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21歳2_傷だらけの棋士と四人の少女

 睡蓮の九月の劇プラスのライブに、檀さんと三人娘を招きたいと睡蓮に相談した。

「四人分ですね、毎度ありぃ」

 問題なしということなのだろう。勿論チケット代は払う気でいた。

 今回のライブはこれまでとは違い、不確定要素が多く、お客さんの入りもこれまで通りになるか、睡蓮も不安だったそうだ。

「睡蓮さんが不安になることあるんですか?」

「そんなの毎回だよ!」

 当然当然と、繰り返す睡蓮に不安そうな様子はない。

 しかしアイドルは水物、順調に見えてもどこに落とし穴があるかわからない。

 だから信じて待つんだそうだ。自分を好きだと言ってくれているファンのことを。

「そんなわけで、連理ちゃんのお陰でノルマが四枚達成できたわけです」

 一人八千円、なかなかの値段だ。お友だち価格で二割引。ありがたく甘えさせてもらう。

 レッスン場にチケットも現金も持ってきているわけがないので、後日落ち合うことになった。

 どちらにせよ今日支払える金額ではない。

 二千円が四人分浮けば、四人に美味しいものを食べさせてあげられる。

 ライブの帰りにちょっとした贅沢もいいかもしれない。


 ダンスに関わることもなく、一人で生活していた時は一食三千円もするようなお店も気兼ねなく入っていた。

 それが今では、三千円もあれば三人にお小遣いをあげて、ちょっと喜ばせてあげられると考えている。

 檀さんに渡せば五人の一食分、張り切った料理を作ってくれるだろう。

 将棋中心だった頃は、勝ち負けと作戦で一喜一憂する以外、変化のない無機質な生活だったのに、一年でこの変わりようだ。

 今は全てにおいて家族同然の四人のことを中心に考えている。

 三人娘が子供なら、檀さんは親戚のおばさんということになるのかな。

 勝手に家族構成を考えて面白くなった。


 檀さんのことは、信頼しているけれどあんまり経歴を知らなかった。

 プロのバックダンサーだったこと、振付師としても優秀だということ。

 私含め四人に対し親心のようなものを持ってくれていること。亜嵐さんとのパイプ役兼緩衝材でもある。

 何歳なんだろう? いくらか上の雰囲気はあった。


 名前を呼ばれた。レッスン再開だ。

「ぼーっとするな」

「すみません」

 休憩時間だったんだけれどな。そう思って先生を見た。普段より高い声だった。

 先生はこちらを見てすらいない。先生の声真似をした睡蓮に怒られただけだった。

 この子ももう成人だろうに、どうにも子供っぽいところがある。

 時間的に本日最後の確認になるだろう。毎日終わりが近くなるともっとやりたかったのにと思う。

 それが次の機会の活力になるのだけれど、三か月も続くと朝がしんどくなってきた。

 投げられる想定、斬られて舞台から消えていく想定、必ずしも想定通りにならないという想定にそれぞれ基準点を設ける。

 意見出しも重要になる。先生は「自分の身に関わることだから何でも言ってみろ」と言っていた。

 休憩時間には先生の業界の話を聞かせてもらえた。アイドル界隈との違いも色々と聞けた。

「正直この仕事を受ける気はなかったんだがよ、お宅らの営業のおばさんがしつこくてな」

 亜嵐さんが連れてきた先生だ。おばさんというのもきっと亜嵐さんのことだろう。しつこいしずるい。

「お前ら見どころあるからよ、こっちがポシャったらうち来いや」

「縁起でもないこと言わないでください」

 睡蓮さんのマネージャーさんが怒る。そりゃそうだ、事務所の稼ぎ頭がポシャったらなんて仮にでも言われたくない。


 身体能力と体力は自信があった。

 今になってこんな華々しい業界で、日々限界近くまで体力を使うなんて。いったい誰が想像できただろうか。

 こんな私がもし剣戟の世界に行ったらどんなことができるのか、先生に尋ねたことがある。

「ここでやってることと同じようなもんだ。問題は華がないわけじゃないが、小さすぎる。ただそういう役もいる」

 忖度なくズバリと言ってくれる。悪い気はしなかった。

「きゅーさんこの仕事向いてるよ。頭もいいからこっちとしても助かるしな」

