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21歳3_傷だらけの棋士と四人の少女

 ライブ当日の二日目。

 一日目は大成功だったと言えるだろう。私も大きなミスなく終わらせられた。

「連理ちゃんちょっと硬かったよ。明日はもっとリラックスリラックスー」

「ごめんなさい」

 もたつきの場にいたスタッフさんに謝った。

 減点の原因があるとすれば私のパフォーマンスくらいだろう。

 幸運だったのは照明を暗くしている場所でのもたつきだったこと。ステージ上に悪影響はなかったらしい。

 トレードマークになりつつあるかんざしを外し衣装に着替えた。

 昨日は昨日。割り切るしかない。

 決まった動きをしようとすると、どうしても硬直が生まれてズレが出るようだった。

 その小さなズレが重なり、もたつきを生んでしまった。

 誰かにアドバイスをもらいたい。

 まだ観客のいないステージに先生を見つける。全体を見直して修正箇所を探していた。

「先生、少しいいでしょうか」

「おう、きゅーさん。どうした」

 先生は手を止めずに応じる。

「昨日は決まった動きをしようとして硬くなったんです。どうにかなりませんか?」

「ならん」

 駄目なのか。

「というより慣れだな」

 場慣れが大事ということだろう。

「きゅーさんさ、何考えてステージ上がった?」

「元の動き通りにできるか。睡蓮に誤差があったら対応できるかです」

「それって睡蓮ちゃんを信頼してないってことだろ」

 うっと詰まる。

「そのつもりはなかったんですが」

「舞台でどっちが上かわかりきってんだろ。お前さんは新米、睡蓮ちゃんはプロだ」

 胸を借りるつもりでいけと言われた。それもそうだ。

「ただ、どうしても落ち着かないってんならな」

 言っていいのかなーと顎髭を撫でる先生。

「役になりきるこった。お前さんの役は?」

「睡蓮を襲う暗殺者」

「本当に殺したりすんなよ」

「できるわけないでしょう」

 冗談だったのだろうか。本気だったのかわからない。

 それ以上アドバイスはなかったのでお礼を言って立ち去る。

 胸を借りる。役になりきる。

 胸を借りるのはまだしも、なりきるってのは難しい。

 台詞のない役柄だから感情移入するところもない。想像するしかない。

 開演まで二時間以上ある。少し、ゆっくり考えたかった。


 出番直前。答えは出なかった。

 ただ、睡蓮を信じ胸を借りる。

 大きく外れなければ睡蓮も対応してくれる。そう信じると気が楽になった。

 舞台脇から睡蓮を見る。彼女を狙うイメージ。想像する。集中できているのがわかった。

 見えないはずの暗い場所も何となくわかる。

 睡蓮を中心に全体がぼんやりと薄明るく見えた。

 出番だ。

 スタッフの合図を見ずともわかった。身体が軽い。

 睡蓮の動きに合わせて動くのではなく、「こうしてくれる」と信じて動く。

 最初の直線的な動きは成功。

 そのままそのまま……。


 終わってすぐ睡蓮に詰め寄られた。

 疲れ切っているはずなのにめちゃくちゃな笑顔だ。

「あれ何やったの? 本気で殺されるって思ったよ。本当の恐怖ってあれかな?」

 初動の成功以降はあまり覚えていない。ただ目の前の獲物を狙うイメージがこびりついていた。

 少しだけ思い出す。睡蓮の表情が恐怖に歪むのがわかった。

 やれる。

 睡蓮の模造刀に自分の模造刀を当てる。

 あえて外してあげた、次は本気で取れるよ。そんなイメージとメッセージ。

 睡蓮を圧倒している気分だった。

 そこで我に返ったんだっけ。

「ごめんなさい、私もあんまり覚えてなくて」

 私が睡蓮に詰め寄られている舞台脇に、先生が押し掛けてきた。

「きゅーさんいるか!」

「はい」

 睡蓮の前で先生に向き直る。なんだか嬉しそうな顔だ。

「お前うちに来い! 何つーもん見せんだよお前」

 背中をバシバシ叩かれる。

 しかし、すぐに男性入室禁止の制約で先生は引っ張られていった。

 軽いトランス状態だったのかもしれない。将棋でも今日は全部見えているなという感覚になる日がある。

