20歳9+epM_傷だらけの棋士と四人の少女
檀瑞香
わたしの気も知らずに……。ため息と共に羨ましさを感じた。
今では連理が預かった三人と同様、連理も一人の女の子に見えている。
以前の連理は離れたところから観察し、三人の自主性に都度訂正を入れるスタンスだった。
最近は率先してやりたいことを引き出そうとしている。
口調もだいぶ砕けた。
三人に対して丁寧語を使うタイミングはお説教の時だけ。
三人とお互いにちゃん付けで呼び合い、屈託なく笑っている。
こんなに可愛らしい人だったんだと改めて思った。
性格は生真面目でストイック。最近はやめたようだが、鍛錬というより狂気じみた手足の痛めつけ方をしていたと聞いている。
その時に負った傷は適切に処置されていなかったのか、彼女の名刺代わりのような特徴になっていた。
「痛んだりしないの?」
「それがまったく」
並んで調理をしていて尋ねたことがある。
最近の連理は憑き物が落ちたようなゆとりのある雰囲気だ。その分、手の傷がギャップとなって強く印象に残った。
毎日のようにマンションに通い続けた。顔パスで出入りするようになった頃、マンションの合鍵を連理が用意してくれた。
ようやく仲間入りできた。連理に認められたことが嬉しかった。
大型連休中、連理は大学が暇で、三人娘に将棋を教えはじめた。
負けん気の強いちびっ子二人はみるみるうちにルールを覚えた。二人は実戦形式でどんどん吸収していった。
連理の持っていた古風な将棋盤とは別に、マグネット式の将棋盤を買い与えられた。
結葉は入門書を買い与えられていた。基礎から学びたがるのは結葉の性格に合っていたと思う。その本の筆者は連理の師匠だそうだ。
連理は他人のことに深入りしようとしないタイプだった。
臆病というより、あまり興味が湧かないらしい。
三人を預かってほしいという亜嵐社長の依頼の場、最初連理は私が預かるものだと思っていたという。
私の初対面の印象は「色々でけー女」だったそうだ。百七十二センチあるから仕方ない。
わたしが預かれないというと連理は興味を他に向けた。深掘りされないのは助かるが、もっと問い詰められると思っていたので拍子抜けした。
わたしが駄目な理由は非常にシンプル。両親との実家暮らし。ダンサーのような不安定な職業をすぐにでも辞めて欲しいと思っている親だった。
事務所が安定していれば仕事も増えるし、他の仕事より向いていると力説しても、「芸能関係なんて信用できない」の一点張りだった。
家に住まわせてもらっていることは感謝しているし、二十代の半分が過ぎて恋人もいない。
連理に訊かれていないから答えていないが、わたしは彼女の六つ上だ。だからというわけではないが、三人娘というより四人娘で括って見てしまうことがある。
采女は小さな悪戯が大好きで、連理に構ってもらおうとあれこれちょっかいをかける。
連理は連理で歯牙にもかけず、何をされていたのかわかってないこともしばしばあった。
采女はそれに勝ち誇るのではなく、どうすれば次は気付かれるか挑戦を始める。見ていて本当に面白い二人だ。
糸遊はお勉強で忙しくしている。田舎から出てきた彼女は少々学力が低いらしく、結葉に教わる場面をよく見かけた。
この二人は根の真面目さが共通点だ。糸遊については少し気張り過ぎなところもあるが、采女との学校大喧嘩事件以降、硬さが取れてきた。いい傾向だと思う。
結葉は結葉で連理に甘えるタイミングを探している。しかし、何かしようとすると采女が先に連理にちょっかいをかけ、糸遊が結葉に助けを求めたりで、なかなかタイミングを掴めずにいた。
連理がパソコンや将棋盤を前に座っている時にそっと近付き、彼女の膝に頭を預ける。連理は「どした?」と声をかけながら優しく髪を撫でる。非常に尊い光景だ。
結葉のコンプレックスだったという天パは、美容室で整えてもらってから見違えた。
今では髪も伸び、ヘアセットを覚えて、鏡の前に立つ時間も増えた。
倒れるほどの無理をしたあと、一度は痩せすぎてしまった顔も、今では健康的な印象に戻っている。
それなのに、本人はまだ体重計ばかり気にしていた。
「またそんなもんに気を取られて」