 大人の男性に褒められたのなんていつ以来か。将棋で勝てば評価はされるが、あんまり褒められたことはない。

 師匠が全く褒めてくれない人だった。恩はあるけれど考えが読めなくて、ずいぶん困ったものだった。

「ありがとうございます。やれることはやります」

 頭を下げて先生から離れる。

 豪胆な人だ。女性スタッフばかりのこのレッスン場で、自分のペースを貫いている。

 将棋界という男女比が逆の世界にいるだけに、勝手に境遇を察する。

 私とは違い上手く立ち回れていることが羨ましい。


 その日のレッスンが終わり、バックダンサー組は先に上がっていたので広々とした更衣室を使った。

 明日は衣装の確認もある。顔の見えない黒い装束のような服で、動きやすさの確認が必要だった。

 事前に採寸された時は恥ずかしかった。結構がっちりとした下着で胸元を支えているので、人前で脱ぐのはためらいが生まれた。

 衣装スタッフの方々はそんな私の気持ちを察することなく、淡々と採寸してくれた。慣れると案外気楽だった。

 お人形さん気分とでも言うのだろうか、言われた通りに手足を動かす以外何もしなくていい。

 タイトル戦の和服はゆったりとしていたので採寸も楽だった。何よりレンタル品で品揃えも豊富、気楽に選べた。

 今回は私サイズのものが作られる。緊張感を覚えた。

 更衣室から出てエントランスに出る。キャップを深く被った睡蓮が待っていた。

「はいこれ、明日フロントで引き換えてね」

「ありがとうございます」

 お金も明日ということだろう。席の指定まではできないだろうが、せめて三人娘が見えないようなことはあってほしくない。


 ライブは今回週末二日、夜に一回ずつ行う。

 睡蓮は一日で回復できるのだろうか。それが気がかりだった。

 そして本番の緊張感を二日も持ち続ける睡蓮が心配になった。

 メインなんだから当然だが、ずっと出ずっぱりだ。

 姉妹ユニットが間を繋ぐなんてこともない。

 本当に衣装変更の時以外はずっとステージに立っているのだ。


「ね、何か食べて帰らない?」

「トレーナーのメニューがあるのでは?」

「ちゃんとオッケーもらってるよ」

 本当だろうか。怪しく思うが折角のお誘いなので少し考える。

「連絡入れてから決めてもいいですか?」

「オッケーオッケー」

 檀さんに電話する。メッセージも着信履歴もないから問題は起きてないはずだが、念には念を。結葉の件でわからされた。

「そうですか、はい。ではお願いします」

 赤いボタンをタップする。

「大丈夫でした」

「何食べようか」

「お任せします」

 好き嫌いはない。

 睡蓮クラスになるとビップ待遇のような食事にでもなるのかな。そんな期待とは裏腹に、ハンバーガーショップへ連れていかれた。

 コンビニ弁当以上にお世話になったことのないファーストフード。手頃ではあるがそんなに安いものではない。

 四人は節制している頃だろうに、少し罪悪感を覚える。

 背徳の味は大層美味だった。


 帰って四人をライブ二日目に招待することを告げる。

 本物を見に行けるということで三人娘は大盛り上がりだ。

 ジャンクフードの罪悪感が薄れた。檀さんが申し訳なさそうに言う。

「私までいいの?」

「当たり前でしょう。というより三人の保護者をしてもらわないと」

「そっか。それもそうだね」

 三人を送り届けて会場までライブ中待ちぼうけ。そんな失礼なことはさせられない。

 残念ながらグッズ購入や握手会の参加はできないが、それでも画面で見ていたアイドルを目の前で見せてあげられるのなら。そう思ってチケットを買った。

「ねぇ、連理ちゃん」

「ん?」

「これなーに?」

 まずい。

 采女が私の服からレシートを引っ張り出す。

 あんまり美味しくてお代わり注文までしてしまったジャンクフードのレシート。采女がじっくりと見つめてこちらを見下ろす。

「それはね、その。お付き合いって言うのかな。うん」

「連理ちゃんだけずるい。黙ってて欲しかったら私も連れていけ」

「はい」

 過去に見たことのない采女の本気を感じた。

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