21歳4_傷だらけの棋士と四人の少女
ライブ会場の帰り、出入り口から駅への道は混んでいた。
四人と合流して帰路につく。今日はライブ後の睡蓮との話や、他の人との交流は最低限にした。
やっぱりこの四人といる方がいい。安心する。
先の道も混んでそうだったのでファミレスに入る。他にも同じ目的らしいお客さんが席の大半を埋めていたが、なんとか五人が座るスペースはあった。
さっきのライブを振り返るような会話が周囲から聞こえる。ちょっと誇らしかった。
席に座り一息つく。サラシが緩かったのだろうか、少し胸元に違和感がある。
というより亜嵐さんに緩められたんだろう。本当に余計なことをしてくれた。
「ちょっとお手洗い」
四人に声をかけ席を立つ。またトイレの中で締め上げた。
サラシで締める時は最後に息と呻き声が漏れてしまう。化粧室に人がいたらずいぶん気張ったんだろうと思われそうだ。
洗面台の前に人はいなかった。安心して顔を洗い、すっきりした気分になった。
その気分とは反対に、当面の、というより明日の懸念が一つある。先程亜嵐さんに伝えられたことだ。
「明日、お前の部屋に行くから時間作ってくれ」
「お昼過ぎならいいですよ」
「三人にも聞いて欲しいから夜がいい」
「わかりました」
もしかすると三人の誰かが昼は友だちと遊びに行くかもしれない。配慮してくれたと思うと嬉しい反面、三人を含めた話となると重そうだ。
「心配するな。プラスの話だ」
「信じていいんですね」
「当然だ」
どうにも胡散臭い言い方だった。
思い出して身震いする。信じられない。絶対何かある。
上着のジッパーをしっかり上げて席に戻った。今は忘れよう。折角の五人揃っての外食だ。
四人との楽しい会話に明け暮れた。勿論ライブの話が中心だった。采女と糸遊が盛り上がりすぎて、身バレしそうなことを言いかけたのはハラハラした。
幸い周囲の人たちもそれぞれの話に夢中になっていた。聞き耳は立てられていなかった。
結葉が二人の口を塞いでくれなければ危なかった。私だけじゃない、下手すると三人の人生にも関係する起爆剤になる。
ファミレスは安易だったかなと思う。隣の檀さんは冷や汗を垂らしていた。胸を押さえて呼吸を整えている。
結葉のファインプレーのあとはライブの話は禁止した。一番肝が据わっているのは結葉だった。
自宅でするような何気ない会話のあと、亜嵐さんの話を思い出して伝える。
明日の夜、大事な話があること。悪いことじゃないから身構えなくていいと。
この中の誰か一人が急に帰らされるような話ならお断りだった。
預かっている身でなんだが、今更簡単に返してやる気もない。
中学生くらいの年頃は何かの拍子で体調を崩しやすいものだ。しかし、規則正しい生活で鍛えられている三人は健康そのものだった。
この子たちは同年代の女の子に比べると、相当な運動負荷がかかっているはずだ。
大学で得た知識が役に立った。身体のこと、運動のこと、食事のこと。
簡単なマッサージもしてあげていた。痛みが出るようなら整体や病院に連れていくべきだが、気持ちいい範囲のマッサージで三人はすぐ復活する。
私もまだその範囲にいた。寝れば翌朝には大体回復している。この二か月は忙しさと暑さがきつかったが、それ以外は良好だった。
そういう健康面の話をしていたら、檀さんがぽつりと呟いた。
「若いっていいわね」
「檀さん何歳なの?」
檀さんが一瞬硬直する。そういえば訊いたことがなかった。
「女性に年齢を尋ねるのは」
「私も女性だよ」
オホホとごまかそうとする檀さんに三人の視線も集まる。
「二十六です」
「今年で?」
「二十七です……」
気にしている風なのは演技かな。いくつか年上だと思っていたが六つ上だったか。お茶目な人だ。
采女が追撃した。
「何月生まれ?」
「十二月よ」
「じゃあ結葉ちゃんと近いね」
