20歳9_傷だらけの棋士と四人の少女
二人に謝らせた翌日、結葉は退院した。
念のための検査は問題なし。しばらくは消化にいいものを食べさせるようご指導いただいた。
興味を持って入った医学部、医者にはなれないルートだけれど、こういう時に本職のありがたみと憧れを感じる。
結葉の退院には二人もついてきた。
二人の喧嘩はいつも子供じみていたが、徐々に許容量も増えている。
ことあるごとに喧嘩する二人はきっと、喧嘩する相手に飢えていたのだろう。
結葉のように一歩引いて見てくれるタイプは、なかなか喧嘩に発展しない。
結葉には喧嘩する相手は必要なかった。それゆえに以前の学校ではいじめを受けた。
でもと思う。別の学年の身内の喧嘩を仲裁に動ける中学生が、他にどれだけいるだろうか。
兄弟姉妹だから仕方なくとか、誰かに頼まれてということはあっても、自分から動ける人は少ない。
教頭先生から聞いた話で確信した。この三人の基盤は結葉にある。
三人の共通点は頑固なところ。
いいじゃないか、同じ頑固者なのに三者三様ってのは。
睡蓮に勝つとか、アイドルとして売れるとか、亜嵐さんの方針とは違うかもしれない。
もしかしたらアイドル以外の道を選ぶかもしれない。
それでもいいだろう。ちゃんと育ってくれれば。
大体私はアイドルでもプロの指導員でもないんだ。
失敗したなら失敗したで謝ればいい。
その時は睡蓮に私が挑戦してやる。
覚悟は決まった。
三人と帰って声をかける。
「ねぇ、三人の好きな物聞いてなかったよね」
三人とも驚いた顔になる。自然と砕けた口調で話せた。
「私はね、ドライブが好き。色んな景色を見に行くのが楽しいんだ」
「糸遊も行きたい!」
「私も!」
「私も」
「じゃあ、みんなの好きなことをしに行こうか。やりたいこと教えて」
意識していなかったが、その時私は凄く笑っていたそうだ。
そりゃそうだ。私だって好きなもののことを話す時くらい笑ってしまう。
翌日、私は対局をサボった。仮病ですらない。
「気分が乗らないんでサボります」と電話しておいた。
後日呼び出されて役員の方に怒られた。プロ意識が足りないと。
しおらしく振舞ってやりすごした。怒られたのに気分がいい。
三人にも学校をサボらせた。
学校には「今見せるべきものを見せてきます」なんて格好つけて連絡したが、学校からも檀さんからも亜嵐さんからも電話がとまらなかった。
スマホの電源を切って放り投げる。三人の子供用携帯も切らせる。
一日中あっちこっちに行って遊び惚けた。食べたい物を好きなだけ食べた。
夜、気分よく帰ると、亜嵐さんと檀さんが大激怒して待ち構えていた。
「お前みたいに元が真面目な奴がハメを外すとシャレにならん!」
ガミガミガミガミ、ずっとうるさいなと思った。
四人揃って二時間は正座していた。巻き込んでごめんね。でも、一緒に遊んだんだから連帯責任ね。酷い親代わりだ。
「だが、よくやった」
亜嵐さんに頭をわしゃわしゃと撫でられる。
あれ? と思った。嬉しい。
ちゃんと認められた気がした。
「最後に言っておく。今後何かしでかす時は檀にも相談しろ」
檀さんがのほほんと笑っている。亜嵐さんの怒りっぷりを見て面白くなったみたいだ。
「檀には先に退社してもらった。今後は振付師兼お前達の相談係だ」
「改めてよろしくね。私ももう、後戻りはできないからね」
元よりそのつもりだ。
「よろしくお願いします」
正座からの土下座で誠心誠意お願いした。
一緒に正座していた三人は足の痺れにもんどりうっている。
亜嵐さんは各保護者と学校に、ずいぶんと苦情を入れられたらしい。
五月に入り、防衛戦が近付いてきた。
テレビを買って三人にアイドルの映像を見せるようにした。もう一つ目的があったが、今はアイドルの勉強だ。
みんなやっぱり睡蓮が大好きみたいだ。これはいいぞとほくそ笑む。
三人の憧れになっている睡蓮に、私は三人を勝たせたい。その意思をもう一度伝えるいいきっかけになった。
一度三人に私の全力を見せておきたかった。自慢ではなく、現在地の確認。体力なら私も睡蓮に負けていないはずだ。
「全力で走るから、ついてこられるだけついてきてね」
三人の声が揃う。一周四キロの公園のコース。目標は十五分だ。
最初の長いカーブで三人とも置き去りにした。このまま走り続ける。
以前より息が上がるのが早い。三人の受け入れで身体を動かす機会が減っていた。
今後は三人を鍛えると同時に、私自身も強くなろうと思う。
後ろを振り返る。誰もついてきていない。それでも走り続けた。
四キロのゴール地点が見えてくる。時間は十六分を過ぎていた。
十六分、プラス二十秒くらいか。
思ったより息が上がってる。駄目だなぁ。サボっていた分の衰えを感じる。
ゴール地点で身体を伸ばしながら待っていると、結葉が最初に姿を見せた。
少し後ろに糸遊。二人とも二十分以上かかっている。
それから二分程して采女も死にそうな顔でゴールした。
三人には何故ここにいるのか、改めて思い出してもらう必要がある。息も絶え絶えの三人に宣言した。
「亜嵐さんから聞いてるよね。三人には来年デビューするアイドルになってもらうって」
肩で息をしている三人には聞こえていないかもしれない。それでも続けた。
「ダンスと歌は檀さんが、それ以外は全部私が叩き込んであげる」
息を整えた結葉がこちらを向く。
「アイドルって、どんなアイドルに?」
「もちろん、睡蓮さんに勝つアイドルだよ」
思いっきり笑って言ってやる。
無理無理とごねる采女。
やってやりますと元気になる糸遊。結葉はまだ疑問を持っていた。
「そんなことできるの?」
「さあね。少なくとも今の私より速く走れないとスタミナ負けしちゃうよ」
明後日からしばらく私は、将棋の都合でいたりいなかったりだ。
その間、檀さんにダンスレッスンを始めてもらう。
いつかこの三人が睡蓮を負かす。感動で泣かせる。想像して思わずほくそ笑む。楽しくなってきた。
三人以上に私がやる気になっていた。




