠ろうとする。しかしあんまり眠れないらしく、何度ももぞもぞと動いていた。

 トイレに行く凌乃を目で追いかける。戻ってきた。水を飲む。ため息をつく。私の方を見る。

 近寄ってくる。何をする気だ。キョロキョロと周りを見ている。

「起きてるんでしょ」

 思わぬ声に身体がビクリと動いてしまった。

「気づいてたの?」

「水飲んでる時目があったもん」

 監視は失敗だった。

「ねぇ、何であの三人引き取ったの?」

「長くなるよ」

「いいよ。どうせ眠れないもん。聞かせて」

 眠気はあったけれど、仕方なく起き上がって隣に座らせる。

 少しずつ、亜嵐さんに頼まれた時のことから語った。

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