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21歳1_傷だらけの棋士と四人の少女

 三人を預かって五か月が経った。

 夏休みに入りぐうたらしている三人に朝から喝を入れる。

「宿題まだ終わってないんでしょ!」

「終わってまーす」

「まだでーす」

「やらなーい」

 終わっている結葉が一番厄介だ。生活を正せない。

 まだと素直に答える糸遊はまだしも、やらない宣言をする采女は何とかしなければならなかった。

 とはいえ采女のことだ、案外手際よく進めているのかもしれない。なかなか計算高い女なのだ。

 あとで檀さんに確認してもらおう。


 休みの間は色んなところへ連れて行きたかったが、睡蓮のライブのスタッフに合格してレッスンで忙しかった。

 檀さんと三人にそのことを謝り、車は自由に使ってくれていいと伝えた。

 私がレッスンに明け暮れている間、三人はあっちこっちに連れていってもらったらしい。羨ましい。とても羨ましい。

 三人は三人でそれぞれ学校の友だちと遊ぶ機会があったそうだ。いいことだと思う。

 アイドルの卵として体力と身体作り、そして檀さんからのダンスの指導が始まったことで、三人は生活の意識が変わっていた。

「いただきます」

「いただきまーす」

 声が揃う。

 私はレッスン前の朝食、しっかり食べておかないと昼までもたない。


 劇のようなライブにしたいという、睡蓮の企画で動き始めた今回のライブのトレーニングプラン。

 睡蓮自身も初めてのことが多いので、約三か月の期間で試行錯誤する形になった。

 睡蓮もレッスン場に足繁く通うことになり、必然的に話す機会も増える。

 食事について質問したことがあった。

「んー、基本的にトレーナーさんの作ったものを食べてるよ。チキンとかサラダとかお豆腐とか」

「同じ物食べてるんですか?」

「まあ、大体はね。毎回少しずつ味付けは変えてもらってるけど」

 見ててねーと言って睡蓮が距離を取った。

 ほりゃっと側転して見せてくれる。ほっそりして見えるのに、しっかり鍛えられている。見事なものだ。

「どう? できる?」

 無言で側転を真似する。からの片手逆立ち、もう片方の手を使い、回転して前後逆になって見せる。立ち上がって勝ち誇った。どんなもんだ。

 得意気だった睡蓮の顔が驚きに変わる。パチパチと拍手をしてもらった。

「お見それしました」

「これはどうも」

 三人娘との生活が安定するまでは運動不足だった。梅雨頃から鍛え直しているので、最近はよく動けている。

 三人と一緒に動きの幅を檀さんに教わっていた。今の身体でどういう動きができるのか知りたいのなら、様々なダンスの動画を真似してみるといいとアドバイスをもらった。

 今の側転で一つ睡蓮に勝てた気がする。ちょっと嬉しい。

 でも本当にほしいのはそんなものではない。こんなことで浮かれていては駄目だ。

 今回私は大抜擢された。顔を隠しての登壇となるが、睡蓮に襲い掛かる黒い影のような敵役。

 実際にぶつかるわけではなく、睡蓮に転がされたように見せたり、斬られた風に見せて派手に滑り去っていくのが主な仕事だ。

 私の体力と身体能力を買ってくれた睡蓮のプロデュース。話が来た時は悩んだが了解の返答をした。

 六月のライブには棋戦の関係で不参加だったこともあり、少し負い目があった。

 業界が違うとはいえお互いに大舞台だったのだ、喜ばしいことだと亜嵐さんも睡蓮も褒めてくれた。


 というのが七月頭の話。

 今回は私と睡蓮が対になって確認する機会が多い。お陰で会話も弾んだ。

 トップアイドルへのリスペクトもあって私は睡蓮に敬語を崩せずにいる。

 睡蓮の方が二つも若いのにフランクに話しかけられるのは初対面の時のままだ。

 それが自然で、心地よさを覚えていた。


 今回、将棋の方はB級1組に返り咲いた事で対戦表に抜け番が発生していた。

 それが今回の睡蓮のライブ前の時期と被っていたのがありがたい。思いきりこちらに集中できる。


 睡蓮はゴム製の模造刀で、構えや振り方の研究に余念がない。

 たまに悪ふざけで突いてくるのは困りものだが、そういう愛嬌もアイドルには必要ということだろう。

 自分の手を見る。古傷は薄くなる気配すらないが、以前のような赤くなったり腫れあがったりしているところはない。

 それでも、あのくらいの小道具だったら、まだ私の手足の方が凶器になるのかな。物騒な好奇心が湧き上がる。

 ちょっと何かで試してみたくなる。周囲に壊していいものはない。

