23歳83_Invisible scars
ショッピングモール手前のコンビニでブレスケア用品を購入し、緑茶とガムで口をすっきりさせた。
ガーリックライスをノリで頼んでしまったあとで、そのままショッピングモールを徘徊するのは抵抗があったからだ。
ショッピングモールに到着すると、満腹三人組はベンチに並んで座り、ぐったりしてしまう。
「放っておいて行こうか」
呆れて先導する桜蓮に続き、私と燈火さんも三人を見捨てて歩きだした。
「因みに外国でああいう風に隙だらけだと、すぐにスリに会いますからね」
「そうなの? もしかしてスられたことあるとか?」
「いえいえ、私はありませんよ」
どこか含みのある言い方だったけれど、きっと私の知らない人の話なのだろう。今は気にしなくてもよかった。
「とりあえず近場から軽く一周する?」
「はい、そうしましょう」
「ランニングに誘うような言い方だね」
桜蓮に言われて確かにと頷く。ショッピングモールの一周となると結構な距離があることだし、それくらいの気分で声をかけてしまった。
眼鏡屋の前を通る時に、少しだけ桜蓮が立ち寄りたそうにしてこちらを窺った。
「寄ってく?」
「いいかな」
一緒に店に入り、桜蓮が店員さんに相談しに行くのを見送る。私はサングラスの棚の前に立ち、この間純喫茶の店主に譲渡した代わりを買おうか考えた。
「サングラスを、連理さんが掛けるんですか?」
「そんなに変?」
「いえ。少し意外だっただけです」
「燈火さんこそ試してみなよ。オーソドックスなこれとか」
真っ黒で逆さ台形のレンズのサングラスを燈火さんにあてがう。微笑んだ表情が急に恐ろしい笑顔に見えた。サングラスをずらすと微笑みに見え、サングラスを目元にやると凄く強そうに見えた。
「強そう!」
いつぞやの糸遊のセリフを真似すると、燈火さんは不思議そうな顔になった。
「いやごめん。勝手に盛り上がった」
「似合いませんでしたか?」
「似合うような、そうでもないような。自分で掛けて見てみたら?」
鏡を示してサングラスを手渡す。燈火さんはサングラスを掛けて鏡の前で硬直してしまった。これはどういう反応なのだろうか。
「他のも試してみます」
最初のサングラスを戻すと別のを手に取り、一つ一つ比べはじめた。どうやらレンズの色が薄いものを気に入ったらしく、系統を絞って吟味が加速する。
それにしても桜蓮は何をしているのだろうか。店員さんとの話はまだ続いている。桜蓮に手招きをされて私も合流した。
「どうしたの?」
「連理さんは目いいよね? こういう伊達眼鏡かけたら違和感ある?」
「どれどれ」
度の入っていない眼鏡を一つ掛けてもらう。視界に枠がついたようで少し違和感がある。
「装着感はいいんだけれど、少し視界に違和感があるね」
「こっちのフレームがないやつだったら?」
「うん」
受け取って試してみる。フレームがなくてもレンズの厚みが視界の端にあるような、ちょっとだけ変な感じがした。
「さっきよりマシだけど、これがどうしたの?」
「牡丹さんが伊達眼鏡でライブに出てるの知ってるでしょ? 私もこういうイメチェンありかなって思ったんだけど、コンタクトしてるからその上で眼鏡掛けるのはどうなのかなと思って」
「それで裸眼だと、どう変化があるか知りたかったんだ」
「うん。私コンタクトしかつけたことなくて、その上に眼鏡掛けたらどうなるのかなと思ったんだけど」
「別にいいですよね?」
「はい、眼鏡の方に汚れや傷があると目によくないので、こまめな掃除が必要になりますが」
店員さんからのお話に桜蓮は頷いている。ただ、それなら最初から度入りの眼鏡をかければいいのにという気もした。
「うーん。コンタクト関係なく違和感が出る可能性があるならいいかなぁ。すみません、ありがとうございました」
店員さんは気にする様子もなく眼鏡を戻している。
「まあ、違和感どうこうは人それぞれだと思うよ。それよりイメチェンとか考えてたんだ」
「ううん、ぜんぜん。ちょっと質問したら、店員さんがしつこくって困ってたんだよ」
「ああ、そういうことか」