 あーあれかーと薄っすら思い返していると、睡蓮は握手会の方に呼ばれて行ってしまった。

 いつもの煌びやかな衣装の和風アレンジ版。今日の握手会は大盛り上がりだろう。

 それにしても暑い。黒い装束衣装を脱ぐ。中は汗でびちょびちょだ。

 昨日はこんなことなかったのに。持ってきていた着替えを仮で着てお手洗いを借りる。

 汗で下着まで濡れている。こっちも交換しないと気持ち悪い。

 ブラジャーは予備がなかった。久々にサラシを巻く。応急処置だ。

 将棋で和服を着る時にたすき掛けに使えると知り、着替えのセットに入れていたサラシが役に立った。

 緩い格好に戻る。ようやく落ち着いた。


 更衣室では先輩バックダンサーが談笑していた。おつかれーと声をかけてもらう。返事を返して通してもらった。

 舞台裏に戻り、備え付けのタオルで髪の水分を軽く拭う。かんざしを通す。ようやく一息ついた。

「連理ちゃんおつかれさま」

「お疲れさまです。あ、ありがとう」

 金井さんが気を利かせて水を持ってきてくれた。一気に飲み干す。はぁー生き返った。

「凄かったよー本当。何かこう、人が動いてるってより影だけが出たり入ったりしてるみたいな」

 金井さんの抽象的な表現に想像力を重ねる。わからない。頭が回っていないのか。

「あはは、ごめんね。疲れてるよね」

「はい。思ったより疲れました」

 昨日は反省点が尾を引いて、疲れたかどうか気にしていられなかった。

 今日は明確に疲れを感じている。やり切ったような物足りないような不思議な気分。

 私が脱いだ黒装束は衣装さんが回収してくれたらしい。クリーニングして別の機会に使えるようにするそうだ。

 落ち着かない気分になる。わいわいがやがやと騒がしい更衣室にいるのが辛くなってきた。

「ちょっと出てきます」

 金井さんに伝え、外に出た。


 廊下の端の喫煙スペースが見えた。先生が中で煙草を吸っていた。

 私を見つけて煙草をもみ消す。出てくると、「よう」と声をかけてきた。

「捕まらなかったんですね」

「ん? ああ、男子禁制忘れてたわ」

 わははと笑う先生に呆れる。危うく犯罪者として突き出されるところだったのに。

「どうだったよ、手応えあったか?」

「はい。ただ、満足感があんまりなくて」

「じゃあうちに来るべきだな。あんな緊張感は日常茶飯事だぞ」

「劇団でしたよね」

「だな。アクション中心の小さい事務所だ。全員本気だけどな」

 ありがたいお話だが、三人を裏切ってまで行くほどの魅力は感じない。

「ま、気が向いたら連絡くれや」

 一枚の名刺を貰う。剣を持った侍の影絵が格好いい。

 初めてかもしれない、個別に勧誘の名刺をもらうなんて。

「はい、気が向いたら」

「それは来ないってことだな」

 お互いに笑って話は終わった。

「ま、似たような話があればまた会えるかもな」

「そうですね。第二弾とかあれば」

「俺が呼ばれればな」

 たらればの応酬になる。

 適当なところで区切ってさよならを言った。


 ちょっと寂しく思った。認めてくれる大人の男の人とはなかなか会えない。

 関係者以外立ち入り禁止の立札の近く、見知った姿を見つけた。

「お疲れさまです」

「お前がな」

 亜嵐さんに声をかけ、握手会の様子を遠くに確認した。大盛況だ。

「お前、あの男と話してただろ」

「はい、名刺もらいました」

「行く気か?」

「まさか」

「だよな」

 安心というより確信めいた呟き。見透かされた気分になる。

「お前携帯は?」

「あ、切ったままです」

 ルールで舞台裏に入る前には電源オフにしておく必要があった。スマホをまだ起動していない。

「自分で呼んだんだから連絡くらいしてやれ」

「はい」

 そうだった。檀さんと三人娘にまだ伝えてなかった。

「ていうかお前」

「はい?」

 私の胸元を見て亜嵐さんが続ける。

「結構でかいんだな」

 普段のブラジャーがないのでサラシでごまかしていた。相当目立つらしい。

「セクハラですか?」

「セクハラついでに確認させろ」

「駄目に決まってるでしょう」

 この人についていくのやめようかな。

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