 壁に拳を押し当てる。少し力を入れる。薄い壁だ。私でなくても簡単に壊せるだろう。

 いかんいかんと頭を振る。少し垂れた髪の毛先が首筋をかすめる。最近私はプレゼントをもらった。


 檀さんと三人が揃って買ってくれたものだ。

 六月に采女、八月に糸遊の誕生日があり、盛大に祝った。

 そのお返しでもあるという。私の九月九日の誕生日。

 余計な飾りのついていない、非常にシンプルな形状のかんざしだった。べっ甲製だという。

 私の髪がずっと長いことをみんな気にしてくれていた。

 切るのが面倒なだけなんだけれどと思いつつも、これで切らない理由もできた。

 かんざしを気に入り、格好よさそうな髪の巻き方の動画を探した。

 どれが格好いいと、五人で話し合う時間が楽しかった。


 声がかかる。合わせの練習だ。

 朝一で睡蓮に「可愛い」と言われた。他のスタッフさんも似合っていると言ってくれた。

 預かってる子と檀さんのプレゼントなんです、とは言えなかった。

 檀さんはここを退職した人だし、三人を預かっていることはここでは睡蓮しか知らない。

 いつもと違うヘアスタイル。かんざし一本で綺麗にまとめきれた。

 家にいる間ずっと練習していた。一本のかんざしで長い髪をくるくるとまとめる中国映画のような手の動き。

 コツを掴んだら簡単だった。楽しくなって何度もやったら髪が引っ張られて痛い思いもした。


 私も小さな模造刀を持ち、睡蓮との踏み込み具合を確かめる。

 当てない前提で行くとどうしても違和感が生じるということで、お互いにプロテクターを付けて当てながら練習をした。

 今回はそういう演技指導の先生もいる。凄く勉強になった。ダンスと歌だけでは関わる機会が少ない人だ。

 睡蓮も集中して指導を受ける。男性の先生も真剣だ。間近で睡蓮の美貌を見ても顔色一つ変えない。

「やってみます」

「じゃ、きゅーさんも」

 その呼び方は力が抜ける。だが、この独特な先生の面白いところでもある。

「いちじく? 呼びづらいからきゅーさんでいいよな」

 髭面の先生は凄い眼力で宣言する。

 断れるはずもなかった。


 常に動き続ける体力ではなく、集中力を持続する体力が必要な現場だった。

 精神的疲労も毎日溜まる。でも楽しい。

 何度も何度も念入りに確認する。さっきとズレていたら何が違うのか探る。どこか将棋と似ていると感じた。

 ライブまで二週間を切った。この先の対局予定はない。大学もしばらく行かない。

 しばらくはこれと家族のことだけを考えればいい。解放感があった。


 その日のレッスンを終える。演劇要素メインとはいえ他の曲もやるので、バックダンサーも大量に動員されている。

 あっちのグループに金井さんがいた。私を見て眉を潜める。はっとした表情になる。

 感情豊かな人だ。見ていて面白い。

「おつかれさま。髪型違うから最初わからなかったよ」

 何度も交流を重ね、金井さんから敬語は抜けた。

「お疲れさまです。プレゼントでもらったんですよ」

 ちょんちょんとかんざしを示す。興味深そうに金井さんが見る。少しくすぐったい。

 睡蓮もそうだが、こういうプレゼントに触れようとするような不躾な様子は金井さんにはない。

 そういう配慮が嬉しかった。

「可愛いなぁそれ。私じゃそんなの付けられないから羨ましいよ」

 少し日が空くとすぐに髪型の変わる金井さんは、現在ダークグレーのセミショートだ。

「伸ばさないんですか?」

「んー、しばらくは良いかな」

 暑いしと笑う。確かに首筋が通ってると涼しい。

「それガチガチに固めてるの?」

「そうでもないですよ」

 一回抜いて見せる。しゅるしゅると髪が落ちる。金井さんと少しだけ距離を置いて、片手でくるくるとかんざしを繰る。

 さっきと同じになった。見ていた数人から拍手が湧く。嬉しくてちょっとピースしてしまった。

「連理ちゃんどんどん可愛くなるね、クールに見えてお茶目さん」

 あ、えっと、そう言われると反応に困る。

「どうも」

 不意に自信を失くす。私自身が褒められたかったわけではない。かんざしを買って、一緒に髪型を研究してくれた家族を自慢したかったのだ。

 自分の容姿のことを言われるとどうしようかわからなくなる。

「ごめん、変なこと言っちゃった?」

「いえ、ちょっと動揺しただけです」

 大丈夫です、はいと小さく言う。

 女性社会は難しいものだ。

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