21歳5_傷だらけの棋士と四人の少女
「もう一人預かってもらいたい」
駆けつけ一杯、麦茶で喉を濡らした亜嵐さんはそう言った。
聞き間違えたと思いたかった。
「もう一度どうぞ」
「もう一人預かってもらいたい」
頭を抱えた。
この人はどういうスカウトスタイルなんだろうか。順当に成長したアイドルの卵を、事務所を通してデビューさせるだけでは満足できないのか。
檀さんは案の定先に知らされていたらしく、それでも困り果てた表情で亜嵐さんを見ている。
無理ですよねって同意を求めてほしい。何も言ってくれない、ちくしょう。
「何歳の人なんですか?」
結葉が勝手に話を進める。妙に芝居がかっていた。緊張しているのだろうか。
「お前と同い年だよ」
結葉が複雑な表情になる。これも少し違和感があった。
糸遊が采女に楽しみだねなんて言ってる。采女は現実を見ているようで、「狭くなるな」なんて呟いていた。
「そうです。狭いですよここじゃ」
「引っ越せ」
「無理です」
それができていれば檀さんを引き入れて五人で暮らしている。そんなにポンポン引っ越すわけにはいかないのだ。
三人の学校の距離や私の通勤ルート、他にも諸々の事情があってここで落ち着いた。出ていく気はない。
「それって、睡蓮さんの事務所の方でなんとかならないんですか?」
ちょっとした思い付きだ。別に私たちと一緒でなくてもいいだろう。
「そういう手もあるな」
ふーむと悩んでくれる。逃げ切れたか。
「いや、やっぱりお前だな」
「何でですか!」
「実績があるからだ」
檀さんがプッと噴き出す。
「あーそうでしたねぇ。結葉を入院させるハメになったり、ちびっ子二人を制御できなかったり、サボってどっかに出かけたり」
自分の汚点を思い出させる。全部大迷惑を被らせたからだ。
采女と糸遊に「連理ちゃんの方が小さい」とどつかれる。
「そうだな。次はないと言ったな」
「はい」
「その責任と思え」
「はぁ」
またまた超理不尽な脅し。しかし今回は応じる謂われもない。
「それにお前は三人を預かる時、『次はない』なんて言わなかったからな」
「普通、それ以上預かれなんて言われると思わないでしょ」
痛い所を突いたつもりかもしれないが、そもそもそんな話どうでもいい。
「じゃあ多数決でどうだ」
「何人の多数決ですか?」
「お前と檀、そしてその三人だ」
勝った。糸遊はともかく采女と結葉は現実を見ているはずだ。檀さんも反対に決まっている。
「では賛成の者」
四人が手を挙げた。
「反対の者」
私だけだ。
何が起きているんだ? 檀さんが半笑いで言う。
「もう茶番は良いんじゃないですか?」
「そうだな。決も採れたことだし、めでたく決定だ」
絶対卑怯なことをしているはずだ。
「檀さんはともかく三人」
語気を強める。三人を順に睨みつけた。
「何があったか説明しなさい」
「えっと、それは……」
采女が結葉を見る。
「何て言うか、ねぇ糸遊ちゃん」
結葉も糸遊に頼る。
「悪者から助けるためであります」
まるで仕組まれていたコントのようだった。
ビシッと敬礼する糸遊の言いたいことがわからない。
「もう、私からネタ晴らししますよ」
「頼む」
亜嵐さんはけらけらと笑った。
「本当に騙すみたいになってごめんね連理ちゃん。実は私と三人はその子にもう会ってるの」
裏で勝手に話を進めていたのか。私が忙しかったのだからそこは仕方がない。
「連理ちゃん最近忙しかったでしょ。その時に亜嵐さんが連れてきた子でね」
とある地方でアイドルデビュー間近のモデルの卵、その子がストーカー被害に遭っていたらしい。
しかしその地方でアイドルデビューすると、確実にストーカーに着け狙われる。
こっちで引き取ってあげればストーカーも諦めるだろう。距離をおいて時期をズラせば特定は難しいはず。
「さすがに絶対とは言えんがな。距離と時間を置けば狙われる確率は下がる」
「睡蓮さんたちの事務所は大手だし、すぐに情報が出ちゃうでしょ。だったら三人を預かって生活を組み立てている連理ちゃん、あなたが適任だと思ったのよ」
亜嵐さんの脅迫めいた信頼と、檀さんの切実な雰囲気の信頼では嬉しさが違う。
いやいや浮かれるな。問題はそこじゃない。
「うちは駆け込み寺ですか」
「アイドルの卵の駆け込み寺か。そりゃいいな」
何笑ってるんだ。こっちは真剣なんだぞ。
「それで事務所盛り上げましょうか」
檀さんも悪乗りする。どうも既定路線から外れそうにない。
「連理ちゃん」
くいくいと結葉に袖を引かれた。
「その子、本当にボロボロで助けてあげたいって思ったの。物凄く疲れてて、その、だめかな」
結葉とは同い年。だからこその共感があったのかもしれない。
言い方は悪いが結葉は救われ、今はすくすくと育っている。
同い年で苦しんでいる子がいるのならば、同じように救われてほしいそうだ。
結葉が言うならとも思うが、現実的にどうなのだろうか?
部屋のことはいい。本人がここにきて住みたいと思ったんなら引っ越さなくていい。
しかし、学校はどうするんだ? 結葉も受験勉強をしているし。そういうシーズンで自由は利くのだろうか?
「時期はいつになるんですか?」
仮定の話だ。そのつもりで亜嵐さんに問いかけた。
「明日だ」
なんてこった。断るどころか迷う時間すらくれないのか。
断るなら三人と檀さんとの関係も絶つくらいの覚悟がいる話だ。交渉とかそういう話ではない。脅迫のようなものだ。
みんながその子に共感してしまっている以上、私に逃げ道はない。
一人で暮らしていた頃が懐かしい。大きくため息をついてしまう。
「はいはい、わかりました。名前もお寺さんっぽいし駆け込み寺いちじくやりまーす」
「ちゃんとやれ」
この人本当に、いつか痛い目を見せてやる。




