19歳2_傷だらけの棋士と四人の少女
オーディション前日の対局日、内容は想定通りだった。相手はもう勝つ熱意のない疲れた先輩棋士。
ありがとうございましたと発声し、深く頭を下げる。
どこか不服そうな先輩棋士の前で駒を片付ける。何なら私が上座に座っていた時から不服そうだった。
仕方のないことだ。慣習としてどんな若造でも、タイトルを保持している以上は上座に座り、駒を片付ける。
さっさと手続きを済ませて将棋会館を後にする。少し伸びをする。やはりスーツは苦手だ。
窮屈な感じに慣れないのは体型のせいもあるのだろう。背は低い癖に胸はシャツを押し上げている。
夏場は特に視線を集めるが、私くらい背が低いと「レアモノ」でも見たような表情になる人が多い。
そして手の甲や指の辺りを見てギョッとした表情になる。昔は反応が嫌だったけれど、最近は楽しんでいる節もあった。
明日のオーディションは動きやすい服でと案内に書いてあった。
つまり今日スーツを脱げば、またしばらく着る必要もない。少しだけ気が楽になる。
晩ご飯は外食にしよう。そう思い時計を見る。まだ夕方の五時前、帰る頃にはお腹も空くだろう。
電車に揺られ、過剰に掲載された広告に目を向ける。
最近は絵も人の表情に合わせて動くのだとかで、様々な企業の広告に使われるようになっていた。
そういう人気もあるんだ。少し興味が湧く。簡単そうなら私でもできるのかなと考える。やっぱり無理。人気なんて要らない。
そんな中、現実の女性の写真があることに気付いた。先日の神社で会った女性だ。お姉さんらしき人も一緒だった。
姉妹で売り出し中なのだろう、並んでポーズを決めている写真はとても可愛く、美しかった。
こんな笑顔私にはできない。カメラを向けられるといつも表情が強張ってしまう。
連盟のサイトに載っている私の写真なんて酷いものだ。能面みたいならまだしも、変に力が入って睨みつけているように見える。
プロデビューした時やタイトル挑戦に絡んでいる時は、ずいぶんとちやほやされたものだ。それでも親しくなる人はおらず、冗談でも宣材写真について突っ込まれることはなかった。
関係が浅いんだろうな。客観的に考える。他の棋士と違い、私は研究会のようなグループの勉強をしていない。孤立している自覚はあった。
可愛らしい笑顔の女性の写真を眺めていると駅に到着した。明日、もしかすると会えるかもしれない。
明日のオーディションが少し楽しみになる。今日は美味しい物を食べておかないと。
最寄り駅付近の人の少ないお店に入る。学生には少々値の張るお店だ。
お品書きを渡されてもあまりわからないので、それらしいコース料理を注文する。まだ十九歳なのでお酒は飲めない。
来月の誕生日、特に祝ってくれる相手もいない。オーディションに受かればトレーニングでそれどころじゃなくなるだろう。
出されたお茶を飲みながら明日のことを考える。服装はいつも通りでいいだろう。ただ、オーディションは着替えもあった方がいいそうだ。きっと汗をかくことになる。
必要な書類も今日の空いた時間に準備した。本業の対局前、副業になるかもしれない仕事の準備をするのは罪悪感があった。
コース料理を堪能し、お礼を言って店を出る。夏場だけあってまだ明るい。
自宅までの数分の道のりを、お酒を飲んでもいないのに気分よく歩く。
ちょっとごみごみしているけれど治安のいい下町。いつもはバイクで通り抜けている道、その中の壁に例の広告を見つける。
さっきの電車の広告と同じ、あの綺麗な姉妹がさっきよりも大きい写真で写っていた。
こんな写真になるのって、どれくらいお金がかかるんだろう?
私の見た範囲で電車と街中の壁。きっと、もっと沢山の場所に貼られているはずだ。
ふわっとした気分のまま軽い足取りで自宅に帰り、お風呂の準備をした。
エアコンを入れなきゃ暑くてやってられないけれど、お風呂から上がる前に冷えていればいい。
部屋よりも蒸し暑い防音室に入り、軽く日課をこなす。鉄板殴り。蹴りもする。怪我が治らない原因だ。それでもやめられない。
少し夢中になっているとお風呂の通知が鳴ったので切り上げる。
明日はバイク移動。電車より気楽だ。
あの子、睡蓮という名前だった。明日、会えるといいな。
お風呂の中で大きく伸びをした。