店員さんを振り切るための適当な言い訳がほしかっただけか。それにしては真面目に話し込んでいるように見えたけれど。生真面目な性格が災いしたのかな。
「燈火さんはどれ買うか決めた?」
「私にはいらないみたいです」
「なーんだ、面白くないなぁ」
結局誰も買わずに眼鏡屋から離れた。確かに燈火さんはこのままでいい。
そのまま次に入る店を探して歩き回る。傘のお店があり、旅行用の折り畳み傘を物色した。アイルランドは天気が急激に変わることもあると燈火さんが言うので、ワンタッチで開けるリーズナブルな折り畳み傘を数本手に取って比較する。
やっぱり軽い方がいいよねと桜蓮と持ち比べる。それぞれ買ってしまおうかと思ったけれど、ベンチで潰れている三人も必要になるかもしれないので購入自体は後回しだ。
傘を置いて店から離れ、一度階段を上がって別の景色を見ることにした。桜蓮が気づいて指さした。
「あそこ、まだぐったりしてる」
上のフロアから三人が座っているベンチが見えた。さっきよりも崩れて三人が折り重なっている。周囲の人が見て見ぬふりを決めてくれていて助かった。
「あんなに食い意地はるから」
「連理さんが一番食べてましたよね」
「私はほら、食べてもこの通りだよ」
燈火さんが私の身体をしげしげと見つめる。この身体のどこに入っているのか、不思議に思われても仕方がない。
「歩いた方が楽になるのに」
「桜蓮はそこそこで止めてたからね。あの三人は限界まで詰め込んでたし」
「欲望に忠実というか馬鹿丸出しというか」
「桜蓮が今日寝坊した理由は?」
「チェスで夜更かししたせい……人のこと言えないか」
ニヤニヤとしながら桜蓮を見ると睨み返されてしまった。その様子を見ていた燈火さんがやんわりと笑っている。そのポジションが欲しいのに、私はどうも余計な首の突っ込み方をしてしまうようだ。
このまま三人を待っていても買い物は進まないので、一通りショッピングモール内を見て必要なものが置いてあるお店の目星をつけた。
今日買い物を済ませられなくても、後日見てまわって買えるようにしておけばいい。
小一時間使って周り終え、ベンチへ行くとようやく三人が立ち上がった。
「何で一番食べた連理ちゃんが元気なのよ」
「鍛え方が違うのよ」
おんぶをせびってくる采女の手を叩き落とす。炎天下の中、駐車場を小走りで移動して車に乗り込んだ。私だけ先に車に乗り、冷房をある程度効かせてから入り口付近で五人を回収する算段だ。
いやぁ、暑い。髪を前に垂らしてフードを被っていて正解だった。
これから帰っても暇だという浮草と燈火さんに、桜蓮も同意する。
このショッピングモール付近なら、近くに山があるので川沿いで涼めもするだろう。
山の奥までは行かずに舗装された道路の範囲で車を進め、川辺を高所から眺められる無料駐車場につけた。
最初に車から下りた采女が大きく深呼吸し、凌乃と頭の悪い会話を始める。
「おー涼しい」
「川の水飲めるかな」
「お腹壊すよ」
「もう壊れたあとだしへーきへーき」
「毒には毒ってことか。ものは試しってやつだね」
「やめときなさい」
さすがに見過ごせなかったので制止に入った。近くに自販機もあることだし、水ならそっちで飲んでほしいものだ。
別方向で浮草と桜蓮が水の自動販売機を見ている。燈火さんも物珍しいと思っているのか、その周辺を歩き回っていた。
「天然鉱山水。これならいいんじゃない?」
「それ、凄い量出てくるやつだよね」
「百円だしいいんじゃない? ポリタンクは別売り五百円だってさ。これ買っちゃおうよ」
「自宅用の飲み水にするの?」
「こんなでかいのいらないよ。連理さんに押し付けちゃえばいいでしょ」
「聞こえてるよー」
声をかけても浮草は悪びれるそぶりすら見せない。割と本気で言っているようだった。
とはいえ、車の中には紙コップもあるし、川の水を直飲みされるくらいならそっちの方がマシというものだ。
どうせなので便乗し、ポリタンクに溜め込んだ水を一杯いただく。自宅で飲む時の、浄水器を通した水より美味しかった。