誕生日とかそういう話が大好きなのだろう、采女はよく覚えている。
五人中小さい方三人の誕生日は終わったばかりだ。次は結葉、その次に檀さんだ。
小さい方って。自分で考えて暗くなる。
今私はこの中で一番背が低い。采女は来た時点で私より一センチ高かった。
たまにダル絡みしてきては、お姉さんぶって髪をいじって遊んでくる。
糸遊とは最初同じ身長だったのに、既に采女の背丈を抜いてモデル体型になる兆しがある。
そのせいで采女が下に見られる相手が私しかいなくなり、ダル絡みの頻度が増えた。
結葉は最初から大きかった。今では肉感的で健康的、かなりモテそうな見た目だ。
コンプレックスだった天パをヘアスタイルに昇華し、過度なダイエットはやめて健康的に引き締まっていた。
「なぁに? お姉さんが聞いてあげようか?」
向かいの席の采女が察して声をかけてくる。この子なりの気遣いとおちょくりだ。
無言で足を踏む。届かない。くそう、届かなかったことにすら気づかれていない。
むかついて采女の残していたデザートをひったくる。
采女が声を上げた時には遅かった。ごちそうさま。
「お、お姉さんだからね。許してあげる」
プライドが買ったらしい。可愛い奴だ。
「じゃあ今日はお姉さんの奢りね?」
「そんなお金ないよ!」
あー、美味しかった。采女の悲鳴が一番美味しかったかもしれない。
帰り道が空いてきたので帰路についた。
ライブの熱気に当てられ、盛り上がった糸遊はうとうとしていた。
「ほら、おいで」
おんぶしてあげる。背は低くても私が一番力がある。
「連理ちゃん大丈夫なの? 疲れてるんじゃ」
「ありがとう。大丈夫だよ」
気遣いの結葉に笑みを向ける。なんでこんな子がいじめられたんだか、本当にわからない。
采女も眠そうにしていて、檀さんに手を引かれている。最後のデザートを奪って正解だったかもしれない。
五人の中で唯一、身体的にマイナススタートだった結葉は、早い段階で亜嵐さんの指示を受けて運動していた。今では結構な体力がある。
これまで三人と一緒に色んなアイドルの映像を見た。
檀さんともこっそり相談した。
やはり華があるのは采女だ。生意気、女王様気質、マウント取りたがり。しかしそれを許してしまいそうな愛らしさがある。
三人で組ませるなら華になるのはこの子だろう。
結葉は綺麗になったが発展途上でもある。何よりどんなによくなっても自信がない。その分周囲を見れるタイプだ。
ダンスは三人で一番下手らしいが、しっかり言語化できる頭もあると檀さんが言っていた。
普段の髪型だと勝ち気に見える糸遊、髪をおろすと少し雰囲気が変わる。いい二面性を出せる。
体力は三人の中で誰よりもある。何より姿勢がいい。そしてお尻が大きい。下半身の安定感が強みだろう。
采女だけでなく結葉すらも糸遊のお尻に触れて、からかっていることがある。
改めて考えると、亜嵐さんは本当いい子たちを連れてきてくれた。
睡蓮のようなスーパーマンと比較するとそれぞれの欠点が目立つが、それを補う余りある魅力がある。
この子たちが私以上に動けるようになれば、アイドルの枠ではなくもっと凄いものを見せてくれそうだ。
思わずニマニマとしてしまう。
「楽しそう」
「顔に出てた?」
「うん。何考えてたの?」
「秘密」
教えてよとせがむ結葉を置いて前を歩く。駅で別れた檀さんの代わりに結葉が采女を引っ張ってくれていた。
帰宅したのは十一時過ぎ。早々に眠りこけた二人をベッドに転がし、結葉と交代でシャワーを浴びた。
髪を乾かすのが煩わしい。こういう時だけ短くしたくなる。でも、このかんざしはもっと使いたい。だからまだ短くしたくなかった。
スマホと共に枕元のテーブルに置いて横になる。今日はいっぱい動いた。楽しかったなぁ。
目を閉じるとすぐに眠ってしまった。