連理が呆れたように言う。体重計に乗る結葉が甘えて返す。よく見る光景だ。
当の連理は体重を気にするそぶりすら見せない。女性的な部分とそうでない豪胆な部分が混在していて不思議に思う。
結葉にそそのかされ、連理が体重計に乗る。五十四キロ。彼女にとってベストらしい。
世のダイエット信者が聞いたら驚くことだろう。百四十四センチという身長に比べると結構な重さに見える。
幼少期からの異常な量の鍛錬で増加した体重は、彼女にとって誇りなのだそうだ。
むしろ体重が多いことを自慢する連理に、結葉の方がたじたじになる。珍しくも面白い一場面だった。
そんな結葉の問題が解消してすぐ、わたしは今の事務所に退職を申し出た。
亜嵐さんに伝える。新事務所の準備と四人の関係を維持するために動きたい。
驚いた亜嵐さんは快諾してくれた。いつも助かっていると言ってくれた。
連理の部屋にテレビが導入された。
彼女の発案で、アイドルにするなら今のうちにアイドルのキラキラした姿を見せてやりたいということだった。
素直な三人はあっさりと連理の策にかかった。特に睡蓮や「Lotus」を気に入り、「ああなりたい」と思わせる作戦。
連理の目標はその先にある。「ああなりたい」ではなく「あれ以上になりたい」だ。
しかし、彼女の地力を見せつけられた三人は、連理の意思に反して「連理のようになりたい」と思うようになった。
少しまずいと思った。連理は気づいているのだろうか。
連理の出る将棋のタイトル戦が始まった。
三人娘との遊びの中から見つけた研究材料を使い、圧巻の成績で防衛成功していた。
解説の人や評価値の数字を見て「そうなんだ」としか考えられないわたし、三人娘も初心者同然だった。
ネット配信をテレビの大画面で見せて、自分が何をやっているのか三人に伝える。
連理は単純な自慢だと言っていた。ただ、それ以上に三人には惹き付けられるものがあったようだ。
画面の向こうの連理は華やかだった。普段の地味な格好とは全く違う、一つの頂点に立とうとする姿。
衣装以上に気品を感じた。本来の素朴で実直な性格が出ているのだろう。
加えて、非常に整った姿勢で座り続けることが視聴者受けにつながり、コメントも肯定的なものが多かった。
対局の終盤になると熱が入るのがわかる。ゆったりした時間の悠然とした笑みから、複雑な展開を楽しむ獰猛な笑みになった。
色気が凄いだとか、食いちぎられそうといった容姿のコメントが増える。
大盤解説の画面に切り替わる。解説者が「棋風も雰囲気も以前と違う印象を受けます」と発言する。
あまり意味はわからなかったが、連理が褒められているのは嬉しかった。
三十代半ばの相手棋士に三連勝。連理は永世タイトルを獲得した。わたしにはそれがどれほどのものかわからないが、画面の盛り上がりは凄かった。
大盤解説会場の画面になった。最後に勝利者インタビューのようなものがおこなわれた。
連理が姿勢を褒められた。対局中ブレない佇まいは相手にプレッシャーを与えていただろうと。
対戦相手が「揺るがぬものを感じました」と独特の表現で盛り上げる。負けても楽しませるプロだった。
「鍛えてますから」と拳を振り上げる連理。手の傷が見えてもおかまいなしで笑っている。
案外本番で張り切っちゃうタイプなんだろうか。遠い存在のように感じられた。
連理が新たな着想を得た時の話。
三人娘に将棋を教えていた連理は、初心者ゆえの自由な発想から着想を得て、新たな形を構築した。
わたしには何が違うのかわからなかったが、「これだよ、これ」と大喜びする連理は身長相応の子供のようだった。
取って食べてしまいたいと思った。
タイトル戦の連理の衣装はレンタルだった。買ってしまえばいいのにと思うほど、とてもよく似合っていた。
スーツ姿で帰ってきた連理に言うと「お金が勿体ない」としか言わない。
自分の必要な物は切り詰め、三人のためにお金を使いたいらしい。あんなに煌びやかに輝いていたのに性根は地味なまま。そのギャップが魅力でもある。
事務所設立まではわたしも連理もお金には困ることになる。わたしなんて、実質無職で貯金を切り崩している状態だ。