ただ、このまま大量に飲むのは不安だった。煮沸してからの料理利用がお勧めと書いてあるし、鍋や煮物に使うとよさそうだ。
しばらく思い思いに涼んでいると、後ろを開け放った車の座席で采女がトランプを取り出した。
「燈火さん、さっき言ってたの教えてあげるよ」
「おぉ! いいんですか」
「うん。そっちの二人も興味あったらどう?」
浮草と桜蓮も興味を引かれたようで車に寄りついている。采女が人たらしのように見えてきた。
車の方は四人に預け、凌乃と川に下りる遊歩道を歩く。上から見るよりも川の幅が広く感じた。対岸まで二十メートルはあるだろうか。
川の水に触れたりしてぼんやりと過ごしていると、凌乃が水切りを始めた。石が水面を弾く音が面白かった。
周囲に人はいないしちょうどいいだろう。私も凌乃に習って水面に小石を投げてみる。すぐに沈んだ。
「へたくそー」
「うるさいなぁ」
凌乃のフォームを観察した。横から投げるような腕の振りで、石が水面を三回跳ねて沈んだ。川の真ん中あたりまで届いている。
なるほど、ああするのか。真似してその辺の石を投げてみる。すぐに沈んだ。私の気持ちも沈んだ。
「石選びが悪いんだよ。丸くて平べったいのを指先で引っかけて、回転をかけるみたいな感じで」
石選びから凌乃がお手本を見せてくれる。なるほどなるほど、石なら何でもいいわけじゃないんだ。
「凌乃がこういうの詳しいのは意外だったよ」
「小さい頃はこういう川で遊んでたからね」
凌乃はコツを思いだしたのか、投げた石が五回も水面を跳ねていた。真似した私は二回だけ。これは難しいけれど面白い。
「このくらいの川なら、向こうに届くはずなんだけどっ……あー無理だ」
これ、力よりテクニックの方が重要な気がする。大きく水の上を跳ねさせるよりも小さく何度も跳ねさせるようなイメージで、水の上を滑らせるような転がすようなそんな感じの方が上手くいく。
回数自体は五回くらい跳ねるようになった。ただ、距離は稼げていない。凌乃の方を見ると、細かく十回以上水の上を滑るように石が跳ねていた。
「すごー」
「いやいや、子供の頃はもっとやれたんだけどね」
「これって跳ねる回数と距離どっちが目標になるの?」
「あたしは回数かなぁ。距離は気づいたら増えてるって感じ」
「ほー。これはまた来たくなるね」
「そうだね。ただ、石探すのだけが面倒なんだよねーこれ」
三十分ほどは遊んだだろうか、再び凌乃と遊歩道を歩いて駐車場に戻った。途中で下から凌乃が背中を押してくれたので楽に歩けたが、そのあとは凌乃に髪を弄ばれる。今度お団子ヘアにすることを約束させられた。
私の髪をあれこれいじる凌乃と車に戻ると、四人のトランプゲームはなかなかに白熱していた。
改めて思う。こんなところでやらずに家でやればいいのに。
采女以外はルールを確認しながらなのでまだまだ真剣味は薄いが、どのカードを選ばれた時にどういう選択をすればいいか、それぞれ頭を働かせているのが手に取るようにわかった。
凌乃も夜に参加するゲームなので、四人の様子を見ながら提案してきた。
「これ、ゲーム名なんか決めたいよね」
「それもそうだね。明日研究会の時に暫定で決めてもらうよ」
「そう? カードをオープンするかどうかが肝になるから、あたしとしてはその辺のワードが入ってる方がしっくり来るなぁ」
「じゃあ、それで提案しとくね」
わーいと言いながら、凌乃が私の髪を持ち上げた。その弾みで毛先のゴム紐が解け、桜蓮の髪に引っかかる。それに桜蓮は気づかない。
そっと手を伸ばしてゴム紐を回収すると、桜蓮が眉を寄せてこちらを見上げてきた。思考を邪魔してしまったのでごめんと謝る。
凌乃にゴム紐を渡してもう一度結びなおしてもらったつもりが、今度は大きな三つ編みにまとめられてしまう。完全に遊ばれている。
その三つ編みを左肩越しに前に下ろした。長さのせいでちょっとした重みがあった。
「いいじゃんこの髪型。ちょっとお姉さんっぽさあるよ」
「そう? じゃあ許す」
「ちょろいなぁ」
