19歳1_傷だらけの棋士と四人の少女
傷だらけでも、人生は案外悪くない。これは、私の恩返しの物語。
プロローグ
変な子だったなと思う。
凄く派手な髪色。なのに凄く綺麗な顔をしていて、派手な髪色がマッチしていた。
私のような地味な女とは何もかも違うのだろう。
昔の私なら記憶に焼き付いていたのに。
今は、そこまで覚えられない。
あんな綺麗な子のことなら忘れたくないのに。
彼女の後ろにいたのはお姉さんだろうか。髪色は落ち着いていたが顔立ちは似ていたと思う。
車の中には二人の女の子が乗っていた。暑そうにしている。こちらには興味がないようだ。
バイクのキーを回し、次の道を走る。気持ちいい。
しかし何の勧誘だったんだろう? バックダンサーって何だろう?
帰って調べてみようかな。
19歳1_傷だらけの棋士と四人の少女
運転免許証を取れた、「九連理」。当然だが読みも合っている、「いちじくれんり」。よく読み違えられる。
生年月日、日付は九月九日。苗字と同じ数字が並んでいた。
バイクの免許を先に取っていたので免許そのものに感動はないが、車に乗れるのは楽しみだった。
ふと思い出す。先日の女の子たちも車だった。雨の日は絶対に車の方がいい。
バイクのキーを回し、帰り道までの短い時間で予定を振り返る。
大学の休みがあと一か月を切っていた。じきに棋戦との並行が忙しくなる。
その前に買えるものなら車を買ってみたいと思う。どのくらいするのだろうか。
そしてこの間の女の子に教えてもらった応募先、もうすぐ締め切りだった。
締め切りか。そういうものに追われたことはあっただろうか? 師匠なら書籍の締め切りもあったのだろうけれど。
師匠のことを思い出す。頭がいい人なのはわかる。ただ、陰険で皮肉屋、もうちょっと優しくしてくれてもよかったのに。
家族はいなかった。でも、その師匠のお陰で部屋も借りられた。
師匠とは最低限の連絡しかしていない。成績についてならネットでもすぐに調べがつくので、細かく連絡する必要もなかった。
最近また調子が悪そうだ。しかし、弟子の私が気にしても仕方のないことだった。
コンビニのお弁当を手に部屋に戻った。
2LDKのマンション。大学生にしてはちょっと贅沢な部屋だと思う。
ドアを開けるとすぐにベランダが見える。エアコンをつけっぱなしだった。もったいない。
でも、帰ってすぐに暑い思いをしなくてよかったとも言える。
手を洗い、お弁当の包みを解きながらパソコンの電源を入れた。
私の部屋にある数少ない娯楽品だ。テレビもゲーム機もない。
先にどちらから見ようか? ダンスの応募先からにしようかな。
ダンスは経験がない。似たような経験といえば、高校時代に拳法をかじらせてもらった程度だ。
高校時代を思い出す。その時までは自分の手足が危険なものだなんて、まったく考えもしなかった。
もし本気で殴ったり蹴ったりしたら物を壊せるのだろうけれど、人間相手にそんなことをするなんて想像したこともなかった。
軽い認識で身体を鍛えることが習慣化していた。拳法の顧問の先生に、「危ないから絶対に人に向けるなよ」と言われたことを思い出す。
関係ないことを思い出してしまった。そう、ダンスダンス。お弁当を食べるのも忘れて応募要項を見る。基本的に個人情報を求めているだけだ。それだけ門戸は広そうだった。
それでも、「ダンス経験」や、「経験した種類」という項目には何も書けなかった。
『体力と集中力に自信があります。少しだけ拳法をかじっていました』
これくらいしかアピールポイントがない。
誘ってもらった以上、何となく無視はしたくなかった。それだけの理由でこんな大変そうなことに応募するなんてどうかしている。
入力したフォームを確認して応募完了。あっさりとしたものだった。
思い出したように手を合わせ、お弁当に箸を伸ばす。
味の濃いコンビニのお弁当だけれど、考えることが多い日はお手軽で助かった。
続けて師匠の戦績を見る。相変わらず負け越していた。棋譜を見てアドバイスでもできればいいのだけれど、プライドを逆撫でするだけだろう。
パソコンから目を離して宙を見る。私のスケジュールは、三日は空っぽ。
車……いいな。ふと思い出す。そうだ、明日車屋さんに行こう。
どうせ数日は暇なのだ。忙しくなる前に色々考えておきたい。
翌日。生憎の天気だった。
車屋さんは無理だ。この雨の中出かけたくない。少し迷ったが出かける気分になれなかった。
天気予報を見る。昨日の時点でわかっていた情報だった。ちゃんと見ておけばよかった。
昨晩は車屋さんのことを考えた後、数日分の棋譜速報を見ていたら深夜になっていた。
お風呂が面倒になってシャワーを浴びたのが二時過ぎだったと思う。
考えのまとまらないまま朝の歯みがきに向かう。ちゃんと朝なんだろうな。睨むように時計を見るとまだギリギリ午前中だった。
ご飯を食べる気にもならない。水を飲みながらパソコンに向かう。メールチェックをすると未読が数件あった。
そうだった。昨晩入力したフォームの内容がメールで届くはずだった。
そのメールとは別に、同じドメインで新しいメールが届いている事に気づく。
『【重要】バックダンサー選考オーディション 選考通過のご案内』
開いてみる。テンプレートなのだろう、堅苦しい内容が記載されている。
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九連理様
お世話になっております。
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選考通過者説明会の日程や必要な物の内容に続く。
持ち物に身分証明書が必要とある。早速免許証の出番だ。
おっと、その先に意思確認の返信を求める内容もある。
一通り全文を読む。
うん、簡単そうだ。
日程は大丈夫だ。この選考に通った時のオーディション日程は先に確認している。
問題ないので必要事項だけ入力して返信する。これでよし。
オーディションは次の対局日の翌日だった。
いつも通り早指しで短縮すれば夕方には帰って来られるはずだ。その後じっくり調べてオーディションへ臨もう。
車屋さんのことなどすっかり忘れ、やり切った気分で伸びをした。
お腹が空いた。
どうせ残りの対局日までの時間は研究しかやることはない。
あるもので腹ごしらえをしてさっさと研究をはじめよう。将棋盤の横にパソコンを並べて正座する。
相手のいない将棋盤に一礼した。