ちょろくてもよかった。実際に車のミラーの前に立って自分で確認してみる。うん、身長がわからなければそれなりに大人っぽく見えるんじゃないか。
車体に歪んで映った全身図は、やっぱりそこまで大人っぽくなかった。そんなものだろう。今度はスーツを着ている時にでも確認してみたい。
「凌乃はもうすぐ免許取れるよね? 取ったらこの車運転してみる?」
「えー? 早くても来月の頭だよ。そこで事故ったら旅行が台無しになるし、しばらくはいいかなー」
「確かにいきなりこれは難易度高いか。最初は練習がてら、瑞香さんの軽の方がいいかもね」
「乗せてくれるかな?」
「元は私の車だし大丈夫だよ」
「それよりもさ、あたしバイクも乗ってみたくなっちゃった」
「欲張りだねー。まずは車の免許取っちゃいなよ。そのあとの方が、バイクの免許も簡単に取れるからさ」
「そーする」
トランプで遊んでいた四人も区切りがついたようだ。
凌乃と結果を聞いてまわり、案の定采女と桜蓮がそれぞれの相手に勝ったと教えてもらった。
「これはなかなか面白いですね。帰ったら弟たちにも教えて練習相手にしてみます」
「燈火さん弟いるんだ?」
「はい、中学生の双子ですよ」
「へー」
「あんまり興味なさそうですね」
「どう反応すればいいかわかんなくなっちゃった」
双子の中学生の弟ねぇ。ほぼ一回りくらい違うだろうに、こんな綺麗なお姉さんがいたらどんな生活になるのだろうか。
桜蓮が電話をしている間、まだ川に行っていない三人が遊歩道を下りていった。
「うん、綺麗なところだよ。写真送るね」
睡蓮にでも電話しているのか、笑顔で話す桜蓮を車の後部座席に座ってぼーっと見ていた。
足をぶらぶらさせて待っていると凌乃も横に座った。気分がいいのか、軽く歌を口ずさんでいる。
「そうそう。もうすぐ帰ると思う。わかった」
電話が終わり、桜蓮がこちらにやってくる。スマホをポケットに収めながら手持ち無沙汰に目の前に立った。
「桜蓮は下の川行かなくていいんだ」
「うん。どうせまた来るし、今からだと遅くなっちゃうから」
「別に待つのに」
凌乃は目を閉じて歌いながら手も動かし始めた。自分の世界に入ってご機嫌そうだ。マイペースな子だなぁ。
「チェスで夜更かしって言ってたけれど、結構やりこんでるんだ?」
「うん。この間糸遊ちゃんに教えてからやる気が出ちゃった」
「私に教えてくれたサイトだよね」
「そうだよ。連理さんもやってる?」
「毎日フィッシャーの練習でやってるよ。レーティングはあまり伸びてないけれどね」
「今どれくらいなの?」
「千三百とちょっとだね」
桜蓮が驚いた表情になる。そしてすぐに納得した表情になった。
「やっぱ将棋のトッププロだった人は覚えが速いんだ」
「速いの?」
「多分ね。まだ二か月も経ってないでしょ?」
「そうだね」
桜蓮は楽しそうに腕を組んだ。
「じゃあ、今度練習対局しようよ。今ならまだ勝てそうだし」
「いいの? 桜蓮はどのくらい強いの?」
「あのサイトのレーティングで千七百オーバーくらいかな」
「格上だ」
手を合わせて拝んで見せた。
「もう、からかわないでよ」
「ふふ、身近にいい目標ができて楽しみになってきた。少しチェスの時間増やそうかな」
「あんまり急に強くなられても自信失くすから、お手柔らかにお願いね」
「えー?」
気がつけば凌乃の歌も終わっていた。私たちの会話を聞いて笑っている。
「楽しそうでいいね」
「うん。凌乃もチェスやる?」
「ノーサンキュー。頭を使うのはトランプだけでいいや」
三人で談笑していると川に下りていた三人組が戻ってくる。燈火さんと浮草、采女も含めて三人に身長差があまりないことに気づいた。采女が少しだけ低いかな。
そんなことを考えながら帰宅準備に入り、助手席争いのジャンケンを待って車を発進させる。
「なーんだ、隣は浮草か」
「嬉しいくせにー」
皮肉で言ったつもりが、浮草には手応えがなかった。
誰が助手席になってもよかったけれど、ジャンケンしてまで争うものだろうかね。この車なら後ろでも快適なはずなのに。
妙にご機嫌な浮草をチラリと見て、私も楽しくなって車を走らせた。




